蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1969年8月23日
北部藩 石射飛行場
葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
夜の激闘から2日経ち。
別行動していた哲也らベテラン組は良介たちより遅れて石射飛行場に戻って来た。
「ボス。急に戻ってきて、一体何してたんだ?」
彼らが帰還すると聞いた良介は早速、駐機場で彼らを出迎えた。
すると、普段気力が充ち満ちている彼らの顔に強い疲労が浮かんでいるのが見えた。
「お前らが智台の攻撃をしてる間に、俺らは武揚に陽動攻撃をしてたんだよ」
思えば、智台は奥葦原随一の規模を持つ都市である。
そこを艦隊含む部隊で強襲して、増援のひとつもやって来ないのは奇妙に思えていた。
なるほど。
良介たちが問題なく攻撃を続けられたのは、哲也たちが首都の敵を攻撃して増援の余力を奪っていたおかげだったのだ。
「でも、陽動攻撃にしては規模が大きくないか?」
「連中の悪夢を現実的にするには、そこそこ大きな規模がいるからな。
陽動攻撃で大被害受けてちゃ世話ない、手練れが必要だったんだよ」
かつて智台で行った、果ての雲に隠れながら行った奇襲。
これにより政府側は果ての海側すべての沿岸部で警戒を強化する必要が出てしまった。
そこに、占領したものとはいえ首都奇襲。
奥葦原軽視の葦原政府がどちらを優先するかは考えるまでもない。
「そっちも大した被害を受けずに終わったらしいな。
ジジイどもに感謝しろよ? お前らの苦労を俺達が代わったんだ」
「わかってるよ。ありがとうご老体がた」
すると、新選組の隊長である歳三から鋭い視線が浴びせられた。
俺は年寄りではない、と言わんばかりである。
「……俺はまだ年寄りではない」
実際に言った。
確か彼はまだ35だと言ったか。
良介と7つ違いである。
年齢の差はどうでもいい。
「それより歳三さんよ、新選組の連中が心配してたぜ?
用事がなければ会いに行ってやりなよ」
「……ああ、そうしよう」
口数が少ない───というより、元気がないというべきだろうか。
どこか気後れしているような印象の声色で答えた彼は、ゆっくりと去っていった。
「……」
その背中を見送る哲也の表情も、ただならぬものに見えた。
───これ、何かあったな。
珍しく意見が合うじゃないか。
戦争とは綺麗事で済むとは限らない、いや綺麗事で済むはずがない。
犠牲ではないなにかが、彼らにあったのだろう。
「ボス。陽動作戦でどんな暴れ方をしたのか、聞かせてもらおうじゃないか」
「ああ、いいだろう」
ここで良介は確信した。
彼らはデブリーフィングをここではしない。
既にどこか、別の場所で行っている。
それに、陽動作戦に従事していたにしては帰還が遅くなり過ぎだ。
どこか別の場所を経由しているに違いない。
この頑固おやぢが口を開かないのだから、未だ口にするべきではないのだろう。
ひとまず、軍事機密の話は置いておいて。
良介は老人の自慢話を聞くべく隊舎へと向かうのだった。
◆ ◆ ◆
とはいえ、全く気にならないわけではない。
哲也から陽動作戦の内容を聞き終わった良介は、
自他ともに、意外な本の虫と称される良介だが、新聞は読まない。
別に情勢に興味がないわけではないが、ゴシップを好んでいるわけではないのだ。
しかし、調べものには新聞が最適だ。
たとえそれが偏向報道上等な権威主義国家のプロパガンダまみれでも。
馬鹿と鋏は使いようという。
一方でプロパガンダとゴシップもまた、使いようなのだ。
誰もいない彰義隊の隊舎で腰掛けると、品質の悪い新聞紙の一面を睨んだ。
『八咫烏強し! 智台に蔓延る劣弱な賊軍撃退!』
「うーん、完全に俺の存在がプロパガンダに使われている……」
未だに良介のもとに銃を持った暗殺者が来ないのが不思議な状況である。
「いや、千代ちゃんが来てただろ」
以降、来ていないではないか。
「だーれが来てたって?」
「ギョギョッ⁈」
想像だにしていなかった声に振り返ると、想像していた通りの顔が隣で座っていた。
千代、かつて神兵暗殺を目論んだ暗殺者であり、今は斗米基地やら石射飛行場の清掃員。
その裏の顔は、恐らく幕府軍に協力する工作員。
