蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
「Schism」
央暦1969年8月28日
真田藩 真田城近郊
葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
戦争というもので肝心なものとは。
前線での戦闘は言うまでもないが、そこへ至るまでの道筋が重要だ。
補給、それがなければ戦うための武器や食事が用意できないのは道理。
しかし、もうひとつ重要なものがある。
先に挙げた2つに並ぶ重要な行為で、かつ最もイレギュラーの起きるもの。
移動である。
チェイスら空海連合部隊は真田藩解放作戦へ向かう道中。
真田藩領空を目前にしてトラブルに遭ったのだ。
「こちらフツノミタマ、電探に
方位
内通者が作戦開始を合図するまでの空中待機の最中、フツノミタマが警告した。
内戦下で
十中八九敵機、政府空軍の機体である。
「多分、向こうの
「数的にも、多分そうだろうな」
ボスの分析に、チェイスも同意した。
敵の哨戒と出くわすのは仕方のない話だ。
しかしそうなると、困ったことになる。
「通報されれば、真田藩の制空戦闘に横やりを入れられます」
竜司が口にしたのは、当初の懸念にあった川口藩からの挟撃の可能性だ。
川口藩では陽動作戦が行われ、航空戦力を分散しているはずであった。
しかし川口藩主要拠点への航空攻撃を行っても、出張ってくる敵機はわずか。
想定よりも敵戦力の誘因が出来ていないという話だった。
予定は未定、というやつである。
「まったく、陽動作戦はどうなってるんだ?
予定通りなら、向こうは引っかかってるって話じゃないか」
「進行中ですが……現地からの報告によると、
航空戦力を出し惜しんでいるように見える、との事です」
向こうの指揮官に、この攻撃が悟られているのだろうか?
だとすると、このまま解放戦が始まれば挟撃は免れない。
既に内通者には準備完了と通達しているのだ。
「あっ、真田藩から通信! 『日が昇る』……決行です!」
「ハッハッハ! いきなりグダグダだな!」
イグルベ隊の隊長、カビエシは大笑いした。
笑い事ではない、これから戦闘なのだから。
「さて、どうするかの。彰義隊隊長?」
最年長の陸平がチェイスに問い掛けた。
決行しなければ、真田藩を見殺しにすることになる。
チェイスは日本の自衛官であり、幕府の人間ではない。
この内通も幕府が勝手に決めた事だが───
やはり、やらせておいて見殺しにするのは目覚めが悪い。
「全部隊、作戦区域へ移動!」
「チェイス、挟撃への対応は?」
「やられたらなんとかする!」
歳三からの問いに、チェイスは短く答えた。
「ふっ、了解した」
方位
5分以内という約束は守れそうだが───
ピロロ。
F-2の
CAP機のレーダーに捉えられたのだ。
「RWR! CAPに捉えられた!」
「敵哨戒機、針路を変更! そちらへ向かっています!」
さすがにこの大編隊だ、レーダーを積んでいる機体が見過ごすはずもない。
CAP機だけでなく、温存されている航空戦力がこちらへ差し向けられるだろう。
「チェイス、真田藩は任せた。向かって来る哨戒機は新選組に任せろ」
「いいの?」
「まだこいつらも新米だ。乱戦に対応できるか、元から不安があったからな」
新選組の大多数は夷俘島の飛行学校から徴発され、最低限の教育しか受けていない。
投入されてしばらく経ったとはいえ、不安があるというのはチェイスも同感であった。
「じゃあ、奴らは頼んだ!」
「任された」
連合部隊から新選組が離脱し、北へと向かっていく。
「チェイス、こちらボス。ECMを用いた電子戦攻撃を具申する」
ボスの提案はもっともだ。
ECMを用いて敵の通信を封じれば、増援の要請を妨害出来るかもしれない。
交信ができなければ、異世界の人類は晴らしたと思っていた戦場の霧を数十年ぶりに体験する事になる。
後方の司令部には前線の情報が途絶え、何も見えなくなるのだ。
しかし欠点もあり、通常は敵味方問わず通信とレーダー捜索を妨害してしまうのだが、その欠点はエラが克服してくれた。
「そうしよう。各機、電子戦環境下での規定周波数に切り替え!
ECM電子戦、攻撃開始!」
瞬く間にレーダーにノイズが走り、F-2ですら周囲の状況が把握出来なくなる。
今も敵味方の位置が把握出来ているのは高性能な電子機器を積むAWACS、フツノミタマとのデータリンクが確立しているおかげである。
そうしている間にも真田藩との藩境が迫る。
「電探に感あり! 方位
フツノミタマの警告、新選組が向かったCAP機とは方角が違う。
増援にしては、あまりにも対応が早すぎる。
「本当に作戦漏れてないんだよな?」
「あり得ません、そんな事……」
幕府に強い敬意を抱く竜司すら、自信満々に言い切ることは出来なかった。
偶然が二度も重なると、裏を疑いたくなるものだ。
命が掛かっているのならば、なおのこと。
「敵編隊、南下します! 連合部隊へ急速接近中!」
待ち伏せでなければ、ECMの影響でノイズが走るレーダーを見て異変を察知したのだろう。
通報は出来ていないと見るべきか。
「避けられそうにないな! 全機、
ランサーとイグルベは旋回して別方向から攻撃!」
兵装の安全装置を解除し、胴体に搭載した追加燃料タンク、増槽を投棄する。
もう少し後にする予定であったが、余計なウェイトを抱えたまま出来るほど空戦は甘くない。
「やれやれだな。ランサー、交戦せよ」
「ヴィクター、交戦はじめ!」
「イグルベ中隊、メシ代を稼ぐぞ」
「ペンギン隊、交戦!」
チェイスは計器の時計へ視線をやった。
既に定刻の5分後まで2分を切っていた。
どうやら、約束には遅れることになりそうだ。
「のう、チェイス! 儂らも参戦していいのか!」
「精兵隊は低空で待機!」
「仕方がないのう。精兵隊、低空に退避!」
精兵隊はプロペラCOIN機
残念ながら、今回の戦闘では避難してもらうしかない。
彼我の距離が近づき、陽光の射程圏内まで迫った。
今回の作戦では、F-2には計10発の
翼端ランチャーのステーション1と9、主翼外側ハードポイントの2と8に1発ずつの計4発。
左右主翼の中ほどにあるステーション3と7に、エラに錬成してもらった3連パイロンの6発という内訳になる。
そしてさらに、今回は継戦能力最重視ということで、本来増槽や対地兵装を搭載するステーション4と6にも兵装が積まれていた。
装弾数1200発の20ミリガンポッド、外付けの機関砲だ。
この世界の空戦では、見通し線の向こうから音の3倍速いミサイルは飛んでこない。
GUNの存在感が強くなるのは当然だ。
このガンポッドは本来、対地攻撃や固定武装を持たない海軍機での運用を想定したものである。
この世界で、F-2の大きさを鑑みれば世界トップクラスの搭載量となる。
さらに搭載されたミサイルは、特定の熱源を追尾出来る。
「FOX2!」
「撃つ!」
「ミサイルを発射!」
自衛隊と幕府軍、そして傭兵からそれぞれの
チェイスのF-2からミサイルの発射はなく、ドラッグ機動さえしていない。
想定外はミラーに映る浅葱色のスーパーオロール、竜司の存在であった。
敵のミサイルは当然、先陣を切るチェイスと竜司に向かってきた。
「チェイス、竜司! 狙いはお前らだぞ!」
「わかってる! 流れ弾喰らうなよ!」
「回避します!」
機体を上下反転させ、地上を真上に。
エンジン出力を下げて機体の熱を冷まし、かつ降下して速度をなるべく維持。
「ミサイル! ミサイル! ミサイル!」
フツノミタマが捉えたミサイルの影を見て、機体のシステムが警告を発した。
そんなことは注意されずともわかりきっていた。
危険を冒してでも、この場を素早く切り抜ける必要があるのだ。
目前に谷が迫る。
道や集落の類は見当たらず、底を小さな川が流れている。
両側の山の稜線より下に出た直後、地形に沿うように急上昇。
標的の動きを先読みするために、偏差するようプログラムされた
チェイス達を狙っていたミサイルは山の反対側の山肌に突き刺さり、爆散した。
その爆炎を突っ切るように、再び上昇する。
その先にいるのは、上昇して速度が殺された敵機の後方。
まだ先に戦闘が待ち受けている今、無闇にミサイルを撃つべきではない。
GUNキルには最適なシチュエーションだった。
「ペンギン1、ペンギン2! 敵機、機関砲の射程内!」
味方のミサイルで数は減り、残敵は2。
ひとり1機ずつでちょうどいい塩梅であった。
「ガンズガンズガンズ!」
3つ並んだ曳光弾の列が胴体と主翼を薙いだ。
「機関砲を撃つ!」
竜司のオロールには今回、固定装備された2基の30ミリ以外にも30ミリガンポッドを胴体中央に搭載していた。
標準装備のGUNよりも、ガンポッドの方が装弾数は多い。
1本の光の線が機体中央を貫く。
偶然遭遇した敵編隊は、ここに全滅した。
「余計に時間を食っちゃったな。被害は?」
「フツノミタマです。
全機健在、増槽の投棄と誘導弾の使用以外に損害ありません」
「それは
聞くところによると、作戦開始の合図と同時に真田藩予備役は行動を始めると聞いていた。
航空機で起こす行動など、空中で武装しつつ待機でもしていなければ即座に起こせるものでもないはず。
無用な犠牲が無ければいいのだが。
「真田城周辺、こちらの索敵圏に入ります……もう始まっています!
