蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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69 鉞作戦「Schism」

央暦1969年8月28日

北部藩 石射平野

葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉

 

「ぐっ、ぐおわああああああああん!!!!」

 

 回収部隊と共に到着した途端、機付長と整備隊は絶叫して天を仰いだ。

 チェイスもとい良介はかろうじて真田城周辺から石射平野まで、燃料抜きの飛行に成功した。

 

 しかし、それが限界だった。

 高度は既に足らず、上昇も不可能。

 

 生きて帰るためには機体を捨てて脱出するか、機体を着陸させられそうな空間に安全かつ無理矢理接地させるしかなかったのだ。

 

 フツノミタマからの連絡のおかげで、良介が限界と見ていた地点で地上の部隊が情報を集めてくれていた。

 結論として、最も安全そうな場所は数十年前に建設された、戦時に野戦滑走路として活用可能な道路であった。

 

 これはプロペラ機時代の古い計画のため、滑走路としての距離は心許なかったが、それでもしっかりしていて真っすぐならば。

 田んぼのど真ん中に降ろすよりはずっと安全だった。

 

 非常に遺憾ながら、良介は最善を尽くして着陸していた。

 速度調整は完璧、接地角度もこれ以上なかった。

 

 問題は、F-2がミサイルに被弾していたことだ。

 着陸した瞬間、右脚が破損して右翼が路面にすり下ろされてしまったのだ。

 

 幸いにも、被害はそれだけで済んだ。

 燃料がすっからかんで、かつ武装も投棄済みのため引火の恐れもなし。

 

 結果的に、理想から一歩ずれた戦闘直後の緊急着陸であった。

 

「あーあ。派手にやったね、魔王さん」

 

 整備隊が怨嗟の視線を向けて作業を続ける中、遅れてエラも現場に到着した。

 彼女が携えたのは、聞き覚えのない二つ名だった。

 

「俺、そんな風に呼ばれてたっけ?」

 

「合衆国の電波諜報(SIGINT)が色々捉えたんだ……

夷俘の魔物は、魔王なんて呼ばれ出したそうだよ。

それも、イフの字が報告によって違ってる」

 

「……地名の夷俘(IFU)と、感情の畏怖(IFU)?」

 

「あなたを畏怖する、なんてのは面白い冗談にしか思えないけど」

 

「どーいう意味だ、こら」

 

 それはさておき、良介は再び彼女の目的であるF-2へと視線をやった。

 

 主翼は折れていないが、構造が剥がれて配線が剥き出しになっている。

 右の尾翼と整流用のフィンも脱落してどこかへ行ってしまった。

 

「うーん。直せる?」

 

「今回は、ヤバいね。

ボディの修復はどうにかなるけど、センサー類がすり潰されたのが痛い」

 

 そう、今まで電子機器の類は騙し騙しで修復を繰り返していた。

 とりあえず問題は出なかったので使い続けていたが───

 完全に壊れてしまっては、騙し騙しというわけにもいかない。

 

「はっはっは、ヤバいなぁ」

 

「こンの馬鹿野郎! 笑ってる場合かァッ!」

 

 良介が呑気に笑っていたら、機付長に怒鳴られてしまった。

 

 その通り、この機体はお前の生命線に等しいというのに───

 一体、どうするつもりだ?

 

「エラちゃんにはなんとかなるアテがある……と、俺は見たけど?」

 

「実を言うと……

合衆国は何度か夷俘海峡にサルベージチームを送り込んでるんだ」

 

 夷俘海峡。

 それは良介とボスがこの世界に飛ばされてきた時の場所だ。

 あの空で良介は初の実戦を経験し、ボスは初の被撃墜を───

 

「まさか、ボスの機体が?」

 

「そう。残念ながら機体の右主翼は破断して、前部は潰れちゃってたけど……

後部はかなり損傷が少なかった」

 

 使い物にならなくなったのは、F-2の後部だ。

 海に沈んだボスのF-2を引き揚げれば───

 完全に修復できるかは定かではないが、うまくいくかもしれない。

 

「引き上げの予定は?」

 

「停戦が成立したおかげで、設備を呼び寄せるのに障害はない。

来月にでも始まる予定だね。だけど、問題は……」

 

 エラの視線と口振りから、恐らく本人としても不本意な話題なのだろう。

 向こうからすれば、F-2は損傷していても未知の技術の塊だ。

 無償の奉仕は期待できない。

 

