蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~   作:サークル『熊の巣穴』

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79 御前試合「EXERCISE:X」

央暦1969年11月3日

夷俘島 松後藩立屋岸総合病院

葦原国大和幕府空軍第1航空団『彰義隊』第1中隊『ペンギン』

志村“Chase”良介二等空尉

 

 晴れ男である良介でも、やはり地元を離れてはその神通力も弱まるというもの。

 葦原北方の夷俘島屋岸はどんよりとした曇り空で、暖かい日差しを届ける太陽は分厚い雲に覆い隠されていた。

 

「ううっ、ぶるぶるぶる……どんどん寒くなってくるな」

 

「いやー、本当。

夷俘の寒さは本州の比じゃないって聞いてたけど、ここまでとはねぇ……」

 

 気動車で屋岸にやって来た良介と千代は、共に身震いしながら駅から病院までの道のりを歩いていた。

 少し前までバカンスだとか、夏休みだとか馬鹿を言っていたとは思えないほど、夷俘島屋岸の寒さが身を凍えさせている。

 

 良介の生まれは日本の南に浮かぶ羅宮凪(らぐな)島。

 南国育ちと呼ぶべき良介にとって、北の果てである夷俘島の寒さには耐えがたいものがあった。

 

「知ってる? 天気予報じゃ、今月半ばには大雪が来るんだって」

 

「確か、葦原の天気予報って幕府空軍の担当だっけ?」

 

「そそそ。その辺のノウハウを葦原で持ってるのも、幕府空軍だけ。

政府側じゃ、天気予報も結構苦労してるらしいよ~?」

 

 空軍が空の行き来を監視するために各種レーダーを所有しているのは、当然の帰結だろう。

 この空の監視には気象情報も含まれており、空軍が雲の流れを掴むための気象レーダーを装備しているのは世界的に珍しくない話である。

 政府側が苦労している辺り、どうやら藩をはじめとした地方軍にはその辺りの能力がなかったようだ。

 

「なんで援助受けてるリールランドから助けてもらえないのかは知らないけど」

 

「天気予報ってのは気象レーダーで得た雲の動きもあるけど、

過去の記録から数字を照らし合わせて予測するってのも大きいんだ……

だからよそ者が力を貸せる事って、あんまりないんだ」

 

 と、気象の女の子と2週間だけ付き合って得た受け売りを話す男であった。

 

「へぇー……」

 

 感心するような声を漏らすと、千代は静まり返ってしまった。

 

───あれれ、滑ったか?

 

 別に滑るような話題でもないはずだが───

 

「あ、ごめん。別に黙るつもりはなかったんだけどさ……」

 

 良介の視線で気づいたのだろう。

 千代は手を振って、良介の懸念を否定した。

 

「あたしって普段からそういうウンチク、言われる前にわかっちゃうんだ」

 

「ああ、サトリだから……言われる前に心を読めちゃうのか」

 

 サトリ。

 一種の読心(リーディング)能力であり、様々なタイプがあるという。

 

 中でも千代のそれは、万能型であり卓越したもの。

 通常の会話で得られる聴覚・視覚・嗅覚・触覚情報に加えて、相手の内心が流れ込んでしまう。

 一般人では考えられない、特殊なコミュニケーションをしているのだ。

 

 なぜか良介の心は、その能力で読むことが出来ないらしい。

 特異体質か、あるいは異世界転移させた謎の存在が与えたチート能力か。

 その詳細はなにひとつ、明らかになっていない。

 

「そういう事ばっかりしてると、こういう普通のお喋りってすごく新鮮だからさ」

 

「他人の内心って、結構知りたくない情報もあるだろうからね」

 

 良介の言葉に千代は言葉を返さず、ただ静かな微笑みをたたえた。

 

 北国の人間は口数が少ないらしい。

 その意味を身体で理解しつつ、ふたりは屋岸総合病院の敷居をまたいだ。

 