複数の不明機! 動きから戦闘中と思われます!」
やはり、そう都合良くはいかないようだ。
既に戦闘は始まり、遅れの影響で無用な被害が出た可能性も考慮しなくてはならなかった。
「真田藩予備役、IFFに応答ありません!
どなたか至近距離まで接近してください、登録を行います!」
幕府軍は機密漏洩を強く恐れており、ギリギリまで情報を開示しない悪癖がある。
このようなところまで、幕府は情報を伏せていたらしい。
彼らのやり口からして、行動を起こせばそれで十分と考えていても不思議ではないが。
「了解、俺が行く! えーっと、向こうの機体は……」
「
ボスの助言通りの姿を
空戦のど真ん中に、その姿があった。
チェイスも基地に保管という名の野晒しにされたものを見た事がある。
F-104のような、鉛筆に翼の生えたような戦闘機がMFDに映し出された。
彼らは3機編成───いや、3機に減ったと見るべきか。
圧倒的多数の敵機に包囲されつつも、健闘していた。
「見つけた!」
「真田藩空軍は電子戦環境下での通信が出来ません。
ECMを解除してから接近してください」
「了解。ペンギンは真田藩空軍予備役の直掩に入る! ランサーとヴィクターは接近する敵編隊の対処、精兵隊は地上の
「よし、頼むぞ八咫烏」
「応! 任されよ!」
「聞いたな、諸君。稼ぐぞ」
各隊が散開し、それぞれの役割に入る。
チェイスらペンギン隊もまた、目的のため出力を上げつつ敵編隊に突貫する。
「ECM解除! さあ、花火の中に突っ込むぞ!」
「おい、それは俺のセリフだろ!」
「あんた、オマージュのために隊長機譲ったのか?」
「まさか。偶然の一致、役得に預かろうとしたんだよ」
軽口を叩きつつ、ペンギン隊はそれぞれ、予備役を追う敵機の背後について撃墜した。
竜司とボスに残敵を任せ、チェイスは予備役の隣を飛行した。
「姫様っ、増援の蒼い機体! 主翼に紅の一つ星が!」
「夷俘の魔物……幕府の八咫烏か」
暗号化していない回線で通話しているのか、チェイスの耳にも彼女たちの声が届いた。
姫様と呼ばれた人物は先頭を飛ぶ一番機のパイロットを指すと想像するに難くない。
となると、首謀者の松代大助なる人物はどこにいるのだろうか?
疑問はさておき、彼女たちは味方だ。
「フツノミタマ、俺の隣を飛ぶ3機が予備役だ。IFFの登録を」
「完了しました。ペンギン1、彼らの符号は六文銭です」
レーダーの表示が更新され、隣を飛ぶ機体が不明機から味方機へと更新された。
六文銭というコールサイン通り、尾翼には6つの銭が描かれていた。
「こちら彰義隊第一中隊ペンギン。六文銭、応答願う」
「こちら六文銭隊長、松代大助だ」
その声は、名に反して女の子の声をしていた。
───だっ、大助って姫武者だったのかぁっ?
てっきり、
存外『き』という読みには鬼ではなく姫という字が使われていたのかもしれない。
あるいは、
言葉の意味はどうでもいい。
相手は親友と同じ名を持つ女の子だ。
別に彼が
「……驚いた。空戦鬼と呼ばれる一騎当千の強者が、
こんなに美しい声の女の子だったとはね」
「……将として、遅れの不満だけは伝えさせてもらう」
チェイスの口説き文句はスルーされた。
当然の結果だろう。
その声色から、単なる不満に留まらないものを感じられた。
遅れによって犠牲になった人々がいたのだろう。
「悪かった。理由はあるけど……」
「戦の最中だ、言葉は後で聞く。今は……」
「電探に感あり! 方位
その通り、今は空戦の真っ最中。
いつものようにナンパに興じている暇などないのだ。
「目前の敵を墜とす」
「そうしよう。ペンギン隊、六文銭と協働して対応する」
幕府側、真田藩及び空海幕府軍連合部隊。総勢47機。
政府側、東征空軍。現地投入数60機、増援あり。
地球はもちろん、この世界においても歴史に残る大空戦が始まった。
この大空戦において、真田藩と幕府軍は統一された周波数で通信が出来ていなかった。
指揮系統の全く違う、直前まで敵同士だった勢力なのだから仕方がない。
しかし元から味方同士の政府軍でも、類似したトラブルが起きていた。
《こちら管制機アマツクメ!
紺色へ、なぜ既定の周波数を使用しない⁉》
《既定の周波数? こっちは南方からの異動中にここへ寄越されたんだ!
聞いてないぞ!》
通信機から聞き慣れない、周波数がわずかに異なっているであろうノイズ混じりの交信が響いた。
どうやら敵側は通信に関する連絡が行き届いておらず、オープン回線での通信を強いられているようだ。
もっとも、敵の交信を盗聴できたところで、格闘戦の最中に活かせることはほとんどないのだが。
《味方の最後の交信によると、そちらに向かっているのは幕軍の神兵と思われる》
《幕軍の神兵? 夷俘の魔物か!》
《神機隊のあいつがほら吹きかどうか、確かめてやろう》
南の敵編隊に向かったペンギンと六文銭は早速、最初の攻撃を始めようとしていた。
「HMD起動! マルチロック開始!」
ミサイルの照準器が浮かび上がり、次々と敵機のシルエットと重ねていく。
今まではF-2のレーダーで捕捉していたが、今はフツノミタマの支援があった。
「トーン安定、発射せよ」
フツノミタマの次郎が冷静に告げた。
知り合って間もない男だが、幕府軍とて素人をあてがうほど混乱していない。
彼の見解を信用し、ミサイルリリースボタンを押した。
「ペンギン1、FOX2!」
5発の陽光が機体から放たれ、白い線を描きながら飛翔した。
「誘導弾を、一度にあんな大量にっ!」
「六文銭、己が役目に集中せよ」
六文銭の隊員が驚愕の声を漏らし、それを大助が咎めた。
《向こうも撃ってきた! 回避する!》
《インチキだろ、一度にあんな数!》
通常ならばミサイルを撃てばドラッグ機動を行うものだが───
六文銭の機体は、そういった機動に不向きなのだろう。
大助をはじめとした全機がペンギンに追従し、敵から放たれたミサイルと対峙した。
「ミサイル来るぞ、
迫り来る12発のミサイル。
追尾をフレアの投下で撹乱し、機動で疲弊させ。
チェイスは確認出来ただけでも4発のミサイルによって形成された弾幕をすり抜けた。
敵の対応はまばらで、ドラッグ機動を行うものと突撃を行うものに分かれた。
《命中なし! 目標健在!》
《がっ、くそっ! だめだ、脱出!》
《紺の4が被弾、落下傘なし!》
それでも7機ほど対応が不十分で被弾、墜落した。
はっきりと確認していないが、チェイスは4機ほど、大助と竜司、そしてボスが1機ずつ撃墜。
《空戦の実力は誘導弾で決めるものじゃない! 正面からやる!》
敵の生き残りは命知らずの突撃野郎が2機、ペンギン隊の正面に。
そして、旋回中が3機。
「六文銭、背を向けた敵を追い込む」
「じゃあこっちは……!」
GUN照準システムを起動し、レーダーロックした正面の敵機に狙いをつける。
完全にロックしたFCSは、正確な照準が可能なピパーを浮かび上がらせていた。
曳光弾が交差し、2つの火の手が上がった。
固定装備の機関砲とガンポッドの同時発射により翼をもがれ、絶叫する機体が真横を流れていく。
チェイスとボスが敵機に当てたのだ。
「同じく、逃げた奴を追う!」
「……いいだろう」
元から軽量で、いかにも速そうな六文銭の機体がオーグメンターを起動し、加速した。
その加速力はF-2を凌ぐもので、あっという間にペンギン隊を追い越してしまった。
「すごい加速力だ、追い付けないぞ」
「マルヨンみたいな機体なんだ、そう来なくっちゃな!」
「お味方の機体で盛り上がらないでください!」
真っ先に先陣を切り、旋回中の敵と射線が交差すると。
一瞬の機会を逃さず、大助は機関砲を命中させた。
炎上した敵機は離脱を図るも、六文銭の僚機がとどめを刺す。
最後の1機は旋回を続け、ペンギン隊の方へやって来た。
「私が対応します」
機体を翻して高度を下げた竜司は、恐ろしいほどの読みで敵の機動を捉えた。
正確な速度・高度の調整で背後を取り、機関砲を発砲。
強力な3基の30ミリで掃射された敵機は、ズタズタにされて墜落されていった。
作戦区域南側の戦力は、これで全部だった。
《おい、南の連中が全滅したぞ! まだ続けるのか⁈》
《東征空軍司令部の命令は、真田藩の死守だ。
機体を地上にぶつけてでも、反乱軍の行動を阻止しろとの事だ》
《相手が魔物でもないこっちでも苦戦してるのに、出来るわけがない!》
《あと15分だけでも真田藩は我々の手になければならない!