「機体に積まれた、機体制御……フライ・バイ・ワイヤシステム解析の協力。

それが、機体を引き揚げる条件」

 

 F-2もとい、F-16の機体構造は動翼の電子制御を前提としたものだ。

 それがなければ操縦性は著しく不安定であり、操縦は困難。

 

 エラがボディの複合素材を解析し、機体構造を把握したとしても。

 この核とも呼べる技術を吸収しなくては意味がないだろう。

 

「……当ててみようか? 無断コピーした機体を飛ばそうとしたんだろ?」

 

「ご明察。

私は強く反対したんだけど、合衆国空軍に好奇心の強い派閥がいてね……

私が送ったデータから勝手に組み上げて、既存の技術で飛ばしちゃってさ」

 

「結果は?」

 

「地上滑走で留めるつもりが、機体の揺れを制御できずにうっかり離陸。

そのあとの着陸にも失敗して、パイロットは脱出したけど爆発炎上」

 

「うーん、ひどい……」

 

 どうやらそのパイロットには、フィル・オーストリッチャーほどの腕と機転はなかったらしい。

 しかしそのくらい、フライ・バイ・ワイヤ制御機は不安定な構造をしているのだ。

 

「こういう脅すような頼み方はしたくないんだけど……

私が前に言った、借りを作った連中。

好奇心の強い派閥というのも、そのひとつなんだよね」

 

 例の、松屋隧道突破を不可能と見たエラが、良介とボスを合衆国へ亡命させようと考えたあの話だろう。

 夷俘島の西へ向かい、合衆国空軍機のエスコートで亡命するという案だ。

 

 そのエスコートする予定だった部隊が、件の派閥なのだろう。

 

「そう言われると、さらに断りづらいな……そいつらって、俺の事嫌ってる?」

 

「まさか。むしろ、直接会える日を心待ちにしてる。

停戦が成立して、時間もあるわけだから」

 

 停戦。

 そう、先ほど真田藩を奪回した直後に幕府と政府の間で停戦が成立したのだ。

 

 となると───

 竪石の鏡とやらに、近づくことが出来るのではないか?

 

 エラは合衆国の人間だが、事情通だ。

 尋ねる価値はあるかもしれないぞ───

 

「ねえ、エラちゃん。竪石の鏡って奴で、俺は帰れるかもしれないらしいけど……

この停戦中に試す機会って、あると思う?」

 

「……正直な所を言うね。私は、合衆国はあなたの帰還を望んでいない」

 

 当然だ。

 良介とボス、異世界人は世界の果てを超えられる可能性のある人間なのだ。

 

 なにやら、この世界のシステムと戦っているような節のある合衆国としては、ふたりの帰還は望ましくないだろう。

 

「合衆国はともかく、エラちゃんにそう想われてるのは光栄だ」

 

「オホン! ……あなたは恩人だから、バイアス抜きで話してあげる。

幕府に関しても、合衆国と同じ。まあ、この戦果を見れば当然だけど。

でも、ソージローとプリンセス・ハルカワは別。

ソージローは将軍をはじめとした重役に根回しを続けているし、

プリンセスは色んな書類から法的根拠を模索してる」

 

 エラの証言を鵜呑みにするのならば、宗治郎が以前語った良介の腕に惚れた。

 あの言葉は真実だったと見るべきだろう。

 

 それはともかく、春川親王殿下が良介の帰還に好意的なのには驚いた。

 F-2修復一発目の飛行で彼を助けたのは事実だが、それにしても───

 

「……うん、プリンセス?」

 

 ふと、良介は気づいてしまった。

 プリンセスは王族や皇族の女子を意味する言葉だ。

 和訳するなら、内親王(ないしんのう)となる。

 

 男性なら親王(しんのう)、プリンスと呼ぶのが妥当だ。

 超インテリのエラにしては、珍しいミスだ。

 

「どうかした?」

 

「い、いや。なんでもない」

 

 とはいえ、ここは異世界。

 もしかすれば、元居た世界とは言葉のルールが違うのかもしれない。

 

 もっとも、言葉を翻訳しているのは人知を超えた謎パワー。

 そのくらいの補正をしてくれてもいいはずなのだが。

 

「でも、総合的に見て幕府側は逃がす気なしって事か……」

 

「政府側に関しては……そうだね、帰せるとわかったら喜んで帰すか……

リョースケの利益になるなら全力拒否するか。

なんとかの鏡とか、元の世界に帰すとかは考えてないみたいだね。

幕府も、その手の打診をする気はないみたい」

 

