蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1969年8月7日
夷俘島 斗米空軍基地
葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
他人のペースに合わせて走るという行為は、一般人が想像するよりずっと難しいものがある。
だからこそ、自衛隊や軍隊では並んで走るのだ。
「ボス、休憩する?」
「……いいっ。黙って走れ」
「ふん、強情なジジイめ」
とはいえ、片方の足を人工物に替えて半年経たない身体なのだ。
感覚・重心・筋肉・力の伝達、全てが違う。
ただ走るだけでも相当な負担を受けるのは明白だ。
もっとも、体力錬成が間に合わなければ、哲也自身のみならず周りの仲間が死ぬ恐れもある。
故に良介はあまり強い言葉で彼を否定できなかった。
「おーいっ! 良介さん、鈴木殿。こちらでしたか」
正面から駆け寄ってきたのは、田中空軍歩兵であった。
良介の付近で護衛兼監視をしていた彼だが、逃亡の恐れなしと判断されたのか最近は緩くなり、通信手段を持たない良介や哲也への伝令が多くなっていた。
なにせこの世界、通信は主に魔力で行う。
この魔力を一切持たない異世界人のふたりは、遠隔通話が不能なのだ。
「どうかしたの、田中くん?」
「召集です。作戦室へお越しください」
まさか、内戦下でサプライズパーティーでもないだろう。
間違いなく次の作戦が決まったのだ。
「ほら、ボス。行こうぜ」
「……ああ」
呼吸を整えつつ三人は歩き、司令部の作戦室までやって来た。
ペンギン隊に編入されている竜司はもちろん、新選組・精兵隊・イグルベ中隊の面々も既に着席していた。
彰義隊勢ぞろい。
ということは、大きな作戦となるのは明白だった。
良介と哲也は周囲に会釈すると、着席してスクリーン前の宗治郎へ視線をやった。
「揃ったな。本作戦では石射飛行場を制圧し、奥葦原奪還の第一歩とする」
石射飛行場。
北部藩東部に位置する小規模な飛行場。
しかし奥葦原北部に航空機を届けられるこの飛行場は、あらゆる作戦行動の邪魔になっていた。
丘陵地帯を挟んでいるとはいえ、海にほど近いので戦艦による艦砲射撃も考慮されていたが───
周辺住民への被害を鑑みた将軍の意向により、大規模な攻撃は避けられていた。
「他軍による支援は変わらず望めないが、先の輸送網攻撃により石射飛行場及び
庄外空港の敵航空機は大きく稼働率が低下したという情報を得ている」
政府軍の
元来は海路を用いていたが、先湊陥落以降は幕府海軍が輸送船の攻撃を行っている。
陸路はただでさえ山の多い葦原の中でも、奥葦原は特に山岳地帯の多い地域。
使える車両とルートが限られ、さらに土地勘を持つ旧奥葦原同盟陸軍の特殊部隊が現地に浸透していた。
結果、ただでさえ少ない供給量はさらに目減りし、政府は極めて効率の悪いとされる空路での輸送を強いられていた。
さらにこの状況で、神兵が果ての雲の嵐を一時的かつ限定的ながら無力化出来る性質が活きてきた。
良介と哲也が部隊を先導して果ての海に浮かぶ雲の壁沿いに南下し、嵐に隠れながら後方の中継地点を攻撃。
政府軍は少なくない戦力を果ての海に面する海岸線に割かざるを得なくなったのだ。
対合衆国の西南と比較しても薄かった奥葦原の守りは、極限まで薄くなっていた。
「さっき、他軍の支援はないって言ってたけど。
どうやって飛行場を制圧するの?」
相も変わらず、良介が空気を読まずに質問を挟んだ。
言うまでもないことだが、戦闘機に地面を踏みしめるための脚はない。
これは
空からの支援は行えるが、地面に降り立って施設の制圧はおろか、歩兵の盾にすらなれない。
航空機だけでは基地を耕すことは出来ても、占領はできないのだ。
また陸軍戦力の大多数は相変わらず夷俘島の外へ行く事を嫌がっている。
既に海軍が支配下に置いている先湊にすら、兵力を置いていない始末だ。
「この作戦は、春川親王殿下の近衛軍と協同する」
近衛軍、幕府軍の新顔。
幕府側の擁立した次の帝である、春川親王を警護するため結成された部隊であった。