撤退は許可できない、交戦せよ!》
「……大変だねぇ、向こうも」
真田藩には首都と自分達の根拠地を繋ぐ最も大きな陸路、西海道があるのだ。
ここを占拠されれば政府側は首都武揚と川口藩の補給路を絶たれることになる。
補給路を断たれた軍隊───いや、土地の悲惨さは、日本人は身をもって知っているだろう。
しかし戦争というやつは業の深いもので、敵に悲惨さを押しつけて自分のわがままを通せる方が勝つ。
さもなくば、自分達が悲惨さ全てを押しつけられる。
平和を得たければ、やるしかないのだ。
さて、作戦区域北部の幕府海軍連中とイグルベの支援に向かうべきか。
あるいは南部で待機して増援に備えるか。
チェイスが次の一手を数秒思案していると、
「フツノミタマです! 北東より敵機!」
北東といえば、そちらは川口藩の藩境だ。
やはり庄外空港の敵が真田藩攻撃を察知して増援を寄越したのか。
《良州藩空軍第一戦闘団、作戦区域に到着した》
《馬鹿なことを言うな、第7飛行隊! 幕藩体制は崩壊した!
藩空軍などという組織も存在しない!》
良州藩空軍、第一戦闘団。
その名前はチェイスの記憶に残っていた。
春川親王を運ぶ船団が襲われていた時、政府側で停戦を申し出た部隊がそこの出身だった。
話の通じる相手で、出来れば戦いたくない相手だ。
チェイスは通信機を操作し、発信した。
「こちら……そっちでいう夷俘の魔物。第一戦闘団、聞こえる?」
《……ああ、あんたか》
ため息混じりの肯定の声が、通信回線越しに届いた。
《御料船の件では世話になったな》
「おたくらが話の通じる人だから頼むだけどさ……
出来れば、戦いたくないんだ」
《気持ちはわかるがお役目である以上、そうはいかん。言っただろう?
次に会う時は敵だ。戦争とはそういうものだ》
F-2のレーダーでも第一戦闘団の機影を捉えた。
高度
「やっぱりだめ?」
《ああ、ダメだ……龍虎隊、交戦しろ!
幕府と裏切者の真田を蹴散らせ!》
第一戦闘団の機体が急速降下し、
言葉通り、やり合う以外に道はないらしい。
「チェイス、やるぞ!」
「わかってる。ペンギン隊、交戦!」
「六文銭、八咫烏に遅れをとるな」
互いに射程へと迫るために加速し、ミサイルのシーカーを起動する。
龍虎隊と名乗った彼らはP-86、葦原では
既に誕生から20年近く経過した機体で、
央暦1969年では戦力にならないとされており、葦原の両勢力では頭数だけはある二線級として扱われている。
《龍虎ども、食われるなよ!》
陽光が高速飛行する龍虎隊の機体を捉え追尾する。
間もなく着弾する、そんな時に。
龍虎隊各機が螺旋状に絡み合うかのように機体を交差させ、フレアを投下した。
入り乱れる熱源の嵐に陽光のシーカーは混乱を起こし、空中へと消えていった。
彼らが引く雲の軌跡は、まるで模様を描いているかのように精密に見えた。
「命中ありません! 目標健在!」
幕府と政府の機体が交差し、戦闘は乱戦に突入した。
「第一戦闘団の旭光……! これが、台覧試合の覇者!」
「ファントムでF-2やイーグルを狩ってたジジイどもを思い出す……
パイロットが機体を熟知して、性能を最大限に発揮してやがるんだ」
機体もパイロットも
しかしその分、互いを知る時間も長いという事だ。
この世界には
機体の習熟が戦闘能力に直結しているのだ。
チェイスは機体性能を活かして上昇し、宙返りして戦闘に舞い戻った。
すると、旋回して速度を殺された六文銭のP-104に、龍虎隊の旭光が食らいつく瞬間が目に入った。
データリンクの情報曰く、六文銭の4番機だ。
「六文銭の4、敵機後方!」
「うっ……!」
「推力で振り切れ! その機体なら出来る!」
チェイスの警告はわずかに遅かった。
温存していた龍虎隊の機体が回避不能距離からミサイルを放ったのだ。
「脱出!」
パラシュートは開いたが───ミサイルの炸裂が近すぎた。
破片によって、パラシュートの傘は切り裂かれていた。
「六文銭4が被弾、脱出に失敗!」
《隊長の撃墜確認》
《幕府の連中ならともかく、二度寝返る真田の
やはり、相手は一筋縄ではいかないベテラン揃い。
着実に1機ずつ削らなければ、やられる。
《真田の空戦姫、格闘戦を挑むのはやめておけ。
そいつは、そういう機体じゃないはずだ》
「……」
チェイスが高度を下げて龍虎のP-86に接近する。
「ターゲットロック……」
「ペンギン1! その状態での発射は危険だ!」
F-2の火器管制を監視しているフツノミタマの次郎が警告した。
相手はオーグメンターを持たない旧式機。
想定よりも熱量が低い影響で、他の機体相手ほどシーカーの捕捉が安定しない。
さらに、正面を度々横切る他の機体の熱源に気を取られていた。
撃つことは出来ても、外れる可能性や、最悪別の熱源を追いかける危険があった。
「GUNに切り替える!」
FCSを操作し、機関砲の照準器を浮かび上がらせる。
先ほどよりも加速して、さらに距離を縮め───
「ペンギン1、GUNの射程内!」
「知ってるよ」
速度を旭光に合わせて減速し、照準を合わせるためにピッチとロール、そしてヨーを組み合わせて機動を合わせる。
円とシルエットが重なる、引き金を絞る。
そう思っていた瞬間、急速に旭光が下にスライドし、背中が広がった。
「くそっ!」
エアブレーキとフラップを駆使した急減速だ。
このままではオーバーシュート、通り過ぎて背後を取られた状態になる。
向こうが温存していたミサイルのいい的だ。
「そうはいくか!」
「
ストール状態からの復帰を考慮した旭光はF-2ほど極端な減速はしていない。
背後を取りかけた旭光が押し出される形となったが───
それは決して、優位を得たわけではない。
《判断を誤ったな、夷俘の魔物! 奴は隙だらけだ、やれ!》
一瞬のうちに主翼から揚力が剥離し、事実上の制御不能状態に陥る。
しかし、フライ・バイ・ワイヤで制御された機体は常識では考えられない挙動を見せる。
チェイスは一瞬だけ操縦桿を握る手から力を抜き、システムに立て直しを行わせた。
自動的にコンピューターが最適な動翼の角度を導き出し、制御する。
最大出力のエンジンが背中を押し、機体制御は回復。
加速が間に合っていない旭光の背後に、F-2の機首が向けられた。
《なにっ》
排気を直接浴びそうな距離では、外す方が難しい。
3門の機関砲が火を噴き、尾翼とエンジンを貫いた。
「撃墜!」
「ペンギン1! 背後に注意してください!」
フツノミタマのゆかり管制兵が警告した。
ミラーを横切る影、敵と見るべきだろう。
F-2のエンジンは旭光とは比べ物にならない推力だが、まだ速度が乗っていない。
咄嗟に高度を下げつつ左旋回し、旭光を引きはがす。
「敵機、追従しています!」
「こっちの推力なら振り切れる!」
視線を巡らせ、戦況を把握する。
ボスは数機の旭光と対峙していたが、その小型の機体で機銃掃射をかわし、軽量な機動と加速性能で翻弄していた。
竜司は───
「チェイス殿、そのまま。背後は任せてください」
降下と旋回を続けていると、曳光弾がミラーで煌めいた。
