蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
東アジアにおいても緊張が高まる中、日本は日本海での一大演習を行い諸外国への牽制を図る。
そしてこの演習に、航空自衛隊史上最大の問題児も参加しようとしていた───
01 夷俘島迎撃戦「IRREGULAR」
西暦20XX年
日本海
航空自衛隊第11航空団第114飛行隊
志村“Chase”良介二等空尉
国際情勢というやつは、欧州に限らず複雑怪奇なものである。
北の隣国がクソのような侵略を始め、世界を混乱に陥れた果てに、自分で始めた特別軍事作戦に手こずって死に体になり。
西の隣国は我らが日本という国の研究を十全に行い、万全の体制でバブル崩壊対策を行った結果。
日本での崩壊の百倍以上の規模で韻を踏みまくり、致命的な経済不調に陥り。
西側も他人の事を笑っていられるほどの状況でもないが、もし自由主義が崖っぷちにあるというのならば。
東側と称された国々は、悉く目前に迫る奈落の底から目を逸らしていた。
「ヤバげなところがヤバヤバ状態になって、世界は平和になったかって?」
その答えは、ノーである。
「まあ、気軽に戦争出来るところが調子悪くなったら、
大人しくするより獲れるとこから獲ろうとするよな。歴史的に考えて」
古くは枚挙に暇がなく、最近ではナチス。
確かに、否定出来る要素はないだろう。
「で、北のお隣さんは西のお隣さん二名に土下座して色々恵んでもらって……
代償として、太平洋艦隊はこの二名の使いっ走りになった。
おかげで日本海の情勢はヤバヤバのヤバ、というわけだ」
日本海は荒れ狂う事の多い海ながら、大和堆を始めとした広い海域で豊富な海洋資源が活きている。
その上近年は海底資源の発見もあり、狙っている勢力は敵だけでなく身内にさえいた。
獲れるのならば、欲しいところだろう。
「で。ここでいっちょ、舐められないようにデカい演習をしとこうか。
ってわけだ」
相手の強い反発を生む可能性のある行動だが、かといって予防的な措置を行うわけにもいかない。そうすれば彼らと一緒だ、無謀な点も含めて。
実施地域は少々賭けとなるが、この日本海で行う演習は強いメッセージとなるだろう。
ところで、お前は一体誰に説明しているのだ?
「……さあ? 例えば、読者とか?」
この狭苦しいF-2A 565号機のコクピットには、お前一人以外に居られるスペースはない。
例外といえば、愚かな人間を強く御する精神。自己批判の精神くらいなものであろう。
「読者といえば……なんだかこの状況、タイムスリップ系架空戦記の
出だしみたいだな」
自衛隊が大規模な演習を控える中、気が付くと1940年代の日本近海あるいは領土にタイムスリップ。
なし崩し的に自衛隊(主に海自)は第二次世界大戦に巻き込まれていく───
そんなWeb小説のテンプレならぬ架空戦記テンプレのような、アレのことか?
「もっとも俺が生まれる前から架空戦記というジャンルは廃れていたらしい……」
2000年代生まれで架空戦記に思いを馳せる人間など、きっと地球上でお前くらいしかいないに違いない。
そのような妄想を繰り広げている暇があったら、自衛官としての任務に集中するべきではないのか?
ほうら、無線の交信が入ったぞ。
「こちらウォッチャー。やられ役諸君、ウェイポイントアリスに向かえ」
連絡をよこして来たのは、この演習でお目付け役を務めるウォッチャーだ。
単独ながら
「こちらペンギンリーダー、ウェイポイント『アリス』へ向かう。
ペンギン各機、追従せよ」
前方を飛行する隊長機が旋回を始めた。
チェイスもそれを追い、操縦桿を倒す。
いま操縦しているF-2は米国のF-16をベースにした小型戦闘機である。
設計は少々古いが機動性は抜群。期待されている対地支援や対艦攻撃はもちろん、互いの背後を取り合うドッグファイトならば一騎当千の大立ち回りだって可能である。
と、チェイス含めたF-2乗りは口を揃えて言う。
しかし、現実の空戦は酷く無味乾燥でつまらないもの。
現代の空戦とは単なるミサイルの投げ合いであり、せっかくの機動性も尻を捲って逃げ出して、ミサイルにスタミナ切れを起こさせるためにしか使われることはない。
大空戦! ケツの取り合い! 一瞬のヘッドオン対決!
