蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1969年8月28日
真田藩 真田城近郊
葦原政府真田藩地域空軍予備役『六文銭』
松代“大助”あくり 空軍頭
20度上に傾いた機内で、あくりは瞑想を続けた。
体を伸ばすことすらままならない、狭い機内。
換気が行われていない、じっとりとした熱気。
環境音すら遠のく、耳鳴りと心臓の鼓動ばかりが響く静けさ。
最悪の環境。
しかしひとたび、それが空を駆けるための不快だと思えば。
彼女にとっては最高の環境に様変わりした。
「姫様、失礼します」
予備役の部下が風防を開き、あくりを内側の世界から呼び戻した。
不機嫌と言った風でもなく、彼女は視線をやる。
「来たか」
「はい。『
「相分かった。日が昇る、そう返せ」
これより、松代あくりは大罪を犯す。
主君に、そして実の父に対する反逆。
自分を重用しない、無能な政府とそれに媚を売る藩主を除くという矮小な建前のため。
藩と一族の生き残りを増やすという、真の大義には口を閉ざし。
向かいの山の山頂に建つ真田城を睨む。
そこには愛する、愛すべき親がいる。
お家を守るために、彼に刃を向けねばならないとは。
息を吐き、自身に活を入れる。
そのような弱気では、この混沌とした戦乱を生き延びることは出来ない。
父は言っていたではないか。
戦は、藩主は綺麗事では済まないと。
その言葉を脳裏で反芻し、決断した。
「機関始動を頼む」
「了解しました!」
電源車と空気車がエンジンにそれぞれ供給を始め、P-104が徐々に呼吸を始める。
電子機器が作動し、タービンブレードの回転数が上昇する。
「供給やめ!」
「姫様! ご武運を!」
回転数の規定数到達を認めると、支援車両は素早く身を引き、6機分、計12車両が素早く中腹の平地から坂を下っていった。
そう、ここは山中。
地上で速度を稼ぐための滑走路のような、広さが必要な空間は存在しない。
しかし、彼女達にそのようなものは必要なかった。
胴体下に取り付けられた1基の追加ブースター。
そして、機体を前方上空へ打ち出すためのランチャー。
この3つが組み合わさることによって、離陸に必要な距離はゼロ。
それが、真田藩空軍予備役の役割であった。
「
通信機で既定の周波数に向け、暗号化されていない交信を発する。
その返事が彼女の耳に届く前に、あくりは出力を最大まで押し上げた。
「六文銭、出るぞ」
空戦機動のような
戦闘機乗りにとって加速度とは6Gからだ、問題はない。
本番はここからだ。
機体はエンジン点火からわずか1秒で
六文銭各機がブースターを投棄すると、ちょうど目前に政府軍の輸送ヘリが飛んでいる事に気づいた。
開戦と、その覚悟を示すにはちょうど良い相手だ。
身軽になり、速度の乗った機体を制御するのは容易い。
HUDに浮かぶ照準器を頼りに、あくりは機体を制御し───機関砲の引き金を絞った。
20ミリ砲弾はわずかに右にそれるも、的確にヘリのテールローターを破壊した。
水平のバランスを欠いた政府軍のヘリは制御を失い、くるくると回りながら地上へと叩きつけられた。
反逆の幕開けだ。
「今のは攻撃か⁈ さっきの発信といい、どういうことだ!」
「こちら第6後方支援隊! 真田藩の連中から攻撃を受けてる!」
「謀反だ! 真田の空戦姫が謀反を起こしやがった!」
「戦闘機ぃ⁈ この辺りに滑走路なんてないはずだ!」
「ゼロ距離発進だ! 山中から飛び上がった!」
混乱している地上の政府軍を横目に、あくりら反乱軍は至って冷静であった。
「甲部隊、西街道を確保! 封鎖に移る!」
「乙部隊、政府軍の車両部隊を攻撃中!」
「丙部隊は間もなく真田城への攻撃を始める」
「相分かった。六文銭、真田の空から政府の旗を取り去れ」
「了解です、姫様!」
空軍予備役の部下に散開を命じ、真田城周辺を飛行する航空機の攻撃に移った。