続いて爆発と炎上。
竜司がチェイスを狙っていた2機を片付けたのだ。
「ありがとう……さて」
六文銭の機体は───あった。
大助ともう1機で隊長機を狙っている様子だった。
シザーズ機動で追い詰めているように見えるが───
ギリギリのところで射線をかわされる。
優位なようで、六文銭は翻弄されているように見えた。
「くっ……旧式機のくせにっ!」
《そうだな。その旧式未満の真田には腕が足りんと見える》
完全に盤外戦術の挑発に乗っかり、周囲が見えていない。
ふたりの背後には3機の旭光が迫ろうとしているのだ。
「六文銭、
「うわっ!」
追尾している旭光がちょうどその時発砲した。
6門の機関銃が火を噴き、P-104のボディを破壊した。
幸いなのは、これが
機体は黒煙を吐き始めたが、飛行は可能だった。
「六文銭の3被弾、離脱します!」
ひとりが離脱し、最後のひとりは───
「大助!」
「ぐっ……!」
龍虎隊はミサイルの誤誘導を恐れ、機関砲で攻める腹積もりに見えた。
この猶予だけが、大助を生かしていた。
「姫様、敵が後方に!」
「……まだっ」
口数が少ないだけで、頭に血が昇っているらしい。
そのもう少しは、龍虎隊の隊長が演出しているチャンスに過ぎない。
乗せられた先には、死しかないのだ。
「竜司ちゃんはボスの援護を。俺は六文銭を支援する」
「了解、ご武運を!」
竜司が離脱するのと共に、チェイスは大助を追う敵編隊に狙いをつけた。
向こうと同じく、こちらもミサイルは撃てない。
《神兵が食らいつくか……合図で誘導弾を!》
急旋回し、ミサイルの捕捉範囲外に出たところで撃つつもりだ。
そうなれば被弾は避けられない。
「大助! 離脱しろ!」
「もう、少しなんだ……」
言葉で説得出来ないのならば、空でつける薬はない。
オーバーシュートもあり得る高速状態で接近し、旭光3機をGUNの射程内に収める。
《今だ、やれ!》
《撃つ!》
選んでいる暇はない。
敵旭光をロックしたピパーを脳内で補正し───発砲。
旭光の主翼から陽光が切り離された。
直後、3列の曳光弾が旭光の機首を砕き、飛翔して加速する前のミサイルを巻き込む。
信管に命中したのか、空中爆発して敵編隊を爆煙の中に飲み込んだ。
《ぐわっ!》
《今のは……何だっ?》
機関砲の掃射を受けた旭光は爆散、至近距離で炸裂した残りも機体に損傷が見受けられた。
《陽光が空中爆発っ! 破片で負傷っ》
《誘導弾を撃ち落とすとはな……離脱しろ。庄外でも千里でもいい》
ミサイルの炸裂に巻き込まれた旭光が高度を下げて離脱し始めた。
お前の信条は知っている、もう好きにしろ。
離脱する敵機を横目に、チェイスは相変わらず無茶な旋回を続ける大助の隣につけた。
「無茶をするな、やられるぞ!」
「……あの方といえど、真田を侮辱することまかりならんっ」
「やられたら、侮辱されても見返せないだろ!
演習じゃないんだ、やられたらおしまいだぞ!」
「……」
格闘戦の最中にある脳味噌では、小学生並みの理屈しか吐き出すことは出来なかった。
しかしそれは相手も同じこと。
「……仕切り直す」
一旦敵隊長機から距離を取り始めた。
これで一安心、といいたいところだが───
《そうされると、こいつじゃ勝てん。だから取っておいたんだ》
降下して速度を得つつ旋回。
見事なバランスを維持した隊長機はチェイスと大助の背後に機首を向けた。
《撃つ!》
遂に隊長機がミサイルを撃ってきた。
ふたりとも追尾を振り切るための速度どころか、旋回できるほどの余力もない。
どちらか選ばなければいけない盤面。
だというのに、チェイスは未だ強欲であった。
「大助! 出力10%!」
「どうする気だ」
「こうするっ!」
出力最大、オーグメンター起動。
エンジンノズルから炎が迸り、機体が帯びる熱は飛躍的に上昇する。
熱源を追尾する陽光が狙うとしたら、このF-2だろう。
急旋回して真っ暗なP-104のエンジンノズル前を横切る。
放たれた陽光を、最も強い熱源を帯びるチェイスの機体に集中させた。
「八咫烏⁉︎」
十分角度をつけてからフレアを撒くが───
「ぐっ……!」
背後から、突き上げられるような衝撃。
「警告、機体損傷! 警告、機体損傷!」
機体へ視線をやると、主翼の至る場所に損傷が見受けられた。
しかし
脱落したのは着陸の際に緊急ブレーキとなるアレスティング・フックだけ。
結論として、戦闘に支障はなかった。
「ペンギン1被弾っ!」
「チェイス、状況報告!」
「八咫烏! 被害はっ」
MFDの兵装管理画面では、全てのハードポイントから警告が発せられていた。
今のところ爆発はしていないが、ぶら下げていていい事はないだろう。
「こちらペンギン1。ミサイル被弾、戦闘続行可能。安全のため、全兵装を投棄」
全兵装を
ミサイルを食らっても機体が爆散していない辺り、一旦背後を通り過ぎてから、加害範囲ギリギリのところで近接信管が作動したのだろう。
この信管というやつも、陽光では誘導装置の人工生物が制御している。
機嫌が良かったというべきか、ポンコツで助かったというべきか。
《身を挺して味方を守るとはな。感服したぞ、夷俘の魔物……
いや、八咫烏! そこの卑怯者と違ってな》
どうやら、向こうの隊長は大助の事が気に食わないらしい。
気持ちは分からんでもない、政府側を自分の都合で裏切り、土地を開け渡そうとしているのだから。
とはいえ、誰にでも事情というものがある。
チェイスはその裏を知らずに、事の是非を決めるつもりはなかった。
もっとも、この裏切りはチェイスのいる幕府側に優位になる。
だからそのように悠長な事を言っていられるという側面もあったが。
「ペンギン隊へ! 再び増援です、方位
《増援が到着した。龍虎隊、攻撃隊の直掩に移れ》
《手出し無用! これは俺たちの戦いだ!》
《長尾大佐、これは戦争だ。見せ物の台覧試合ではない。
東征空軍の命は真田藩の死守、わがままを言うな!》
《連中を無視すれば、攻撃隊は後背を突かれるぞ!》
《連中は既に損耗し、戦闘能力を欠いている!
命令だ、直掩につけ!》
《ちっ、了解。龍虎各機は集合、増援と連携して真田城を守るぞ!
……八咫烏、そういうわけだ。決着は別の機会に預けよう》
交戦していた龍虎隊は巧みな機動で格闘戦から離脱すると、南東の増援と合流を目指した。
「逃がさんっ」
「待った、大助! 単独じゃ増援のいい的だ! 頭を冷やせ!」
「くっ……ああ、その通りだ。私は、二度も同じ過ちは繰り返さん」
増援は疲弊した龍虎隊の旭光と違い、すべてが完璧な状態だ。
既にミサイルが1発しか残っていない六文銭のP-104では、真正面から向かっても相手にならない。
そしてそれは、ペンギン隊にも同じ事が言えた。
「ペンギン各機、兵装の状況を」
「ボスだ、ミサイルなし。GUNも20%を切ってる」
「竜司です。誘導弾は欠乏しましたが、機関砲の残弾は60%ほど」
F-2は先ほど全搭載兵装を投棄し、残るは固定兵装の20ミリのみ。
残弾も30%を切っている。
「敵増援、二手に分かれました!
