蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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73 飛行試験「Vacation」

央暦1969年9月1日

夷俘島 夷俘大演習場

葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉

 

 休暇を終えてすぐ、良介ら彰義隊は所属基地である斗米基地へと蜻蛉返りすることになった。

 通常であれば、停戦したとはいえ精鋭部隊は前線に貼り付けるべきなのだろうが、今回は幕府はもちろん政府のメンツも掛かっている。

 

 なにせ、世界中の国々が集まって自国の文化や技術をアピールする世界博覧会を行うための停戦なのだ。

 よほどのイカれポンチでもなければ、停戦違反などしないだろう。

 

 そういうわけで、良介も当然斗米基地へと帰還。

 帰って来て早速、自衛隊でも行われた年一回の儀式に参加することとなったのだ。

 

 夷俘大演習場は斗米空軍基地の北に位置する、巨大な演習場である。

 そこでは小銃の取り扱いはもちろん、戦車や火砲などの兵器を用いた演習も可能な設備がある。

 

 空軍は基本、戦車を扱うことはない。

 ましてや、戦闘機乗りならなおのこと。

 今回は小銃と拳銃の取り扱い、そして最低限の身のこなしの教育であった。

 

 彰義隊の面々が小銃射撃場で一列に並んだのを見て、指導を担当する月代(さかやき)の眩しい陸軍軍人が口を開いた。

 

「これより、火器取扱習熟訓練を実施する!

……お前ら、こう思っているだろう!

俺たちは空軍の戦闘機乗りで、小銃など扱わん。

小銃など工民上がりの陸軍が抱える無用の長物だと! そうかもしれん!

だが銃は武士だろうが農民だろうが工民だろうが無頼集落だろうが、

幕府軍の英雄であっても差別はせずぶち殺す!

だから俺は等しく平等に、殺される前に敵を殺せるよう叩き込んでやる!

わかったな!」

 

 実に熱の入った男である。

 良介は顔が青ざめている竜司を横目に、一般的な自衛官のふりをしていた。

 

 戦闘機乗りの仕事ではないが、小銃を撃つ機会は珍しい。

 航空自衛隊でも滅多にないお楽しみイベントなのだから、余計な事をしてお流れにしたくはなかったのだ。

 

 というわけで、最初に行われる訓練は───

 走り込みであった。

 

「なっ、なんで火器取扱なのに、走るんだぁっ?」

 

 新選組の鉄之助は息を上げている訳ではないが、納得がいかないという風な口調で小さく抗議した。

 

「聞こえたぞ、そこの若造!」

 

「ひっ」

 

 流石は本職の陸軍人というべきか、走り込みの最中でも聞こえる地獄耳というべきか。

 戦闘で走る教官は後ろ走りの姿勢のまま、言葉を続けた。

 

「その答えは、軍人が小銃を撃つときはお遊びではないからだ!

ましてやお前ら戦闘機乗りが銃を必要とする時は十中八九、

脱出して敵地に降下した時だ!

そんな時、悠長に腰を据えながら狙いをつけられるか⁉︎ 答えは、否だ!

我々の仕事は的当てではなく、敵を殺すことだ!

わかったなら走れ!」

 

 状況次第だが、高い確率で陸の敵に追跡されている状況になるだろう。

 幕府軍の彰義隊ともなれば、政府側の軍人からは目の敵にされている。

 果たして、そんな彼らに捕まった時に捕虜として扱われるのか?

 

 それは、実際になってみないとわからない。

 そしてわかってからでは、全てが遅いのだ。

 

「背後からは大事なところ(・・・・・・)を切り落とすのも厭わない、

残虐な落武者狩りが追って来ているぞ!

死ぬ気で走れ、切断だぞぉ! 射撃はその後からだ!」

 

 そこから1時間、地味な走り込みは続き。

 彰義隊の大半が息を上げてようやく、訓練は次のフェーズに移った。

 

「よし、体力錬成を怠った者を炙り出せたな!

