蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1969年8月18日
北部藩 石射飛行場
葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
あの奇襲から3日が経ち、情勢は動きつつあった。
奥葦原の航空優勢を失った政府軍は大きく戦線を後退させ、さらに空輸頼みとなっていた補給も滞った結果、地上での戦闘においても圧倒的不利に陥った。
現状、政府軍は北部藩からは完全に撤退していた。
彼らの奥葦原における支配圏は東国地方との境界線と西葦原へ繋がる唯一の陸路である真田藩、そして道奥藩に残るばかりであった。
良介も近接航空支援を要請されて飛び立つことはあれど、今日の戦闘では爆弾を投下する前にケリがついてしまった。
これは喜ぶべき事なのだろう。
航空爆弾を投げ込まれるよりも、投降出来た人数は増えたに違いない。
「ふぅ……今日は荷物提げて遊覧飛行で終わりか」
機体から降りて駐機場を歩くと、石射飛行場に降りてくる機体が目に入った。
足の遅い攻撃機───事実上のCOIN機である精兵隊の颶風だ。
彼らの機体は来襲する敵戦闘機の迎撃には期待できない。
となれば、宗治郎ら幕府空軍の上層部で攻めの算段が立ったのだろう。
「随分とハイペースだな……俺はともかく、他のみんなは耐えらえるのか?」
意思決定層としては耐える耐えられないの問題ではなく、今やらなければ次がないという問題なのだろう。
遺憾ながら、幕府軍はお前の活躍によって戦況を巻き返している。
しかし結局のところ、隅っこの地方を少しずつ削り取っているに過ぎない。
いくら無限オイルをかなえる錬金術があるといえど、損耗する人的資源はどうにもならない。
人は一組の男女が十年以上かけて、ようやく使えるようになるのだから。
もちろん幕府側は十数年という月日など掛けていられない。
政府側が混乱している現状で出来る限り削り取らなければ、また夷俘島に押し戻されてしまうだろう。
彼らが使える一組の男女は、幕府側の何十倍といるのだから。
「まったく、やっぱり戦争なんて簡単にやるもんじゃないぜ……」
若干感じている疲労を引きずりながら歩いていると、良介の後に気配が寄ってきた。
「お疲れ様です、志村殿」
「ああ、竜司ちゃん。そっちもお疲れ」
彼女も今回の支援に参加していた。
もちろん、参加していただけで攻撃は一切なかったが。
「志村殿は、あの交信を聞いていましたか?」
「どの交信?」
「敵は我々の到着を知って、降伏したという話です」
「それは……初耳だな。航空支援まで来たら終わりと踏んだかな」
「違います。航空支援ではなく、幕府軍の八咫烏と聞いて降伏したのです」
ふむ。
良介は歩きながら腕を組んだ。
幕府空軍彰義隊隊長、チェイス。
その活躍は幕府軍勢力下では、一騎当千の空戦武者として知られていた。
なお、報道にあまり誇張がないのを良介は自分の目で確かめている。
特に直近では石射飛行場の攻防戦でやり合った戦闘機部隊が
既に三傑のうち神機隊は倒していたので、残すは牢屋敷上空でやり合った唐津海軍航空隊である。
しかし誰を殺したのか、という話題は良介の興味の外にあった。
「あんまり喜べない話だな」
「どうして? 志村殿の武名が高まっている証拠ではありませんか」
「そう。俺を仇にしてる人間がそれほど多いって話でもある」
良介とて自衛官、軍人だ。
殺すべき時が来れば殺す覚悟はあり、実践している。
そして良介本人の気質によってか、その罪はあまり気にならない。
それ以上に気になるのは、残された人々の怨嗟だった。
「ですが、戦とはそういうもの……第一、大多数の人間に仇など討てません」
「そういうことは、思ってても口にはしない方がいいよ……」
あまり好ましくない話の流れだ。
葦原人との価値観の差はやはり、埋めがたいものがあるらしい。
良介は流れを打ち切るべく、話題をこの場にいない人間へと切り替えることにした。
「ところで、ボスだけはこの時期にどこへ行ったんだろう?」
「……恐縮ですが、私も存じ上げていません」
ボス。良介の上司である鈴木哲也は、幕府空軍の命令によってどこかへと異動されたのだ。
その異動先は機密の一点張りで、誰一人知るものはなく。
ただひとつ確かなのは、新選組と精兵隊から隊長及び数名が引き抜かれているという事実のみだった。
あまりいい予感のしない事実である。
「……次の作戦、ボス抜きでやるのか?」
「山義隊長と、奥村隊長も。恐らくは」
出来ないわけではないが、やはり戦力の中核となる人間がいないのだ。
不安がないといえば噓になる。
「まったく、年寄りが集まって何してるのやら……」
とはいえ、やれるだけやるしかないだろう。
良介と竜司のふたりは、わずかな不安を胸に隊舎へと向かった。