朝の光が、静かな街並みをゆっくりと染めていく。
後藤ひとりの部屋は二階の窓から柔らかい日差しが差し込んでいた。
部屋の中心に鎮座するのは、彼のエレキギターと巨大な身体を支える大きなベッド。
彼はそのベッドからゆっくりと起き上がる。
体重は軽く100キロを超え、身長は196センチ。
まるでアメリカンフットボールの選手のような体格だ。
しかし、中身はいたって内気な普通の高校生だった。
鏡の前に立つと、自分の大きすぎる身体を見つめる。
「……今日も、あの視線が来るんだろうな」
教室のドアを開けると、瞬間的に周囲の視線が集まる。
ただ座るだけで、まるで異形の生き物を見るような目が彼を貫く。
「……今日も、僕は一人なんだ」
席に着くと、椅子はギシギシと音を立て、机の上の教科書が微かに揺れた。
ひとりは苦笑しながら、ノートを開き、ギターのコード進行を書き写す。
教室の隅で鳴るチャイムの音は、彼の鼓動のように聞こえた。
授業が始まっても、彼の心はいつも孤独の中にあった。
クラスメイトの女子たちは、誰も彼に話しかけない。
ひとりはその理由を、身体の大きさだと思っていた。
一度、女子が彼に話しかけようとして、言葉を飲み込んだ瞬間を見たことがある。
その戸惑いの表情は、彼の胸に小さな痛みを残した。
「普通に話せたらいいのに」
そんな簡単なことが、どれだけ遠いのかを彼は知っていた。
放課後。
教室を出て、彼はギターケースを背負い、公園へと向かう。
道行く人々の視線が、いつものように彼を追う。
まるで歩く巨大な展示物のように。
公園のベンチは、彼の体重に耐えかねてか、時折軋みを上げる。
彼はベンチに座るたび、心の中で謝った。
「ごめん、ベンチさん……今日もありがとう」
それからゆっくりとギターを取り出し、弦を押さえる。
大きな手が不器用に動き、空気に音を溶かしていく。
音は孤独の色を帯びて、静かに広がった。
公園の片隅、ギターの音色が静かに風に溶け込む。
後藤ひとりは、大きな体をゆったりとベンチに預けながら、何度も同じフレーズを繰り返していた。
その音は彼自身の孤独の言葉だった。
「……なんで、こんなに一人なんだろうな」
ふと視線を感じて顔を上げると、一人の少女が立っていた。
彼女は伊地知虹夏。
地元の人気バンド「結束バンド」のドラマーである。
「……君、ギター弾くんだよね?」
虹夏の声は、風に溶けるどころか、真っ直ぐにひとりの心に届いた。
彼の大きな身体は少し緊張で震えたが、言葉は自然に返った。
「ええ、まあ……」
虹夏はベンチの隣に腰を下ろした。
その距離感が妙に安心感をもたらす。
「ねぇ、結束バンドって知ってる? 私たちドラムでやってるんだけど、今度のライブでサポートギターが急にいなくなっちゃって……」
彼女の瞳が真剣に輝く。
「それで……一日だけでいいんだけど、君に弾いてほしいんだ」
ひとりの胸の中で、ずっと閉じていた扉が音もなく開く。
「一日だけ」との言葉が、彼の世界を少しだけ明るくした。
だが、その言葉の裏側には、彼が知ることのない葛藤や困難が待ち受けているのだ。