戦死した人斬り剣豪によるTS放浪記   作:剣豪

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第十九話

 夜明けの薄光が窓から差し込む頃、シオリは既に覚醒していた。彼女は音もなく寝台を離れると、流れるような動作で身支度を始める。使い込まれた茶色の革ベストと、動きやすさを追求した同色のズボンは、彼女が多くの修羅場を潜り抜けてきたことを無言のうちに物語っていた。

 

 それらは彼女の鍛え上げられた肉体の線を拾わせず、それでいて俊敏な動きを一切妨げない、実用本位の仕立てだった。昨日、カリナが嬉々として結んでくれた深紅のリボンを、シオリは名残惜しむ間もなく解いた。そして、艶のある黒髪を無造作に後ろで一つに束ねる。華美な装飾は、これからの行動には不向きだ。しかし、あの少女の純粋な好意を無下に断ち切るのも、どこか心に引っかかる。ほんの僅かな逡巡の後、シオリはリボンを丁寧に畳み、懐の奥深くへとしまい込んだ。

 

 やがて、カリナとヴァナネルサも眠りから覚め、三人は最低限の言葉を交わしながら簡素な朝食を済ませた。

 

「シオリさん、本日の訓練は……やはり、この街の外で行われるのでしょうか」

 

 カリナが、どこか緊張を隠せない面持ちで問いかける。シオリの容赦ない指導の記憶が、彼女の肩を強張らせているようだった。

 

「その前に、済ませるべきことがある」シオリは、カリナの言葉を静かに遮った。この少女の体力では、本格的な実戦訓練は時期尚早だ。しかし、悠長に基礎訓練に時間を費やす余裕もない。「この街で大々的な訓練を続けるには、人目が多すぎる。加えて、我々には活動資金も、この先の正確な情報も不足している。まずはそれを確保する」

 

「と、申されますと?」ヴァナネルサが、まだ本調子ではない身体を気遣うように、落ち着いた声で尋ねた。

 

「シルヴァニアには、冒険者たちが利用するギルドがあるはずだ。そこでダンジョンの情報を収集し、実戦形式の訓練と実益を兼ねる。お前たちの変装も、より徹底する必要が出てくるだろう」

 

 シオリの提案に、カリナの瞳が一瞬、期待に輝いた。だが、それはすぐに不安の色へと変わる。

 

「ギルド……。そのような場所に、わたくしたちが立ち入っても、本当に大丈夫なのでしょうか」

 

「問題ない。正体を秘匿し、目的を偽装すればな。ヴァナネルサ、お前のその猫耳と尻尾は、この街ではさほど珍しいものではないが、念のためターバンと外套で完全に隠せ。カリナ、お前は髪の色と服装を変えただけではまだ不十分だ。言葉遣いも、もう少し……そうだな、砕けたものにする必要がある」あの貴族然とした「ですわ」口調は、悪目立ちする。早急な矯正が不可欠だ。

 

 シオリの淡々とした、しかし的確な指摘に、カリナは頬を染め、こくりと小さく頷いた。

 

 ギルド「銀の天秤」は、シルヴァニア旧市街の、運河沿いの喧騒からやや離れた一角に、その威容を誇っていた。石造りの重厚な建物は、長年の風雨に晒されながらも、揺るぎない存在感を放っている。決して寂れた様子はなく、むしろこの地区の核となっているかのような風格があった。

 

 重い樫の扉を押し開けると、むっと凝縮された酒と汗の匂い、武具の擦れる金属音、そして多様な種族が発する喧騒が一団となってシオリたちを圧倒する。傭兵ギルド特有のこの雰囲気は、どの時代、どの場所でも変わらないものだと、シオリは微かに口の端を歪めた。

 

 壁という壁には、おびただしい数の依頼書が羊皮紙の束となって張り出されている。奥に設えられた長いカウンターでは、数人の職員がひっきりなしに訪れる者たちの応対に追われていた。酒場も併設されているらしく、朝にもかかわらず、屈強な冒険者たちがエールらしきものを酌み交わしている姿も見える。

