蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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60 奇襲「HITMAN」

奇襲

央暦1969年8月15日

北部藩 石射飛行場

葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉

 

 激戦から一夜明け。

 プレハブ小屋で一晩を過ごした良介は、いつも通りの時刻に起床した。

 

「良介、起きろ」

 

「起きてるよ」

 

 午前5時45分。

 起床時間の15分前に起きた良介は、瞼を開いて宿舎の天井を見上げた。

 

 どう考えても内戦勃発後に建てられた掘立て小屋の居住性は、ここにしばらく住んでいた政府側の人間に同情してしまうほど酷いものであった。

 

「まったく……羅宮凪基地の隊舎が恋しくなる日が来るとは思わなかったぞ」

 

「魔法があるなら、過ごしやすい魔法のテントでもあると思ったんだけどな」

 

 視線を落とし、同室となった哲也を見る。

 彼と同じ部屋で寝るのは初めての経験だったが、就寝時は死んだように静かであった。

 

 もちろんこれは誉めている。

 歯ぎしりやいびきの酷い人間と同室になれば、どれほどQOLが乱されるやら。

 

「良介、起きたなら準備しろ。

幕府の人間は起床ラッパの前に支度を済ませるからな」

 

「はいはい……まったく、勝利の余韻に浸らせてくれてもいいってのにな」

 

「俺達の勝利は、地球への帰還だけだ。忘れるな」

 

「……ああ、わかってるよ」

 

 良介とて、その事実を忘れた事はない。

 

 半長靴(はんちょうか)磨きとアイロンがけ(プレス)を終わらせたふたりは起床ラッパと同時に宿舎を後にした。

 

「ボス。あんたの機体はどうなの?」

 

「ここにある部品である程度組み立てたらしいが、

P-20の独自部品はアーロン女史が錬成中だそうだ」

 

 言うまでもない事だろうが、アーロン女史とはエラ・アーロンを指している。

 良介がエラちゃんと気やすく呼んでいる彼女だ。

 

「……アーロン女史なんて呼んでるの?」

 

「下の名前でちゃん付けするお前がおかしいんだよっ!

相手は建国に立ち会った人間だぞ!」

 

 その通り、相手は政治的重鎮でもおかしくない立ち位置の女性だ。

 本人は政治的なしがらみから逃れるために、あえて政治に口を挟まなかったが。

 

 お前を助けるためにそのルールを破り、借りを返すために政治に巻き込まれ。

 そしてお前は、そんな彼女の覚悟を無下にするかの如くすべてをやってのけた。

 

 もう少し彼女に敬意を払うべきではないのか?

 

「でもエラちゃんは、

あんまり偉い人みたいに接されるのが好きじゃなさそうだぜ?」

 

「……ああ、かもな。ならお前は続けるといい」

 

 反応に困る言葉だったが、いつまでも私語を続けているわけにもいかない。

 

 石射飛行場の格納庫では、F-2の修復作業が進められている。

 良介は既に、その格納庫に足を踏み入れているのだ。

 

「いつまでも敵から盗んだ(パチった)奴を使うわけにもいかないからな……」

 

 P-100も悪い機体ではなかったが、現状の幕府軍には部品の在庫が多くない。

 何らかの形で追加が来なければ、お別れという形になるだろう。

 

 もっとも良介がF-2を壊さなければ、何も問題がない話なのだが。

 

「仕方ないだろ? 戦争で撃たれないなんて事、どうやれば出来るんだ?」

 

 一理あると認めてやろう。

 それよりも、もうみんなが集まるところだ。

 独り言を呟いていては、正気を疑われてしまうぞ。

 

「もう遅い気もするけど……」

 

 石射飛行場の数少ない格納庫では、F-2を中心に様々な機材が並んでいた。

 そこには徹夜明けであろう斗米基地整備隊の面々や、エラをはじめとした合衆国の人間が懸命に作業をしている真っ最中であった。

 

「やはやは、みんな。げん……」

 

 ギロギロリ。

 作業に関わる人々が、一斉に殺気を孕んだ視線を良介へ向けた。

 

「ぐるるるる……」

 

 と、良介を威嚇するものまで現れた。

 歓迎はされてなさそうだな?

