蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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71 飛行試験「Vacation」

央暦1969年8月29日

道央藩 智台 高崎海水浴場

葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉

 

 遊び道具一式を携え、一行はビーチに戻った。

 

「お、いたな。幕府のヒーロー」

 

 その声を振り返ってみると、色黒の集団が姿を見せた。

 リック・イウォマ、TACネームカビエシをリーダーとする異国の傭兵部隊、イグルベ中隊の面々であった。

 

「なんだ、イグルベもバカンスだったのか?」

 

「ああ。幕府は停戦中も契約を更新するそうでな……

少しばかり、休みをもらったんだ。

で、あんたがビーチでバカンス中と聞いてな」

 

「……誰が言ったのか、聞かれなくても想像がつく」

 

 良介は会話の最中もボールを指先で回してバランス感覚を確認した。

 

「イグルベ。幕府軍と契約を結んだ傭兵部隊だな?」

 

 一歩踏み出し、大助がリックの前に立った。

 

「松代大助と申すものだ。先の戦いでは世話になった」

 

「サナダドメインの空戦(ファイター)(レディー)だな?

あの状況を生き延びたのは驚嘆に値する。直接会えて光栄だ」

 

 ふたりは握手を交わし───一瞬リックは視線を下へ向け、引きつった笑みを浮かべた。

 

「……独特なセンスだ」

 

「すまない。私は沐浴着の選択を間違えたらしい」

 

「まあ、なんだ。そういう事もある」

 

 そういうわけで、バカンスにイグルベ中隊が合流した。

 すると良介の目的は、ずっと前から狙っていた彼女(・・)へ向かうのであって。

 

「ふっふっふ……ようやくあの子とお近づきになる機会がやって来たぞ」

 

 イグルベ中隊のトップがリックなのは前述の通り。

 ナンバー2は当人達から聞いた事はないが、見る限り若い女性であった。

 

 前々から良介は声を掛けたいと思っていたのだ。

 不埒にも、この機会に接触しようと画策したのだ。

 

「ねぇ、君! 葦原の海は初めてぇ? よければ一緒に……」

 

 その時、良介の行手を屈強なソウサレス人2人が遮った。

 

「な、なんだよぅ」

 

「リョースケ。俺らで遊ぼうぜ?」

 

「絶対楽しくしてやるから、遠慮するな」

 

 背後を伺うと、さらに3人のイグルベ傭兵と───なぜか竜司の姿が。

 

「な、なんだか凄く誤解されそうな絵面のような?」

 

「ほうら、あっちで俺たちのスポーツをしよう」

 

「ネットボールというんだ。ネット越しにボールを叩きつけ合って、

相手側のゾーンに入れた方が得点だ」

 

「そ、それってバレー……どわわっ⁈」

 

 背後に回った傭兵が良介を担ぎ上げ、完全に身体の自由を奪われてしまった。

 

「足を持ちました! 行きましょう!」

 

「まっ、待ってくれぇっ! せ、せめて挨拶だけでもぉっ……!」

 

「お前がやると挨拶だけで済まないだろ!」

 

 ふと、大助と話しているリックの姿が目に入った。

 担ぎ上げられた良介を、ちょっとだけ冷ややかな目で見ると。

 

 続いて、例のナンバー2へ優しい視線を向けた。

 彼女の方も、似たような目でリックを見る。

 

「うーん。もしかして俺、お邪魔虫?」

 

「気付くのが遅い!」

 

「そういうわけで、志村殿! こっちの方で遊びましょう!」

 

 良介とて、お手つきは───ましてや、仲間ともなれば望んでいない。

 ここは仕方なく諦め、傭兵連中とバレーボールもとい、ネットボールに興じてやることにした。

 

 ただ、良介の肩を持ちたくはないが───少々、やり方が過剰な気がしないでもないが。

 

「しゃあっ、スマッシュ!」

 

「お前、ネットボールでも強いのかよ」

 

 良介のサーブにより、再び得点が入った。

 困ったことにこの男、スポーツはかなり得意なのだ。

 

「ふふん。学生時代、先輩にバレーボールの全国出場した人がいたからな……

遊び半分に試合とかしていたのだ」

 

 村尾(むらお)奈美子(なみこ)

 180センチ越えの彼女は、高校卒業後は小張大学へ進学したと聞いた。

 卒業後は親友の大助と結婚し、幸せな家庭を気づいている。

 

───奈美子パイセン、今頃何してるのかな……?

 

「ムッカー! ムガーッ! なぁんで大助が結婚して幸せな家庭を築いて!