先湊攻略においては、絶体絶命にあった良介をトンネル出口の門を吹き飛ばして救い。
先の智台攻略では、機雷敷設を察知して機雷艇の位置を知らせた。
もはや彼女は、幕府軍の守護天使である。
恐らく、
「な、なんだ千代ちゃんか……いつの間に?」
「いつの間にか」
つまり、答える気がないのだろう。
彼女から漂う新鮮な硫黄の匂いを感じながらも、良介は紙面に視線を戻した。
「珍し、しむすけが新聞読んでる」
「自分でもそう思ってるよ……」
千代に応対しつつ、良介は幕府上げ記事に目を通し───
紙面の深く折られたところにあった記事に注目した。
夷俘島に籠っている幕府陸軍の部隊が事故で大きな被害に遭ったというものだ。
斗米よりずっと東にある演習場で(遊郭で柳北と話した際、話題に上がった演習場だろう)演習中の部隊が果ての雲に突っ込まれたというものだった。
その混乱の際に兵器の暴発があったらしく、ただ嵐に入り込んだとは思えないほどの惨状だったとか。
生存者は皆無、初動で調査を行ったのは斗米基地所属の幕府空軍。
続いて、陸軍の部隊が現地で調査を行ったとある。
「そう、これは事故なんだ。しむすけ」
良介の目線で彼女は確信したのだろう。
文字にすれば軽い口調に見えても、彼女の言葉は真剣そのものだった。
再び紙面を読むと、調査を行った陸軍の部隊は聞き覚えがあった。
確かあの遊郭で知り合った(語弊がある)陸軍軍人が所属する部隊だ。
「事故、ね……千代ちゃん、この嵐に飲まれた部隊について、知ってたりする?」
「どういう意味で?」
「知ってるなら、見解を聞きたいってだけ。
……俺は秘密を守る男なんだ。特に、女の子の秘密はね」
「内向きなくせに超強硬派。
例えば、勝手にしゃべる判子は取り替えてしまえーとか、
身内同士じゃ平気で言っちゃう手合い」
「皇道派じみてるな、おい」
内向きな強硬派というのは、幕府陸軍に蔓延している夷俘島を占拠して葦原政府と睨み合いを続ければいい、という考えを持つ一派という事だろう。
その一派の部隊が、一人残らず全滅した。
演習中に被災して、武器が暴発して。
なるほど。
情勢は動いているというわけである。
「……さて、俺の用事は終わった」
「終わったねぇ」
隣に腰掛ける千代を伺う。
そういえば、彼女にはいくつも借りがあるのにまだ返していなかった。
「奢るって約束してたっけ。行く?」
「えー……ここって奢って欲しいほどおいしい店ないじゃん」
ごもっともである。
石射飛行場周辺は農地が延々と広がる農作地。
それも、最近の戦闘で広範囲が農作不能となっていた。
幕府空軍からは、飛行場の敷地から出ないように指示も受けている。
周辺の農民から恨みを買っているためだ。
下手に単独で行動すれば、その辺の農作放棄地に埋められかねない。
葦原の一般人は、そのくらいの
「じゃ、またの機会だな……」
「それじゃあ、これ。連れてってよ」
そう言って千代が指さしたのは、新聞の一面。
来年、葦原の長坂で行われる予定の世界博覧会に関する記事であった。
『世界博覧会、幕府がやらず誰がやる!』
そもそも、内戦中に出来るのかという根本的な問題が存在するのだが。
「ばんp……げふんげふん。世界博覧会ねぇ」
「異国の展示とか、色々あるんでしょ?」
現実的な見解を披露するには惜しい、明るい表情だった。
自分の生まれた藩によって人生を制御され、使われた彼女にとって葦原の外という世界はとても興味深いものなのだろう。
冷笑は簡単で、自分は現実を知る特別な存在という悦に入ることが出来る。
しかしそれは、抜本的な問題解決には程遠い。
「……わかった。一緒に行こうか」
「よーし! それじゃ、約束だかんね!」
またお前は、安請負を。
お前は明日どころか、この後死ぬかもしれない身の上の人間だというのに。
その期待を裏切る可能性を、考えた事があるのか?
───それじゃあ、馬鹿にすればよかったのか?
まさか。
ただ、期待に応えられず、彼女がひとり遺される可能性を忘れるなと言っているのだ。
我々と同じように。
「ああ、約束だ」
いつものように安請負をした良介は、千代と共に隊舎を後にした。
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