そういうのをゲームで期待して、チェイスは
「ちぇっ。せっかくの空戦も、ミサイル投げて第5世代無双で終わりか」
チェイス達のF-2は分類としては第4.5世代とされる。
一方で最新鋭の第5世代戦闘機はレーダーに映らないステルス性を持つ。
レーダーとは敵の位置を探知するだけではない。
攻撃の狙いをつけて、さらに追尾させるのにも用いる。
では、このレーダーでは捉えられない第5世代との戦いはどうなるか?
「こっちが見つける前に見つかって、撃たれて、見つけたとしても
狙うことすらままならない」
つまり、くそげーですぅ。
今演習はその第5世代の威力を日本国民に知らしめるためのもの。
第4.5世代の戦闘機は応戦すら出来ず、一方的に食い散らかされる獲物に過ぎない。
ウォッチャーの言うやられ役とは、そういうことなのだ。
「……ふん。俺様は斬られ役の
どうにかして、ステルス野郎と空幕の連中に一泡吹かせてやる」
しかし、狙うどころか見つける事さえままならぬ相手に、一体どうやって戦うのか?
この演習において、F-35はいつものようなレーダー・リフレクターを搭載していない。つまり、舐めプなしでレーダーでの発見は不可能である。
「そこは……うちの隊のアドリブ次第だな」
アドリブですべてがうまくいくのならば、幕僚監部の人数は大きく減っていることだろう。
現場の属人的な能力以外に解決できない状況は、軍事作戦において失敗に等しい。
現実は、お前の欲求とは真逆なのだ。
もういい歳なのだから、ヒーロー願望の詰まったガキのような妄想はやめて、公務員として襟を正して生きよ。
それが、大人というものである。
「こちらウォッチャー。ペンギン、ウェイポイントへの移動を中止せよ」
言葉短に、ウォッチャーがこちらの行動を制した。
「お前の言う通りかもな。で、アクシデントの時は?」
現場の属人的な能力で、最善を尽くすしかあるまい。
「こちらでも所属不明機を探知、機数2。レーダー波から機種はSu-35と推定。
このままでは演習区域に侵入する、対応せよ」
噂をすればなんとやら。
チェイスは先頭を飛ぶ隊長機へ視線をやった。
「こちらペンギンリーダー、了解した。
パズー、隊を任せる。チェイス、後に続け」
「了解。チェイス、ボスに迷惑を掛けるなよ」
チェイス。それが
「あれれ? 俺を連れてっていいの?」
「お前のことだ、目をつけてないと演習で何をしでかすかわからん」
「その方が、ボスとしても面白いんじゃない?」
「かもな」
ボスの機体を追い掛けつつ、進路を北西へ取る。
彼が向いている先には、大きな曇り雲が浮かんでいた。
「連中は雲で隠れながら忍び込むつもりらしいな」
「俺がやろうとしたネタ、横取りされた」
「連中に対応している以上、演習でも通じなかっただろうな」
目視確認や熱源の探知を妨げるという点で、雲は非常に有効な遮蔽物となる。
が、やはり。現代の電子機器の能力はまったく侮ることが出来ない。次世代機をジャイアントキリング、などというのはやはり妄想の産物ということだろう。
「ふん。さっさとパパラッチを追い返して演習で一泡吹かせてやるぞ」
まだ言うか。
それはさておき。
所属不明機は雲の向こうを飛行中である。
データリンクから情報を受け取っているため、チェイスの機体からでも所属不明機の動きを監視できた。
事前通告されているはずの演習区域に近づいているが、彼らが進路を変える様子はなかった。
「で、ボス。どうするんだ? 待ち構えるのか?」
「そうだな。ここはいっちょ、驚かせてやるとしよう。
チェイス、レーダーを切れ」
「了解、レーダーオフ」
ボスに言われずとも、彼の目論見は読めた。
雲の中で所属不明機に接近し、度肝を抜いてやるのだ。
Su-35ともなれば当然、
こちらはAWACSから送られてくる情報を頼りに索敵し、味方同士の位置を把握できるため、わざわざレーダー波を浴びせて存在をアピールしてやる意味はないのだ。