真田城を支援する攻撃隊と、その直掩と思われます!」
ゆかり管制兵の警告は、聞こえてきた交信の内容と合致する。
恐らく龍虎隊はペンギン隊が手出しをしなければ無視するだろう。
代わりに、その牙は真田城攻略の支援をする精兵隊とイグルベ隊に向けられる。
「チェイス殿、戦闘続行ですか?」
通信回線越しの声色でも、竜司の声に困惑と不安が感じられた。
この状況では通常、戦闘続行は困難と判断する。
しかし幕府軍には、そして真田藩には。
再度攻撃という贅沢は許されなかった。
「ああ。大助、この状況では戦える人間が要る。君も必要だ」
彼女の機体へ視線をやると、風防とヘルメット越しにも目が合ったのがわかった。
「……相分かった。八咫烏、しばしお前に追従する」
「これより、臨時編成を行います。六文銭1はペンギン隊に編入。
「ぺんぎんの4、了解した……ぺんぎん?」
双方の意思を確認すると、チェイスを先頭に部隊を臨時編成した。
21世紀のF-2に、試作で終わったF-20、変わり種のミラージュ3S。
そしてここに来て、ゼロ距離発進を実践したF-104とは。
もちろん、現実の機体とは一切関係がないが。
「まったく、とんでもない異種編成だ。編隊を乱さないよう注意しろ」
ボスの指摘は、まさしく現状を端的に表していた。
「その文句は一番機に申してください。
彼の動きに追従するのは地獄の責め苦なんですから」
「確かに、それは言えてるな」
竜司のクレームは無視して、チェイスは仕事に頭を切り替えた。
「……ごほん。フツノミタマ、敵部隊の動きは?」
「離脱した龍虎隊は敵増援と合流、真田城を目指しています」
聞こえてきた通信からも、真田藩の死守が彼らの任務だと聞こえていた。
ならば、増援の目的が地上の支援で、龍虎隊がそちらへあてられた可能性が高い。
「北部の戦況は?」
「地上の戦況は優位、西海道の封鎖は完了。残る敵戦力は真田城のみです。
海軍航空隊は間もなく、敵部隊の掃討を終えます」
このまま蹴りがついて海軍連中の支援も得られるのならば、見込みはある。
逃げ帰るには、手札がまだまだ残されていた。
「ペンギン各機、ピッチ+20度で上昇しつつ方位
「ペンギン2、続きます。たとえ弾がなくとも、やってみせます」
「やるんだな? ペンギン3、了解だ」
「ぺんぎんの4。相分かった……頼むぞ、八咫烏」
僚機からの信頼を受け止め、エンジン出力を上げる。
「フツノミタマ! 敵編隊の動きは?」
「真っすぐ北上中。
ペンギン隊は敵管制機に捕捉されていますが、見向きもしていません。
交戦能力を失い、脅威ではないと判断されているようです」
確かに、ペンギン隊は大助が持つ1発を除いてミサイルを欠いている。
現代戦においてGUNは対地支援かお守りのようなもの。
《南西より敵編隊接近、警戒しろ》
《奴ら、まだやるつもりなのか? 弾もないだろうに》
《油断出来るほど、俺達は奴らを仕留めていない。気を抜くな!》
レーダーで12個の反応が反転、ペンギン隊の迎撃態勢に入った。
恐らく、今度は温存などせず遠慮なくミサイルを撃ってくる。
「各機、合図で旋回。マッハ1以上を維持しつつ、方位
「ええっ?」
「ビーム機動か! いいだろう」
「大助、最後のミサイルは許可があるまで禁止!」
「……そうしよう」
徐々に彼我の距離は縮まり、やがてHMDに表示された距離は陽光のシーカー捕捉範囲に入った。
いつ撃って来てもおかしくない。
《陽光、捕捉完了。いつでも撃てます!》
《奴ら、何か考えがあるな。必中距離まで引き付けろ!》
《龍虎隊、なにをやってる! 真田城周辺にも敵戦闘機がいる!
攻撃隊の直掩が最優先だ、さっさと撃て!》
《ちっ。各機、撃て!》
遠くの空に浮かぶ黒点が、白点を生み出した。
「誘導弾来ます!」
「
左旋回を始め、機体を北西へ向ける。
ミサイルは真右から迫っていることになるだろう。
ペンギン隊が、向かってくるミサイルから90度の角度をつけて逃げるという位置関係だ。
《そう来たか! アマツクメ、追撃の許可を!》
《ダメだ、無視しろ! 直掩が最優先!》
《ボケが! 向こうの狙いは誘導弾の無駄撃ちにある! お前らは素人か⁉》
ミサイルには構造上、旋回に限界がある。
さらに追尾対象の速度が速ければさらに大きな旋回を強いられる。
たとえ
結果、ミサイルはまず命中しなくなるのだ。
レーダーに映った敵のミサイルは、ペンギン隊のはるか後方を過ぎ去っていった。
この回避をビーム機動と呼ぶ。
ノッチングとはやる事は同じだが、回避のための理屈が少し違う。
が、レーダー誘導が戦闘機に搭載されないこの世界では関係のない話だろう。
この機動の弱点は、敵に読まれていれば容易に背後を取られるという点だが。
通信から聞こえてくる敵司令部の頑なさから、ペンギン隊排除よりも攻撃隊の援護を優先させるとチェイスは読んでいたのだ。
しかしお前、敵の通信が聞こえても役に立たないとか考えていたくせに、普通に使っているではないか。
───重箱の隅を突いてないで、描写に集中しろ!
おっと失礼。
レーダーの反応を見るに、追撃の気配はない。
ならば、イタズラのチャンスだ。
「右旋回! もう一度仕掛けるぞ!」
攻撃隊は真田城周辺に到着しようとしていたが、直掩機はペンギン隊の迎撃により足並みを揃えられずにいた。
増援の機体は五式打撃戦闘機───つまり、リトル・バーグフ。
もうひとつは龍虎隊の旭光。
オーグメンターの搭載だけでなく、エンジンそのものの性能がかけ離れており、龍虎隊が大きく遅れる形となったのだ。
ここに精兵隊の颶風とイグルベ隊のF-21が迎え撃った。
《正面に敵編隊! クルーヴィナの機体、傭兵か?》
《低空にも敵機! ……おい、あれは颶風か?》
《今時プロペラ機とは笑止! 蹴散らしてやれ!》
しかし油断してはいけない。
颶風は確かに旧式のプロペラ機だが───
搭乗員は皆、戦争状態にないとはいえ最前線勤務のベテラン揃い。
そしてなにより、颶風は自衛用のミサイルが搭載可能なのだ。
「ご老体、どうやら連中は勇み足が過ぎるらしいな」
「うむ。相手が誰なのか、思い知らせてやるとしよう」
攻撃隊より一足先に到着した直掩機の五式と、F-21が激突した。
彼らは対地支援や北部から抜けてきた敵機を迎撃していたが、大規模な戦闘に参加していない。
十分な余力のあるイグルベ隊ならば心配は不要だろう。
《思った通り、挟撃の形になったな……
アマツクメ、こうなったら勝手にやらせてもらうぞ!》
《なんだとっ⁈ 待て龍虎隊! 軍規を乱すつもりかっ!》
《お味方を守るためだ、許せ!》
遅い機体で追いすがっていた龍虎隊が踵を返し、西から迫るペンギン隊と対峙した。
「よう、さっきぶり」
《ああ、決着を預けるという発言は撤回しよう。
ここで八咫烏と決着をつける! 各機、奮闘せよ!》
彼我の距離は縮まり、陽光の射程圏内に入る。
しかし───龍虎隊もミサイルを切らしている。
「ぺんぎんの1! 今なら……」
「まだだ! 背中から、排気を捉えられる必中距離から撃つんだ!」
「……相分かった!」
チェイスの無茶から忘れられがちだが、陽光は熱源の弱い、排気の見えない角度からでも捕捉可能というだけで、命中率は大きく下がる。
大助が抱えている1発は、戦況を変える切り札になり得る。
今度はこちらが温存する番だった。
さらに距離が迫り、GUNの射程に入った。
「ガンズ、ガンズ、ガンズ!」
曳光弾が交差し、続いて互いの機体が帯びる衝撃波がぶつかり合った。
バレルロールをしながら、機体が触れかねない至近距離の通過。
驚いた事に、誰も被弾しなかった。
《まだ空にいるな、真田の空戦姫。
京の
「……ええ、よく覚えている」
ここからは乱戦だが───
チェイスは大助に向けて手信号で離脱、そして戻れと合図を送った。
彼女は肯定、とだけ返答した。
龍虎隊隊長と話している最中だ、真意が伝わったかは定かではない。
《失望したぞ、空戦姫。よもやお前が、謀反を起こすとはな。
父に次いで2度も……お前にとって武士とは、機会主義の無法者か?》
チェイスは旋回し、ボスや竜司と共に龍虎隊の機体と格闘戦に入った。
速度の遅い機体である旭光との格闘戦は、マッハ級の速度に目が慣れた人間にとって、かえって調子の狂う相手である。
加えて、相手はその速度帯を前提とした設計の機体。
低速での旋回には向こうに分があった。
「それでも、守らねばならないものがあるのです」
《あの時お前の語った、武士の道よりもか?》
「ええ……戦とは、綺麗事で済むとは限らない」
《一理あるな。俺も演習の経験はあっても、本当の戦はこの内戦が初めてだ。
武士道は大和家が天下を治めてから形作られたという……
今と昔とでは、武士の道も違ったんだろうな》