部隊と言っても、規模は小規模な軍隊クラス。
旧奥葦原同盟陸軍の軍人や、その教育を受けた志願者からなっている。
頭数こそ幕府陸軍に遠く及ばないが、装備はほぼ同等のものを持っている。
陸軍の支援は望めないため、新しい軍を編成する。
既得権益に関わる新たな軍も、帝を警護するという名目で編成するなら文句は言えない。
かつて将軍自らが良介に語った話が、現実になったのだ。
果たしてこの作戦の内容がどれほど陸軍の知るところとなっているか定かではないが、お気に召す内容ではないのは確かだ。
「陸の戦車が防衛戦力と対峙し、回転翼機の空挺が基地制圧を行う。
我々の主任務は、彼らの支援だ」
どうやら良介の不規則発言は想定済みだったらしい。
スクリーンのスライドが切り替わると、石射飛行場周辺の地図に切り替わった。
「近衛軍戦車部隊は鳥岡から奥葦原街道を南下し、石射飛行場へ向かう。
敵の迎撃を受けるであろう戦車隊の支援は精兵隊に任せる」
「相分かった! 精兵隊に任されよ!」
近衛軍は陸平の息子、耕作も参加している。
彼はどちらかと言うと特殊部隊に分類されるようだが───
息子の仲間を守るのだ、士気が高い事に変わりはないだろう。
「新選組は作戦区域北から南下し、石射飛行場上空へ。
精兵隊に代わり戦車隊の直掩をしつつ、制空権を確保せよ」
「了解」
純粋な戦闘機で構成された新選組が航空優勢を維持するのは妥当な判断である。
新米揃いの面子も、歳三と哲也の古強者に鍛え上げられている。
きっと、戦果を挙げる事だろう。
「イグルベ中隊には間接的な支援を頼みたい。
作戦区域東部に位置する
ここは賊軍の陸軍が拠点とし、多くの車両や防空兵器を持っている」
「想定される戦力の一覧を頂きたいな。報酬の交渉に使いたい」
事実上の陸軍駐屯地となっている城。
現代的な戦闘に耐える能力を持っているかは定かではないが、駐屯している戦力が近衛軍の戦車や空挺に向けられれば脅威となる。
イグルベ中隊に課せられた任務も、間違いなく重要な要素となっていた。
「そして、ペンギン。貴官らは空挺部隊の直掩だ。
空挺部隊の回転翼機に先行し、東部の渓谷から石射飛行場に接近。
所属機が他部隊に気を取られている隙に、飛行場を制圧せよ」
敵が攻撃を受けて混乱している所に、空挺部隊が敵後方に降下。
車両の支援が困難な状況に追い込み、空から降りること以外は軽歩兵に過ぎない空挺部隊と基地守備隊を対等な条件に近づけるわけだ。
「しかし、問題がある。東の渓谷からの攻撃は以前、
先湊基地攻略に際して陽動作戦に用いた事がある」
そういえば。
すっかり忘れていたが、幕府空軍の生き残りと合衆国から来た傭兵で石射飛行場は攻撃の対象になったことがある。
その作戦は失敗し、全機未帰還。
政府側による先湊陥落を誤魔化すために行われたプロパガンダで、幕府側は作戦の失敗を初めて知ったという経緯があった。
「浸透した特殊部隊によると、渓谷には
夜間の作戦ではないため、脅威にはなりにくいが……
万全を期すため、気球の破壊も必要となる」
「阻塞気球? 古典的だけど……夜襲の妨害にはコスパがいい、ってやつか」
阻塞気球。
端的に表現すれば、ワイヤーで地面に括りつけられた、大きな気球である。
飛行機というものは、空を飛ばすためにはどうしても脆くなる乗り物であり、ピンと張られたワイヤーと接触すれば、ほぼ確実に大破してしまう。
数億する最新技術の塊である機体が、精々数万の気球とワイヤーで木っ端微塵になるのだ。
「それって、谷の外にも浮いてるんじゃない?」
「いや、すぐそばには送電塔がある。阻塞気球の
大規模な停電は免れない。奴らとて、地域住民との軋轢は避ける」
いくら朝廷を味方につけた官軍とはいえ、地域と敵対すれば付け入る隙となる。
ましてや、奥葦原は元々幕府寄りの地域。
戦後を考えていた政府軍としては、揉め事を嫌がるのは当然というわけである。
「さらに報告によれば、谷風で大きく揺れる事もあるそうだ。
回転翼機にとっては無視できない要素だ」
「それでも、防空網のど真ん中を突っ切るよりはマシか」
「そういうことだ」
さらに、ペンギン隊の仕事はそれだけではない。
