蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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65 鉞作戦「Schism」

央暦1969年8月15日

真田藩 真田城

葦原政府真田藩地域空軍予備役頭

松代“大助”あくり

 

 真田藩。

 かつて存在した中葦原北部に位置する、なんの変哲もない山間の小さな平地であった。

 

 しかし人魔大戦の英雄、岸岳馬之助の犠牲により閉ざされた魔界の門。

 その余波により、中葦原の大部分は消滅した。

 

 門と共に消滅してしまった者たちには申し訳ないが、それで何もかもが終わりはしない。

 消えてしまったものたち以外による、その後が続くのだ。

 

 中部の大半が文字通り消えたことによって、葦原の交通事情は大きく変化した。

 主要街道たる東海道の西半分は消滅し、葦原は新たな街道の整備を必要とした。

 

 西海道(せいかいどう)

 かろうじて通行出来る起伏の少ない地形を探すと、真田藩のど真ん中が該当した。

 

 数年にして、辺鄙な田舎領地は陸運の要衝(ようしょう)となったのだった。

 

 それから時代を経て、葦原に激震走る1969年。

 イレギュラーの介入を経た真田藩は、従来の歴史から大きく離れようとしていた。

 

「父上。松代大助、只今参上致しました」

 

「あくりか。入れ」

 

 その名を口にするということは、彼の部屋に他人がいないことを意味した。

 あくりは丁寧に襖を開き、礼儀に則って入室した。

 

 幕藩体制が半ば崩壊し、その権力をほとんど失った男。

 暗闇に染まった真田藩藩主の居室は質素なものだった。

 

 古風な行燈(あんどん)が放つ仄かな光が、藩主の顔を薄らと浮かび上がらせている。

 その表情にはいつも浮かべているような、実の娘と顔を合わせる喜びはなかった。

 

 強い決意を固めた、戦に赴く武将を想起させる険しいものであった。

 

「父上。御用向きは?」

 

「……あくり。お前には予備役を任せているな」

 

「はっ」

 

「その手勢を用いて、この藩を獲れ」

 

 あくりはその言葉の意味を捉え切れず、返答に多大な時間を要した。

 思考を重ねてようやく彼女は、意味がわからないという結論に達することが出来た。

 

「それは……どういう?」

 

「言葉が足りなかったか……初めから話そう。この政府と幕府の戦。

流れが大きく変わった」

 

 俗世に疎いと自他共に認めるあくりにも、それは掴めていた。

 ラジオやテレビでは政府優位ばかりを口にしていたが、葦原の西と東とを結ぶ真田藩にプロパガンダは通じなかった。

 

 西海道では軍の車両が連日武陽か、あるいはさらに東へ向かっていた。

 それも単なる人を運ぶ車だけではない。

 

 戦車や通信車両、さらには対空兵器を備えた対空車両まで。

 報道では『幕府を追い詰めたけど、軍民双方の犠牲を少なくするためじっくりやるよ』と言わんばかりであったが。

 

 そこへダメ押しと言わんばかりの、智台奪還と武揚への攻撃。

 

 実情では、幕府軍の逆侵攻が既に始まっていると見るべきだった。

 

「あくり。俺はこの真田の地のため、色々やってきた。

真っ先に幕府を裏切り、政府側についたのもそのためだ」

 

 様々な議論はあったが、幕藩体制下では地方の分類は非常に曖昧だった。

 中葦原の消失以降、田舎であることに変わりない真田藩は奥葦原に分類されることもある。

 

 もし真田藩を奥葦原の藩とするなら、真田藩は奥葦原で最初に反旗を翻している。

 陸路で撤退していた幕府軍を攻撃し、武陽への撤退を阻止する大活躍も見せた。

 

 奥葦原の中でも、根っからの政府側というわけである。

 

「しかし……政府もまあ、幕府とは違う意味でろくでもない。

白斎(はくさい)と従兄弟の信昭(のぶあき)も、士道にもとる行いに加担させられかけた挙句、

殺されかけた」

 

 その記憶は、あくりの記憶に新しいものだ。

 兄である松代信繁(白斎)と、従兄弟である信昭が屋岸空襲という非人道的作戦に参加させられたのだ。

 

 武士とは、民を守るため武装を許された階級。

 敵を殺すのは防衛の一環だが、そのために民を犠牲にするのでは本末転倒。

 

 真田藩主の松代一族は満場一致で反対した。

 その言葉は政府に受け入れられるどころか、脅迫という形で返答されたが。

 

「天子様のおかげで、難を逃れました」

 

「まったく、その通りだな。今の白斎と信昭は、天子様の足となるお役目がある……

つまり、政府の側にいる。そして、真田藩で政変が起きても関知できる立場にない」

 

 今、あくりの兄と従兄弟は天子様……政府側の帝である弘山親王の指名で御料飛行機、御料機の運用を任されている。

 果たして政府がどれほど帝のことを考えているかは怪しいところだが、庇護下にいる事に違いはない。

 

「幕府軍はこの調子なら、武陽はおろか、真田藩(ここ)までやって来るだろう。

連中は裏切り者に容赦はない……」

 

 暴力を背景に、各地方を従わせる。

 時代遅れと周辺国から非難を浴び、大人しくしている大和幕府体制だが、この内戦下ではその本性を露わにするだろう。

 

 もし幕府が真田藩へ襲来すれば。

 一族郎党、根伐り(みなごろし)となるに違いない。

 松代家どころか、民が何人犠牲となるやら。

 

「俺は真田藩の藩主(せきにんしゃ)……裏切りの報いから逃れられん。だが、あくり。

お前は俺の娘であり、大したお役目もない。発言力など、はたから見ればないも同然」

 

 実際、あくりは政治に口を出す気質ではなかった。

 寡黙にして、勤勉。

 いずれ来たる有事に備えて、空戦の実力を磨くことばかりに執心していた。

 

 ついた渾名(あだな)は、空戦()

 空戦の腕はあれど、協調性に欠けるという致命的欠点から藩の常備軍から外され予備役頭となった。

 そのような噂まで流れていた。

 

 実際には、そのように扱われるよう藩主が手を回していた。

 

「あくり。真田藩と俺を、幕府に売れ」

 

「……それは」

 

 出来ない。

 自身の内心すら多くを口にしないあくりだったが。

 それでも、家族に対する愛情はあった。

 

 そして、主君を裏切ってはならないという武士の心構えも。

 この心構えを捨ててでも、勝ち馬に乗らんとした父の心遣いも。

 理解できたからこそ、迷ってしまった。

 

「松代家と、真田藩が生き延びるためだ。

お前以外、出来るものはいないんだ」

 

 (まつりごと)を知らず、学ぶ気もなく、関わる見込みもない。

 そのおかげで彼女は地上の煩わしさを忘れ、壮大な空を駆ける許しと術を得た。

 

 ずっと続くと思っていた、責任から遠い生き方。

 今さらそれを、変えられるのだろうか?

 

 すました表情はいつも通りに。

 しかし彼女の内心では、最も暗い未知に対する不安が漂っていた。

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