 

 カリナはその荒々しくも活気に満ちた雰囲気に思わず息を呑み、無意識のうちにヴァナネルサの外套の裾を固く握りしめた。ヴァナネルサもまた、騎士としての矜持を保とうと努めてはいたが、その眉間には微かな緊張が刻まれている。

 

「……落ち着け。平静を装っていれば、怪しまれることはない」

 

 シオリは二人に短く、しかし有無を言わせぬ口調で告げると、迷いのない足取りで一番奥の受付カウンターへと進んだ。過去の経験から、この種の場所で最も価値ある情報を握っているのは、古参の受付係か、あるいは抜け目のない酒場の主だと彼女は知っていた。

 

 カウンターの向こうには、栗色の髪をきっちりとまとめ、銀縁の眼鏡をかけた知的な印象の女性が座っていた。胸元には「銀の天秤」の紋章が刺繍された、仕立ての良い制服を着用している。彼女は山積みの書類を手際よく処理していたが、シオリたちの接近に気づくと、ペンを置いて顔を上げた。その動きには無駄がない。

 

「ようこそ、冒険者ギルド『銀の天秤』へ。ご用件は何でしょうか」凛とした声だった。

 

「ダンジョンの情報を求めている。実戦訓練と、多少の稼ぎが目的だ」シオリは、必要最低限の言葉で目的を伝えた。

 

「実戦訓練、でございますか。なるほど」受付嬢は、眼鏡の奥の鋭い瞳をわずかに細めた。シオリの佇まい──その小柄な体躯から放たれる、歴戦の剣士特有の張り詰めた気配──を冷静に観察し、それから彼女の後ろで明らかに緊張しているカリナとヴァナネルサへと視線を移す。「当ギルドでは、お客様の実力に応じた様々なダンジョンをご案内できます。……失礼ながら、皆様は登録冒険者でいらっしゃいますか?」

 

「……登録も視野に入れている」

 

「左様でございますか。では、まずはこちらの書類にご記入をお願いいたします」

 

 シオリは手渡された書類に、淀みなく必要事項を記入し提出した。受付嬢はそれを受け取ると、熟練した手つきで内容を確認する。その間も、彼女の視線は時折、カリナのぎこちない立ち姿や、ヴァナネルサのターバンの奥を探るように動いていた。

 

「……『シオリ』様、ですね。同行者の方のお名前も、こちらにお願いできますでしょうか」

 

 カリナは「カ……リン、ですわ」と、かろうじて声を絞り出した。ヴァナネルサは「ヴァルと申します」と落ち着いて答えた。それぞれが事前に用意していた偽名だ。カリナの言葉遣いに、受付嬢の眉が微かに、しかし確かに動いた。カリナははっとしたように口元を押さえ、慌てて付け加える。「あ、いえ……ただの、ただのカリン……だよ!」

 

 しどろもどろの訂正と、取って付けたようなくだけた口調。受付嬢は一瞬、口元に微かな笑みを浮かべたように見えたが、すぐにプロフェッショナルな表情に戻り、「カリン様、ヴァル様、ですね。承知いたしました」と続けた。

 

 シオリは横目でカリナを一瞥し、誰にも聞こえないほどの小さな溜息を漏らした。あの少女の矯正には、まだ相当な時間が必要だろう。だが、あの必死さそのものは……悪くない。

 

「承知いたしました。では、ダンジョンについてご説明いたします。初心者向けの『忘れられた鉱山跡』。中級者向けの『沈黙の森』。そして、腕に覚えのある方向けの『古竜の寝床』と呼ばれる高難易度ダンジョンがございます。皆様のご経験と目的から推察いたしますと、『忘れられた鉱山跡』あたりが適当かと存じます。出現するモンスターの種類も比較的単調で、薬草や鉱石なども多少は期待できるかと。ただ、最近、鉱山の奥で奇妙な蟲型のモンスターの目撃情報が寄せられております。その点のみ、ご注意が必要ですが」

 

「蟲型モンスター……」

 