「つまり、何もわからないと」

 

「そういうこと」

 

 整備隊がF-2の損傷を確認し終えると、クレーンでトラックへの積み込みを始めた。

 その光景を見ながら、エラがキセルに手を伸ばす。

 

「そういえば、リョースケは吸わないの?」

 

「俺はね、酒もたばこも辞めたんだ。10年以上前に」

 

「あなたの10年前って事は、じゅうは……」

 

「ゲフンゲフンゲフン!」

 

 それに触れてはいけない。

 良介の黒歴史であり、社会的にも最悪なのだから。

 

「ま、まああれだよ。宗治郎のおっさんが乗り気なら、

政府側に打診してもらえないか言うだけ言ってみるよ」

 

 もしすべてがうまく運べば、これ以上内戦に加担せず帰ることが出来る。

 既に本州の半分くらいまで取り返したのだ、そのくらいのわがままは余裕で通してくれてもいいはずだろう。

 

「……やっぱり、帰りたいんだね」

 

 そう呟くエラの表情は、明らかに落ち込んでいた。

 女の子をよくない気分にするのは良介の流儀に反していたが───

 こればかりは譲れなかった。

 

「ここで永住するにしても、残してきたものが多すぎるからね……」

 

 良介が育った施設、らぐな院。

 それから仲良くなった国内外の女の子。

 あと自衛官として撃ったりぶっ壊したり現地改修した装備品───

 

───最後は余計だ……そりゃ、頭下げなきゃいけないけど。

 

 というわけで、異世界転移系WEB小説のように永住を決めるには未練が多すぎた。

 

「まあ、いいよ。引き留めたって、全然止まってくれないのは知ってるから。

あなたみたいな英雄(ひと)は」

 

 横から入ってきて、向かってくるヤツ全員ぶっ殺して英雄とは。

 良介をそんなものに分類して、言葉が安くならなければ良いが。

 

「……しかし、停戦か」

 

「それも、来年の世界博覧会が終わって一ヶ月までの期限付き」

 

「うーん。その間、俺はどうすればいいんだろう?」

 

「さあね。バカンスでも行ったら?」

 

 バカンス。

 長いお休み、長期休暇───

 夏休み。

 

 咄嗟に良介は時計の日付を確認した。

 8月28日、この世界でも365日だ。

 

 もう、夏休みが終わろうとしていた。

 そして良介は、大事なことを忘れていた。

 

「しっ、しまったあああああああっっっ!!!」

 

「うわっ、びっくりした……どうしたの?」

 

「どうしたもこうしたもない……俺はずっと忘れていたんだ」

 

「……なにを?」

 

「夏といえば?」

 

「暑い。特に葦原頭おかしい」

 

「違うっ、いやっ、部分的に正解……

俺が言いたいのは、夏にビーチでナンパ!

俺はこの世界に来てから、一度もしていない!」

 

「……はぁ?」

 

 私も同意見である。

 本当にこの男は、一体何を言っているのだろうか?

 そんな、内戦中にビーチでナンパとは───

 

「幕府軍って、バカンス認めてないの⁈」

 

「あっ、そっち?」

 

「当たり前じゃない……ちょっと私、ソージローに掛け合ってあげる。

停戦が成立したんだから、嫌とは言わせない!

幕府軍のレスト(R)アンド(&)リラクゼーション(R)どうなってるのかなっ」

 

 言われてみれば、幕府軍にR&Rの概念はない。

 確かにそんな事をしていられる戦況ではなかったという前提はある。

 

 しかし、今や停戦が成立したのだ。

 世界博覧会開催という明確な意図のある停戦であるため、停戦破りの可能性は低い。

 

 ここは彰義隊の皆も休暇を満喫してもらうべきではないだろうか。

 

「ほら、乗ってリョースケ! とりあえず石射飛行場まで!」

 

「お、おう!」

 

 エラは駆け足で自分の車に飛び込むと、良介に助手席を促した。

 

「じとーっ……」

 

「じとーーーーーっっっ……」

 

 整備隊から向けられる怨嗟の視線は気になった。

 これから彼らは残業確定なのだから、人間関係のためにも、希望を与えるべきだろう。

 

「空軍総裁に掛け合うよ! 整備隊にもお休みを!」

 

「っしゃあ! 頼むぞ良介!」

 

「うまくいったら、今回のやらかしもチャラにしてやる!」

 

 サムズアップして約束すると、エラがアクセルを踏み込んだ。

 異世界初の、バカンスへ!




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