 

「うーん、見事に嫌われている……」

 

今回は(・・・)遊びで壊したわけじゃないから、そこまで怒ってるわけじゃないよ」

 

 作業の中核であろうエラは、部下にその場を任せて良介に歩み寄った。

 その通り、今回は(・・・)戦闘中によるやむを得ない損傷が原因であった。

 

「お世話になっております、アーロン女史」

 

 哲也が敬礼でエラに敬意を示すと、彼女はこれ見よがしにため息をついて見せた。

 

「まったく、派手にやってくれたね。修理にはバチクソ手間が掛かってるよ」

 

 ボスの機体、P-20ドゥンは格納庫の奥に鎮座し、エンジンが抜かれていた。

 

「……では、自分は機体の点検に向かいます」

 

「あ、そう? お気をつけて」

 

 最低限の礼儀を見せると、哲也は足早にP-20のもとへ向かっていった。

 女の子への対応が分からないと言っていた彼だが、それにしてもそっけない気もしたが───

 

 今は、F-2の確認が先決だ。

 

「で、F-2はどう? 直ったの?」

 

「気安く言ってくれるなぁ……そっちは持ってきた部品の入れ替えで済んだから、

ダメージはとっくに完治してる」

 

「おお、さすがだ」

 

 良介は気安くサムズアップして彼女達の功績を称えた。

 

「今やってるのは、データリンクってヤツの実装」

 

「で、データリンク積んじゃうの⁈」

 

 データリンク。

 この概念を説明するのは非常に大変かつ、難解だ。

 なので簡潔に説明するとしよう。

 

 例えばF-2のレーダーは正面方向以外に標的を捉えることが出来ない。

 当然、コストなどの面で省略しているためだが、決して妥協したわけではない。

 

 僚機や早期警戒機、あるいは地上のレーダー。

 データリンクとは、この周囲が得た情報を統合することでレーダーの死角をカバー出来るのだ。

 

 もちろんレーダーや索敵だけの技術ではないのだが───

 これだけ知っておけば、ひとまずは十分だろう。

 

 元から最低限のデータを送信する機能だけは幕府側に提供されていた。

 とはいえ、それをリンクさせるとなると苦労は別格なはずだ。

 

 しかし、問題点があった。

 

「でも、データリンクは1機だけ搭載してても仕方ないぜ?

頭数があって、はじめて機能するんだ」

 

「うん、知ってる。だから他にもこっちが借りた幕府軍のレーダー車両、

それとペンギン中隊の機体にも搭載したの」

 

 哲也のドゥンをよく見れば、機首のレーダーを開いて何事かをしている真っ最中だった。

 恐らくそのスペースに必要機材をねじ込むのだろう。

 

 しかし一方で、竜司のオロールが見当たらない。

 

 辺りを見渡してみると、格納庫前にある駐機場(エプロン)にその姿があった。

 彼女の新しい機体は、今までのオロールと似て非なる機体だった。

 

「竜司ちゃんの新しい機体……色々新しいのがくっついてる?」

 

「私がちょっと手を加えさせてもらったんだ。

……フラネンスの技術は興味深いけど、そこまで高度ではなかったから」

 

 僚機の事を知るのも、隊長の役割である。

 良介はエラと共にエプロンへ向かうと、コクピットに乗り込む竜司に歩み寄った。

 

「竜司ちゃん、身体の調子は? 痛いところとかない?」

 

「あっ、志村殿……と……」

 

 竜司の視線が良介を向き、続いてエラに向かった。

 何やら微妙な空気が一瞬だけ漂ったが、すぐに竜司は良介へ視線を戻した。

 

「死ぬかと思いましたが、万全です。新しい機体も、これから試運転です」

 

「なるほどね……」

 

 新しい機体とやらを確かめるため、良介は戦闘機乗りの目をしてコクピットを覗き込んだ。

 

