悪辣有害災害非道   作:そらからり

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1 花

■とある村の近く

 

 生き物の気配を感じさせない静かな森の中。

 1人の少女がうずくまっていた。

 よくみれば彼女は地面を睨み、ときおり手を伸ばしている。

 

「……これも、まだ、ある」

 

 薬草を摘んでいた。

 土と血塗れになったボロボロの手で、同じく採取の技術が無いためにボロボロになった薬草を。

 おそらく売り物にはならず、傷んでいるために数日以内には薬効も消えているだろう薬草を、それでも少女は懸命に集める。

 

「みんな……お腹が減っているんだもん。私だって、役に……」

 

 〈マスター〉と呼ばれる者達の到来により豊かになった国や村は多々ある。

 だが、その恩恵に預かれず、むしろ不利益を受けてしまった集落もあった。

 少女が身を置く村もその一つで、<厳冬山脈>に近かったために先の餓竜事件によって雪崩の被害を受けていた。

 村が直接雪の下敷きになることはなかったのだが、流れ出ていたリソースによって実っていた畑や樹木がリソースの枯渇と共に一斉に枯れ始め、それを餌とした動物らも数を減らしていた。

 そのため、村の人間達には飢饉が迫っていた。

 

「……これだけあれば冬を越せるかな」

 

 実際には少女のその日の晩飯に届くかどうか程度の価値にしかならない質と量の薬草がアイテムボックスに収められたのだが、まだ幼い少女は希望に満ちた目で帰路を振り返る。

 村の誰にも言わずに森を訪れていたため、バレないうちに戻らないと、と思い立ち上がった。

 薬草の出どころを聞かれれば少女の冒険もすぐに知られてしまうのだが、そこまでは考えていない。

 ただ村の役に立ちたい、少しでもお腹を満たしたいという気持ちなだけだ。

空っぽの胃に水を流し込み、いざ帰ろうというところで、

 

「――おや」

 

 それは、一見怪しげな見た目をした男であった。

 

 痩せた頬。

 窪んだ眼窩の奥に見える白い瞳。

 不健康そうな青白い肌は異様に光を嫌う。

 だが、纏う衣服は神官のものであり、ミスマッチなだけに逆に少女は男に対して安心感を覚えてしまった。

 

「(神官さんだ……)」

 

 ただのジョブに由来する衣服であるとはいえ、司祭系統もとい神職に就いているのだ。

 少なくとも【山賊】や【海賊】よりは信頼できる。

 

「こちらでなにを?」

 

 しわがれた声で男は尋ねる。

 見た目で年齢は分かりづらかった。

 20代にも30代にも、声のせいで老人のようにも思える。

 病的な顔は張りもツヤも無い。

数日間まともな食事を取っていない少女をして、『具合が悪そうだな……倒れないか心配』と思わざるを得ない顔色である。

 

「薬草を探してて……」

 

 少女は素直に身の上話をする。

 少し遠い場所で雪崩があったこと。

 それから作物が育たなくなったこと。

 森に動物がみえなくなったこと。

 生き物がいないために安全になった(と錯覚している)森で薬草を探しにきたこと。

 そして、その薬草を売れば村のみんなが飢えを凌げること。

 

「なんと……なんと……!」

 

 男は顔をくしゃりと歪めた、かと思った瞬間には涙を流していた。

 ぶわぁっと両の眼から溢れ出る涙に少女は思わず身を引こうとするが、すぐにそれを恥じる。

 男は自分達のために涙を流してくれているのだ。

 それを少しでも忌避するような行動を取るなんて、なんて罪なのだろうと。

 

「あの、大丈夫……ですか?」

 

 ゆっくりと少女は男へと近づく。

 もはや男に対する恐怖はなくなっていた。

 どうしてか、それは分からない。

 ただ、神官である男が自分達貧しい村の者に気を配ってくれている。それだけで嬉しかった。

 

「その敬虔なる魂……我が神が寵愛するに相応しい……」

 

 男は呟く。

 近寄っていたことで聞き取れた少女は言葉の真意を理解出来なかったがどうやら褒められていることだけは分かった。

 

「しかして勿体ない」

 

 その言葉を付けたしながら男は懐から何かを取り出す。

 腕もまた骨ばっており、皮が引っ付いているだけのようにみえる。

 節くれだった指先に摘ままれていたのは、

 

「わぁ……綺麗」

 

 南国を思わせる彩色豊かな一輪の花であった。

 付近では見たことのない色鮮やかさに少女は目を奪われる。

 

「こちらを」

 

