蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1969年8月30日
道央藩 智台
葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』
志村“Chase”良介二等空尉
休暇5日目、最終日───。
「ようやく、ようやくこの時が来た……」
結局、良介にナンパへ行く機会は巡って来なかった。
ある時はボスの買い物を手伝ったり、またある時はエラに呼び出されてF-2の修復を手伝ったり。
そして4日目。
何の話も来ないと油断していると、今度はナンパのために訪れた街で産気づいた妊婦と遭遇。
彼女を手伝って助産院まで付き添うと、なぜか出産に立ち会う羽目となり1日が終了。
「この5日間、結局休暇らしい休暇は最初の1日目だけ。しかもナンパなし……
しかし、しかしついに! 俺様は完全な
休暇の間中、世話になった宿を出た。
食事もうまく心地よい温泉があり、いい宿だった。
「でも欠点がある……
日本に帰れば二度と来れない。そして、若い女の子がいなかったことだ」
黙れ、宿の人たちに失礼だぞ。
そんなに女が欲しければ、他の客のように商売女を連れ込めばよかったのだ。
そうしている客は、周囲にいくらでもいた。
幕府軍経由で予約した宿であり、宿泊客にも軍で見た顔ぶれが数名いた。
軍としても宿としても、
「嫌だね。俺は女の子を差別はしないが、金で築くワンナイトはしない主義なんだ」
だからお前は童貞なのだ。
きっと、魔法使いになるまでそうなのだろう。
「ふん。童貞を守れないような男に女の子……っと」
不意に黒塗りのセダンが良介の目前で停車した。
後部座席の窓から顔を出したのは───
銃口ではなく、見知った顔の男であった。
「良介さん、乗ってください」
田中空軍歩兵。
良介くん係もとい、幕府軍と良介の窓口を担当している人間である。
「せめて女の子であれよ」
「そう言われましても……それよりも、お電話が」
彼がこのような言葉遣いをしたのは、過去に一度きりだ。
「俺、今日は休暇最終日なんだけど?」
「お相手は貴重な数時間のお休みです。
これを逃せば、少なくとも数ヶ月は休みが見えません」
そう言われると、形だけの反抗すら躊躇ってしまう。
───それにしても、そんなにハードなスケジュールなんだな。
彼女との出会いは偶然だったが───
これは職責のプレッシャーがなくとも、逃げ出したくなるのは当然だ。
「……わかったよ。石射まで?」
「いえ、奉行所まで同行願います」
「まるで犯罪者だな……」
「最も安全な場所ですので」
砂利道から舗装されたコンクリートの道路に移り変わり、木造の建屋も現代的な(現代人から見ると背が低く、センスも古いが)建物に姿を変えた。
このコンクリート・ジャングルのど真ん中に、不釣り合いな木造の古びた建築物。
それが智台奉行所であった。
「うーん。昔は大きかったんだろうけど……」
「ええ。100年前、智台のどこからでも見えると評判だったそうで」
平地の大多数が農地だとすれば、そうもなるだろう。
時代を経て、人や産業が増えれば建物も大きくなる。
そういう意味では、奉行所───幕府が時代に取り残されているという象徴なのかもしれない。
正面から車で乗り付け、正門で田中空軍歩兵が身分を明かすと。
あとは顔パスの如く道は開かれていった。
そうして案内された先にあったのは───
黒電話がひとつ、ぽつんとあるだけの部屋。
「それでは、お待ちください」
すとん。
ふすまが閉ざされ、静寂の中に良介は放置された。
「……相変わらず、大袈裟だなぁ」
とはいえ、なるべく寄り添うと約束したのだ。
まさか、反故にするとは言うまいな?
「当たり前だ」
ジリリ、と電話が鳴き声を発した瞬間。
良介は受話器を取り上げた。
「はい毎度、米屋です」
唐突にいたづら心が沸き起こった良介は、しょうもない嘘をついた。
いや、本当に何をしているんだお前は。
「……ええっと、ごめんなさい。間違え、ました?」
この大馬鹿野郎、彼女が真に受けてしまったではないか。
早く訂正しないと、本当にしょーもないことで二度手間を掛けさせてしまうぞ!
「ごめん、俺だよ
「も、もう……! 驚かさないでください」
良介の言葉を受けた現公は本当に安堵した口調で告げた。
このように純真な子をおもちゃにして、お前は楽しいのか?