「やっぱりリョースケって、黙ってるとムカつくくらいハンサムだよね」

 

「黙らないから困りものなんです」

 

「……喋らなくても、大概だけどさ」

 

 エラは手を加えたと言っていたが、とんでもない。

 

 まず目立つのは、計器の右隅っこにある後付け感の強い大小のモニターとスイッチ。

 これはF-16やF-2にある主要飛行情報表示装置(PFD)多機能表示装置(MFD)の類に見えた。

 

 PFDは速度や高度、姿勢をひとつの画面にまとめたもの。

 つまり、これさえ見とけばとりあえず水平飛行は出来るというヤツである。

 

 MFDはPFDと比べて重要度の低い情報を表示するためのもの。

 スイッチで表示出来る情報を変更可能なのがミソだ。

 これで地図や予定航路をボタンポチポチで確認出来るのだ。

 

 現在、MFDの表示は機体の前後左右を表示可能なレーダー画面になっていた。

 レーダーが前方にしか走査出来ないのなら、後ろと左右を表示する意味がない。

 これはデータリンクを前提とした装備だ。

 

「うーん、なるほど。なら……」

 

 もしエラがF-2を参考に改修したとすれば───

 

「し、志村殿……近いです」

 

 あった。

 右脇の隅っこに、増設されたノブスイッチがあった。

 名前はMIDS、F-2と同じくデータリンク操作用のノブである。

 

 計器のメーターやスイッチと睨めっこしなければならない航空機と比べれば、大きな進歩だ。

 手を加えたどころか、大改修である。

 

「これは、凄いな。20年は時代が進んだ感じだぞ」

 

「少し視界が狭くなるのが困りものです」

 

「文句言わないの。これでも世界最小クラスのモニター使ってるんだから」

 

 確かに、視程内(WVR)戦闘がこの世界の基本。

 格闘戦の真っ最中にこの大きさのモニターがあっては、邪魔になるだろう。

 

「それで、このカナードもエラちゃんの発案?」

 

「そう。私の(へき)だから、設計した機体には大体つけてるんだ……

量産仕様にするとき、本社の若造連中が外しちゃうんだけど」

 

 オロールのエアインテーク脇には、カナード翼が追加されていた。

 ユーロファイターや少し昔のスホーイについていた、アレである。

 

 もっと詳しく言うなら、エースコンバットの製作陣が架空機にとりあえずつけるアレである。

 機体の脇で控える整備隊の人間が嫌そうな顔で見ている辺り、整備性はお察しである。

 

「実は、ガワで一番の改修はそこじゃないの」

 

「へぇ、どこ?」

 

 なにやら紹介したいものがあるらしく、エラは機体後部に向かって歩き出した。

 良介もタラップを降りて、彼女の後を追う───

 

 ウウウウウウウウゥ!

 耳障りな警報音が石射飛行場中に轟いた。

 

「空襲警報!」

 

「離陸します! どいて!」

 

「エラちゃんっ、こっちへ!」

 

 良介は駆け出すと、エラの手を引いてオロールのそばから離脱する。

 すると、オロールが火を噴いた。

 エンジンノズルだけでなく、機体下部からも。

 

「火災っ⁈」

 

「いいえっ、あれは……!」

 

 3カ所から火を噴くオロールは誘導路を目一杯使って急加速し、なんと滑走路を横切って離陸してしまった。

 無事離陸した浅葱(あさぎ)色のオロールは、地上にあいさつ(バンク)を振ると西へ向かっていった。

 

「ロケットブースター⁈」

 

「そう! 胴体下にブースター積んじゃった!

