「ここ……ライブハウス……?」
後藤ひとり、身長196cm・体重110kg(筋肉)、職業:陰キャ。
ギターケースを背負っているが、見た目は完全に**「爆音格闘家」**である。
彼の巨体がライブハウスの入口に立ち尽くすだけで、道ゆく人々が避ける。
ドアの前で立ち止まり、鋭い眼光を虚空に向けるさまは、まるで“刺客の来訪”だった。
「……ちょっと……無理だ……」
ひとりは一歩下がった。
この狭く、暗く、密閉された空間に、己の巨体をねじ込む自信がない。
なにより――人が怖い。
その背後から、軽やかな足音と共に、虹夏が駆けてきた。
「わっ、ごめん! 待った? あ、というか……入ってない!? ていうか……」
虹夏の視線が、ひとりの圧を受け止めきれずに泳ぐ。
「……うん、やっぱりデカいなぁ」
ひとりは小さく、しかし地響きのような声で答えた。
「すまない……気配で……威圧してしまったかもしれない……」
「いやいや、気にしないで! ここのライブハウス、案外出入り激しいから! ちょっと怖い常連とかもいるし!」
その“怖い常連”より明らかに圧の強い彼だが、本人はあくまで内気な陰キャである。
虹夏が手を引き、彼をライブハウスの中へ連れていく。
ギリギリ肩が入るドア。
天井のスピーカーに頭をぶつけながら進む。
中には、楽器を抱えた高校生バンドや、観客らしき若者たちがわいわいと談笑していた。
ひとりは恐る恐る視線をずらした。
周囲の視線が明らかに彼に集中する。
誰も言葉には出さないが、彼らの目は言っていた。
「あれ……ベーシストじゃなくてギター? えっ? ギター!? この人が!?」
その空気に、ひとりの足が止まる。
「……帰って、いいか?」
「ダメッ!!」
虹夏は全力で遮る。
「お願い! あともうちょっと、あと30分でいいからっ!」
「無理だ……人の視線が刺さる……背中が熱い……俺が灼けている……っ」
「じゃあ、被る?」
「……は?」
ステージ裏で、虹夏が取り出したのは――段ボール箱だった。
「私、そうなるかもって思ってたんだ。だから持ってきた。これ、被れば人の顔見えないでしょ?」
「……つまり、遮断するのか……俺と、外界を」
「そう! そうそう! まさに“自分だけの空間”だよっ!」
一拍置いて――ひとりは段ボールを手に取った。
静かに、そっと、頭にかぶる。
「……落ち着く」
「でしょ!」
虹夏は笑った。
とてつもなく異様な光景だった。
上背196cmの黒シャツ筋肉ギタリスト、頭に段ボール。
まるで引っ越し業者の怨霊だ。
それでも、ひとりの足取りは軽くなっていた。
段ボールが視界を閉じてくれた分、心が少しだけ自由になれたのだ。
ステージ。
スポットライト。
観客たちの視線が一点に集中する。
「……なんか出てきたぞ」
「でけぇ……段ボール……」
「……怖っ」
静まり返った中、ドラムのカウントが鳴る。
「ワン、ツー、スリー、フォー!」
音が走る。
虹夏のドラム、リョウのベース。
ひとりのギター――いや、段ボールのギターが鳴り始めた。
だが……音は、どこかズレていた。
テンポが、リズムが、バンドと合わない。
虹夏がドラムを叩きながら目を細めた。
「え、これ……すっごいズレてない!?」
段ボールは黙って弾き続ける。
演奏後、控え室。
「……ありがとう。助かったよ」
虹夏はそう言ってから、遠慮がちに付け加えた。
「でもさ……へたくそだったよね」
段ボールの中から「すまない……」と呻くような声が響く。
「でも、それって一人でずっと練習してたからでしょ? しょうがないよ。これから慣れていこうね」
段ボールが、こくりと頷いた。
その様子が、なんとも言えず哀愁と愛嬌が同居していた。
虹夏は思った。
(この人、名前もインパクトあるけど、あだ名つけないと……)
「後藤ひとり、か……うーん……じゃあ、**“ぼっちちゃん”**でいっか!」
段ボールがぴくりと反応した。
「いま……ぼっち、って言ったか……?」
「うん! いいでしょ? ぼっちちゃん!」
段ボールの中で、ひとりは静かに考えた。
(……それはつまり、俺が孤独であると名指しされているということだな……)
しかし――
彼はなぜか、否定しようとは思わなかった。
その“ぼっち”という言葉が、初めて誰かからもらった、自分だけの呼び名だったからだ。