血税~課けた分だけ強くなるTS令嬢~ 作:サイリウム(夕宙リウム)
「ふぅ。やっぱ痺れますわね。」
和弓を引くため酷使した腕を振るいながら、手綱を引き馬の彼に止まるよう指示します。
この罠だらけの街道、敵の誘導などが出来るように馬一頭が何とか通れる道を用意していたのですが……。彼のおかげで無事通り抜けることが出来ました。指示通りに動いてくれますし、眼の前で敵の騎馬隊が殲滅されても大して動じていない。うん、ほんと良く出来た馬ですわ。
スキルには恵まれてませんけど、周りには恵まれているようで。ありがたい限りです。
「……剣とか槍はまだいけそうだけど、洋弓で長距離射撃は狙いがブレそうね。」
そう言いながら未だ震える左手を抑え込みますが、ちょっとまだ収まりそうにありません。
どうやらスキルで一程度強化された私でも、五人張りの和弓は負荷が大きすぎたようで。モノはつかめますし感覚は残っているので戦闘に問題はないでしょうが、これ以上和弓を打てば腕が壊れてしまうでしょう。まぁ和弓用の矢は切れてますし問題はないのですが……。ちょっと悔しいですね。
この弓、頑張れば敵の総大将を射殺出来たと思うんですよ。かなり飛距離ありますし、威力も十分。当たれば確実に殺すことが出来たでしょう。王都から実家に帰ってずっと弓の練習は父に隠れながらやってましたし、技量もそう酷いものではないはず。
総大将である確か、オスカーでしたか? そいつを殺せばある程度兵は散ってくれますし、士気も崩壊します。相手もそれを理解しているので防備は固いでしょうし、仇討ちに走って逆に士気が上がっていた可能性もありますが、ちょっと狙ってみても良かったかもしれません。
ま、“和弓”以外でのアンブッシュはするつもりですが。
「して、相手は……。あぁ進んできてくださる。ありがたい限りですわね。」
街道の入り口辺りで、薄っすらとですが長槍で地面を叩きながら進み始めた敵軍の姿が見えます。
おそらくですが、引くのではなく罠を踏みつぶしながら進むのを選んだのでしょう。あの商人ラーフェルのおかげで周辺他家への調略は済んでいるようなものですし、父の蒐集品を売って買い込んだ麦によって、あちらは頭には常に食糧が不足する懸念があるはず。不確定要素に頼り転身するよりも、一定の被害を許容して進むことを選んだ、といった感じですかね?
ま、そう考えてくださるよう一月前から頑張ってたんですけど。
「私一人では手が足りなかったでしょうが……。あぁ貴方? ちょっとうるさいと思うから耳を塞ぐわよ?」
「ぶる? ぶる。」
「えぇ、いい子。では、行きますわね?」
そう言いながら懐から“笛”を取り出し、全力で吹きます。
甲高く大きな音が鳴り響き、音の出所を探すためか敵軍に動きが起こる。
勘の良い指揮官がいるようで防御の指示が飛び始めたようですが……、音が聞こえた時点で、もう遅い。
「残念ですが……、死地に入って頂きますわ。」
次の瞬間聞こえるのは、何かが解き放たれる音。
そして風を切りながら何かが大空へと舞い上がり、地面に映る陰。
軽く見上げてみれば小石が大量に入った袋が、ちょうど頂点の所で解放される瞬間をとらえることが出来ました。そう、カタパルトですわ。
「イザを動かせるようになりましたので、少々親方に無理してもらい、そちらの方を増産させて頂きました。何せ金はありましたからね。税金として換算出来ないのなら、もう使ってしまうべき。そうでしょう?」
当初街道の出入り口、我らゴトレヒト家側のそこに設置するはずだったカタパルトですが、すこし無理をして森の中を切り開き、そこに幾つか設置する方針へ変えたのです。何せ相手が想定の3倍以上、600となればそれ相応の手段を取る必要がありましたので。
イザが連れていけと言ってくれたので、『射手』の問題も消えましたからね。
そう考えているうちに、十分な高度をもって落下し、地面に叩き落とされるソレ。
どれだけ防備を固めようとも、直撃した瞬間に即死するのがカタパルト。小石に変えて多少威力は落していますが、そもそも人による投石で死者が出るのです。機械によって生み出され位置エネルギーを最大限利用したソレが、人を殺せぬわけがありません。
正に天から降り注ぐ散弾。それを『敵軍後方』から順に、街道の入り口。『敵軍前方』に叩き込まれるよう手配すれば……。
