ありふれ×呪術―もしも器に選ばれたのが光輝じゃなくて虎杖だったら― 作:roborobo
――……あぁー……どうして宙に浮いてたんだっけ……
数日前のことを思い出しながら、虎杖の体は落下していく。落ちた先はただの地面、土と草が生えているただの野原。その身を強く打ちつけながら、体中に刻まれる痛みを噛みしめた。
――……あ、そっか……俺、戦ってたんだ……
ぼんやりとした頭で、飛びかけていた自分の意識が現状を正しく認識した。それだけ、目の前の人物が放った攻撃はあまりにも強く、果てしない威力を放っていたからだ。
今、虎杖は目の前の相手と決闘を行っていた。勝負内容は簡単。チャレンジャーである虎杖が相手に一撃でも攻撃を加えれば虎杖の勝利。ちなみに敗北条件はない。あるとすれば、チャレンジャーの攻撃を受けていく中で、『ギブアップしたら』といったぐらいか。
「……っ、くそっ……結構、いや、マジですっげぇ蹴りだわ……ははっ、俺よりつぇぇじゃん……」
傷だらけでボロボロのまま、何とか立ち上がろうとしていく。
虎杖は倒れない。倒れるわけにはいかない理由があった。
この勝負は、虎杖が勝てば――目の前にいる人物の、親友である彼との旅に同行できるからだ。
「……虎杖君……」
「い、虎杖君……!」
二人の決闘を固唾を飲んで見守る周囲の者たち。それは、虎杖のクラスメイトである学園の二大女神の八重樫雫と白崎香織の二人。それ以外にも、ほかの生徒たちも彼らの戦いを観戦していた。
なにせ、虎杖の目の前に立ちふさがっている相手は『親友』だ。この二人が親しい間柄であることを知っているからこそ、クラスメイト達は彼らを見守ることしかできなかった。
トータスの転移前、学校ではよく話しかけ、休み時間などではゲームや漫画で盛り上がったりする、ほどほどの交友関係を築けていたと思える、親しい間柄。
そんな少年と久々の再開。短くも長い間、ずっと顔を合わせていなかった親友が虎杖に向けたのは、鋭い刃のごとき『敵意』。
地面に横たわったまま、体に残る痛みが引くのを待ちながらずるずると立ち上がろうとする。膝立ちの体勢になったところで、すでに親友は虎杖の目の前にまで距離を詰めていた。
「――で、終わりか? 虎杖……」
「っ……南雲……」
自分を見下ろすその姿は、白色の冷たさを放つ空気を隠そうともしなかった。
色が抜けたかのような白色の頭髪、眼帯で隠された片目、どこで調達したのか黒のコートを身に纏い、再会した時にはいろんな道具をどこからか召喚させて、その力を虎杖を相手に振るっていた。
これが、今の親友。学校にいたころ、トータスに召喚される前までは黒髪でボッチ気質な心優しきオタク少年だった彼は――ここまで変わってしまった。
「……お前、本当に強く……なったんだなっ……」
痛みが残る体に鞭を打ちながら、なんとか立ち上がろうとしていく。そうでもしなきゃ、次の攻撃を防ぐことも、一撃を加えることもできない。
それだけ、今の目の前の親友は――南雲ハジメは、あまりにも過去の彼とは正反対の人間になってしまった。
虎杖を前にしたときのハジメは、それこそボッチ気質であっても話しかければ喋りやすい気安さのある少年だった。クラスの中で馴染めない部分もあったが、他者を思いやれる人間であることを、虎杖は十分に知っていた。
だからこそ、わかってしまう。
あのオルクス大迷宮で、奈落へと落ちてから――どれだけの苦難をその身で受けてきたのかを。きっと、想像を絶するような地獄をその身で体感してきたのだろうと。
「……お前、なんでそうまでして俺に同行しようとしてるんだ?」
驚愕、といったリアクションはかけらもなかった。
あるのは、呆れと侮蔑。自分に対して敵対するモノへの敵対心のみ。自分の目標のために、突き進むという強固な意識、それだけ。
かつて、クラスメイトとして自分を気にかけてくれた虎杖でさえも、今のハジメにとっては数ある障害の一つでしかない。
肩で息をし、自分に向き合っているハジメに対して、虎杖は口を開いた。
「――俺は、お前と一緒に強く……なりたい、からだっ……」
虎杖の言葉を聞いて、ハジメの眉がぴくりと動いた。
「……おまえ、知ってるだろっ……俺が、あの魔人族の女に……みんなが攻撃されているって中で……俺が、ふいに手を止めてしまったっ……それで、みんなを危機に晒しちまったっ……!」
吐き出すような言葉は、虎杖の懺悔。自分の選択が、危うく誰かに『正しくない死』をおしつけかねなかったという、自分の罪。その告白だ。
オルクス大迷宮で出くわした魔人族の女との闘い。このトータス召喚のきっかけの一つである、人間族を守るために行われた異世界召喚によって呼び出されたのが、神の使途であるクラスメイト達は、この魔人族という別種族と戦うために召喚された。
その時、初めて遭遇した魔人族の女に対し……危機的状況を脱したところ、隙を突いて敵を攻撃しようとした際――虎杖は、その手を止めてしまった。
死に瀕した際の女の言葉を、故郷にいるであろう恋人の名前を呟いているのを拾ってしまい……そのあとは、言うまでもないだろう。クラスメイトは危機に陥り、間一髪のところでハジメが来てくれたから助かった。
