悪辣有害災害非道   作:そらからり

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2 塩味のスープ

■グランバロア近海 小さな孤島

 

「ごく――」

 

 とびきり塩辛いスープを口に含む。

 ああ、助かった。

 心から安堵した。

 

「ごくごくごく――」

 

 女は独り。

 食を進める。

 彼女に限界は無い。

 そうあるように、脳が処理しているから。

 そうあるように、エンブリオが浸食しているから。

 

「ごくごくごくごくごく――」

 

 自然の旨みだ。

 そう、女は目の前のスープに対して感想を浮かべる。

 誰の手も入っていない。

 いや、もしかしたらあるのかもしれないが、この味を故意に表現しようとしたわけではないだろう。

 時折口に飛び込んでくる魚や貝や海藻、タイヤや衣服や靴、金銀財宝エトセトラエトセトラ……それら全てが良いアクセントとなって喉を滑っていく。

 僅かながら経験値が女に入っていく。

 どうやらモンスターも喉を通過していったようだ。

 嬉しい限り。

 これでまた、たくさん食べられるし食べさせられる。

 

「ごくごくごくごくごくごくごくごくごく――」

 

 地面に這い蹲っている女の姿をもしも第三者が見かけたとしたら、まずは何を想うだろうか。

 不審者か。

 あるいは、何かを探しているか。

 もしくは、彼女の衣服に着目するか。

 

 肉感的な肢体を包む修道服。

 少しばかり大腿部が際どくスリットが入っているのは、オーダーメイドならではといったところか。

 薄い桃色の髪は潮風を浴びてやや湿っぽさを帯びている。

 幼さを残しつつ整った顔立ちは、女性らしい身体と対照的であるが故に魅力を増している。

 

 だが、それでも彼女に対して目を奪われる者は少ないだろう。

 否、平常時であればもしやあるかもしれないが、彼女の平常時こそが異常時。

 彼女にとって普通の行動が常人にとっての奇行なのだから。

 まずは彼女の行動に目を背けてしまうだろう。

 

「ごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごくごく――」

 

 彼女の胃に限界は無い。

 エンブリオの能力が……その恐るべき副作用が彼女の胃の限界値を無くしてしまっている。

 幾らでも入るが故に彼女は決して満腹になることはない。

 だけど、彼女は満腹になることを望む。

 誰も彼も。

 みんなでお腹を満たしたいと望む。

 

「ごく――ぷはっ」

 

 だが、彼女の胃に限界は無くとも。

 生物であるが故に呼吸は必要となる。

 長い時間かけていた嚥下はようやく終わりを迎えた。

 

「お母さん、あのお姉ちゃん何をやってるの?」

 

 彼女の傍を母子が通りかかった。

 この小さな孤島の住人であり、彼女らは釣りをすることで生計を立てていた。

 本日も小さな釣り竿と網を手に、何か珍しい魚か、あるいは高く売れそうな貝類でもないかと探しにきていた。

 

「……っ」

 

 子は単純な疑念を抱き、母は単純な警戒心を抱いた。

 異常な光景。

 異様な人間。

 異質な存在。

 

 明らかな招かれざる客に対して母は咄嗟に子を背に隠そうとし、

 

「あ、この島の御方でしょうか」

 

 女に見つかった。

 

 

 

 

■研究所

 

 災厄は生み出せる。

 生み出すとしたら、それは悪意から。

 ならば悪意は誰の者か。

 それは、須らく人間のもの。

 よって、災厄は人間こそが生み出しているのだ。

 

 幾つもの、モンスターの生体が保存溶液に浮かんでいた。

 低レベルのものから上位純竜のものまで。

 それらがパーツごとに分けられている。

 

「あら、マニさんはいないのね」

 

 それらに一切眼を向けることもなく、女はソファに腰掛けた。

 彼女は〈マスター〉としても外見的に珍しい姿をしていた。

 妖精種を思わせる貴人めいた顔立ちに、透けてみえるような薄い翅。

 あるいは、そういった種がレジェンダリアにいたとて不思議ではないが、彼女はれっきとした〈マスター〉であり、生前からこのような外見をしていた。

 

 テーブルに置かれていたティーカップを勝手に手に取ると、それを傾ける。

 一口、飲んで再び置く。

 まるで自分の家のように振る舞っているが、ここは彼女の家ではない。

 家主はそんな彼女の振る舞いをみて、諦めたように肩をすくめる。

 これは彼女にとってはごく当たり前のことなのだ。

 世界は自身を中心に回っていると本気で思い込んでいる。

 自分に優しいものは味方で、優しくないものは味方ではなくて。

 

「うむ。今はどこじゃったか……グランバロアあたりだったかの」

 

 研究所の主である老人は貴人の言葉に答える。

 しかしその視線は保存液の中にあるモンスターに向けられたまま。

 彼にとって、この世界はモンスターの研究が出来るという喜びに尽きる。

 それ以外は、ほとんどどうでもいい。

 

「残念。カルディナにお買い物に行くから付いて来てほしかったのに」

「ピエール君では駄目なのか?」

「彼は財布の紐が固いし一緒に買い物するには相応しくないわ。それに女子同士気兼ねなく行きたかったのよ」

 

 確かに、と老人は貴人の言葉に同意する。

 ピエールの財布の紐が固いこともであるし、目の前の女に対して気兼ねなく会話出来る女傑もマニ以外に少ないだろう。

 