「生き残るため、皆さん『前』へ。罠だらけの街道に逃げてくださるでしょう。あぁもちろん、森の中には入れませんよ? そこを通られると厄介なので。」
小さく聞こえてくる新たな悲鳴に、罠が正常に稼働していることを確信します。
わざわざ街道に罠を仕掛けたのですから、こちらとしてはそこに入ってもらわなければ面白くありません。そのため敵の偵察に見つかる可能性もありましたが、領民と共に『街道出入り口の両脇にある森』には重点的に罠を仕掛けてあります。
ワイヤーに引っかかった瞬間脳天に木の杭が突き刺さるものや、木々の隙間から落石が降りてくるもの。少々汚いですが糞尿が降りかかって来るものもご用意しています。後ろにはカタパルトから砲撃がやってきており、そこから逃げようとしても前方の森は罠だらけ。自然と兵たちは、街道に流れ込んでくれるというわけです。
あ、先ほど出入り口の所を念入りにぺちぺちされていましたが、そこに罠は仕掛けてありませんよ? 入ってくれなければ困りますので、街道の入り口付近には対騎兵用のモノしか用意してません。時間的な余裕がそこまでなかったというのもありますし……
「上手く嵌って何よりですが、実は結構綱渡りなんですよね。カタパルトを増産した結果、弾の代わりになる小石の収集が滞り、全てのカタパルトが1発撃てば弾切れに。弾が降って来た方向に逃げられれば詰むんですが……。」
そもカタパルトあと6機しか残ってないですからね。いくら威力が高くとも殺せて数十人ですし、タイミングがずれれば0です。如何に数を減らすかの勝負をしているところで外してしまえば大問題。
ほんとうまく行って良かったですわ。
「それにしても……、悲鳴ってここまで響くのですね。」
ちょっと耳を澄ませてみれば、明らかに恐慌状態に陥った者たちの不協和音が流れてきます。
おそらく訓練されていない農兵でしょう。それだけやっても彼らは農民、専業が訓練しても死の恐怖を克服するのは難しいというのに、彼らに求めるのは酷と言うもの。そして誰かが恐慌状態に陥り、それが周囲に伝播し大きく成れば、幾ら訓練したとしても胸に巣食う不安は除けません。
農兵のみならず、厄介な常備兵。そしておそらく一番防備が固まっている中央にいる敵総大将。その全てを、“こちら側”に引き込むことが出来ました。
先ほどのカタパルトで削れた数はそこまで多くないでしょうから……、ここからが本番です。
「クレーマンの皆様? 折角ご用意したのです。死ぬまで楽しんで頂きますわよ?」
◇◆◇◆◇
「ッ! 風切り音! 総員盾を構えろ! 頭を守れッ!」
「ひぃぃぃ!!!!!」
「お助けぇ!」
騎士ベックの声が響き、全ての兵が持たされている盾を構え始めるが……。全員が完全な防御を整えられるわけがない。常備兵の日ごろから訓練されている者でも、受けるタイミングを誤り死んでいるのだ。練度の浅い農兵が上手く出来るわけもなく、ばたばたと死んでいく。
攻城戦などなら少し見上げ敵の城壁にそのカタパルトを視認することが出来ただろうが、ここは森。木々が生い茂り視界が制限されたそこでは、攻撃を察知するのは『音』しかない。かなりの道幅があるといっても限界があるこの街道で人が密集し、一部の者が恐慌に陥り悲鳴を上げている状態で、その判別が出来る者は少ない。
進んでしまったからにはそれに合わせた指揮をしなければならないと、気を奮い立たせたベックがいくら声をあげようとも、一瞬の遅れが死につながる。
そして死ななくても、“既に兵として使えない”大けがが頻発する。
「ッ!」
「足がァ! 足がァ!」
小石の雨、言葉にすれば可愛らしいものだが、それぞれが保有するエネルギー量はかなりのものに成っている。カタパルトによって位置エネルギーを溜め込んだそれは、木製や軽く鉄で補強した程度の盾では、完全に威力を殺し切ることが難しい。
衝撃時に盾をずらしてしまい、小石の破片が盾の下に流れてしまったり、跳ねて要らぬ方向に飛んで行ったりしまう。しかも単なる小石だけでなく、鉄鉱石などの堅く質量のある石が混じっているせいで手が負えない。盾ごと腕を折られるもの、破片で足を破裂させられるもの、頭部に破片が飛び貫通するもの。
農兵だけでなく、常備兵にも大きな被害が出ていた。
そして旗色が悪く成れば……。
「チィ! こんなとこもういられるかッ!」
「お、おいッ! 逃げるなッ!」
脱走者が、出始める。