 カリナが、か細い声で呟いた。その顔からサッと血の気が引いていく。廃坑での悪夢のような光景が、鮮明に脳裏をよぎったのだろう。ヴァナネルサが苦悶に顔を歪めた姿も。ギュッと握りしめられた彼女の拳は、微かに震えていた。

 

 シオリは、そのカリナの微細な変化を見逃さなかった。恐怖を完全に克服するには至っていない。だが、それに立ち向かおうとする意志は、以前よりも遥かに明確に感じ取れた。

 

「その『忘れられた鉱山跡』でいい。詳細な地図と、最新の情報を頼む」シオリは、カリナの動揺をあえて意に介さぬ素振りで言った。

 

 受付嬢は手元の分厚い資料をめくりながら、淀みなく説明を続ける。「鉱山跡は、かつて鉄鉱石の採掘で栄えた場所でございます。しかし、数十年前に放棄され、現在はモンスターの巣窟となっております。内部は複雑に入り組んでおり、落盤の危険性も指摘されております。主な出現モンスターは、ジャイアントラット、コボルド。そして先程申し上げました蟲型モンスター『クリサリスウォーム』などが確認されております。最深部には、何か古代の遺物が眠っているという噂もございますが、こちらの真偽は定かではございません」

 

 彼女は一枚の羊皮紙を取り出すと、インク壺にペンを浸し、鉱山跡の簡易的な地図を慣れた手つきで描き始めた。その線は正確で、無駄がない。

 

「この街の様子だが……以前訪れた時と、少し空気が変わったように感じる。何かあったのか?」シオリが、不意に、しかし計算されたタイミングで尋ねた。これは重要な情報収集の機会だ。

 

 受付嬢の手が、一瞬だけ止まった。そして彼女は顔を上げ、シオリの双眸を真っ直ぐに見据える。

 

「……鋭いお方でいらっしゃいますね、シオリ様。確かに、このシルヴァニアも、ここ数ヶ月で少々『風向き』が変わってまいりました。エストン……その名をお聞きになったことはおありでしょうか」

 

 その名が紡がれた瞬間、カリナの肩が微かに、しかしはっきりと震えた。ヴァナネルサも息を呑む気配が伝わる。シオリは、その二人の反応を冷静に観察しつつ、内心で舌打ちした。やはり、あの男の腐臭はどこまでも漂ってくるか。

 

「多少はな」

 

「彼の影響力は、残念ながらこの自由都市にも静かに浸透しつつあります。表立ってはいませんが、一部の商人やギルドの上層部が彼と結託し、物価の不当な吊り上げや特定物資の独占といった行為が横行しているとの噂です。当ギルドも、その圧力と完全に無縁ではいられません。エストン兵が街中を公然と闊歩するような事態には至っておりませんが……『目』は至る所に配されているとお考えください」

 

 受付嬢の声は、先程よりも僅かにトーンが低くなっていた。その瞳には、深い警戒の色が浮かんでいる。彼女は、シオリたちの素性に何かを感じ取っているのかもしれない。この女、情報を与えすぎているようにも思える。何か意図があるのか、それとも単なるお喋りか。シオリは警戒の糸を緩めなかった。

 

「……有益な情報、感謝する」シオリは銀貨を数枚、カウンターの上に滑らせた。「地図と登録料だ。それと、松明を数本、ロープ、最低限の薬草をいくつか見繕ってほしい」

 

「かしこまりました」受付嬢は銀貨を静かに受け取ると、すぐに品物を揃え始めた。その際、彼女は声を潜め、シオリにだけ聞こえるように付け加えた。「シオリ様……皆様は、ただの実戦訓練を目的とした冒険者ではない、とそのように拝察いたします。このシルヴァニアで何かを成し遂げようとお考えなのでしたら……どうか、くれぐれもお気をつけて。この街の『影』は、皆様が想像されるよりも、ずっと深いものかもしれません」

 

 その言葉は、警告とも、あるいは微かな期待の念が込められているとも取れた。やはり、何かを探っているのか。あるいは、エストンに反感を抱く者か……。いずれにせよ、これ以上深入りするのは避けるべきだろう。