仮称、スーパー(S)オロール!」

 

 そういえば、良介はこんな話を哲也から聞いたことがあった。

 冷戦期は爆撃機(無論、核搭載)を迎撃するため、戦闘機にブースターを積んでいたことがあると。

 

 技術の発達により、危険なこの装備は使われなくなったが───

 考えてみればここは異世界、央暦1969年。

 西暦で考えれば冷戦真っ只中、このような装備があって当然である。

 

 あの芸当はブースターの急加速はもちろん、広いデルタ翼が生み出す高い揚力によるものもあるだろう。

 真似してはいけないぞ、普通に。

 

「だとしても、無茶するなぁ……エラちゃんは防空壕へ、俺も出る!」

 

「そうさせてもらおうかな」

 

 エラと別れると、良介は格納庫へと戻りF-2に飛び込んだ。

 

「どう、飛べる⁈」

 

「兵装積むまでちょっと待て!」

 

「GUNとショートレンジ(SRM)でいい!」

 

 機付長と言葉を交わしていると、誰かが叫んだ。

 

「敵機来襲、来るぞッ!」

 

 ふたりは反射的に頭を下げると、格納庫の屋根をぶち抜いた曳光弾が目前の床を抉った。

 直後、滑走路の方向で爆発が起きた。

 

 竜司や地上からの迎撃を無視した敵攻撃機は、石射飛行場の無力化だけを目的に攻撃を仕掛けてきたのだ。

 滑走路が使えなければ、一騎当千の新鋭戦闘機でも鉄屑同然。

 空軍能力を一時的にでも削ぎたいのなら、最適解の攻撃だ。

 

 滑走路破壊の次は、格納庫の破壊だろう。

 

「まずいな、滑走路が……」

 

 機付長はそう言うが、だからといって指を咥えて待つわけにはいかない。

 ヘルメットを被ると、チェイスはJFSを使ってF-2に火を入れた。

 

「機関砲弾、装填完了ッ!」

 

「陽光、積み終わりましたけどっ……」

 

 整備隊の面々から、戦闘準備完了の報告が上がる。

 しかし、空へ飛び上がるための滑走路には現在、大穴が穿たれている。

 

 もし無理矢理離陸しようとすれば、前につんのめって地面とキスする事になる。

 擦り傷だけでは済まないぞ、どうするつもりだ?

 

 正面には数十メートルもないエプロン。

 続いて100メートル程度の誘導路がちょうどあるだけ。

 その次は防風林が立ち並び、突っ込めばただでは済まない。

 

 考え直せ、施設隊の修復を待て。

 離陸できるような距離ではないんだぞ。

 もし離陸するつもりなら、せめて200メートルは欲しい。

 

───竜司ちゃんはどうする? 彼女はもう、空で戦ってるんだぞ。

 

 でも私は死にたくない!

 しかも、無茶して離陸失敗が死因なんて嫌だ!

 

「機付長、みんなに離れるように言ってくれ」

 

 チェイスはまっすぐ、機付長の目を見て告げた。

 思いは彼に、真っ直ぐ届いた。

 

「全員退避ィッ! チェイスがまた、馬鹿をやるぞオオオオッ!」

 

「うあああああああっ」

 

「にっ、逃げろおおっ!」

 

「この大馬鹿野郎っ、戻って来たらマジでぶっ殺してやるからな!」

 

「楽しみにしてる」

 

 機付長と拳を合わせると、チェイスは周囲の人間が離れたのを確認し───

 出力を最大、オーグメンターを起動した。

 

「こちらチェイス、離陸する。前方にいる機体は道を開けて欲しい」

 

「こちらカビエシ。チェイス、どうするつもりだ?」

 

「言ったろ? 離陸するんだ」

 

 正面のエアインテークから新鮮な空気を取り込み、後方のノズルから強烈な気流を放つ。

 格納庫内のあらゆる器具・装置の類が吹き飛ばされ、書類は炎上しながら壁に叩きつけられる。

 やがてその壁にある窓も、バラバラに砕け散った。

 

「ごめん、みんな……発進する!」

 

 エンジンの回転数が十分な域に達したと見たチェイスは、ギアブレーキを解除した。

 ブレーキにも関わらず徐々に進んでいた機体が解き放たれ、急加速を始めた。

 解除した瞬間に少し嫌な音がしたが、チェイスは無視した。

 

 エプロンをあっという間に抜け、誘導路に入る。

 速度は80ノット、機首上げ(VR)にはもう少し必要だ。

 