例え飛行場とはいえ、防衛戦力が皆無とは考えられない。
空挺部隊の展開後、飛行場攻略中の直接援護も彼らの任務に含まれていた。
「阻塞気球の破壊後は、先立って石射飛行場の防空兵器を破壊。
空挺部隊が地上兵力を排除したのち、同行する整備隊が石射飛行場での
補給を行えるよう手配する」
「設備そのまま流用するの⁈」
「そうだ。そうでもなければ、航空戦力が足りん」
敵基地を空挺部隊が強襲し、同行していた後方職種に現地で修理・補給を行う。
内戦下でほぼ同じ兵器を使っているから、出来るかもしれない荒業だ。
「……エースコンバットじゃないんだぞ」
あれは悪くないシステムだったのだが───
それはさておき、作戦目標である飛行場の確保という作戦の核だけでなく、他の隊も補給や整備を行う可能性も高い。
まさに、ペンギン隊は失敗できない要であった。
「飛行場制圧後、補給を受けたのちにペンギン隊は
現場判断で各部隊の支援を行え」
「臨機応変に動く遊撃隊ね。大丈夫、そういうのは俺得意だからさ」
「ああ、知っている。頼むぞ」
航空戦力の拠点にして、貴重な輸送ハブとなる飛行場。
ここを制圧してしまえば、補給を絶たれる周囲の陸海軍基地は機能不全に陥る。
山間部の小さな飛行場が、奥葦原の趨勢を決める戦場になろうとしていた。
「作戦開始は1週間後。各員、作戦成功のため練度向上に努めるよう。
以上、解散」
質問はないと悟った宗治郎は手勢を連れて退室する。
お行儀のよい幕府軍の面々はようやく、自分達の空間を取り戻した。
「俺達、凄い作戦に参加するんだな……!」
「今までのようなコスい作戦じゃない、本物の決戦だ!」
新選組の若造たちは口々に語り合い、自分達の参加する作戦に期待と興奮、そしてわずかな恐れを滲ませていた。
「ようし、諸君! 我らが麗しの故郷のため、今回も稼ごうじゃないか!」
「ああ! クソッタレの人民共和国のために!」
リーダーのカビエシが傭兵の部下を鼓舞し、ナンバー2の女性隊員(良介がお近づきになろうとすると、誰かしらにブロックされる)が同調した。
以前、彼らの報酬の大半は仕送りをしていると耳にしたが───
どうやら、彼らの祖国には並々ならぬ事情がありそうだった。
騒々しい彰義隊の面々に対して、精兵隊は静かなものであった。
互いに視線をかわしてうなずき、しっかりとした足取りで退室する。
さすがプロペラ機を駆る年長の集まり、肝が据わっている。
その精兵隊の中からひとり、最年長の男が歩み寄って来た。
奥村睦平、精兵隊の隊長である。
「志村殿。ひとつ、折いってお願い申し上げる」
「……よかろう?」
何様だ、その態度は。
しかし、睦平が優しくて助かったな。
彼はわずかに頰を緩ませると、普段の威厳ある厳しい表情に戻って口を開いた。
「我が愚息、奥村耕作は近衛軍の空挺部隊におりまする。
どうか、耕作を……よろしくお願い申し上げる」
「……ああ、耕作くん空挺だったんだ」
捕虜収容所から救出した人間のひとりであった、奥村耕作。
救出の際に撃墜された良介は、検査のため同じ病院に入院した事があった。
そのため面識はあり、男の顔ながら珍しく覚えていた。
下にいる顔見知りのために戦うのは、良介も初めてだ。
「ま、最大限努力するよ」
「お頼み申す」
睦平はそう言うと、深々と頭を垂れた。
気付けば、睦平の背後にいる精兵隊の面々もそれに倣っている。
まったく。お前には過ぎたる扱いだろうに。
しかし、お前以外にこの期待に応えられる人間はいない。
相手が男連中でも、しっかり応えなければな?
───うるさいな、言われなくてもわかってるよ。
精兵隊も作戦室を去り、ペンギン隊だけが残された。
「鈴木殿。お身体の調子は?」
「……問題ない。1週間以内に調整する」
竜司と哲也の会話は珍しい。
どうも彼女は良介の上司である哲也との距離感に悩んでいるらしく、積極的に語り掛けることをしない。
そして肝心の哲也も、初めて持った女性の同僚に困惑していた。
114飛行隊には女性隊員が配属された事が一度もなかったのだ。
───放っておいたら、このふたりはどんな会話をするんだろう?