俺様は未婚で野郎どもとバレーなんかしなきゃならんのだあああっっっ!」

 

「うわ、リョースケがキレた!」

 

「理不尽にキレ散らかすのやめろ!」

 

「しれっと私……いや、男ですが……!」

 

 建前と本音が逆みたいな奴を自己完結するな。

 そもそも、彼女とは何度かいい雰囲気になって、告白に一度失敗して挫折したお前が悪いのだろうが。

 

───やだ! 何度も告白するとか、迷惑だしダサいだろ!

 

 それはそうだが───

 今思えば、もう一度告白すればうまくいったのではないか?

 確証はないが。

 

「うがあああっ!」

 

「だから、ボールと俺らに当たるのやめろ!」

 

「ちょっと頭を冷やせ!」

 

 フィールドから放り出された良介は、少し離れたベンチに腰を下ろした。

 

「ふん……大助は奈美子パイセンにずっと惚れてたからな。

ふたりがくっつくのは、当然なんだ」

 

 そういえば彼は、高校最後の夏休みにお前にデートの仲介を頼んでいたな。

 確かお前は───自分で行けと一喝したんだったか。

 

「それが功を奏したんだ……

大助って、いま別人が近くにいるからややこしくないか?」

 

「私が、どうかしたか?」

 

「ギョッ⁈」

 

 声の方向へ視線をやると、大助2号───松代大助がそこにいた。

 良介から借りたシャツを羽織ったまま、ベンチの隣に正座した。

 シュールな絵面である。

 

「どうか、したのか?」

 

 聞き間違いで流せないほどに、ハッキリと自分との対話を聞かれてしまったらしい。

 ここは妙な誤魔化しよりも、独り言を認めた方がいいだろう───

 

「……俺の学生時代からの親友がいるんだ。

そいつが……村山(むらやま)大助(だいすけ)っていうんだ。

それがちょっとややこしいかな、って思ってただけ」

 

「そうだったか……字はどう書く?」

 

「大きく(たす)く。同じ字だよ」

 

「なるほど、それはややこしいな。では良介。

公的な場でなければ、私のことはあくりと呼ぶといい」

 

 良介の見解が間違いでなければ、それはいわゆる(いみな)というやつであった。

 一般的に、気安く話すものではないと資料で目にし、竜司からも聞いていた。

 

「それって、諱ってやつだろ? そんな気安く教えちゃっていいの?」

 

「? 存外、良介は古いことを言うのだな。

諱は今どき、そこまで隠すものでもない」

 

「そ、そうなの⁈」

 

「ああ。友人同士ならば、割と気安く教え合うものだ……

身分を隠さねばならないような、やんごとなき方でもなければな」

 

 思えば、こういった慣習の参考元は幕府軍のおやぢや、作法が完璧すぎる(・・・・・)竜司だけだ。

 

───俺は、まだおやぢではない……

 

 脳内で他人のモノマネをするな。

 

 ともかく、年寄りの知識はどうしても古くなり、竜司は成り上がりのため経験を得る機会はなく勉強しかなかった。

 良介の知る礼儀は、若者の世代とは異なっていたのだ。

 

「そうか……意外と気軽なものになってたんだな、諱」

 

「父上から何度か注意された事もあるが……

その方が、友人達と秘密を共有している気がしてな」

 

 家族思いな面が見受けられる大助もとい、あくりだが───

 やはり年相応な一面もあるようだ。

 

「じゃあ……あくりちゃん?」

 

「なぜ、ちゃんを?」

 

「なんとなく。嫌だった?」

 

「……そのような呼ばれ方をするのは初めてだ。

あくりの諱を教えた部下は皆、一様に姫様とばかり呼んでいたからな……

だが、悪い気はしない」

 

 部下。

 あくりはかつて藩空軍予備役という地方軍とはいえ、仮にもいち組織の長をしていた人間でもある。

 

 彼女の言う部下とはやはり、あの空戦で共に戦い、散っていった僚機のことを指すのだろう。

 あの戦況で気を回す余裕はなかったが───良介は聞いてみることにした。

 

「あくりちゃん。六文銭は、あの戦いの後どうなったの?」

 

「……私含め6人いた六文銭は、4人に減ってしまった」

 

「4人? ……俺が着いた時にいたのは3機で、1機は脱出に失敗してたはずだ」

 

「お前が到着する前に撃墜されたひとりは、脱出に成功していた。

そして、被弾した六文銭の4は落下傘が破壊されたが、

幸運にも予備の落下傘が開いた。

不幸なのは、皆揃って負傷したこと。

不幸中の幸いは、誰も戦意を失っていないことだ」

 

