花葬 ~ジェンティルドンナVSヴィルシーナ~   作:椚木

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 秋華

 写真に顔をつき合わせた決勝審判には長い時間を要した。

 

「だって、本当にお姉ちゃんが勝ったと思ったんだもん! 悪気なんてなかったよ~」

 一度は歓喜したヴィブロスも、今は掲示板に映し出された順位に打ちのめされている。直前の自らの振る舞いを後悔してひどく沈痛していた。

 

「やっぱり。姉さんでも駄目だったんだ。こんな僕なんかが出走したって……」

 シュヴァルも顔を隠すように帽子のつばに手を当て項垂れてしまったから、いつも天真爛漫な妹が、顔いっぱいグシャグシャにするところを見ることはなかった。シュヴァルが自信を取り戻し自分の意志で力強く走り出すには、彼女を励まし心から奮起させてくれる、ヒーローの登場を待たなければならない。

 

 しかしターフ上、未だ消耗から回復せず肩で息をつくヴィルシーナには、この結果はとうに既知の事項の再確認に過ぎなかった。勝敗は判定など待たなくとも、その手応えで、互いの意志の交感で、何よりレースに挑んだ張本人が承知しているものだから。

 

 スタンドは割れんばかりの歓声があがり、新たな三冠ウマ娘の誕生を祝している。

 

 ティアラ路線、いや、トゥインクル・シリーズ史上初の、三冠レースにおける1と2位に同じ顔ぶれが並ぶ結末だ。ヴィルシーナは最後まで2位という結果に終わった。

 

 スタンドから滝のように降りしきる歓声は、自分ではない勝者に向けられたもの。ついぞ届くことのなかった栄光を称揚する。

 

「勝てた」

 今となっては虚しいことだが、ゴールの直前ヴィルシーナは確かにそう確信していた。ジェンティルドンナの注意は前を走るイワニハナサクに向けられるばかり。そのジェンティルの顎にノーマークの自分が喰らいつく、筈であった。

 

 しかしジェンティルは、後方に置いてきた自分のことを、確かに意識し続けていた。故にヴィルシーナが加速した後も、そのヴィルシーナと競り合う形で再スパート。決して彼女が抜け出ることを許さず、ゴールに突入した。

 

 あの瞳の揺らぎは、動揺ではなく、待ちわびたライバルを迎え入れる、歓呼のそれだったのだ!

 

 ターフの芝に腰を落とすヴィルシーナに、人影がかかる。見上げればそこには、たった今誕生した三冠ウマ娘の姿。今さら自分に何があると言うのか。

 

 ヴィルシーナは闘争心の残滓をそこに宿した険しい目つきで、表彰式での戴冠を待つばかりの女王を見上げた。

 

「あら、今さら何の用かしら」

 元々弱者とは没交渉の貴女がわざわざ、と言外にこめて。もちろんそれは誤解なのだが、「強さこそが正義」を標榜し、弱者に見せる冷徹さは知れ渡ったことだ。

 

 今さら「敗者」の自分に情など見せるキャラではないのだ、貴婦人は。

 

「礼を言いにきたのよ。ヴィルシーナ」

 貴婦人の唐突な物言いに、ヴィルシーナは訝しむばかり。

 

「忘れたかしら。オークスの後の茶会を」

「ああ、あの時の」

 

 貴婦人は胸に手を当て、誇らしく語る。

「私は言ったわ。レースの結果は、その者の才能とメチエにのみ帰するべきものだと。そこに『他者』が介在する余地はないと。それは本来間違っていないと、今でも確信するけれども」

 

 一度言葉を切り、あらためてヴィルシーナを見やる。

「けれども今回のレースで、私は初めて『他者』を意識せざるを得なかった。そう『貴女』という存在を」

 

 そうなのだ。

 これまでのレースにおいて、貴婦人にとって対戦者は――ヴィルシーナも含めて――

 

 その豪脚で抜き去り後に置く対象でしかなかった。所詮彼女たちは、ジェンティルによって刻まれた栄光の軌跡、その轍に転がる小石に過ぎないのだから。

 

 しかしヴィルシーナ。貴女は幾度となく私に挑みかかり、時に一敗地に塗れるような敗北を喫しながらも、それでもなお立ち上がって向かってきた。

 貴女だけは違った。貴女こそ私のライバルなのだと、そう貴婦人は認めてみせた。

 

 だからあの瞬間、ジェンティルは必ずライバルがやって来ると『信じた』。だから彼女は最後のその瞬間まで注意し続けた。渾身の策を見抜かれそれ故にヴィルシーナは敗れた。

 

「寿ぎましょう。私たちは共に競い合い、交感し、己自身を高め合った。その成果は詩人のいう秋華となって、このターフに結実した。私の傍らには貴女がいた、ヴィルシーナ。最高の友人に最高の敬意を」

 

 そう言って、ヴィルシーナに手を伸ばした。

 

「ええ、残念ながら今回も私は完敗。けれども私も決してこのままでは終わらない。貴女がライバルに足ると認めたこの私よ。より一層この身を鍛え上げ、いつか貴女を倒して見せる。だからジェンティル、貴女の傍らには常に私がいることを、忘れないことね」

 そう返して、自らに差し伸ばされた手を取った。

 

「どうぞ、かかっていらして?」

 ジェンティルに引かれヴィルシーナがその身を起こすと、2人はそのまま正面から相対し固く握手し合う。

 

 宿命のライバルの健闘を称え合う姿に、観衆はより一層の歓呼の声を上げるのだった。

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