次、小銃を受領し、射撃位置につけ! 俺が選んだ順からだ!」

 

 すると教官は新撰組を中心に、息の上がった者の肩を優先的に叩いて回った。

 続いて精兵隊(イグルベは傭兵のためかこの場にいない)、最後に良介らペンギン隊に向かった。

 

「ほう……驚いたな、第一中隊に怠け者はいないようだな」

 

 竜司は良介と共に体力錬成を欠かさず行い、ボスは言わずもがな。

 ペンギン隊の新顔であるあくりは、そのボスすらも呆れてしまうほどの錬成バカ(・・・・)である。

 あの程度で音を上げる者はいなかった。

 

「幕府軍の八咫烏、チェイス……俺は顔も知らんし、知る気もない。

だがこの中にいたとしても、やることは変わらん!

そこの長髪! 第一中隊はお前が先鋒だ!」

 

───このおやぢ、俺だって気付いてないか?

 

 だとしても、関係のない話である。

 ビシッと指さされた良介は担当から小銃を受領すると、射撃位置へと向かった。

 

「ふむ、良介の射撃か……見せてもらおうか」

 

「鈴木殿。志村殿の射撃の腕前はいかほどでしょうか?」

 

「ああ、それはな……」

 

「30口径10発弾倉装填!」

 

 号令を合図に、良介は小銃にマガジンを挿入した。

 

 この小銃───37型小銃は、7ミリ弾を使用する葦原の制式小銃(サービスライフル)である。

 幕府軍はもちろん、各藩にも軍の近代化を目的として供与されているため、両勢力で使用が認められる。

 操作は幸いにも空自の64式小銃と大差はなく、弾倉を前方から手前側に傾けて押し込み、垂直にする事で固定される。

 

 マガジンもまた同じく、64式と同じ20連弾倉だ。

 しかしこの手の教育では無用な装弾不良を防ぐため、少なく詰める事が多い。

 故に、20連弾倉でも中身は10発しか込められていないのだ。

 

「おい若造! さっさと装填しろ!」

 

「う、上手く出来ません!」

 

「敵はそんな泣き言を笑うだろうが、俺は笑わん!

久保! 見てやれ!」

 

 現代日本でも、エアガンなどで小銃の操作を直に学ぶ機会がある。

 しかし彼ら葦原人は基本的に銃火器は軍や警察、あるいは猟師や金持ちでなければ持てない高級品だ。

 

 ましてや、新選組は最近まで民間の飛行学校の生徒だったのだ。

 もしかすれば、彼らにとってこれが初めて触る小火器という可能性すらあった。

 小銃よりも3倍近い口径がある機関砲ならば、操作したことがあるというのに。

 

 陸軍の助けにより、全員が弾倉を装填した。

 

「薬室に弾を込めろ!」

 

 機関部上部にある棹桿(ハンドル)を引き、弾倉の弾を薬室(チェンバー)へ押し上げる。

 ガチャン。

 この小銃に込められた弾を引き留めているのは安全装置と、右手の人差し指だけだ。

 

「安全装置解除! 単発!」

 

 グリップを握る右手を緩め、親指を銃本体左側面にある安全装置(セレクター)へ。

 どうやらこの銃の開発者はHW工業のように奇妙な考えを起こさなかったようで、セレクターは片手で操作出来るようになっていた。

 

 セレクターのレバーを安全を示す手前から、下の単発へ押しやる。

 

「各自、割り当てられた的に発砲!」

 

 筋肉は血流によって脈動するため、常に動いている。

 そんな不確かなもので銃を保持(・・)するよりも、血の通わない骨で固定(・・)した方がブレない。

 精密な射撃には、確かな固定が重要なのだ。

 

 故に肘を地面に置き、不動の大地を頼りに照準する腕のブレを抑える。

 伏せ撃ちではこれが出来るから、射撃精度は飛躍的に向上する。

 

 極限まで動揺を抑え、照星(フロントサイト)の先端を300メートル先にある的の中心に合わせ。

 撃つ。

 

「うぉ……」

 

 37式小銃は64式と口径はほぼ同じだが───減装弾は使用していない。

 つまり64式と違って、弾頭を打ち出すための発射薬がフルに詰まっている。

 減装弾と比べて威力や射程も上がっているが、反動もその分上昇するのだ。

 