 停戦は世界博覧会終了後一ヶ月の期限付きだ。

 加えて、政府側も世間体のために博覧会の開催と成功は何としても成立させたい。

 怪我の程度にもよるが、停戦終了までに復帰は間に合うだろう。

 

「そっか……でも悪かったな。到着が遅れて」

 

「確かに、お前が間に合っていれば、散ったふたりは助かっただろう。

だが、遭遇戦はどうしようもない。

誰しも、全てを正確に予測など出来ないのだから」

 

 これは許されているのだろうが、志村良介。

 決してよかったと思ってはならない。

 

 お前のような意思薄弱な人間が、他人の優しさに乗じて犠牲を許容してしまえば。

 いずれ取り返しのつかない犠牲を許されると勘違いしてしまうに違いない。

 

 猛省しろ、志村良介。

 どうしようもないミスだとしても、お前がそのふたりを殺したようなものなのだ。

 

「……」

 

「気に病むのはわかる。

だが、私は父の勧めで謀反を決めたその瞬間から散る覚悟を決めていた。

私に賛同した皆も、また同じだ。戦とは、古来よりそういうもの。

誰も死なぬ戦など、この世にありはしない」

 

 どうやらあくりは、許すだけではないらしい。

 良介を慰めているようだった。

 本来ならば彼女の方が慰められるべき、難しい立場だと言うのに。

 

 志村良介、お前は調子に乗ってはならない。

 しかし───かといって落ち込んだままなのも、みっともないだろう?

 

「……ありがとう、あくりちゃん」

 

 良介は笑みを浮かべて礼を告げた。

 

「お前には世話になったからな。

六文銭ではあの状況を脱せず、龍虎隊にも勝てなかった……

その礼のようなものだ」

 

 龍虎隊。

 確かにあの古強者の集まりとぶつかっていれば、六文銭は手も足も出なかっただろう。

 消耗なしで、一撃離脱で戦えばどうにか。

 

 いや、あの狡猾なベテランのことだ。

 それならそれで、対策を考えたかもしれない。

 

「あんまり、自分らを下げるものじゃないよ。部下が不安がるだろ?」

 

「無論、私も相手は選んでいる。お前だからこそ、話せることだ」

 

 実に厚い信頼だ。

 良介は気恥ずかしくなってしまった。

 

「どうも……期待に応えられるよう頑張るよ」

 

「ああ。頼らせてもらう」

 

 さて、この空気をどうするのか。

 熱気の中にある静けさに、良介は困ってしまった。

 

 ここは、彼女をバレーボールに誘うか?

 コートを見ると、どうやら新選組の連中が到着したらしい。

 鉄之助が良介の代わりにコートへ入り、竜司がボールをトスする様を歳三が見ていた。

 

 もしここに、あくりが参加するならば───

 裏のある提案を考え始めたその時だった。

 

「おう! ここに良介の奴が来ておると聞いたぞ!」

 

 豪気な老人のがなり声に視線をやると。

 

 海辺の坂の上には奥村睦平、それに息子の耕作。

 その背後には、精兵隊と近衛軍の連中が。

 

 手に持つのは、緑色をした滑り止めのような模様を持つ巨大な果実。

 

「むっ、スイカ」

 

 突如あくりが立ち上がり、睦平を見上げた。

 メロンではなく、スイカらしい。

 

「おう、空戦姫! 主もおったか!」

 

「奥村殿、久しゅうございます。そのスイカは……」

 

「そうか空戦姫、お主は生粋のスイカ狂いじゃったな!

もちろんこいつは食うためのもの……切るぞ!」

 

「はっ!」

 

 睦平が軽々とスイカを投擲した。

 

 その先は誰もいない砂浜だったが───

 

「破ッ……!」

 

 一瞬のうちにあくりの姿がスイカの真下を通過し───

 気づけば、パカり。

 砂浜に落ちたスイカが真っ二つに切れた(・・・)

 

 あくりは刃物の類を何も持っていないというのに、切れたのだ。

 その断面は包丁よりも綺麗に緑色の果肉を外気に晒していた。

 

「すっげぇ……素手でどうやって切ったんだ?」

 

「相変わらずやるのぅ! なぜ剣の道を選ばなんだ?」

 

「むぐむぐ……この時代、剣では武の道を極められませぬ」

 

 いつの間にかあくりは自分が切ったスイカに喰らい付いていた。

 その勢いも尋常ではない。

 