しかしそれでも、数十年の月日を経た技術を技量が超えるのは困難だった。
竜司が追い詰め、旋回で速度を減らした機体をボスが捉えた。
残り6機。
「……長尾大佐。敵とはいえ、ほんの一度指南を受けただけの身とはいえ、
かつての師であるあなたを墜としたくはない。どうか、矛を収めて欲しい」
《出来ない相談だ。知ってて言ってるな?》
「ええ」
F-2は兵装と燃料というウェイトが大幅に減り、非常に快調だった。
半ばオーバーG気味の機動にも悲鳴ひとつあげず、速度を維持したまま食らいついた。
《……お前ほど若かったら、どうしていたか自分でもわからん。
だが俺はもう、生き方を変えられるほど若くもないんだ。
だから……》
「どちらが正しいかは、空戦で決める」
《謀反を起こす知恵は持っても変わらんな、空戦姫!》
ボスの背後を狙う機体の胴体に照準を合わせ、撃つ。
燃料に引火し、誘爆した。
残り5機。
《やはり、真っ向からやっては厳しいか……
だが、ただではやられんぞ》
龍虎隊隊長は見事なエネルギーコントロールで速度を維持し、古い機体に見合わぬ鋭い機動でボスの機体を捉えた。
しかし、機体性能の差で追いすがるのは不可能。
「ボス、回避機動を!」
竜司の警告の直後、龍虎隊隊長機から6列の曳光弾が走った。
ほんの一瞬、射線が重なる瞬間。
その瞬間を狙って、彼は撃ったのだ。
ボスの機体から黒煙が噴き上がった。
「がっ、マジかっ……!」
「ボス、機体の状態は!」
「大丈夫だ、火災にはなってない。だが燃料の流出が激しい、離脱する!」
射程ギリギリの距離と機関銃なのが幸いして、機体損傷は最低限に留まったらしい。
しかし最低限だとしても、長時間の戦闘を経た燃料の流出は致命的だ。
高度を下げて、速度を稼ぎつつ、ボスが離脱の準備に入る。
《逃がすか、ひとつもらう!》
間が悪いというやつか、ボスが離脱する先には龍虎隊の機体があった。
チェイスも竜司も、助けられるポジションにいない。
「大助!」
「ええ!」
マッハ2、超音速で飛翔する機体。
大助が駆るP-104だ。
誰も反応できない最高速度を伴って戦闘に飛び込んだのだ。
超高速飛行において困難な機体制御を、彼女はコンピューターの支援なしで正確に行い。
ボスを狙う敵機を機関砲で撃ち抜いて見せた。
《一撃離脱……! 知っていても、速さに目が追い付かんな!》
速度と迎撃を追求した、潔い設計を全力で活かした戦闘。
足の速さを活かして離れ、迫るを繰り返す一撃離脱。
異世界の機体であるF-2すら凌駕する、この機体の真価であった。
「ナイスキル、大助!」
大助はそのまま速度をキープし、離脱に入る。
追いつける対空ミサイルがあるならばいい的だが、互いにその手段は切らしている。
「ペンギン4の撃墜を確認! 残敵は4機です!」
とはいえ、こちらはチェイスと竜司。
そして離脱中の大助のみ。
数的不利は覆っていないのだ。
《各機、連携を乱すな。乱したところから切り崩されるぞ》
欠けた機体の穴を埋めるように、龍虎隊が陣形を組みなおした。
見惚れるほどに見事な連携だと、チェイスは敵ながら感心してしまった。
機体が古いだけで、個々の練度はペンギン隊の誰よりも上と見える。
だからといって、負けるわけにはいかない。
「竜司ちゃん、ブースターを活用しよう。
向こうの数と練度を超えるにはそれしかない」
「はい、加速は微々たるものですが……!」
竜司のオロールには、今回の作戦でもブースターを搭載している。
しかし、速くなるのはいいが、標準装備のエンジンと比べて不安のある代物。
基本的には使わないという方針となっていた。
この戦況では、危険を覚悟で使うしかなかった。
《もう一度正面から叩く! 那須、空戦姫の動向を見逃すな!》
《仕った!》
戦闘は徐々に北へと移り、下には陸戦が繰り広げられている真田城があった。
その戦況を確かめていられるほど、余裕はない。
「敵機、間もなく機関砲の射程圏です!」
それからすぐに、HMDの照準が浮かび上がる。
残弾は多くない。
適当に撃っては、すぐ空になってしまう。
彼我の距離が
確実に命中させるには、もう少し近づく必要がある。
それが一方的に当てられる唯一の瞬間だった。
───ここでやらなきゃ、負ける!
シルエット目掛けて短くGUNを連射し、同時にバレルロールを行う。
ほぼ同時に相手も回避機動と掃射を始めた。
無数の曳光弾が交差し、機体が交差する。
旭光の1機がボディを撒き散らし、制御不能に陥った。
チェイスの攻撃だ。
しかし、まだ終わらない。
チェイスと竜司は過ぎ去るのと同時に、AOAリミッターを解除して無理な
素早く制御を回復させるため、出力最大、ブースター全開。
その場で宙返りするような機動で背後を振り返る。
「ストール警告! ストール警告!」
しかし、即座に行動は難しかった。
重力に従って機首を下に向けることで速度を稼ぎ、2機は制御回復に努める。
その中でもやはり、F-2が一足早く制御を取り戻した。
《各機、散開! 射線を散らすぞ!》
一網打尽を避けるための判断だろう。
龍虎隊は編隊を解くと、それぞれに散らばった。
もちろんこれは、誰かがやられる覚悟の判断だったに違いない。
視界の中にいた旭光を追尾し、掃射。
上昇しつつ掃射し、2機目。
「凄い……ペンギン1、2機撃墜! 残敵2!」
《ちっ! こっちの目論見を破ってくれるな……
見事だな、おい!》
ご賞賛に預り光栄だが、チェイスが見ているMFDの兵装管理画面にはこうあった。
GUN 0。
遂に唯一の兵装が弾を切らしたのだ。
試しに引き金を引いても、システムが「アミュネーション、ゼロ」としか言ってくれないぞ。
「竜司ちゃん、こっちの残弾が尽きた」
「……了解。チェイス殿は撤退を。
「そう来ると思ったよ……」
龍虎隊の実力は尋常ではない。
竜司もサトリとやらの能力と、毎日のようにチェイスと訓練を重ねた影響で幕府軍屈指の実力がある。
それでも恐らく、やられるだろう。
「竜司ちゃん、俺はまだ撤退しない。
出来る限り、集中攻撃されないように連中の気を逸らす。
他の手が空くまで持ち堪えよう」
ボスはうまい具合に撤退したが、次うまく行くとは限らない。
一番確実なのは、龍虎隊の撃退か他の援護を受けることだった。
「チェイス殿、無茶をなさらないで下さい」
「それはお互い様だよ」
しばらくの頼みの綱は、恐らく弾を残している竜司と───再びこちらに迫る彼女だけ。
「増援の接近を探知! 方位
「弾がないってのに……ランサーだ、こっちでどうにかする!
チェイス、持ちこたえろよ!」
海軍の手が空いたらしい。
増援は彼らに任せ、お前は戦闘に集中しろ。
よそ見できるほど、相手は甘くないのだから。
《見ろ! 龍虎隊が、たったの3機に壊滅させられている!》
《龍虎隊だと⁉ ……信じられん。
15年前、台覧試合で旭光の格上を打ち倒した奴らだぞ》
《夷俘の魔物だ。そんな真似が出来るのは奴しかいない》
《魔物なんてもんじゃない。伝説に聞く、魔族を統べる
《夷俘の
と、増援の方々が恐れ戦いているが、その男の機体は兵装ゼロである。
───うるさい、お前死にたくないんじゃないのか?
もちろんそうだが、同じ程度にお前を貶したくてたまらないのだ。
《野次馬が増えたか……那須、死んだか!》
《生きてるよ! 空戦姫は方位
隙を伺ってるんだろう! 逃げ帰るべきだな!》
《そうもいかん。うちの
八咫烏を討ち取り、帰るぞ!》
旋回し、互いの機動を合わせる。
チェイスは隊長機を、竜司は残った龍虎隊を。
チェイスは相手に漏らしていないが、当然兵装を欠いている。
竜司が一方的に攻撃されないために、形だけでも戦闘のフリをしているのだ。
「よくもまあ、そんな機体でスピード調整出来るな!」
《悪いが、お前らとは年季が違う!》
重力を利用した巧みな速度調整により、チェイスと龍虎隊隊長は円を描くようなワン・サークル・ファイトに入った。
本来ならば、互いに2つの円を描くように旋回するツー・サークル・ファイトが高速なチェイス側には有利なのだが、向こうはそれを読んでいたのだろう。
切り返しを繰り返し、うまい具合に旋回が合うも今度は高度が合わず。
機動は円から絡み合うシザーズ機動に切り替わり、背中を奪うための格闘が繰り広げられた。
F-2のフライ・バイ・ワイヤ制御でも操縦が困難になる低速域での戦闘。
今回においては、旧式ながら低速域での操縦を前提とした設計の旭光に利があった。
チェイスは正面上方向に敵機を捉え続けているが、真正面まで運ぶことが出来ないでいた。
巧みな速度調整で、失速寸前と最適な旋回率の速度を行き来しているのだ。
それにしても、燃料含めあらゆる重量から解放されたF-2から逃げ続けるとは!