 減装弾に慣れていた良介は最初の1発こそ反動に驚いたが、それでも的のど真ん中に命中させた。

 改めて照準器に意識をやり───

 引き金を絞る。

 

 カァン。

 遠くから金属音が聞こえてきた。

 

「ふーん、こんなもんか」

 

 爆音と金属音それらがしばらく射撃場に響き───

 

「射撃、やめ!」

 

 良介が10発を撃ち終えてからきっかり1秒後、教官から停止の号令が掛かった。

 

「ま、まだ弾が!」

 

「もういい、どうせ当たらん! 安全装置を掛けろ!」

 

 全員が銃を安全にすると、訓練を補助する助教達が的の確認を行う。

 もちろん、誰が何発当てたのかを確かめるためである。

 

「……哲也。良介は……」

 

「そうだ……良介って、ああいうヤツなんだよ」

 

「め、メチャクチャだ……」

 

 助教から改めて成果を聞かされたであろう教官は強い殺気を背負いながら、良介へと歩み寄った。

 

「志村良介だな?」

 

「うん、そう」

 

「説明してもらおう……なぜ、自分の的を撃たなかった?」

 

 良介は間違いなく、装填されていた全弾を的に命中させていた。

 ただし───隣の的(・・・)に。

 

「あれれ、バレてた?」

 

「舐められたものだな、なぜそんな意味のない真似を?」

 

「あっちの方が綺麗だったから、見やすいんじゃないかと思ってさ」

 

 これは、航空自衛隊時代から続く良介の悪癖であった。

 

 というのも、良介は高卒で航空学生に合格した身の上。

 小銃射撃の才能も早いうちに理解されていたが───

 当時の担当は言ったのだ。

 

「航空学生、つまりパイロットならフライトを磨け、銃なんぞいらん」

 

 とはいえ、ノーコンでは上司や担当のメンツが立たない。

 なので、ほどほどにするよう指示を受けたのだ。

 

 これは当時の担当のメンツを潰すための、良介なりの抗議だったのだ。

 しかし似たような指示は部隊配属後も受け(ボスは理解を示してくれたが)、結果ずーっと続ける羽目となった。

 

 しかし───幕府軍でやる事はないんじゃないか?

 

「あ……」

 

「まったく。噂に聞く神兵とやらは、とんでもないヤツのようだな」

 

「あれれ、そっちもバレてた?」

 

「ふん。いくら空軍とはいえど、そんな長髪の男はおらん」

 

 それは航空自衛隊も似たようなもの、だったはずなのだが───

 答えの出ない話題(作劇上の都合)は置いておいて、教官は沙汰(さた)を告げた。

 

「射撃訓練を愚弄した罰だ。この訓練中において、薬莢の回収を命ずる」

 

「げっ! マジでそれは勘弁して!」

 

「目が良さそうだからな。目の体操に丁度いいだろう?」

 

 というわけで、良介は助教の手伝いとしてペンギン隊隊員の射撃を背後から見学する運びとなった。

 

 鈴木哲也ことボス、10発中2発。

 うち1発は当たっていないが、衝撃で動いた為お情けで有効判定。

 

「ぶわっはっはっは! 相変わらずノーコンでやんの!」

 

「うるせぇっ!」

 

 そう、ボスは小銃が下手なのだ。

 数少ないボスを弄る機会なので、良介は積極的におちょくっていた。

 もちろん───後は怖いが。

 

「ほら、さっさと薬莢転がってないか確認しろ!」

 

「ちぇっ。俺は今や中隊長なのに……」

 

「なら、少しはそれらしくしろ。

まったく、身体だけは大人な癖に、精神はガキもいいとこだ」

 

「えっち」

 

「そういうところがガキなんだよ!」

 

 手早く見逃した薬莢が転がっていないか確認し、網でキャッチした薬莢の集計も終える。

 

「……よし、全弾回収完了!」

 

「ふぅ。陸は毎日のようにこれやってるのか」

 

「そう。見つからなかったら、徹夜で探さなきゃならん」

 

