■とある死にかけた村
<厳冬山脈>に近く、それを棲み処にしていた竜王たちの支配を受けずに漏れ出るリソースで生き永らえていた村があった。
しかし先の事件によりそのリソースも途絶えて数か月。
蓄えなどとっくに消え去り、後は細々とその日生き延びるだけの食料を何とか狩猟や採取で耐え忍んでいた。
それでも、その村を支えていたのはひとえに“笑顔”だった。
明るく、笑顔が絶えない村は、常に感謝を心に留めていたのだ。
朝、起きて『ありがとう』。
朝食を食べる前に『ありがとう』。
その日一日平穏に過ごせれば『ありがとう』。
常に感謝をし、互いに敬意を払い、笑顔でいられる。
それが彼らの常であり、心の支えだった。
「……なあ、ミナの姿が見えないようだけど」
「!? 気づかなかったよ。教えてくれてありがとう!」
「いやいや、こちらこそ! 俺が気づけたのは、皆のおかげで心の余裕があったからだ。だからありがとう!」
村の外から来たものがみれば寒気を覚えるような会話だが、村人たちはそれに何も思わない。
いつもの会話でありいつもの感謝だ。
だが、村の少女が1人、姿が見えないのはいつものことではない。
すぐに村の人間総出でミナという少女を探しに回る。
「おーい、どこだー。出てきてくれー」
「まさか村の外に……? いや、そんなはずは……」
「その可能性も有り得なくはないぞ。だってあの子はとてもいい子だ。だから俺達を思って村の外に食料を探しにでも行ったんじゃ……ありがとう」
「なるほど! ミナ……なんて心優しい子なんだ……ありがとう……」
感謝を言葉に表しているのは比較的成人している者が多い。
まだ子供たちには浸透していないのか。
それとも別の要因があるのかは分からない。
だが、大人たちが村の外にまで捜索の範囲を広くしようとした時であった。
「もし。少しよろしいでしょうか」
黒い神官のような出で立ちの男が村の入り口に立っていた。
病的にまで痩せこけた男。
彼は小さなアイテムボックスを腰に下げていた。
「あれは……?」
それに見覚えのある大人たちは首を傾げながらも、感謝を忘れない。
「ようこそ、来てくれてありがとう。だけどすまないね、歓待できるほどの余裕がこの村には無いんだ……」
「ああ。せっかく来てくれたのにね。あげられるのは感謝の言葉くらいだよ」
ありがとう、ありがとう。
その言葉を村の大人たちは口々に、ただの単語を羅列していく。
痩せた男は目を閉じ、彼ら村人の声を頭の中で味わう。
「……嗚呼」
男は何を考えたのか、少しばかり口元の端を吊り上げる。
それが笑っているのだと、気づいたのは村の子供の1人であった。
「おじさん……どうして笑ってるの?」
「こら! すいません……子供が変なことを」
「いえいえ」
男は軽く頭を横に振る。
そして、腰にあったアイテムボックスを手に持ち、
「こちら、村の外で出会った少女から預かった物です。あなた方に届けたいと」
中にはいくつもの薬草が入っていた。
残念ながら品質は劣っているが、それでも採取してきた者がどれだけ必死であったかを察せられる程度にはところどころ丁寧に扱った跡がみえる。
ミナの両親の持ち物だ、と村の大人たちはこの場にいない少女の身に何かあったのではないかと息を呑む。
「その……子供の名前は」
「ああ……申し訳ありません。伺うのを忘れていました。その子は……まだ用事があるからと、帰れないからと私にこれを託しました」
「そう、ですか。ありがとうございます……」
ひとまずミナが無事であることを理解すると大人たちは胸をなでおろす。
だが、顔は晴れない。
ならばなぜ、帰ることが出来ないのか。
彼女の両親だけでなく、村人たちは次の疑問に眉をひそめる。
「とりあえず、こちらを」
男は自身のアイテムボックスから幾つもの品物を取り出す。
それは、豪華な食事であった。
それは、高価な薬品であった。
それは、冬を越すに十分な衣であった。
それは、村が平穏に暮らすために必要な武器であった。
「これは……!?」
目の前に現れた、此れまでの人生で見たことも無いような品々に村人たちは目を丸くする。
突然、こんなものを出されてもどうすればいいのか分からない。
「私、その少女の言葉に感激しまして」
「言葉……というのは」