驚嘆するしかない、信じられない技能である。
《台覧試合には、このやり口で勝たせてもらったが……やるな。
葦原の強豪連中に、ここまで粘れた奴はいない》
「それはどうも……」
弾さえあれば、一旦離脱して一撃離脱で片がつくのだが───
それがない以上、注意を引いて片割れの支援を行うしかない。
《隊長っ、こっちの背後はどうにか出来ないか⁉︎
こいつ、想像以上に出来る!》
《ならお前も、八咫烏の相手をしてみるか!》
《……どうにかしよう! 俺じゃ10秒と相手にならん!》
一瞬でも惜しくなる背後の奪い合い。
わずかとはいえ長時間、機体と身体にかかる加速度は徐々に体力を奪っている。
徐々に息が乱れ、思考が鈍り始める。
最初に乱したのは───
《しまった……!》
龍虎隊隊長の側だった。
速度を上げ過ぎたのか、旋回率が悪化しチェイスの目前に出てしまったのだ。
行幸のはずが、不運だった。
弾の尽きたチェイスは、手を出すことが出来ないのだ。
一瞬だけの不覚であり、相手は即座に体勢を立て直した。
《そうか……八咫烏。さてはお前、弾が尽きたな?》
互いに不覚をとったと判断してくれるのを願うばかりであったが、ささやかな祈りは即座に否定された。
「……そう思う?」
《普通なら逃げ帰るところだが……ますます気に入った!》
「じゃあ、この場はお開きということには?」
《ならんな。部下の仇、討たせて貰う》
もう、チェイスは脅威ではない。
そう判断した敵機は機体を翻し、遠慮なくチェイスの前から離脱を始めた。
「ああ、くそっ……竜司ちゃん、そっちに奴が行くぞ!」
「……はい!」
目的は、彼の味方の援護。
チェイスの僚機、竜司の撃墜だ。
《那須、喜べ! 助けに来てやったぞ!》
《助かる!》
よくないことに、よくないことは重なるものだ。
RWRが鳴き、新たなレーダー波がチェイスを探知したことを伝えた。
「ああ、くそっ! チェイス! そっちに
《よし振り切った!》
《ヒャッハァ! 夷俘の魔王、その首貰ったァッ!》
《無粋な奴等め、列にも並べんか》
どうやら、海軍の迎撃を逃れた連中はチェイスを狙っているらしい。
何せ最近はお前を狙った暗殺部隊まで動員されるほどの人気ぶりだ。
そういう動きがあっても不思議ではないだろう。
「さあて、どうする……?」
竜司と龍虎隊の戦闘に混じるか?
それはやめた方がいい。
誤誘導を恐れてミサイルの発射は控えるかもしれないが、圧倒的多数が背後につくだけだ。
遅かれ早かれ、運命は決まる。
「ペンギン1! 間もなく増援が到着します! どうか、持ち堪えて……!」
フツノミタマ、ゆかり管制兵の言葉を信じるしかない。
「なら……」
チェイスは機体を翻し、高度を下げながら北東へ。
葦原湾裏の山肌を沿うように飛行し、陸戦の真っ只中に。
「なっ、なんだあっ」
「戦闘機! 戦闘機が低空飛行してる!」
「一つ星……! 撃つな、神兵だ!」
レーダーの表示では抜けて来た増援は竜司を無視し、チェイスを追っていた。
「それでいい……」
《いたぞ! 魔王は低空飛行中だ!》
《攻撃だ、地面ですり下ろしてやれ!》
「ミサイル接近! ミサイル接近!」
そのような交信が聞こえてきた直後に、システムが警告を発する。
お望み通りに死んでやるつもりは、毛頭なかった。
攻城戦が繰り広げられる真田城の真下で急上昇。
フレアを撒きながら上昇し、敵のミサイルを山林に叩きつける。
当然、それが敵の作戦なのは承知の上。
《かかったな! 獲った!》
上昇した先は、敵の射線のど真ん中。
急上昇で減速した現状は、良い的でしかない。
予定と大きく異なっていたが、隠し球を使うしかなかった。
しかしちょうどよかった。
連中にとって今の彼女は、完全なステルスなのだから。
「ごめん、頼んだ!」
「ええ」
真田城の上空には、小さな雲が漂っていた。
その雲から、彼女は飛び出してきた。
《……正面に敵機!》
超音速のP-104が雲から飛び出し、正面から機関砲を浴びせた。
猛烈な発射速度を持つ20ミリの掃射で、1機はコクピットをやられ。
片割れも旋回して離脱せざるを得なかった。
《くっそぉ、やりやがったな! 覚えてやがれ!》
状況は不利と見たのか、西へ離脱を図ろうとしたが───
「俺たちの巣に入って、好き勝手出来ると思ったか?」
真田城上空で戦闘を繰り広げるイグルベが、ついでと言わんばかりに叩き落としていった。
「サンキュー、傭兵! 報酬はどうすればいい?」
「心配するな、俺たちが金を取るのは幕府だけだ。
同じ空を飛ぶ同僚からは取らないと決めている。
……前にそれで、痛い目を見たからな」
「じゃあこの借りは、そのうち戦いで返すとするよ」
「期待して待とう。カビエシ、交信終了」
精兵隊の正確な爆撃によって城門が破壊され、兵士が中へ雪崩れ込む景色を一瞥したチェイスは大助の機体へ視線をやった。
「竜司を助けよう。もう一度、遠くから攻撃を」
「八咫烏。お前はどうするつもりだ?」
「やれるだけやるよ……」
私はお前の中にいる。
だから、何を考えているのかもよくわかる。
頼むから、それだけはやめてくれ。
「無理だね。何考えてるのかわかるなら、諦めろよ」
燃料は既に帰り道すら怪しい領域にある。
それでも、オーグメンターを起動して竜司のもとへ。
「警告! ビンゴ・ヒューエル!」
「ありがとさん」
燃料欠乏を伝える
少し間違えただけで、戦果なしでお陀仏だ。
こうなれば、最大限上手くやれ。
「竜司ちゃん、状況は!」
「……2機に、追尾……! 対応中ッ!」
竜司は手練れふたりに追われても、なんとか逃げ続けていた。
《隊長、感じるだろ?》
《ああ……飛行時間は短い。だがこの動きを読まれるような戦い、
唐津や神機隊とそっくりだ。お偉方もサトリに熱を上げるわけだ》
《
《だとしても、やれる事をやる。それだけだ》
決着は一瞬でつく。
最大出力のまま、チェイスは竜司を追う2機の目前を通過した。
《この速度で……っ⁉︎》
強烈な衝撃がぶつかり合い、機体が揺れる。
さらにチェイスは通過する直前に旋回し、排気を敵機に浴びせていた。
ジェット機、それもオーグメンターが起動している際の排気は尋常でない出力だ。
これがもし、エンジンへ空気を送り込むためのエア・インテークに入り込んだら。
エンジン内部で回っているタービンブレードは人体を切り刻む鋭さはあるが、存外繊細な部品だ。
それはもう、酷いことになる。
《こちら那須っ! 機関損傷、制御不能! 脱出する!》
無防備に排気を浴びた機体はタービンブレードの残骸をエンジンノズルからばら撒き、錐揉み降下を始めた。
間もなく、パイロットは機外に飛び出した。
《機体をぶつけるならまだしも、排気を武器にするとは!
やはりまだ、人も捨てたものじゃない! まだ終わらんぞっ……!》
残る龍虎隊は隊長機だけ。
彼も排気を浴びてエンジンが停止したが、脱出せず再起動を試みていた。
戦意は、未だ旺盛だ。
「大助、今だ!」
「応!」
隠し刃が飛び出した。
大助の機体は最後のミサイルを放ち───
《ちぃっ……!》
エンジンの再起動に成功した隊長機は最後の機動で直撃を回避した。
しかしそれでも、近接信管は正常に作動し、炸裂。
多くの破片で機体を穿った。
主翼は穴だらけになり、尾翼は脱落。
胴体を貫通した破片は、燃料に引火して火災を起こした。
それでもなお、彼は機体の動く部分を駆使して飛ばし続けた。
《空戦姫……いや、松代あくり。無粋だが聞かせろ。
お前の言う、守りたいものとは何だ?》
本来ならば、もう機体は捨てるべき損傷だ。
だというのにその男は、蔑んでいた彼女との対話を優先した。
「民、そして家族……それだけだ」
幕府と政府の全面衝突か、奇襲か。
どちらも土地が荒れることに変わりはないが、後者の方が被害は抑えられると考えるのが常道だろう。
松代大助は、そういう考えのもと政府を裏切ったのだ。
《……ちっ。俺も頭が古いだけじゃなく、考えも回らなくなったか。
そいつは
龍虎隊隊長機は炎に包まれつつあった。
いつ、爆発炎上しても不思議はない。
「長尾大佐、脱出を」
《……八咫烏、名を聞かせて欲しい。神兵とか八咫烏ではない、お前の名だ》
「志村良介。よろしく」
本来、このような場で本名を出すべきではないのだろう。
しかしどうしても、彼の口ぶりを聞いて茶化したり、嘘を言う気にはなれなかった。
《よろしくな、良介。それと、真田の空戦姫を頼んだ……
松代あくり。お前らが作るこれからの葦原。空から見せて貰うぞ》
損傷により、脱出が困難だったのか。
あるいは、負傷で先はないと判断したのか。
いずれにせよ、大助からの言葉に龍虎隊隊長は応じず。
火の手が機体を覆い、やがて爆散した。
これが龍虎隊の最期であった。
「こちら丙部隊! 真田城全体を確保!」
「フツノミタマです、確かですか?」
「確かだ。前藩主も拘束し、制御下にある!」
「了解しました! 宗治郎様に通達します!」
折よく、陸戦も決着がついたらしい。
真田城は、葦原東西を結ぶ要衝は陥落した。
「……仕舞いだな」
父の命運を悟ったのか、大助は静かに囁いた。
しかし、これは戦争でありゲームではない。
作戦目標を達成した瞬間、全ての戦闘行動が終わるわけではない。
「まだだ、ペンギン各機! 増援が西から接近、数30以上!