 

 ギルドを出た三人は、人目を極力避けながら鉱山跡へと続く道を選んだ。カリナは、受付嬢の最後の言葉と、その時のシオリの険しい表情を思い返し、改めてこの街に潜む見えざる危険を肌で感じていた。

 

「シオリさん……やはり、この街も安全ではないのですね……ううん、安全じゃない、……よね?」カリナは最後の語尾を不自然に持ち上げ、恐る恐るシオリの顔を窺った。

 

「ああ。だが現状、ここが我々にとって最善の選択肢だ。あの受付嬢が敵である可能性は低いだろう。しかし、完全に信用できるわけでもない。常に警戒を怠るな」シオリは、カリナのぎこちない言葉遣いの努力にはあえて触れず、淡々と答えた。あの少女なりに、何とか適応しようとはしている。結果はともかくとして、その姿勢は評価に値した。

 

 やがて、三人はシルヴァニアの街外れに位置する、古びた鉱山跡の入り口に辿り着いた。ぽっかりと開いた黒い口からは、ひんやりとした空気が淀みなく流れ出し、周囲には不気味なほどの静寂が漂っていた。

 

「ヴァナネルサ、カリナ。準備はいいか」シオリが、二人に最後の確認を促す。

 

「はい、シオリ殿! カリナ様のお側は、このヴァナネルサが必ずお守りいたします!」ヴァナネルサは力強く応えた。その額には、緊張からか僅かに汗が滲んでいる。

 

「……はいっ! 頑張ります……ですわっ!」カリナは決意を瞳に込めて頷いた。しかし、最後の最後でつい地金が出てしまう。シオリの眉がピクリと動いたのが、揺らめく松明の光の中でも見て取れた。

 

「……集中しろ」

 

 シオリは腰に差した愛刀の柄に軽く手を触れると、音もなく鉱山の深淵へと足を踏み入れた。カリナとヴァナネルサも、覚悟を決めた表情でその後に続く。

 

 鉱山内部は予想通り、湿り気を帯びた空気が重く垂れ込め、松明の光も届かぬ闇が広がっていた。壁からは絶えず水滴が滴り落ち、時折、コウモリが羽ばたく乾いた音が不気味に響く。頼りない松明の光が、彼らの進むべき道をぼんやりと照らし出すのみだ。

 

「カリナ、まずは気配の察知だ。訓練通りに目を閉じろ。耳と肌で、周囲の空気の微かな流れ、音の些細な変化を感じ取るんだ。モンスターは、必ず何らかの予兆を発する」

 

 シオリの冷静な指示に従い、カリナはゆっくりと瞼を閉じた。数日間の集中的な訓練で、僅かながら掴み始めていた感覚に意識を研ぎ澄ませる。最初は、闇と静寂以外何も感じ取れない。しかし、焦りを抑え、全神経を集中させると、やがて、右手の壁の向こうから、微かな爪が岩を引っ掻く音、そして獣の低い唸り声のようなものが、おぼろげながら鼓膜に届いた。

 

「……何か、います。右手の壁の、少し先……!」

 

「悪くない。お前の感覚は、以前より確実に鋭敏になっている」シオリは短く評価し、カリナが示した方向へと静かに進んだ。あの廃坑での極限状況が、この少女の内に眠っていた潜在的な能力を引き出したのかもしれない。あるいは、単に追い詰められた結果、感覚が研ぎ澄まされただけか。

 

 岩盤が剥き出しになった曲がり角を抜けた先、体長1メートルはあろうかという巨大なネズミ型のモンスタ──―ジャイアントラットが二匹、赤黒い瞳を光らせて潜んでいた。鋭い牙を剥き出し、威嚇の声を上げている。

 

「ヴァナネルサ、お前はカリナの守りに徹しろ。だが、決して手を出すな。カリナ、あの二匹を、お前が仕留めるんだ。これまでの訓練の成果を見せてみろ」

 