「おいっ、あいつマジかっ⁈」

 

「あんなの正気じゃないっ、物狂いだ!」

 

「ハッ! それでこそだ、チェイス!」

 

 110ノット、あとちょっと───

 だというのに、誘導路の隅と防風林は目前に迫っていた。

 

「なら上げるしかない!」

 

 操縦桿を素早く、しかし失速しない程度に引く。

 姿勢が変わり、世界が空と林の2種類に。

 

 機体が完全に地上から離れ、上昇を始めた。

 ここまで来たら、離陸(いきる)墜落(しぬ)かだ。

 

 ギアをしまい、緩やかに上昇を続ける。

 そして、防風林が完全に視界から消えた。

 

 一瞬だけエンジンから異音が聞こえたが、警報なし。

 葉っぱか何かを吸ったのだろうが、エンジンは損傷しなかったのだろう。

 

「ぺっ、ペンギン1の離陸を確認……ありえん、誘導路だぞっ⁈」

 

「チェイス、空は頼んだぞ! 俺たちも滑走路の修復が済み次第、参戦する!」

 

「おう!」

 

 地上にバンクを振り、久々にMIDSノブを操作してデータリンクに接続する。

 すぐに装置は機能して、レーダーに正面ではない角度の情報が表示された。

 

 エラが用意した地上のレーダーと、竜司の機体が捉えた機影が表示されているのだ。

 

「ちぇっ、チェイス殿⁈ いま、電探にあなたの表示が……!」

 

「ご存じ俺様チェイス様だ! 竜司ちゃん、待たせてごめん!」

 

 旋回して竜司と彼女を追いかけ回す敵機を捕捉し、レーダーロックしたGUNの照準を合わせる。

 

 ミサイルは使えない。

 搭載した陽光はF-2の適合改修を受けたレーダー・スレイヴ機能つきだったが、レーダー・スレイヴも万能ではない。

 適当に撃つと、外れて竜司に誤誘導する恐れがあるためである。

 

 彼我の距離が縮まり円形照準器(ピパー)が重なった瞬間、すれ違いざまに掃射。

 右翼を20ミリ砲弾で薙がれた敵戦闘機は、制御を失って地面に墜落していった。

 

 その間にも、竜司は追跡していた攻撃機を撃墜した。

 

「竜司ちゃん、攻撃機は任せた。俺は戦闘機を叩く!」

 

「了解、背後は任せます!」

 

 オロールの低空低速域での機動性は目を見張るものがある。

 戦闘機と比較すると圧倒的に足の遅い攻撃機を対処するのは、竜司が最適だろう。

 

 地上のレーダーは飛行場周辺と限定的ながら、間違いなく敵機の情報を送信していた。

 敵は西の山岳地帯を低空で突破し、幕府軍の哨戒網から隠れて接近したのだろう。

 

 数は攻撃機とその護衛機含め(レーダーでは区別出来ない)9機。

 葦原系空軍の6機編隊を組む癖を鑑みれば、竜司と地上の防空兵器の活躍で2機は撃墜したと見るべきだろう。

 もちろん、チェイスが撃墜した1機も忘れてはいない。

 

 チェイスと竜司は西から東へ過ぎ去り、旋回中の敵編隊を標的にした。

 再攻撃の意図は明白、逃すわけにはいかなかった。

 

 陽光のシーカーを起動させ、目前の熱源を捉えさせる。

 唸り声を上げるように、捕捉完了を表すビープ音が響き渡った。

 

「ペンギン1、FOX2!」

 

「ペンギン2、撃つ!」

 

 獲物を睨む猟犬が機体から放たれた。

 それは向こうも同じことで、F-2のレーダーが8発の飛翔体を捉えた。

 

「攻撃来るぞ! 回避(ディフェンシブ)!」

 

 これは攻撃機の自衛用SRMも混ざっていると見て間違いなかった。

 向こうは総力を持って、チェイス達を排除しようとしているのだ。

 

 陽光は非常に高い感度で捕捉可能な熱源誘導ミサイルだ。

 応用が効く反面、欺瞞には弱かった。

 