 とはいえ、これも一応保安上の問題で徹底しなければならない。

 もし誰かがコッソリ薬莢を持ち出して、自前で装弾(ハンドロード)し、その弾で犯罪を犯せば。

 

 弾の出所を割り出すのは、実はそう難しい話ではない。

 犯人とはいかずとも、真っ先に関係者とされる。

 物品管理の責任も問われる事だろう。

 

 1発の未回収でも、それが10回続けば10発の実弾、証拠となる。

 確かに行き過ぎている感はあるが、間違いなく必要な手間ではあるのだ。

 

「次! 射撃位置に!」

 

 今度のペンギン隊はあくりであった。

 彼女は良介に視線を送ると、静かかつ手慣れた動きで準備を終えた。

 

 結果は───百発百中ならぬ、十発十中であった。

 全てが的の中心を撃ち抜いており、文句の言いようのないパーフェクトだ。

 もちろん良介のようなしょーもない真似もせず、自分の的である。

 

「どうだ、良介。私は小銃の腕も磨いているのだ」

 

 ふんす、ふんすと自慢げに鼻を鳴らしながら、あくりは良介に自慢してきた。

 

「うーん、お見事だ。

もし一緒のところを襲われても、敵を蹴散らしてくれそうだ」

 

「ああ。誰にも手は出させん」

 

 すると自然と、最後になるのは竜司である。

 彼女の射撃の腕は未知数だが───空戦中のガンキルはかなり多い。

 

 ならば意外と、小銃の腕もあるのではないか?

 それが良介の予想であった。

 

「次! 射撃位置に!」

 

「ううっ……」

 

 竜司は歩きながら呻いた。

 

───うーん、ダメっぽいぞ?

 

 それは───まだ結論を出すには早い。

 もう少し見守ろうではないか。

 

「がっ、ガチガチガチ……」

 

「震えている……これはダメなやつでは?」

 

 流石にこれは、私もいけない気がしてきた。

 彼女の額には脂汗が滴っている。

 極度の緊張状態にある様子が伺えた。

 

 教官へ視線をやると、首を振った。

 中止の号令が出ないのだからちょっと待て、という意だろう。

 

 確かに、1発様子を見るくらいならいいだろう。

 

「発砲!」

 

 号令がかかり、射撃が開始された。

 その中でも竜司は───中々撃とうとしない。

 人差し指が震え、視線が照準器から外れていた。

 

 やがて周囲へ視線をやり、焦ったのだろう。

 瞼を閉ざしながら(・・・・・・)発砲した。

 

 銃口は明らかに上へ向いて、的のはるか上を通過。

 弾を受け止めて流れ弾を防止するバックストップの範疇には収まった。

 しかしこのまま続ければ、バックストップを超えて撃つ恐れがあった。

 

「中止!」

 

 良介が動き出すのと同時に、教官が号令を出した。

 周囲で射撃は止まったが、竜司は耳に届いていないのか引き金から指を外さなかった。

 

「ストップ! 竜司ちゃん、落ち着いてっ」

 

 彼女の覆い被さるようにして引き金の後ろに指を割りこませる。

 直後、強い力で引き金が絞られたが、良介の指に阻害されて発砲はされなかった。

 そのまま、セレクターを安全に操作する。

 

「私はっ……違うっ、違う……」

 

「大丈夫だ、竜司ちゃん。一旦落ち着こう」

 

 おかしい。

 これは緊張状態ではなく、錯乱だ。

 ひとまず弾倉と薬室から弾を抜き、助教と教官に小銃を任せ、良介は竜司と共に射撃場を離れた。

 

「良介! 竜司は一体……」

 

「待て、まずは座らせて落ち着かせてからだ」

 

 駆け寄ってきたペンギン隊のふたりの介助を受け、良介は長椅子に竜司を腰掛けさせた。

 竜司の全身が脂汗でじっとりと濡れていた。

 息も荒く、尋常ではない様子だ。

 

「衛生を呼ぶか?」

 

「……もう、もう平気です。鈴木殿」

 

 声は震えていたが、竜司は確かに反応した。

 とはいえ、錯乱には種類がある。

 それを見極めるため、良介は彼女と視線を合わせて尋ねた。

 