「わ、わたくしが……!? 一人で……ですの!?」カリナの声が裏返り、その顔から血の気が引いた。シオリとの木剣を用いた稽古は重ねてきた。しかし、命のやり取りを伴う本物のモンスターを相手にするのは、これが初めての経験だ。

 

「そうだ。腰の短剣を使え。それは飾りではないはずだ。そして、思い出せ。廃坑での蟲との絶望的な戦いを。あの時、お前は恐怖に屈することなく剣を握った。今のお前なら、できるはずだ」

 

 シオリの言葉は厳しく、突き放すようだった。しかしその実、彼女はカリナの一挙手一投足、その内面の揺らぎを注意深く観察していた。ここで心が折れるか、それとも──。

 

 カリナは震える手で、腰に下げた儀礼用に近い装飾の施された短剣を抜き放った。長剣に比べれば遥かに軽く、取り回しは容易い。しかし、これで本当に、あの鋭い牙と爪を持つ獣に立ち向かえるのだろうか。恐怖で顔は蒼白になり、短剣を握る手は汗で滑りそうだった。

 

 ジャイアントラットが、甲高い鳴き声を上げながら、左右から同時に襲いかかってきた。その獰猛な勢いに、カリナの肩がびくりと強張る。

 

 一瞬、恐怖で金縛りにあったかのように体が硬直し、動きが止まった。しかし、その刹那、脳裏にいくつもの光景が稲妻のように駆け巡る。シオリの容赦ない、しかし的確な指導。ヴァナネルサが苦痛に呻吟する姿。そして何よりも、廃坑で無我夢中で剣を振るった時の、守りたいという強烈な想い。

 

 カリナは、シオリから叩き込まれた体捌きの基本を、必死に身体で再現しようとした。最小限の動きで攻撃を回避し、体幹の軸を保つこと。一匹目のジャイアントラットの突進を、かろうじて半身になることで避ける。鋭い爪が外套の裾を紙一重で掠め、冷たい汗が背筋を伝った。

 

 間髪を容れず、もう一匹が死角から懐へと飛び込んできた。カリナは、心の奥底から湧き上がる恐怖を振り払う。訓練で幾度となく繰り返した短剣の突きを、ありったけの力を込めて繰り出した。狙いが正確だったかは分からない。ただ、無我夢中だった。

 

 グサリ、と肉を断つ鈍い衝撃がカリナの手に伝わる。ジャイアントラットの甲高い絶叫が狭い坑道に反響した。

 

 カリナは震える手で短剣を引き抜くと、生温かい血飛沫が彼女の白い頬を汚した。目の前のネズミが、短い痙攣の後にぐったりと動かなくなる。

 

 それは彼女にとって、紛れもない初めての「戦果」だった。自らの意志で、そして自らの手で、敵の命を奪った瞬間。シオリはその光景を、表情を変えることなく静かに見つめていた。しかし、その黒曜石のような瞳の奥に、ほんの僅かな、だが確かな変化が生じていた。それを彼女自身だけが自覚していた。……悪くない。あの極限の状況で、怯むことなく踏み込めた点は評価に値する。

 

 残る一匹は、仲間の死を目にしても怯むことなく、むしろ獰猛さを増して再び襲いかかろうとしていた。しかし、その動きには先程にはなかった僅かな警戒の色が窺える。カリナは、一度の成功によって、ほんの少しだけ冷静さを取り戻していた。呼吸はまだ荒く、心臓は早鐘のように鼓動を続けている。だが、その足は、まだ確かに大地を踏みしめていた。

 

 彼女は、シオリの無駄なく洗練された動き、的確無比な一撃を必死に脳裏に思い描いた。あの厳しくも濃密だった訓練の日々。それが今、この瞬間のためにあったのだと、信じたかった。一度、深く呼吸をする。迫りくるジャイアントラットの血走った赤い目を睨み据え、短剣を構え直した。その切っ先は、先程よりも僅かに、しかし確かに安定している。

 

 これが、彼女の本当の意味での「最初の実戦訓練」の、幕開けだった。

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