 男は少女へと手渡す。

 花弁を散らさないよう、少女は丁寧な手つきでそれを受け取ると、男は少女の頭部を指さした。

 男の言わんとすることを理解したのか少女は花を黒髪へと宛がう。

 

「ど、どう……?」

 

 少女の問いかけに男はニコリと笑う。

 

「似合いです。少しばかり、大人に見えるでしょう」

 

 答えに満足したのか少女も笑みを浮かべた。

 そして、少女はふと疑問が湧き出る。

 そも、この人は何者なのだろうと。

 

「えっと……ここにはどうして?」

 

 神官服を着ているがどこの誰が何の目的でこのような寂れた森の中へと来たのか。

 綺麗な花を貰って浮かれていたが、少女は男の左手を見て気づく。

 この人は、〈マスター〉であると。

 

「……物事には対価が必要です」

「?」

「今、私があなたに差し上げた花。それは私のものではありません。なので、この譲渡には何の思いも抱かなくても良い」

「えぇっと……」

 

 男の言葉の意味が理解出来ず少女は笑顔のまま首を傾げる。

 

「ですからこそ、勿体ない。実に勿体ありません。年端のいかない少女……金になっただろうに」

 

 少女は頭に痒みを覚える。

 ムズムズと……否、ぐじゅぐじゅとズルズルと何かが頭の上で這うような感覚に襲われ――

 

「おじちゃ――これっ――お花ちがっ――」

 

 咄嗟に手を伸ばした時には遅かった。

 少女の頭部から根を張った【パラサイトプランツ】は少女の胴を蝕み、更に地表へと伸びていく。

 少女の肉体はびくびくと痙攣を起こし、目や口、鼻から体液を撒き散らしながら根を張った植物へと栄養を明け渡す。

 まず根は脳内の至る所に行き渡った。

 その時点で少女には快楽と痛覚が同時に刺激されている。

 痛みが快楽に繋がり、快楽が痛みに繋がり、少女の脆い精神は容易く終わりを告げる。

 次に心臓に根付いた【パラサイトプランツ】は纏わりついたまま強制的に鼓動を続けさせる。

 血管が破裂すれば補うように根が水分を吸い上げるように血液を全身に循環させ、酸素を肺の隅々に送り届ける。

 骨も筋肉も、細胞すら、その植物はインプットされた目的のためのものへと置き換えていく。

 30秒と経たずに……逆に言えば30秒間は意識あるままに身体を植物に浸食されていた少女は心臓の動きさえ自身の制御下から外れ、ようやく人間としての生を終えることが出来た。

 

「やれやれ……」

 

 その現象を起こした張本人である男は、しかし一切の喜色を示さずに、少しばかりの憤りを表情に抱えている。

 それは、先に口にも出したように勿体ないという感情があるからであった。

 

「博士にも困ったものです。その辺のモンスターを素材にすればいいものを……怪物至上主義め」

 

 吐き捨てるように博士という人物への愚痴を溢すと、少女の形をしている植物へと手を伸ばした。

 

「あーあー、聞こえていますか?」

 

 少女の口元、顎を無理やりに開かせると、続いて耳を摘まみ、そこへ語り掛けた。

 

『――おお。聞こえておるぞ。どうやら上手くいったようじゃな』

 

 すると、少女の口から飛び出したのはまったく別人の、初老の男の声であった。

 つくづく技術力だけは人並み外れている。

 男は少女の姿をした通信機の向こう側にいる博士の姿を思い浮かべ、そんなことを思った。

 

「ええ。通信機の設置は完了です。他の皆さんも手筈は整ったでしょうか」

『うむ。マニ君もアウロラ君も問題無く己が欲望のまま突き進んでおる』

 

 欲望のまま。

 その言葉に男は妬ましくなる。

 自分はこれだけ我慢しているのだ。

 早く自分も満たしたい。

 金が欲しい。

 

『ピエール君』

 

 男の焦燥感や嫉妬心を感じ取ったのか、通信機となった少女を介して博士は声音を優しいものへと変化させる。

 

『今、君が進化させた少女。彼女が生息する村が付近にあるはずじゃ。後は儂が通信機越しに準備を整えておくから、君は君の好きなようにやると良い』

「――ええ。言われずとも」

 

 ニタリ、とピエールと呼ばれた男は博士の声に応える。

 青白い顔も、骨ばった肉体も、ずさんに伸びた髪も。

 自身の身体に一切の手入れがされていないからこそ、男の不気味さは際立つ。

 

「金儲けの時間です。村の一切合切を私の懐に」

 

 通信機――少女の耳から手を離すとピエールは歩き出す。

 少女が摘んだ薬草の詰まった鞄を手に握りしめて。

 

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