「気分は?」

 

「先ほど、よりは……」

 

「ようし……それじゃあ、何があったのか聞いてもいいかな?」

 

 良介は深呼吸すると、竜司もそれにならった。

 少しだけ、状況は好転したように見えた。

 

「私は、私の戦いは常に兵器が相手でした」

 

 音に近い速度と、陸より宇宙の方が近い世界。

 それが、戦闘機から見る世界だ。

 

 そんな世界で繰り広げられる戦いに人はいない、と言ってもいいだろう。

 無論これは人間が持つ認識の話であって、現実にはそうではない。

 

「今まで自分が狙う先に人がいるなど、考えた事もなかったのです。

あの機体、あの車両、あの施設……そこに人は見えない、いない。

ですが、小銃という人を害する武器を手にして考えてしまったのです。

見えないだけで、ずっとそこには人がいたのだと、気付いてしまったのです」

 

 幕府空軍の前期教育がどうなっているのか、まだ良介は知らない。

 しかし、彼女はそもそも前期教育を満足に受けていないのは確かだ。

 

 空知竜司は飛行学校の生徒という民間人であり、軍人となるにあたって最低限の訓練を受けただけだ。

 そんなもので軍人としての心の準備など、出来るはずがなかった。

 

「気付いてしまった瞬間、人が現れたんです。

私が……殺した敵が、じっと見ているのです。

何事も言わずに、私の行いを……」

 

 精神的なトラウマ(PTSD)による幻覚だろうか?

 だとするならば、簡単にはいかない。

 

 良介のような素人が適当に関与すれば、どう悪化するのやら。

 完全に、医療の手に委ねるべき案件であった。

 

「おーっと、竜司にも来ちゃったか……」

 

 声へ視線をやると───いつもの如く、知らぬ間に千代がそばに立っていた。

 

「……! いつの間にっ⁈」

 

「あっ……大助、大丈夫。彼女は千代っていって、味方だから」

 

 あくりが攻撃する前に、良介は慌てて千代を紹介した。

 とはいえ、驚くのも無理はない。

 

 千代はオリーブ色の装束に身を包み、偽装のため草木を身体中に括り付けていたのだから。

 つまり、ギリースーツである。

 

 誰から隠れていたのかは、言うまでもない。

 

「千代ちゃん、心当たりが?」

 

「……鈴木さんの考えでなんとなくわかるよ。

だけどこれは、心の傷だけじゃない。

竜司には実際に、死んだ魂がまとわりついてるんだ」

 

 死者の魂。

 日本にも当然ある概念だったが───

 まさか異世界では、ここまで直接的に影響するものだったとは。

 

「はぁ……それは多分、異世界(ここ)限定だろうな。

現実(こっち)じゃ死ぬまで祟られそうな奴に限って、祟りで死ぬ気配がないしな」

 

「いや、ちょっと特殊でさ。これ、サトリ特有なんだ。

なんていうか、あたしたち(サトリ)って……普通の人と違う

何か(・・)が生えてるおかげで色々と聞こえるんだけど、

そのせいで漂ってる魂が何か(・・)に引っかかちゃうみたいなんだよね。

とりわけ、死ぬ瞬間にサトリを強く意識してた魂が」

 

 つまり、竜司の言う殺した敵とは比喩ではなく、本当に殺した敵の魂だというのか。

 

「……どんな奴の魂なのかも、わかったり?」

 

「わかるねぇ。はっきりと……

多分、竜司が人を殺したという事実を意識したから、

スイッチが入っちゃったんだと思う」

 

 お手上げだ。

 サトリが良介の心を読めない、という話はまあいい。

 向こうが困惑する程度で、実害などない。

 

 しかし、心の問題には介入のしようがない。

 

「……どうすればいい?」

 

 だとしても、良介に止まる気はなかった。

 竜司が翼を捨てる結果になるかもしれないが───

 それでも、彼女を見捨てようとは思えない。

 

「引っかかってた魂は、いずれすり抜けて昇っていくよ。

でも……心の傷は昇っていかない。だから本人次第かな」

 