「だから、力が……いるんだっ……! 後悔しない……ためにもっ……! 俺に、力がいるからっ……!!」
それは、彼にとって血を吐くような言葉だった。
あの時、自分にもっと力があればみんなを守れた。
あの時、せめて敵対した敵を倒せる非情さがあれば、みんなを死なせてしまったかもしれない。
虎杖の中にある『正しくない死』、ただそれだけを否定するために、自分の生き様に後悔を残さない道を選びたい。それは、南雲と共に歩けばきっと見つかるモノなのだ。
「……そっか。それだけ、お前の決意は固いワケだ」
呆れたような、諦めたような。深いため息を残しながらハジメはつぶやいた。
その時になって、見えたのだ。今のハジメの表情は、柔らかくなっていて――かつての、学校にいたころの顔つきをしていた。
ハジメが、手を伸ばした。硬質な、鉄の義手を身に着けた彼の片手が。
「――……! 南雲っ……!!」
ハジメが浮かべた表情を目にして、虎杖の顔がパッと明るくなった。
それは、ずっと、ずっと。虎杖が見たかったものだった。
奈落に落ちた少年が、なんら痛みも悲しみも受けてこなかったはずがない。ただただ堪えるために、耐えるために、生きるという目標を一つに、自分が想像すらできない苦難に立ち向かっていたはずなのだ。今のハジメを作り上げてしまうほどの苛烈な道程、きっと並大抵なものではない。
そんな彼が、やや硬くありながらも浮かべた表情には、あのオタク気質で優しい少年の面影を色濃く残していた。それはきっと、かつての気持ちを少しだけでも取り戻してくれたに違いないと、そう信じていたからだ。
虎杖は信じた。信じたかった。今のハジメの中には、かつてのハジメの心がきっと残っていると――
――ズドォッッ!!!
「ごぉ゛っ……!!?? ご、ぁ゛っ……!!」
瞬間、踏みつぶした風船のごとく、血の混じった息を吐き捨てながら、虎杖の体が宙を舞った。
何をされたのか分からなかった。何が起きたのか理解できなかった。体中に広がる痛み、そのあまりにも強烈な一撃が蹴りによるものだと理解した時には――続く様にして踏み鳴らされてくるハジメの苛烈な猛攻が、虎杖を待ち受けていた。
――ドゴッ゛!! ズドッ゛!!! ズドォッ゛!!
「ごっ゛! がぁっ゛!! げっ、ぐぎっ゛!!!」
浴びせられてくる蹴りの連続に、虎杖の体が血にまみれていく。
非常な猛攻でありながら、ハジメの表情は変わらない。先ほどまで浮かべていた優し気な微笑みは、すでに消えてしまっていた。
「どうせお前はさ。昔ながらのファンタジーモノだとか、悪党退治とか。その程度のモノを想像してたんだろ?」
蹴りを食らって倒れそうになる虎杖の体。彼の体が、その頭が地面に落ちる前に、下から振り上げてきた蹴りが虎杖の顎を蹴りぬいた。
「――甘ぇんだよクソガキが」
ばたりと、虎杖の体が再び地面に横たわった。目からも、鼻からも、口からも。どろどろに溢れた血が顔から流れる。
その様子を見せられて、誰も止められないままでいた。
その様子を見せられて、止められる者はいるにはいた。ハジメと同行しているユエたちだ。だが、そんな彼女たちもハジメと同様に虎杖を冷たく見おりしていた。甘い夢を見ていたガキを見るかのように。
「こいつはな、戦争なんだよ。間違いを正すための戦いじゃねぇ。正義と正義の押し付け合いだ……ぺらっぺらの正義のな」
がしっ……うつ向けになって倒れたままの虎杖の頭を踏んだまま、ハジメの言葉は止まらなかった。
「俺たちが手にしたチート能力。やつら、魔人族が手にした魔物の力。この戦いはな、数百年経ってどっちが生き残っているかっていうだけの……ただの殺し合いなんだよ」
踏み抜いたままの虎杖の頭から足を離し、ハジメは詰まらなそうにしながら背中を向けた。
「そんなこともわかんねぇお前が、俺に勝てるわけねぇだろ」
勝負は決した。そう言わんばかりに虎杖から離れていくハジメを、クラスメイト達は誰も声をかけることが出来なかった。
虎杖は何も言えなかった、何もできなかった。傷だらけの体が、痛いから動けないというのもあるだろう。だけど、それ以上に何も言えなかった。言い返せなかった。甘い考えを持ったままの自分が悪いには――何よりも言い返せない事実なのだから。
去っていこうとするハジメの背中を、倒れたまま見ることしかできない虎杖。消えかけの意識が向けてくる視線を感じ取ったのか、ハジメとユエ達が振り向く。
流れる金糸の髪をなびかせた少女は、その瞳に感情を乗せることなくジッと倒れたままの虎杖を横目で見ながら、
「……言ったはず。恐怖に負けた逃げ出した負け犬にとやかく言う資格はない。ましてや、殺せなかったあなたに……ハジメのために何が出来るというの?」
冷たいユエの言葉を浴びせられて。傍らにいるうさぎ耳と黒髪の和服の少女たちは何も言わなかったが、言いたいことは変わらないのだろう。彼女たちの視線で、それがわかった。
――何が、自分に出来る、なにか……
その答えを、虎杖が出せるかは分からない。わからない、だから、わかりたいのに……その意識を保てないまま……
虎杖の意識は、消えていった。