「ならば儂が買い物に同行出来るメス型のモンスターでも作ってみようかの」

「それこそ嫌よ。汚らしいわ」

「雑菌が繁殖しないようには気を遣っているのじゃがな……」

 

 自分の言葉の意味が正しく伝わっていないことに貴人は溜息を吐く。

 この老人は頭がおかしい。

 全てがモンスターで解決できると思い込んでいる狂人だ。

 自分のような謙虚さも無ければ他者を思い労わる気持ちも無い。

 

「ねえ、博士。どうせモンスターを作るならマニさんを迎えに行けるようなのにしてちょうだい」

「ううむ……」

 

 貴人の言葉に老人は少しばかり悩んだ素振りをみせる。

 

「それなんじゃがの……実は何度か迎えを寄越したんじゃが、全て食べられてしまっての」

 

 モンスターにしたからだ。

 モンスターであるからマニにとっては食料なのだ。

 食料だったらマニは食べるしかありえない。

 

「そう……なら彼女が自分から戻るのを待つしかないのね」

「正確な位置こそ分からぬがグランバロアは島国。周辺の島もまた人間が住んで居る。ならば、彼らの腹が満たされれば、自然と戻ってくるじゃろう」

「……そうね」

 

 そこに関しては老人も貴人も相違はない。

 

 マニ・メイルという女の害悪さはそこに尽きるのだ。

 正しく悪。

 だが、彼女自身に悪意はない。

 修道服を身に纏うシスターのように、自分も周りの人間もお腹を満たして笑っていたいと願うだけの、本来は善人であったはずなのだ。

 それが、かなりオーバーしていることが致命的なだけ。

 

「どれ、ピエール君からの連絡も近い。君も――アウロラ君も準備に入ってもらおうかの」

「分かっているわ」

 

 アウロラ、と呼ばれた貴人はいつからか隣に立っていた少年に手を引かれ立ち上がる。

 

「妖精郷、気に入ったわ。私には馴染む場所。だから、まずは私の手に取り戻そうかしら」

 

 始めから最後まで。

 彼女のものではなかった。

 だけど、彼女にとっては最早自身の居場所と断定している。

 そしてそこに居座っている頂点が気に食わない。

 

「うむ。強い者が多くいる場所で儂のモンスターを戦わせる。楽しみじゃ」

 

 モンスターを集め、配合し、育て、強くし、戦わせる。

 それがオキードという老人の目的だ。

 徹頭徹尾モンスターのことのみ。

 

「買い物はマニさんと合流したらでいいわ。先に、行ってるわね」

 

 少年に手を引かれたままアウロラは消えていた。

 オキードの研究所を訪れた際も同様であった。

 気が付けば侵入していた。

 まるで自身の家のように。

 

「……やれやれ」

 

 一人残されたオキードは保存液の中に手を伸ばす。

 

 

 

■グランバロア近海 小さな孤島

 

「ごくごくごくごく――」

「ごくごくごくごく――」

「ごくごくごくごく――」

「ごく――」

「ごく――」

 

 何十、百という人間が集まっていた。

 彼らはいずれも同じ姿勢となり、スープを飲む。

 飲めども飲めども尽きぬスープを前に、涙し、そして飲み続ける。

 

「これでこの島の皆さんはお揃いでしょうか」

 

 果ては赤子まで。

 何が起きたか分からないまま、スープ皿に顔を付けている。

 いずれ赤子は溺れ死ぬだろう。

 それでも構わずにスープを飲む。

 腹が満たされることは無い。

 それだけは、マニ・メイルがこの場にいる限りは起こらない。

 

 無限に等しい大海を前にし、百十数人程度が飲める量などたかが知れている。

 

「が、がぼっ、がぼぼぼぼぼぼ」

「ぼ、ぼぶやべべ――」

 

 飲み続けながら島民は乞う。

 何を言ってるか、分からない。

 やがて少しずつ、喉に詰まらせて窒息し倒れる。

 マニはその様をみて、満腹になったから眠ったのだなと見当違いな解釈をし、

 

「そろそろいい頃合いでしょうか」

 

 と、どこからか小舟を一隻引き摺ってくるとそれを島民らが飲む海へと浮かべ、

 

「では皆さん。ごきげんよう」

 

 静かに、島を後にしたのであった。

 

 後に生き延びた島民らはそのシスターが何をしたかったか考える。

 だが、考えても考えても訳が分からないのだ。

 まさか、島民らと一緒に腹を満たしたかったなどという善意から発生した行動などとは思えまい。

 だから、あれは災害だったのだと諦める。

 

「ごくごくごくごく」

「ごくごくごくごく」

「ごくごくごくごく」

 

 諦めた末にまた海を飲む。

 だって、一度味を知ってしまったから。

 この飲んでもなくならないスープこそが島の秘宝だと。

 いずれ島民らは死に絶える。

 海水しか口に入れなかったことによる栄養バランスと血流濃度の変化、あるいは心臓や脳への影響。

 一月ともつことは無いだろう。

 

「ごくごくごく――」

「ごくごくごく――」

「ごくごくごく――」

 




基本的にはこの4人が主役となります

ピエール:病的に痩せ細った男。財布の紐は固い。見た目は神官
マニ・メイル:冒頭から海を飲んでたやべえ奴。みんなでお腹を満たしたい。見た目は修道女
アウロラ:翅の生えた妖精種のような女。神出鬼没で自己中心的なやべえ奴
オキード:怪物至上主義のやべえ奴。基本的に研究所にいる
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