 死者の魂が心を傷つけ、PTSDを深めていく。

 薬では根本的な解決は不可能だ。

 

「ちなみに……千代ちゃんは、なった事が?」

 

「あるよ」

 

「どう、解決したの?」

 

「当時は藩で訓練してた頃で……簀巻(すま)きにされて、角のない部屋(・・・・・・)に転がされて。

簡単に言えば、慣れた。

それが出来なかったら、そのまま吊り下げられて的にされてたね」

 

 自殺しないように拘束しつつ、その恐れがない部屋で落ち着くまで放置されたというわけだ。

 的にされたというのは───恐ろしい推測になるが、殺人に慣れるための練習台という事だろう。

 使えない道具ならば、使えないなりに使い潰すと。

 

「……酷い話だ」

 

「そうやって、殺ししか出来ない人間を作ってたからね。

多分、今は違うと思うけど」

 

「殺ししか出来ない人間……私も、そうなのでしょう」

 

 不意に、竜司がふたりの会話に反応した。

 千代は自分のミスと判断したのか、表情を歪ませた。

 

「違いなどありません。実際に私は、機体を飛ばして殺すしか……

それしか人生で成していません……母を殺した、賊軍のように。

いずれ、同じことを私もするのだと」

 

 千代の解説を得ずとも、竜司の心に刻まれた傷の正体が良介にもわかった。

 

 母を殺した仇と同じ。

 彼女の心には、そう刻み込まれてしまったのだ。

 

 行動しろ、志村良介。

 彼女の心は間違いなく、このままだと潰れてしまう。

 

「……うーん。竜司ちゃん、酷い事言ってくれるなぁ」

 

「……え?」

 

「だって、だとしたら。この場にいる人間全員が、そうなっちゃうぜ?」

 

 ペンギン隊の人間は言わずもがな、彰義隊の人間全員が既に戦闘に参加し、戦果を上げている。

 その戦果の中に人間が入っていない可能性を考えるのは、いささか無理があるというものだ。

 

「違います……! 志村殿は、確かに殺しはしています。

ですがそれ以上に、救っています!」

 

「竜司ちゃんだってそうだ。違う?」

 

 直近の思い出ならば、智台の攻略だろう。

 政府側が機雷を用いた湾の封鎖を目論み、軍民問わず無差別な攻撃を行おうとした。

 

 機雷艇の乗組員は、恐らく大多数が死んだ。

 しかしそれ以上に、投降した政府軍や消火作業に従事していた船改番所の人間。

 そして港湾施設が生活の一部となっている人々を救っているのだ。

 

 竜司も、その戦いに参加していたのだ。

 

「……まあ、こういうのがないのが一番いいのは確かだけどさ。

殺すしか助ける手段がないって状況も、現実にはあるんだ」

 

「……今のところ、私は戦う術のない民を殺していないでしょう。

ですが、幕府が戦う内に、民を巻き込む戦いを強いられるかもしれない。

そんな時、どうすれば……?」

 

「俺に出来るのは、一緒にその罪を背負うことぐらいかな」

 

 私が見解を述べる前に答えを発するんじゃあない。

 だがしかし───同意しよう。

 

 良介が民間人を直接巻き込むような戦いに参加していないのは、今のところ単なる幸運である。

 間接的には石射平野の農民をはじめとした、多くの民間人を既に巻き込んでいる。

 

 それでも、戦いをやめるわけにはいかない。

 そうなれば良介に出来ることは、罪を背負うことくらいなもの。

 部隊の長としても、一個人としても。

 

 もっとも、良介はこの世界に来てひとつ、確かになった事がある。

 98%の人類は、同族(ヒト)の殺しに強い抵抗を覚える。

 では残りの2%はというと、大した抵抗もなく出来てしまう。

 

 その2%には、良介も含まれているのだと。

 このような輩が罪を背負ったところで、何の意味があるのか定かではない。

 もはや、嘘と言っても過言ではないだろう。

 

「……ありがとうございます」

 

 幸いにも、その嘘は竜司の心の支えになれたようで。

 彼女の言葉は、少しだけ軽くなったように聞こえた。




次回の更新は28日19時となります
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