良介は口を挟まず、高みの見物を決め込むことにした。
「……鈴木殿。少し前のお話になりますが、先の志村殿との演習。
あの巻き返しはお見事でした」
「ああ、どうも……」
普段の哲也ならば、もう少し堂々と返事をして、技術の教授を挟んだところだろう。
ところが───これでは会話が成立しないではないか。
「おいこらジジイ。お前の方がよっぽど童貞じみた会話をしているではないか」
「うっ、うるせえなっ。文化が違う上に、年の差もあるんだぞ?
……何をどう話していいのか、わかるかってんだ」
「ふん、硬直した老人め……竜司ちゃん。この通り、ボスは別に竜司ちゃんに
悪い印象を持ってるとか、そういうのじゃないから。安心していいよ」
とはいえ、だ。
声を掛けただけでセクハラ、致命的なミスを叱責してパワハラ。
そんな現代を生き抜いてきた老人にとっては、この慎重なコミュニケーションは必要な処世術だったに違いない。
むしろ、なぜ今良介がセクハラで地位を失っていないか。
そちらの方がこの世の不思議である。
「……正直、安堵しました。会話を拒まれたわけではありませんが、
志村殿や他の新選組隊士と比べてどことなく、接し方が違うと思っていました」
特別扱いと差別は紙一重だ。
ましてや、竜司はそういった階級の出身。
この世界で問題になる可能性は低いが、本人の心境としては壁を感じてしまうだろう。
良介は哲也のことを遺憾ながら理解していた。
これほどのヒントをばら撒けば、気付いてくれると確信できる程度に。
「……悪かった。ただ、自分の娘と同じぐらいの女の子と
どう接していいのか……わからないんだ。俺は」
「私はこの通り
幕府からは歴とした
遠慮無用です」
「そういうのも、わっかんねえんだけどなぁ……」
それは、その通り。
日本にもかつて似たような習慣はあったが、これほど大規模かつ堂々としたものではなかった。
ただ、単純なことだ。
彼女が求めているのは特別なことなど何もない、普通なのだ。
「ボス、深いことは気にしなくていい。竜司ちゃんは俺たちの仲間ってだけだ。
特別頼りになる、いい仲間だよ」
そして良介は余計なことに、竜司に身を寄せた。
「それと、とても可愛い女の子だ……」
ガツン。
哲也の拳骨が良介の頭部に振り下ろされた。
「それはちげーだろーがよっ。同僚にナンパするな、バカ野郎」
「いてて……俺の本心なのに」
拳の刺さった頭をさすっていると、竜司が複雑な表情を浮かべていることに気づいた。
なにやら、言いたいことがありそうだぞ───
「その。志村殿」
「なに?」
「可愛い……というのは、本当に本心なのでしょうか?」
「もちろん、本心だけど?」
良介は即答した。
「大安売りするけどな」
すると、哲也が事実の指摘を行った。
「うるさい」
「私は……今までそう言われた経験がないのです」
それは───あらゆる良介の暴言に対して的確かつ速やかにツッコミを行える私ですら狼狽えてしまった。
良介が言うまでもなく、竜司は見目麗しい女性だ。
葦原人とリールランド人のハーフであり、金髪碧眼をした可愛い寄りの容姿である。
初心と評される葦原人だが、口説き文句すら言えないレベルなのだろうか?
「あー、そういう事か……」
「ボス。何か心当たりでもあるの?」
「
旅行や在日米軍の外人さんを見慣れているわけだ。
ネットじゃいくらでも見れるしな。
でも葦原じゃ、よそから来た人間なんてまず会えっこない。
形骸化してるらしいが、鎖国してるからな。つまり、見慣れてないんだ」
「……なるほど。未知との遭遇過ぎて、美的感覚が違ってくるのか」
「そう、ですね。葦原にいる異人はそう多くありません。
いても都市部が中心でしょう。
超帝国からは少なくない数の難民を受け入れていますが」
工業振興のため、幕府は内戦中の超帝国から難民を受け入れていた。
新聞を調べると、この難民との軋轢もまた新政府台頭の下地になっていると推測出来た。
しかし葦原も同じく内戦下に入り、報道は深いところまで調査したものが少ない。
政府が支配している地域の難民がどう扱われているのか。
それを知る術は、少なくとも夷俘島にはなかった。
「とにかく、だ。俺にとって竜司ちゃんは可愛いんだよ」
「……せめて、部内でナンパをするな」
哲也も良介の言葉を否定せず。
真っ向から褒め言葉を受けた竜司は、真っ赤になった顔を伏せるのだった。