 日差しに戻った良介はあくりに尋ねた。

 

「あくりちゃん、スイカが好きだったり?」

 

「ああ。スイカは真田の名産品で、私の好物だ。

良介、共に食らうか?」

 

「うん……」

 

 すると、あくりは食べていたスイカを頭上高くへ放り投げ───

 彼女が切ったスイカの片割れを手にすると、手刀で薙いだ。

 

 良介は見逃さなかった。

 彼女の手がスイカを過ぎ去る瞬間、手がコーティングされたかのように氷を帯びていたのを。

 

 さらにふたつに分かれたスイカを良介に投げ渡すと、あくりは放り投げた食べかけのスイカをキャッチ。

 再びお姫様らしくないガツガツスタイルで食べ始めた。

 

「……どうも。今のは一種の魔法ってやつかな?」

 

「ああ。氷の魔法を応用し、氷刃(ひょうじん)を手刀にまとわせた。

葦原の徒手格闘術では一般的な手法だ」

 

「丸腰に見える刃物持ちか。要人護衛は大変そうだ」

 

 良介はあくりから貰ったふた切れのスイカに視線をやった。

 見た目は───スイカというよりメロンだ。

 ただし、大きさはスイカと呼んだ方が近い。

 

「味は……」

 

 パクリ、スイカにかぶりついた。

 

 甘い、見た目通りメロン系の甘さだ。

 食感も水分の多い繊維質なもので、やはりメロンと変わりがない。

 

 となると───メロンという名のスイカも、どこかにあるのではないか?

 

「ちなみに、皮が黒と緑の模様で、

実が真っ赤な……メロンってやつがあったり?」

 

「私は聞いたことがないな」

 

「……どういう差なんだろう?」

 

 気候の差、歴史の違い、そもそも異世界である。

 偶然メロンに似た野菜がスイカと呼ばれたのだろう。

 

 良介がしょーもない疑問を口にしつつスイカを食べていると。

 食べ終えたスイカの皮を放り捨てたあくりが良介に尋ねた。

 

「そのメロンという果実。神兵の世界のものか?」

 

「そうだよ。日本っていう国で……葦原とよく似てるんだ」

 

 ひと切れ目を食べ終え、ふた切れ目へ。

 

 精兵隊と近衛軍は両手を伸ばしてスイカを持ち、そこを刀で両断する遊びをしていた。

 彼らが何を考えているのかわからないが、フツーに危険なので、マネしてはいけない。

 

「……良介。故郷が恋しくなることは?」

 

「あるよ。だから幕府軍には勝って……勝つまで行かなくとも、

竪石の鏡ってやつで俺達が帰れるか試して欲しいんだ」

 

「竪石の鏡……狭野の帝が神兵を呼び出したという神器だな。

なるほど、呼び出したのなら帰せるかもしれない、ということか」

 

「あくりちゃんはどう思う? 帰れると思う?」

 

 問われた彼女は考え込んでしまった。

 少し視線を逸らすと、精兵隊と近衛軍はスイカを高く放り投げて、掲げた刀で串刺しにする遊びをしていた。

 当然のように危険行為なので、マネしてはいけない。

 

「……私も、寝物語で狭野の帝の逸話を聞いただけだ。

竪石の鏡が神兵を呼び出し、今も京の御所神社に奉られているとしか」

 

 神話に出て来た本物がそこにある。

 それが実際にそんな力を持つのか、そもそも実物なのか。

 大多数の人間にはわからない事なのは当然の話である。

 

 なにせ、実物を知っている人間は皆この世にはいないのだから。

 

「だよなぁ……」

 

「すまない、良介。役に立てれればよかったのだが」

 

「いいよ。俺も(わら)にも(すが)る思いって奴だからさ」

 

「良介……」

 

 どうせ、これ以外に帰れるあてなどないのだ。

 最初に交戦してしまった政府軍よりもまだ、幕府軍の方が仲良くなれる可能性が高いというだけの話。

 

 それだけなのだ。

 良介が幕府軍を選んだ理由は。

 

「ま、先の事はよくわからないけど……せっかくの休みだ。

遊ぼうぜ!」

 

「……そうだな」

 

 偶然飛んできたボールをキャッチすると、ふたりはネットボールなるバレーボールじみたスポーツのコートに戻るのだった。




しむすけの高校時代の話はコミックマーケットや名古屋コミティアで頒布する青夏シリーズで描かれています(著者、熊の巣穴メンバーさいしょあつひと)
村尾奈美子は第2巻のヒロインです
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