金だけの関係でしかない傭兵は不利を悟った瞬間すぐに逃げ始め、それに続くよう命惜しさに逃げ始める農兵たち。多くの者が先ほどまで通って来た街道を引き返すように消えていくが……、一部の聡いもの。いや思い付きで行動してしまったものが、森を経由して逃げようとする。
だがそこは。
「ぉが」
「くッ! やはりそうか! 総員、森に近づきすぎるな! 何があるか解らんぞッ!」
森に入った瞬間、足首をワイヤーによって切り取られ、倒れ伏す傭兵。そしてそれに追い打ちをかけるように、他のトラップが作動しその心臓目掛けて木の杭が突き刺さされる。それを見た騎士ベックが声を張り上げ、注意を促すが……、反応が悪い。
それに疑問に思ったベックが急いで周囲を確認、何か起きているらしい前方へと眼を向けるが……。『先頭を歩いていたはずの重装兵』の数が、かなり足りない。
「前方落とし穴ッ! 救出不可! 迂回するしかありませんッ!」
逃げ始めた農民たちの混乱によって、足を前へと動かしてしまったのだろう。鎧を着こみ他の兵よりも重量のある兵士たちが、街道に設置されたトラップを、起動してしまっていた。
覗き込めば、大量の先端が尖った丸太たち。何人もの重装兵たちが貫かれており、その自身の重さによって何もできないままに死んでいっている。そして感じる不快を覚える匂いから、その木々の表面には人の糞尿が塗りたくられているのが推測できた。まだ息が残っているものもいるようだが……、引き上げたとしても、生き残れる可能性は酷く低い。
そして街道一杯に広げられたその穴は、ここを通る兵士たちに、『森の中』へ入ることが強制される。
「ッ! 不安定だが森に入り込まずとも渡れるッ! ローヴァルト伯爵家に仕える益荒男たちよ! この街道を渡り切りゴトレヒトにてッ、がはッ!?」
「お一人貰っていきますわよ~。ふふっ!」
淵のギリギリを歩こうとした兵が。その内容から伯爵家からの与力として派遣された兵だったのだろうが、既に馬と別れ移動していたギーベリナによって、撃ち殺される。森の中で身を隠しながらも、相手に不安を与えるため敢えて声を出しその存在を知らせる彼女。
即座にクレーマン男爵軍の弓兵達から応射が行われたが……、すぐに離脱している上、森という木々に囲まれた場所にいくら矢を打ち込んだとしても、当たるわけがなかった。
「……森の中を通るぞッ! 槍兵! 罠を槍で起動させながら道を作れっ! 盾を持つ者はすぐに壁を作れ! 頭を出さぬよう気を付けろッ!」
ギーベリナが矢を放ってきたのとは違う方面、木々を背にして防御するためそちら側に迂回路を作るよう指示を出すベック。しかしすぐそこに罠を起動させ死体となった者がいるせいか、動きが遅い。けれどギーベリナが再度煽るように兵の脳天に矢を放り込んでみれば、ようやく槍兵が動き出し、盾を持った者たちがそれを守るよう動き出した。
何とか道を作り、何人かの兵を犠牲にしながらも迂回路を通り抜ける彼ら。
既にかなりの兵が離脱、もしくは死亡しており、全員の脳に撤退の二文字が出始めていたが……。既に彼らは、死者を出し過ぎてしまっている。何せクレーマン男爵軍の主力は、その総大将であるオスカーが、妻の父であるローヴァルト伯爵家から貸し出された兵で構成されている。
男爵よりもより多くの財と兵力を抱える伯爵からすれば、数百程度まだ補充の効く戦力かもしれないが……、被害が出た以上。何かしらの結果を出さなければ面目が経たない。オスカー程度の人間、伯爵という上位者に『不要』と判断されれば、すぐに消されてしまう程度の駒でしかないのだ。
街道に入る前に撤退を選べていればまだ退くことは出来ただろうが……、伯爵家の兵を失っている以上、結果を求めてしまい、それが失敗に繋がる。
既に彼らは、退くに退けない状態に陥っていた。
「ッ! 音だッ! 投石が来るぞッ!」
◇◆◇◆◇
ふぅ、大分森の中を走り回りましたわね。
常にあちらにストレスを与えるため弓とか投げ槍で攻撃し続けたのですが、これがまた結構応えました。何日も前から事前準備してルートを策定していたのですが、それでも『常にあちらから矢が飛んでくる』という緊張感は精神にくるようで、想像以上に疲労が溜まっています。
正直帰ってもう寝転びたいですわ。できませんけど。
ま、あちらも『コンコルド効果』でしたか? 被害が出すぎたためもう引き返せなくなってしまったようで、大分数を減らしてくれたのです。イザのおかげでカタパルトも全て上手く使えましたし……。最後は私が決めませんと。