「この間、ベーリング海峡でアメリカ人が煮湯を飲まされたからな。
その仕返しだ」
「いいね、俺好みだ」
「チェイス。相手は多分、全員男だぞ」
「知ってるよ、そんな事」
旋回して所属不明機の死角となる真横を取れるように調整し、雲に突入する。
幸いにも雲はさほど荒れている様子はなく、風防に雨が叩きつけられる程度だった。
視界は得られないが、ボスの機体が放つ衝突防止灯の光は雲に遮られる事なく、チェイスの視界にあり続けた。
「チェイス、はぐれないように手を繋いでやろうか?」
「ケンカ売ってんのか、こら」
度々受けるボスからの軽口に対応していると、違和感。
ほんの一瞬だけ、計器のメーターに乱れが生じたのをチェイスは見逃さなかった。
「ボス、機体やっちゃったかも」
「いや、違う。違わなかったら、俺の機体もイカれたみたいだ」
高度正常、速度も正常───しかし、それ以外がおかしかった。
先ほどまでは方位角320、北西を向いていたというのに今は方位角340、北北西を向いていた。
瞬きする猶予しかない間の推移である。
この程度は問題ではあるが、まだまだ序の口。
最大の問題は、データリンクの喪失だ。
先ほどまでAWACSやウォッチャーから送られていた所属不明機の位置をはじめとした情報の送受信の一切が途絶えてしまったのだ。
「こちらペンギンリーダー。ウォッチャー、こちらの現在位置がわかるか?」
規定の周波数で発せられたボスの言葉は、チェイスの機体でも捉えていた。
しかし、応答はない。
データリンクだけでなく、通信も?
疑問に思ったチェイスは、初歩的な確認を行うことにした。
MIDSシステムのノブに視線をやる。戦術データリンクに接続された状態。
少なくとも、しょうもないケアレスミスではない。
目前のボスの機体を除き、一切のデータを送受信出来ていないと発していた。
「……タイムスリップ系の架空戦記じみてきたな」
「チェイス! ジョーク飛ばすならもっとマシなのにしろ!
あれ大抵バッドエンドだろ!」
そう、現状はシャレでは済まない状況である。
雲の中で現在位置を見失うどころか、味方との通信すら喪失してしまった。
現実的な分析をすれば、何らかのトラブルでボスとチェイスの機体が超短波通信を除いた全ての通信がダウンした。
あるいは、日本全土にEMP攻撃が行われ、自分達は雲か何かによって影響を免れ。少なくとも日本周辺の電子機器が破壊されたか。
どちらにせよ、二人にとってろくでもない事態が想像された。
「こちら日本国航空自衛隊第11航空団第114飛行隊、誰か応答せよ」
完全に打つ手なしと見たボスは、あらゆる周波数に向けて発信を始めた。
これで所属不明機が応答でもすれば世界の笑いものだが───現実は、その方がマシに思える事態だった。
「チェイス、俺の発信にミスはあったか?」
「いいや。全周波数でバッチリ聞こえてたぜ」
「まさか……マジでEMPか? ともかく、雲を抜けるのが先決だ。
チェイス、離れるなよ」
「了解。不安なら手でも握るよ」
「こいつめ、頼むぞ」
視界のない雲の中で下手に動けば、雲を抜けるとその先が海面という可能性もあり得る。
可能な限り現状の方位と水平を維持し、ふたつの機体は前進を続けた。
風防を叩き続ける雨は相変わらず背後へと流れて行き───やがて、沈黙と暗闇が打ち破られた。
「チェイス、雲の切れ目だ!」
ボスの喜びが滲む声と共に、前方の視界が開けた。
その光は日本海と同じく、眩いそれで───
レーダーが反応を捉えた。それも、驚くほど近くで。
そして、驚くほど多く。
「
レーダーに映った光点は12。威圧、偵察以上の言葉が脳裏を過ぎるが、雲の暗闇が晴れるごとに、問題はその姿を現しつつあった。
爆発と炎上、黒煙。
嵐の先の世界では、戦闘機同士の空戦が発生していたのだ。