戦闘機の姿は現状なく、人員や物資を運ぶ輸送ヘリばかりであった。
六文銭のP-104がミサイルを用いて抵抗する術のない彼らを容赦なく叩き落とす。
一方、腕に自信のあるあくりは、あえて地上攻撃を行った。
西街道で交戦する車列の先頭に対し、20ミリ機関砲を浴びせる。
「おお! あの手際、まさしく姫様!」
「姫様! ご助力感謝します!」
装輪車は弾薬庫を貫かれ爆散し、戦車は測距機が粉砕され戦闘能力を著しく失う。
元来、高高度での超音速飛行からの一撃離脱を設計思想とするP-104。
高速飛行特化のその設計は旋回能力が著しく低く、そのうえ電子制御がなく操縦は困難を極める。
故に開発国である合衆国では未亡人製造機のあだ名で呼ばれ、早々に退役させられていた。
乱気流に強い特性と、低空での高速飛行が可能な特徴から戦闘爆撃機としての適性があるという評価もあったが───
揚力を生み出しにくい小さな主翼と機動性に欠ける機体特性から、利益関係者の強引な評価と受け止められていた。
そのような機体で彼女は超人じみた才覚と技能によって、設計を越えた飛行を行っているのだ。
周辺の輸送ヘリを撃墜し、西街道の流れをせき止め。
状況が膠着し始めた直後、戦況が動いた。
「姫様! 西南より航空機の反応、数12! 政府の奴らだ!」
地上からの報告。
あくりら六文銭部隊のP-104より、地上のレーダーの方が正確かつ遠くまで見通せる。
彼らからの報告に、反対側の報告はなかった。
「……幕府は、まだか」
東風が吹くとは、幕府側が謀反の支援が整った事を示す符丁である。
反乱軍も、実行する旨を返答しているはず。
あくりは計器の時計を一瞥した。
既に戦闘開始から5分が過ぎたというのに、幕府の動きが遅すぎる。
政府軍が動き出す5分以内に戦闘機の支援を行うというのが、事前の取り決めであったはずなのに。
「姫様、どうしますか?」
六文銭の部下が、あくりに問い掛けた。
その声には、通信回線越しにも不安が浮かんでいる。
───もしや、幕府の策略の踏み台にされたか?
もし幕府が真田藩での謀反を契機に、何らかの陰謀を企図していたのなら。
あくりと真田藩主はまんまとそれに乗っかり、利用されたことになる。
謀反は成功するかもしれないが、予備役全部隊とはいえ予備役の数などたかが知れている。
幕府の増援がなければ後詰の政府軍がやって来て、間もなく鎮圧されるだろう。
調べが進めば、いずれ政府側は謀反の裏を探り当てる。
生き延びたとして、その後のあくりはもちろん、真田藩がどうなるかも怪しい。
もう、彼女らは線を越えてしまったのだ。
戻ることは出来ない。
「交戦する。全機、生き延びろ」
六文銭の6機は隊長機であるあくりを先頭に、最大出力で
砥石山を越え、人魔大戦の痕跡である葦原湾上空に出て間もなく。
P-104のレーダー・スコープにも敵影の反応が出た。
「全機、陽光に火を入れよ」
ミサイルに魔力を送り込み、誘導装置を覚醒させる。
P-104は上昇力と速度に特化した、極端な設計をした要撃機だ。
しかしそれ故に、速度に関しては他の追随を許さない。
一線級部隊の機体と比べて設計は古いが、やりようはあるはず。
陽光が遠くに見える、米粒より小さな敵の熱源を捉え、不快な鳴き声を上げた。
「
「六文銭、交戦!」
六文銭から6つの白線が伸びた。
ほぼ同時に、水平線からも12の白が襲い来る。
敵は上昇しつつ背を向けだしたが、機体特性上、迎え角に制限のあるP-104にそのような器用な真似は出来ない。
故に、六文銭は突貫を選んだ。
エンジン出力をわずかに落とし、熱量を減らす。
「
陽光のシーカーが熱源の変化に混乱しているところへ、フレアを散布して混乱させる。
この混乱の隙を突くしかない。
敵の陽光が積んだ推進剤が燃え尽き、白い燃焼煙が消えた。
───今しかないっ。