機影から、輸送機も含まれると思われる! 空挺部隊だ!」
「まだやる気なのか⁈ 100機はここで溶かしてるぞ!」
フツノミタマの次郎が警告した通り、レーダーに無数の敵機の表示が現れた。
海軍連中も、これにはたまらない。
「こちらヴィクター、限界だ! 被害が大きい、撤退の許可願う!」
「ランサー同じく! さすがに耐えられないぞ!」
戦おうにも、ペンギン隊は満身創痍。
抵抗する術がなかった。
「こちらイグルベ中隊だ。精兵隊と協力し、攻撃隊及び、その直掩は追い払った。
背後はしばらく俺たちが守る。撤退支援の報酬は4倍で頼む」
真田城から離れたイグルベが上昇しつつ西へ向かった。
彼らも戦闘開始から作戦区域にいるというのに、消耗した状態で殿を務めようと言うのだ。
「無茶だイグルベ、戻れ!」
「それが傭兵というものだ、チェイス。フツノミタマ、いいな?」
「増援が間もなく到着する。
報酬については……どうにか、宗治郎様と都合をつける。
他部隊の背後を守ってくれ」
「その言葉が何よりの励ましだ! 傭兵諸君、命を削って金を得るぞ!」
背後で空戦が始まった。
遊撃という立ち位置で温存出来ていたとはいえ、イグルベの消耗は結構なもの。
「イグルベ5、被弾! 制御不能!」
「脱出しろ、死ぬぞ」
「ダメだ、高度が足りない……みんなに、家族によろしく伝えてくれ!
イウォマ族のロイは懸命に戦い、金を稼いだと!」
「任せろ、ロイ。必ず伝える。戦士の門出に祝福あれ!」
レーダーからひとつ、イグルベの表示が消えた。
仲間が命を投げ捨ててこちらを守っているのに、出来ることは何もなかった。
「……くそ」
敵が防御線を突破するか、増援が到着するか。
その答えは、通信機が答えた。
「増援が東より到着、誤射に注意せよ」
フツノミタマの警告。
レーダーのIFF表示を見ると、そこにあったのは。
SHINSENGUMI。
敵のCAPに対応していた彼らが、補給を済ませて追い付いてきたのだ。
「こちら歳三。すまん、遅れた」
「待ってたぞ、新選組!」
「作戦区域の全機へ。この場は任せ、撤収しろ」
陸戦の行方以外に、心配は消え去った。
戦う仲間を尻目に下がるのは気に入らないが、居座るわけにもいかない。
「ペンギン隊、石射飛行場に撤退する。大助は……」
「……案ずるな。私も同行する」
真田藩領内に飛行場は存在しない。
隣の良州藩にある共同飛行場で運用しているとの事で、今の彼女が無事に着地するにはチェイス達に続くしかなかった。
陸で戦っているのは、自分の名の下に戦っている人々だ。
チェイス以上に、後ろ髪を引かれる思いは強い事だろう。
それに、フツノミタマの言葉が正しければ敵は空挺部隊を投入しようとしている。
城は攻め落とせたが、空挺部隊との戦闘が再び始まるのだ。
自分は生き延びられる、などと呑気に話してはいられないだろう。
「……了解しました。全機! 交戦を中止してください!」
突如、フツノミタマからの通達が入った。
もちろん、その一声だけで戦いを止めるのは難しいが───
《……クソッタレ! 空挺はまだ降下してないな?
輸送機含む全機、交戦停止し、速やかに作戦区域から退避せよ!》
《なんだと⁈ もう少しで魔王を討ち取れるんだぞ!》
《こちら第2挺身団!
俺たちはまだ降りてない、降りれば城だって取り返せる!》
《黙れ! 以降、意図的に交戦した者は停戦協定違反者として
軍事法廷にかけ、厳罰に処する!》
《停戦協定⁉︎ どう言うことだ、答えろ!》
同様の交信が敵のAWACSからも発せられた。
新選組やイグルベはしばらく攻撃への対応に留めたが、やがて完全に戦闘が止まった。
しかし、先湊を平にした政府側だ。
何を企んでいてもおかしくない。
警戒を厳にして撤収を続けるが───
何事もなく、彼らは西へと去っていった。
長距離広域破壊兵器や、想定外の増援も来ない。
「本当に、これで終わり? 停戦って、どういうことだ?」
「先ほど、幕府と政府との間で停戦が合意されました」
チェイスの呟きに、フツノミタマのゆかり管制兵が解答した。
「……聞いてないぞ、そんな事」
停戦。
言うまでもなく、戦争を一時止めることである。
悪い話ではない。
戦争は言うまでもなく、
しかし───約束されていた、帰還の約束はどうなるのか?
元から望みの薄い約束だが、京で堅石の鏡とやらで帰還できるか試してくれるのではないか?
休戦すれば、京まで攻め上ることが出来ないではないか。
「期限付きの一時的な休戦だ。来年行われる、葦原初の世界博覧会のための」
「……あ、それか」
千代と一緒に読んだ新聞にもあった、世界博覧会。
日本でいう万博に近いそれが、葦原でも行われる予定なのだ。
内戦が起こっていても、スケジュールを強行するのは驚きだが。
「公方様や春川親王殿下……様々な人たちが協議してまとまったんです」
「この作戦の成功、真田藩奪回に合わせてな」
そういえば、敵の管制機はやたらと真田藩の死守にこだわっていた。
航空優勢を確保出来ていない状況で、空挺部隊を送り込むという無茶も。
あちらも休戦がまとまる話を把握していて、陸運の要衝を取られまいと躍起になっていたわけだ。
「……はぁ」
気が緩んだのだろう。
通信に大助が息を漏らす音が流れてきた。
「お疲れ、大助」
「ああ……此度は色々あったが、ひとまず感謝する。
……志村良介。そう呼んだ方がいいのだろうか?」
「空ではチェイスっていうんだ。よろしく」
初めて彼女と交わした、戦闘と関わりのない普通の会話。
瞬時にチェイスは調子に乗り、スイッチが入ってしまった。
「今回は俺も色々お世話になったからさ……同じ石射飛行場に降りるんでしょ?
だったら、ちょっとお茶でも……」
「ヒューエル、エンプティ」
無慈悲。
最悪な警告が機体から流れた。
「まっ、待て待て待て!」
ヒューエルエンプティ、完全な燃料切れである。
エンジンが停止し、F-2は超重量級のグライダーと化してしまったのだ。
「どうした、チェイス?」
「……燃料が尽きた」
すごい騒ぎの交信が通信機に叩きつけられた。
もはや聞き取りが不可能なほど集中している。
チェイスは聖徳太子ではない。
聞き取れないものは仕方がないので、視覚で得られる情報を分析する。
「……高度は十分、速度も出てる」
完全に燃料が尽きても、主翼の揚力がある。
最低限、揚力を生み出せる速度が残っていれば飛行は可能だ。
もちろん、高度をじわじわと消費し続ける恐怖の飛行となる。
電源は生きているため、MFDに登録した地図情報を呼び出し、頭の中で石射飛行場までもつかどうか計算を始める。
結果は───石射平野までは届く。
滑走路はムリ!
「えーと、とりあえず情報を。滑走路までもたない」
「チェイス殿、脱出を!」
「落ち着きなって、石射平野は安全に降りられそうな場所が多い。
細かい場所は着いてみないとわからないけど、不時着してみる」
不時着は危険だが、かといって脱出してF-2を失うのはあまりにも惜しい。
色々と賭けになるが、あの農地の中でも耕作放棄地に降りれば被害は少なく収まるだろう。
ただ、ひとつ確かなことはある。
「……機付長にスパナでぶん殴られそうだぞ」
それはもはや、不可避としか言いようがない。
まあなんであれ。
恰好こそつかなかったが、チェイスは無事、央暦1969年の葦原内戦を生き延びたのだった。
明日19時ごろ、ファイルを追加予定です