 チェイスと竜司は互いの軌跡を交わらせながら飛行し、フレアでミサイルを混乱させた。

 ミサイルの放つ衝撃波が風防を揺らすも、炸裂はしなかった。

 

 敵機は急旋回で回避を試みたが、ひとつは旋回とフレアで回避。

 もうひとつは攻撃機だったのか、フレアの散布虚しく直撃した。

 

 戦果を確認する間もなく、敵機は突っ込んできた。

 犠牲を覚悟した、強烈な殺意を感じられる戦法だ。

 

 機関砲の曳光弾が交差し、いくつもの火花と破片が飛び散った。

 翼をもがれた機体が地面に叩きつけられ、燃え盛る燃料を撒き散らす。

 

 その中にチェイスと竜司はいなかった。

 

「残敵6、いや5!」

 

 ミラーに黒煙を吐く攻撃機が映った。

 出力を上げて上昇しようにも、被弾したエンジンは思うように回転せず。

 尾部から叩きつけられるように転がりながら墜落した。

 

 レーダーの表示では、未だ敵機の戦意は衰えを見せなかった。

 旋回して、再度攻撃を仕掛けようとしている。

 

「あれはやけっぱちの行動じゃないな。連中、俺のやり方を研究してるぞ」

 

まともな戦法(ドラッグ機動)では、チェイス殿が喰らい付きますから」

 

 チェイスのミサイルをかわしつつ突撃し、ドラッグ機動で背を向けた敵機を追跡する戦術。

 どうやら敵はその戦術を学習し、同じやり方で対抗すると決めたらしい。

 

 命を投げ捨てるかのような判断だが、実際チェイスはやりづらさを感じていた。

 

 まだ相手が少数で助かった。

 複数で連携し、側面を狙って来ていたら危なかった。

 

「ペンギン隊へ通達! 電探に感あり、西に数6!

敵の増援と思われる!」

 

 レーダーに視線をやる。

 すると、確かに6つの光点が西から出現していた。

 

「ああ、第2波か……」

 

「こちら竜司。間もなく弾薬が欠乏(けつぼう)します」

 

 オロールは2発のSRMと2基の30ミリ機関砲を持つ。

 SRMの少なさはもちろん、GUNも2つある分弾倉の容量は少なめだ。

 

 2基の機関砲は発射速度の遅さと精度の低さをカバーするための手段なのでどうしようもないが、継戦能力に欠けるという欠点があった。

 現代では機関砲の発射速度・精度も向上しているため、古い機体を再設計する際は機関砲を1つに減らし、かつ小口径化。

 そして1つ分空いたスペースを弾倉にするという施策が取られがちだが───

 

 ともかく。

 チェイスが上がる前に、敵戦闘機を追い払っていた時に撃ってしまったのだろう。

 

「これで最後……!」

 

 竜司が攻撃機の背後につくと、その隙を狙って敵機が竜司の背後につこうとしていた。

 チェイスは敵機を追跡している最中であり、狙うのは難しい。

 報告するにも、救援へ向かうにも少し遅い。

 

 チェイスが警告を発信しようとしたその時、通信機からエラの声が響いた。

 

「聞いてる? チェイス! その機体に積んだミサイル、

試作したオフボアサイト機能がついてるから!」

 

 オフボアサイト射撃、正面以外の目標を捕捉、誘導可能なミサイルだ。

 テスト直前の、完全な機能を持っていない試作品。

 正常に機能するかは極めて怪しい。

 

 しかし、それが出来るのなら───

 

「HMD起動! 捕捉開始!」

 

 ヘルメットのバイザーに照準器が表示され、敵機のシルエットと重ねる。

 FCSは───目標を認識した。

 

「FOX2!」

 

 この世界に来た時も、そういえばこうしていたか。

 自衛隊が採用しているそれと比べて、ずっと鈍い挙動だったが───

 間違いなく、ミサイルは良介の指定した目標へと向かって飛翔を始めた。

 