操縦桿を右手前に倒し、機体を右ロールと上昇を同時に行わせた。
バレルロールと呼ばれる技術だ。
この程度の機動でも、P-104はあっという間に速度を奪われる。
機動を続けるための速度をギリギリの出力調整で維持し、バレルロールを維持する。
するとあくりの頭上を敵のミサイルが過ぎ去り、虚空へと消えていった。
直後、複数の爆発が彼女の後方で起きた。
「だめっ……平助、脱出します!」
主翼を両断された機体、空中爆発を起こして木っ端微塵になった機体、操縦席が粉砕されて中身が外へ放り出される機体。
この一回の攻撃で六文銭は、半分の三文銭になってしまった。
しかし、彼女たちの攻撃は無駄ではなかった。
ミサイルに背を向けるドラッグ機動で回避した敵部隊も、4機被弾して1機撃墜、3機が離脱を始めた。
敵の背中を追いかける構図。
数的不利は変わらないが、攻撃には最高の位置関係。
「同志の無念を晴らせ!」
「応!」
覚醒した陽光が最初に目にしたのは、エンジン排気が発する高温の熱源であった。
真っ先に獲物を見据え、安定した声で鳴いた。
「撃つ!」
機体に搭載した4発あるうちの2発目が放たれ、3匹の猟犬が獲物へと駆け出した。
あくりの放ったミサイルは敵機のエンジンノズルを捉え、直撃した。
僚機2機も命中弾を出し、同数を損傷・戦闘不能へと追い込む。
あくりの攻撃はまだ終わらなかった。
敵機のひとつの進路を正確に分析し、500ノットの高速状態のまま機関砲の射程圏内まで距離を詰めた。
逃れようと旋回し、速度を失った敵機を照準器に収め───撃つ。
曳光弾の光が線を描き、敵機の機首を捉える。
最も重要な部品を失った機体は、地上へと真っ逆さまに墜落を始めた。
「姫様がやった! 3機目!」
「ですが、こちらも……」
六文銭は三文銭となったが、対する12機いた政府軍は5機に減った。
歴史に残り得るほどに、彼女たちは圧倒的多数を相手に健闘した。
しかし、もう限界だった。
「姫様! 今度は西から! 数……24!」
「に、じゅ……」
地上のレーダーからの報告に、六文銭の部下が恐慌の呟きを漏らした。
ミサイルはまだあるが、主翼中ほどのハードポイントに1発ずつの計2発。
相手は30近い───さらなる増援が予想される戦況。
対するこちらは、たったの3機。
桁が足りない。
頭数でも、武装でも。
謀反者の降伏を許容するほど、政府軍は甘くないだろう。
となればもう、やれるだけやるしかなかった。
「六文銭っ! 戦いをやめるな! ……最後までっ」
圧倒的多数の相手に息を飲みながらも、心を奮い立たせた。
ここで自分が折れてしまっては、謀反に乗ってくれた藩の人間や画策した父に申し訳が立たない。
幕府の策に乗ってしまったのは、全ては決行する自分が至らないばかり。
頭の落ち着いた所で、あくりは散った仲間と、これから散る仲間に告げた。
───責は負おう、地獄で……
間もなく、双方が誘導弾の射程圏に入る。
そこから果たして何分、何秒生き延びるか。
頭の片隅で思考しつつ、レーダースコープへ視線をやると。
彼女は画面の異変に気付いた。
「電探の故障……?」
画面の隅に走るノイズ。
機首に半ば強引に詰め込まれた捜索レーダーの性能はよろしくない。
しかしこのような異常を見るのは、長年この機体に乗っている彼女も初めてだった。
気づけば、後方の僚機が発光信号で告げていた。
『通信不調』
これほど強力な電波妨害が行えるのは、地上設備か大型の電子戦機のみ。
だというのに、どこを見てもそのような姿はない。
一秒だけ視界を巡らせて───あくりは肉眼でその姿を目撃した。
飛行機雲を引いて背後から接近する、蒼い機体の姿を。
「さあ、花火の中に突っ込むぞ!」
その声が聞こえた直後、レーダーに広がるノイズは消え去っていた。
次回の更新は水曜19時です
また、明日19時頃にファイルを追加予定です