蒼穹の魔王 ~F-2乗りのクソバカエース、異世界にて絶望的劣勢を覆す~ 作:サークル『熊の巣穴』
央暦1969年5月11日
大和幕府空軍第1航空師団第35飛行隊『新選組』兼定隊
空知“竜司”ゆき 飛行隊士
それは、私の機体が持つ電探が敵の反応を捉えるのとほぼ同時だった。
「全機に命ずる! 防空陣地のある屋岸まで下がれ!」
南東、果ての海の嵐の東側から接近してくる機影。
司令部はそれを爆撃機編隊だと判断していたけれど……誤報だった。
相手は恐らく、爆撃機のために露払いを行う制空部隊。
私達では相手にならぬ、開戦以来空で戦い続けた精鋭達。
あの精鋭たちは2機ずつピッタリと寄り添うことによって電探に映る反応を誤魔化していた。
そう、敵は6機ではなく12機いた。
「ですが隊長っ、敵前逃亡は士道不覚悟では!」
「図に乗るな! お前達は単なる徴用された雑兵、武士ではない!
隊規も適用外だガキども!」
隊長は私の問いに一喝した。
敵前逃亡は士道不覚悟。違反者は隊規に基づき、切腹とする。
飛行学校の生徒だった私達は座学で、山義隊長自らの口でそう聞かされてきた。
確かに私は、生まれは武士ではないかもしれない。
でもこの新選組に選抜されたその時から、武士になった。
武士になり、底辺から成りあがる。
その機会がある、得られると知った私は戦場の空を飛ぶと決めたのだ。
「虎徹隊、屋岸に向かいます」
「清光隊も下がります」
仲間達は機体を翻して、続々と転進していく。
だけど、隊長直下の兼定隊は誰ひとりとして進路を変えなかった。
私はもちろん、そのひとりだ。
「兼定隊! さっさと下がれ!」
「私は隊長にお供します。……帰る場所など、屋岸にもありません」
きっとこの人は、たったひとりで殿を務めるつもりだ。
対する相手は12。勝つのはもちろん、時間稼ぎすらままならないだろう。
だからきっと、ここが私の散るべき場所なんだと思った。
故郷の、帰るべき場所を失った私の最期の空なのだと。
兼定隊の人間はひとりで彼を死なせるつもりはなかった。
「竜司の意見に賛成!」
「兼定隊はあなたの剣だ。最期までお供します」
それがこの空で散る覚悟を決めた、8人の総意だった。
「……馬鹿共が。地獄行きでも文句を言うなよ」
電探でしか見えていなかった敵の姿が、この目で見えた。
機首の尖った
その特徴は座学で隊長直々に叩き込まれていた。
西の果て、リールランドで開発された最新鋭戦闘機、
その性能はまさに最新鋭。
パニッシュを運用しているのは、葦原政府を名乗る賊軍でも一握りの部隊だけ。
さらに電探にその数を誤認させるような密集隊形を維持しつつ飛行する技能。
間違いない。彼らは
「神機隊……相手にとって不足なし! 兼定隊、交戦!」
たとえ機体の性能で劣っているとしても、逃げない。
私たちがここで彼らを止めれば、下がった仲間が逃げ切れる可能性が増えるのだから。
我々が持つ対空誘導弾、『陽光』の誘導装置に魔力を送り、起動させる。
相対速度を考えれば攻撃はほぼ同時になる。
そのはずだった。
敵機の主翼から炎が迸った。敵が先に誘導弾の狙いをつけてきた。
機体だけでなく、兵装の性能も上か。
でも、ほぼ同時にこちらの準備も終わった。
迷いなどなく、私は誘導弾を発射した。
「竜司、撃つ!」
「
誘導弾は機体が持つ熱を狙って追尾してくる。
排熱口の見えない正面角度では、機体が放つ熱は極めて小さい。
ゆえに当たりにくいと山義隊長から聞いていた。
数秒後、操縦席を誘導弾の噴射炎が照らした。
直後、複数の爆発音。
「ちくしょうっ、やられたっ!」
そう叫べた仲間は幸運だ。
誘導弾が直撃すれば機体は原型を留めない被害を受ける。
叫びすら届かず、肉片となって海へ消えた者もいるだろう。
被害を確かめる暇はない。
即座に相手に機首を向け直し、戦闘の続きに備える。
煙を吐きながら飛翔した私たちの6発のうち、歳三の放った誘導弾は間違いなく敵のパニッシュから右の翼を奪った。
翼をもがれ、断末魔を上げる敵が堕ちていくのを見た。
「
ここからは練度と運がものを言う乱戦だ。
機体を目一杯旋回させながら、風防越しの世界を睨みつける。
空模様が目まぐるしく動く中で、パニッシュの特徴的な影を見つける。
操縦桿を倒し、その影を追い掛ける。幸いにも私は、その背後につけた。
あとは、攻撃位置について不可避の間合いまで踏み込む!