馬の彼の背に乗りながら、見せつけるように声をあげます。
相手が一枝も勝てるなどという希望を抱かぬように、自身を大きく強く絶望を振りまく存在のように。
「おーほっほッ! ここまでご苦労様ですわ! クレーマン男爵家の皆様! いかがでしたか、此度の余興はッ! 大分楽しんで頂けたようで、何よりですわッ!」
おそらく、あちらの後援者であろうローヴァルト伯爵家の弓兵でしょう。“会話”の途中だというのに放ってきた矢を首をひねることで避けながら、その脳天目掛けて応射します。
ただちょっと疲れが出てしまったようで、その顔ではなく、心臓に深く叩き込んでしまいました。一応殺せはしましたが、もう細かな攻撃は出来そうにありませんね。当たりやすい胴体を狙うことにしましょう。さーって、一応貴族が目の前になって声をあげてるんですから、それ相応の立場の人間が対応してくれないと困るんですけど。
「あら失礼! 道理を知らぬ虫が紛れ込んでいたようで、撃ち殺してしまいましたわ! してッ! 我が家の領土に伺いなく入り込んだこと! これをどう説明するおつもりですか! 今ならまだ内々で収め、父に黙っていてあげてもよろしくてよッ!」
攻め込んでおきながら敗北し、それを表に出さぬよう処理される。貴族にとって憤死レベルの扱いです。
なにせ内々と言いながら普通に『これは実は秘密なのですが……』とか言いながら公表されますし、『アイツ戦争に負けておきながら「なかったことにして」って懇願したらしいぜ!』と噂されるのですから。最悪貴族としての力を持たないと判断されゴミ箱にポイされちゃいます。
ま、そんな扱いをされればあちらも応えてくれるわけで……。
「クレーマン家当主の、オスカー・クレーマンであるッ! ゴトレヒト家子女のギーベリナ殿とお見受けするッ! しかし笑止ッ! 罠などという小賢しいものに頼る者など、貴族の風上にも置けんッ! 即刻その首のみならず、ゴトレヒト男爵の首含め、晒上げて御覧に入れようッ!」
「あーら、お父様の首を取るおつもり!? その数で! 片腹痛いですわーッ!」
実際そうなんですよねぇ、私からすれば正直精鋭600でもあのクソ親父を殺し切れるとは思えないので、何かしらの策がありそうなのですが……。ま、解らぬものを警戒し続けても仕方ありません。
もうトラップは使い切ってしまいましたし、真正面から叩き潰すだけですわ。
「既に貴君の愚行はリーベラウ伯爵家当主、オスヴァン様のお耳にも入っております! クレーマン家のみならず、ローヴァルト伯爵家も瞬く間に平にされてしまうでしょうッ! その下準備として“楽しんで”頂いたのですが……、生き残られたようで何よりですわッ! おーほっほッ!!!!」
馬の身体に縛り付けてあった馬上槍を取り外しながら、軽く振り回します。
正直疲労がちょっとまずい気もしますが、疲れているからこそ体に余計な力が入らなくなり動きやすいというもの。この会話の応酬の間にざっと数えましたが、敵の数は80弱。既に常備兵レベルの精強な者しか残っていないようですが……。
三桁を下回っているのなら殺しつくして見せましょうッ!
「まッ! さっき死んでおかなかったことを、後悔させてあげますけどねぇぇぇえええええ!!!!!」
「ッ! 来るぞッ! 総員陣を組め! オスカー様をお守りし、あの小娘の首をたたきおとすのだッ!」
〇税外小話
・現在の戦況
●ゴトレヒト防衛隊
ギーベリナ(総大将・騎乗中・戦闘による過度の疲労)
イザ(補助兵・カタパルト発射業務を終わらせ合流のため森の中を移動中)
各種トラップ、カタパルト使用済み。
騎乗戦闘用装備は未使用。歩兵剣問題なし、洋弓残弾8。
●クレーマン侵攻軍
オスカー(総大将)
ベック(騎士)
ローヴァルト伯爵家常備軍 82
(歩兵及び弓兵で構成、士気及び疲労危険域)
クレーマン男爵家常備兵 6
(歩兵のみ、士気及び疲労危険域)
傭兵 0
(3割ほどトラップ及びカタパルトで死亡、それ以外逃亡)
農兵 0
(6割ほどトラップ及びカタパルトで死亡、それ以外逃亡。当初の計画では農兵は殺さないようにすると考えていたが、敵の数が想定よりも多くなったため、ギーベリナは被害を許容している)
誤字報告大変ありがとうございます。
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