 思えば、この病院の表玄関から入ったのは初めてだ。

 最初に来たのはボスが撃墜され、目立たないように裏口から入った。

 二度目は撃墜された良介が入院患者として、救急搬送された時だ。

 

 病院は今までのような静けさと騒がしさの入り混じった異様な空間ではなくなっていた。

 停戦中なのはもちろん、最前線が遠ざかったのもあるだろう。

 

「……鬱屈とした空気、だから病院は嫌いだ」

 

 しかし、他人の心を読める人間には別の視点があるらしい。

 珍しく本心を口に出した千代は、吐き捨てるように言った。

 

「ごめんね、付き合わせちゃって」

 

「気にしなくていいよ。リュージも同じサトリ仲間だし」

 

 その表情から、社交辞令のような硬さは感じられなかった。

 同じ境遇の竜司を想う気持ちは本物なのだろう。

 

 受付の案内でふたりは通路を進み、ひとつの病室にたどり着いた。

 ボスが入院していたのとほぼ同じ部屋で、恐らくこの内戦で多大な戦果を挙げた彰義隊の人間であることを考慮した配置なのだろう。

 

 一介の戦闘機乗りにしては、少々豪華すぎる部屋。

 そこの床で、竜司は腕立て伏せをしていた。

 

 どうやら入院中でもトレーニングを欠かしていないようだ。

 

「あっ……志村殿。お久しぶりです」

 

 良介と千代の存在に気づいた竜司は正座をし、ふたりの方へ向き直り一礼した。

 

「調子はどう? パッと見、良さげな感じだけど」

 

「はい、心身ともに問題はありません。

ただたまに……彼ら(・・)が出てくるだけで」

 

 経過観察の通りであった。

 精神的に落ち着き、身体への影響も出ていない。

 しかし時折───幻覚が現れると。

 

「ああ……まだ引っ掛かってるね」

 

「例の、死者の魂ってやつ?」

 

 死者の魂が引っ掛かる。

 一般人である良介には不可解な表現だが、実際にそうなっているらしい。

 

 自然に昇っていくとの事だが───

 幻覚症状を放置して、フライトの許可は出来ない。

 

「今が停戦中で助かりました。これ以上、隊の足を引っ張るわけにはいきません」

 

「無理をしないでくれよ? 魂が……近くにいるんだ。

何が起きるかわからないんだからさ」

 

「彼らは結局のところ、単なる死者です。

たまに視界に入り込んだり、囁いたりするばかりで、実行力はありません」

 

 それは十分、実行力の内に入ると思われるが───

 彼女の口調も少し気になるところがあった。

 

「あー、リュージも慣れちゃった?」

 

「はい。あの程度、恐るるに足りません」

 

 つまりこれは吉報、なのだろうが。

 そのはずだというのに、千代の表情はあまり浮かないものだった。

 

「……そのくらいの覚悟は決めています。幕府空軍の門を叩いた、あの時に」

 

 これはサトリ同士の会話、というやつだろう。

 良介には断片的にしか知ることは出来なかったが───

 ともかく、竜司が無事なのは間違いなさそうだった。

 

「色々まだありそうだけど、竜司ちゃんが元気そうでよかったよ。

何か足りないものとかある? 買って来るぜ」

 

「でしたら……外出の許可を、病院に取り付けて頂けると」

 

「が、外出の許可?」

 

 記録によると、竜司には制限の類はなかったはずだ。

 入院している身の上である以上、自由に出歩くことは出来ないだろうが。

 

「……病院食は、制限がなくともまずいのです。

ですから、外食を共にしていただければ……」

 

「……ああ」

 

 良介もこの病院の食事を経験していた。

 確かにカロリーコントロールや栄養素のバランスも整った食事だったが───

 味については、不満を表明したくなるものであった。

 

「よし、行こうか。味の濃い感じの奴に」

 

「やったっ……! 行きましょうっ」

 

 そこまで喜ぶか。

 とはいえ、良介もまだ昼を食べていなかった。

 

 屋岸周辺でいい店があっただろうか。

 記憶を巡らせながら、三人は病室を後にした。

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