「撃墜!」

 

 竜司が敵機を撃墜すると、ほぼ同時に戦闘機が背後の必中圏に迫った。

 そこに、チェイスの放ったミサイルが現れた。

 

 しかし相手も素人の集まりではない。

 自身に迫るミサイルを察知したのか急旋回し、ミサイルは地面に叩きつけられてしまった。

 

「竜司ッ! 背後に敵機!」

 

 稼げた時間はほんのわずか。

 すぐに敵機は持ち直して竜司の背後、ミサイル必中圏に入り込み───

 火を噴く矢を放った。

 

「ミサイルっ、急旋回しろ(ブレイク)!」

 

 こうなればフレアを撒きつつ、祈りながら急旋回するより他ない。

 しかし───彼女は真っ直ぐ突き進んだ。

 

「ダメだっ、追い付かれるぞ!」

 

「大丈夫っ!」

 

 彼女が向かう先には、基地攻撃を狙う攻撃機。

 まさか、少しでも攻撃して敵機を減らすと言いたいのか?

 

 何にせよ、チェイスに出来ることは何もなかった───

 

 そう思っていた。

 竜司のオロールが敵攻撃機を追い抜き、急上昇。

 

 ミサイルとの間に攻撃機を置いた。

 

「なにっ」

 

 熱源を愚直に追いかけるミサイルは、標的をすり替えられた。

 攻撃機のパイロットは突然敵の戦闘機が目前を通り過ぎたようにしか見えなかっただろう。

 

 それ以降の記憶は───ない方が幸せだったに違いない。

 まさか、味方のミサイルに撃たれてやられるとは。

 

「竜司、ちゃんっ。なんて無茶を……!」

 

「確かに無茶ですけど、出来ると理解(わかっ)たんです。

チェイス殿だって、似たようなものではないですか」

 

 何の返答にもなっていない、感覚100%の言葉である。

 チェイスも確かに無茶はするが、一応頭の中ではある程度の計算と根拠はあった。

 

 しかしこれは───あまりにも無茶苦茶だった。

 

「ペンギン隊! 間もなく敵増援が射程圏に入るぞ!」

 

 説教をしている時間も立場も、チェイスにはなかった。

 

 敵の残存機は石射飛行場から西へ離脱し始めた。

 十中八九、敵増援と合流して再度攻撃を仕掛けるつもりだろう。

 

 チェイスはMFDの兵装管理画面を一瞥した。

 当然ミサイルの残弾はなく、GUNも残り少ない。

 

 レーダーを見ると、竜司はチェイスのすぐ背後を飛んでいた。

 編隊を組み、西から迫る敵と対峙する。

 

「竜司ちゃん、兵装は?」

 

「弾薬欠乏、すっからかんです」

 

「俺も、1機やれるかってところかな」

 

 こうなれば、F-2のECMを最大出力にして敵の連携を打ち砕くべきか。

 幕府軍の電子機器すら妨害してしまうが、滑走路の復旧と離陸には影響を及ぼさない。

 

 なんにせよ、チェイスと竜司はろくな兵装もなく9機いる敵部隊との交戦を余儀なくされる。

 果たして、何分生き延びられるか。

 

「……チェイス殿。私が敵前を飛んで攻撃を誘引します。

その隙に、北へ撤退してください」

 

 石射平野はほぼ幕府軍が抑え、北へ進めば先湊の海軍基地がある。

 完全に幕府勢力下にあるこの基地ならば、着陸のための滑走路や味方戦力もいた。

 

 逃げるならば、そこだが───

 

「馬鹿なことを言うなよ。俺はみんなを置いて逃げたりはしないぞ」

 

「あなたはもはや、幕府空軍の象徴なのです。

どうか、お逃げください」

 

 その提案を受け入れるわけにはいかない。

 では、どうするべきか。

 数秒間頭を悩ませていると、レーダー画面に複数の反応が現れた。

 

 方角は───360、真北!

 

「こちら新選組隊長、歳三!