「村を救いたい、みんなが幸せになってほしい、ああどうか神様御慈悲を――」
芝居がかったように両手を顔の前に掲げ、男は少女が語ったという言葉を再現する。
「このようなことを言われては、ええ、是非ともこの村の方々のお力になりたいと思いまして」
「それで……こんな大層なものを我々に……?」
「私にとっては然程のものでもありません。日々、モンスターと戦い、人々と商売を交わし手に入れたものばかり。こうして、必要とする方々の手に渡ることこそ、私にとっては何よりの――」
「ありがとう!」
「ありがとう! ありがとう!」
ありがとう、ありがとう。
感謝の嵐が男に投げられる。
それは先ほどの口癖となっているような単語ではなかった。
心の底からの、本音の感謝。
「どうぞ。食べ物は温めてお食べください。体の弱った方にはまず体調を整える薬から」
それに対し、男は村人を気遣う言葉を返すのであった。
◇◆
村人たちが男の持ってきた食料にあらかた手を付けた後のことであった。
「そういえば神官様。神官様のお名前はなんて言うので?」
村人の質問に、男はやや考える素振りをみせる。
だが、まあいいかと答えを出した男は、
「ピエールと、言います。ちなみに神官の格好をしていますが、【司教】のジョブとしてはサブにあるだけなのですよ」
「へえ? じゃあメインは? 【大司教】ですかい?」
村人たちはその生涯を小さな村で追えるため、ジョブの詳細をあまり知らない。
神官、というのも見た目からの印象で口にしただけであり、実際にそのジョブは存在せず、【大司教】も上位職には名が無い。
「まさかまさか」
笑うピエールのその言葉も、村人にとっては謙遜のようにみえた。
きっと徳を積んだ人物であり、位を気にされないのだと。
実際にはその真逆であるにも関わらず。
「――ではそろそろ」
ピエールの持ち込んだ食料も、保存食として使えそうなもの以外は村人たちが食べ終え、薬品も大多数の手に渡ったのを確認するとピエールは立ち上がる。
「どうされたのです!?」
「もう少しゆっくりされては!」
その仕草と言葉から村を発とうとしたのではと勘違いした村人たちが必死に食い止めようとする。
「慌てずとも。まだこの村には用があるのです。出発はしませんとも」
「そうでしたか」
「安心しました」
「そうですよ。それに、もしお出かけになられても、いつでも訪ねてきてください」
村にとってピエールは大恩ある人物であり、ミナから薬草を預かってくれた信頼ある者だ。
「おや……? そういえば結局ミナはどうしたのでしたっけ」
ピエールからの贈り物で忘れていたミナの安否。
何故、この村に戻れないのかを尋ね忘れていた。
「ねえ、神官様――」
ミナについて尋ねようとした村人がピエールに手を伸ばす。
しかし、その手は彼に触れること叶わなかった。
「――あれ?」
村人の手は、チャリンという音と共に地面に落ちた。
チャリン、チャリン――金属の跳ねる音が村のあちこちから聞こえてくる。
「……?」
ゆっくりと手に視線を送る。
まさか、そんなはずはないと。
地面に落ちているのが自分の手のはずはない。
まだ腕の先に繋がって……いない。
「え、あれ、なんで俺の手、て、て、て……あーあ、足もだぁ」
ガクンと視界が下がる。
同時に腰の辺りからもチャリンという金属音。
下がった視線。
地面には、持ち主が不在となった衣服が幾つも落ちていた。
その衣服には貨幣が包まっている。
「まさかかね、に――」
言葉を言い残す前にピエールが村人の頭部を掴む。
掴み上げた時には、村人の頭部は貨幣に変わっていた。
「嗚呼、潤う。潤沢なまでに、重く、幸せが積み重なっていく」
村の中には村人はおらず。
残らず、貨幣へと変わっている。
「やはり子供は素晴らしい……将来性を見越した豊富な金額。もはや価値の無い大人とは比べるまでもない……」
そそくさと地面に落ちたリル全てを回収し、ピエールは再び村の入り口に立つ。
持ち込んだ食材、薬品にかかった経費と今回得た金額。
それらを頭の中で即座に計算していく。
「低リスクでこれだけのお金を得る。これが噂の資産運用というわけですか」
もはや村に価値のある者はない。
生まれたばかりの赤子に至るまで、ピエールの恩恵に預かった者は残らず貨幣に変えられた。
彼もまた最悪の1人。
“悪辣”のピエールである。