「その動き、首都防空隊の山義殿か?」
空戦の最中、まるで負荷を感じていないかのような涼しげな声が聞こえてきた。
通信機の周波数を操作して、幕府軍の捉えられる周波数に合わせる。
そう難しい話ではないけれど、身体に強い負荷の掛かる空戦中となると話は変わる。
ましてや、のんきにおしゃべりとは!
「……誰だ」
「空軍奉行並、山義歳三殿。私は神機隊隊長、加藤淳之介大佐。
お会い出来て光栄だ」
「こちら大和幕府空軍奉行並、山義歳三。賊軍の加藤淳之介、
尾翼の黄色い線だな?」
視線の隅では歳三の機体が大きく旋回し、パニッシュの後方に入り込もうとしていた。
その機体の尾翼には黄色い線が入っている。これは賊軍で行われている、隊長機の特徴だった。
まさかこの乱戦の最中に、隊長機を正確に識別するとは!
「おっと、見事だな」
その間に、賊軍の隊長は歳三に追われながらも新選組の味方を機関砲で撃墜した。
死を悼んでいる間はない。歳三は最大に近い推力で隊長機のパニッシュに食らいつくが、引き離されず、かといって攻撃も出来ず。
間合いへ絶妙に踏み込めなかった。
これは歳三が追い詰めているのではない、死地へ追いやられているのだ。
「歳三! 誘われています!」
私の警告は、ほんの少し遅かった。
上空から、まるで稲妻が落ちたかのように。
敵機が歳三のすぐそばを、閃光を煌めかせながら過ぎ去った。
「くそっ」
歳三の機体から火の手が上がったのは、間もない事だった。
背後につかれたまま撃墜し、さらには罠に誘い込む。
隊長を名乗るだけあって、尋常ではない。
しかし歳三に命中弾を与えた飛行士も、尋常ではない腕だ。
ほぼ垂直降下で強烈な負荷を受ける中、一瞬間の機会を逃さずに当てるのだから。
「奉行並、戦いはひとりでやるものではない。君の不幸は、
無能な幕軍側についたことだ」
「黙れ、賊軍が!」
「脱出しろ、その機体では戦えん。君の腕は、このような戦いで
失われるべきではない。我々は未だ西の果てや大陸を根城にする、
大きな敵と対峙しているのだから」
隊長の危機だ!
かろうじて敵のパニッシュに食らいつき、照準し……放った誘導弾が機体後部を貫いた。
「歳三! 脱出を!」
「もう、少しだ……」
彼の機体は左主翼の付け根を損傷していた。恐らく、油圧も低下して思うように動かないだろう。
それでも歳三は敵の隊長機に食らいつき、攻撃位置につこうとしていた。
「……私もここで散るわけにはいかない。残念だ」
先ほど降下したパニッシュがあっという間に上昇し、素早く歳三の背後に回った。
「くそ」
この追跡から逃れるため、歳三は攻撃を断念して旋回。
しかし、損傷した機体で振り切るのは不可能に思えた。
正道で敗れるのが明白ならば、奇道で打ち破るより他ない。
歳三はその進路を、果ての海からはぐれた雲へ向けた。
数年に一度、地上に上陸して致命的な被害をもたらすあの巨大な嵐雲に。
「窮したか、山義歳三! つまらぬ死を選ぶくらいならば、潔く腹を切れぃ!」
雲の中に飛び込めば、相手も追跡を断念するだろう。
その後風速100メートルに達する風を受け、機体は空中分解する。
私は追われる歳三を救うため、機体を翻した。
しかし……間に合わない。
「隊長!」
その時、歳三を追うパニッシュが急旋回。歳三もまた、雲から離れだした。
何事かと電探へ意識をやると、反応がふたつ。雲の中から現れようとしていた。
「この雲を、抜ける機体が? そんなの……」
あり得ない。あの嵐を耐える機体は、この世に存在しない。
思わず口から出た言葉とほぼ同時に、彼らは姿を現した。
蒼い機体に、紅の一つ星。
その国籍も、機影も。
誰も知らない、あるはずのない
私たちの歴史に現れたのだ。