これより石射飛行場及びペンギン隊の直掩に入る!」

 

「俺たちだって新選組だっ、八咫烏に守られてばかりじゃないぞ!」

 

 新選組、彰義隊の制空部隊。

 頭数が多く、部品も斗米にあるだけというオロールに搭乗する都合上、先湊にいた部隊だ。

 

 この状況下では、これほど頼れる連中はいなかった。

 

「こちら石射飛行場! 滑走路の応急処置完了、航空機離陸可能!」

 

「ようやくか。待ってろよ、サムライども。イグルベ中隊、食い荒らすぞ」

 

 石射飛行場は折よく滑走路が復旧。

 武器をたんまり積んだイグルベ中隊の傭兵が滑走を始めた。

 

 北からは新選組が迫り、イグルベ中隊の機体がチェイスと竜司を追い越していく。

 奇襲と数的優位で押し切れなかった以上、敵の失敗は確定した。

 

 そうなった以上、彼らに真っ向から戦う理由はない。

 反転し、元来た西の渓谷へと逃げ帰っていく。

 

 谷へ逃げれば諦めるしかない。

 そんな甘い考えが傭兵に通じるはずがなかった。

 

「出撃して報酬なし? んなわきゃねぇっ!」

 

「多少線を踏み越えてもいい! 追撃するぞ!」

 

 自身の報酬にも絡む戦果を求める傭兵は、血眼で逃げる敵部隊を追いかけて行った。

 あとは彼ら次第だが、チェイスと竜司の戦いはこれで終わりだ。

 

「……ふぅ。危なかった」

 

「チェイス殿。お疲れ様です」

 

 と、危なかった代表格の竜司はチェイスを労った。

 彼女には言いたい事が山ほどあったが───きっとこのあと、哲也が代弁してくれるだろう。

 

 説教は慣れた人間に任せることにして。

 それよりも、彼女には聞いておきたい話があった。

 

「竜司ちゃん。向こうの作戦、何だと思う?」

 

 奪われたのなら、1秒でも早く取り戻したい。

 気持ちはわからなくもないが、それにしてもこの攻撃は異常だ。

 

 地上部隊との連携は一切なく、少なくとも奪還する企図はない。

 

 最前線の飛行場を無力化したかったのか?

 そう考えるのが妥当だが───それにしては攻撃隊の数が多く、粘り過ぎだ。

 滑走路と格納庫を破壊したいのなら、デストロイ&ランで第2波など用意せず潔く退けばいい。

 

 最前線の基地を攻撃して、抵抗を予想しない方が無理というもの。

 だというのに犠牲を承知で、あれほどの攻勢を仕掛けた。

 

 無能で説明出来る事象に悪意を見出すなとは言うが、不可解な点が多過ぎる。

 この攻撃には、単なる嫌がらせ以上の意図があると見るべきだった。

 

「……見当がつきません。

ですが、彼らの攻撃からは並々ならぬ殺気を感じました」

 

「俺達に対する殺意、か……」

 

 思えばチェイスが上がった直後、敵部隊は明らかに連携してミサイルの一斉攻撃を仕掛けてきた。

 護衛の戦闘機だけでなく地上を攻撃するための攻撃機すら、自衛用のミサイルを撃ったのだ。

 

「……この攻撃は、基地ではなく俺たちを狙ったもの?」

 

「私は、彼らから感じる殺気からそう思いました」

 

 だとすれば、随分と高く評価されたものだ。

 たかが一介のパイロットを暗殺するなど、通常の軍事作戦では考え難い。

 

「チェイス殿。私が最初に撃墜した機体からは、搭乗員が脱出していました。

逃げ切れるほど石射平野は狭くありません」

 

「なるほど……じゃあ、あとは改方(あらためかた)に任せるとしようか」

 

 脱出した敵パイロットを尋問。

 少々インチキな気がしなくもないが、殺し合いよりは人間的な行動に違いない。

 

「こちらペンギン1、着陸許可を求む」

 

 連日の空戦に疲弊した身体に鞭を打ちつつ、チェイスは石射飛行場に着陸の許可を求めた。

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