「いや、本当にごめんよ。まさか本気にするとは思わなくてさ……
現公ちゃん、調子はどう?」
「ここ最近は、世界博覧会の準備で忙しくて……あっ」
彼女から世界博覧会の言葉が出てくるのは、特に驚くような話でもない。
どうやら現公は幕府の偉い家の人間で、政治の最前線にいるものと推測できた。
博覧会という名がついていても、その実態は外交の最前線。
さらに、葦原の主導権を政府側が握っている以上、食い込むためにはかなりの労力を要しているに違いない。
「やっぱり、幕府も博覧会に参加しようとしてるんだ。
現公ちゃんもその手伝いを?」
「そ、そうなんです。それで、とても忙しくて」
千代と共に読んだ新聞の内容を良介は記憶していた。
その時の紙面には、内戦という情勢を鑑みて出展を取りやめた国がいくつかあり、空白になったパビリオンが出ていた。
葦原政府は幕府パビリオンを乗っ取ってしまったが、改めて幕府が取り返せれば上々。
不可能だとすれば、この空きパビリオンに出展すればいいのではないか。
という報道がされていた。
政府側の事情はよくわからないが、幕府側の政治的な報道の大半が幕府による検閲の上で発表されている。
つまり、メディアは幕府の代弁者。
幕府はそう考えている、と見てもいいのだ。
「うーん。なら機密も多そうだな……俺に手伝えることはある?」
幕府軍の八咫烏、チェイスとして。
本来ならば政治に関わるべきではないが、また良介は安易にとんでもない事を言った。
幕府の世界博覧会参加で、お前に出来ることなど───
「今は、ないですね」
「そっか……今は?」
「はい。今は……」
凄く含みのある口ぶりである。
とはいえ、世界博覧会の開会式で展示飛行くらいは出来るだろうか。
良介は航空自衛隊でありとあらゆる展示飛行から出禁を食らっていた人間だ。
やるとしたら果たして、無事に済むのだろうか?
「志村様。遅くなりましたが、真田藩及び道央藩の解放。
心より、感謝申し上げます」
果たして、自衛官として異世界の内戦に関わるのが、正しい事なのか───
その答えは恐らく出ることはない。
故に、彼女の感謝に答えるのは難しかった。
「
実際問題、軍は国の穀潰しだった方が平和の証拠である。
戦争が起こらず、内戦もなく、派遣が必要になる災害もないということなのだから。
税金を払う側としては、納得がいかないかもしれないが。
「ですが、私個人としてもあなたの存在で光明が見えたのです。
……幕府を導く八咫烏、そうお呼びになった方はうまい事を仰いました」
確かに、良介がこの世界に来た当初の幕府は終わりの一歩手前だった。
しかしかといって、良介ひとりで無双してこの状況に持っていったわけではない。
竜司や歳三のような現場の努力や、機付長やゆかり管制兵のような後方の支援。
それにエラをはじめとした合衆国、諸外国の援助もあり。
非常に遺憾ながら、宗治郎や海軍参謀のような指揮も逆転の立役者だ。
「もし俺が幕府に勝利を持ってきたとしても、それは微々たるものだよ。
幕府を勝たせたのは、幕府が持っていた底力。俺はちょっと、背中を押しただけ」
良介は多少進んだ技術を抱えてやって来た、個人に過ぎないのだから。
「それを、導いたと仰っているのですよ」
それは───それは。
確かにその通りなのだが、しかし───
「……ええっと。そうだな。現公ちゃん、世界博覧会!
行けるとしたら、一緒に行ってみない?」
別に恥ずかしいわけではないが。
決して赤面しているわけではないが。
下手な事を言って自衛官として逸脱してしまわないため。
良介は話を逸らし、話題の世界博覧会に戻した。
「わ、私と……ですか?」
「そうそう。博覧会のために、現公ちゃんは頑張ってるんだろ?
だったら、博覧会を楽しむ権利もあるって俺は思うぜ」
お前、既に千代とも行く約束をしているというのに───
とはいえ、楽しむ権利があるという点については私も同意しよう。
努力や奉仕には、報いがあるべきだ。
「私は……」
「中止!」
突如、良介と現公の通話に横入りする謎の声が現れた。
言うまでもなく、この通話をモニターしている
「あ、やっぱり聞いてた?」
「いい加減にしろよ、この無責任野郎め!」
恐らく幕府側の秘密警察に近い立ち位置の人間が一喝すると、通話は一方的に切れてしまった。
「うーん。無責任野郎なのは間違いないから、否定できないぞ」
「りょっ、良介さんっ。あ、あんたさぁ……」
田中空軍歩兵が騒ぎを聞きつけたのか、ふすまを開いて良介を伺った。
「でも、そう思わない? 頑張ってるなら、ご褒美があるべきだろ?」
用事は終わった。
黒電話の受話器を元に戻すと、振り返って田中空軍歩兵を見やる。
「否定はしません。ですが、あのお方は……」
ジリリリリ。
不意に電話の着信音が鳴り響いた。
相手先を気にすることなく、良介は再び反射的に受話器を取った。
「いっ、行きたいです……っ! 志村様と一緒にっ……!」
「ああ。楽しみにしててくれよ」
プツン。
今度こそ完全に回線が切れた。
恐らく、物理的に。
「無粋な奴らだ、返事する時間くらいあげたらいいのに。
田中君もそう思うだろ?」
「ひ、ひえええ……」
もう一度田中空軍歩兵を振り返ると、彼は腰を抜かしていた。
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