■ハーキム・イブン・ラシードの寝座
「神託がありました」
異端なる神子……ハーキムはサヨという女をそう称した。
神子。その言葉に滲丸とギームは顔を顰める。
それは人類の敵。
どの犯罪者系統のジョブよりも悪質であり、秘匿しなければならないレジェンダリアの傷の一つ。
滲丸とギームはそれぞれ立場と生まれから神子が如何なる性質のジョブであるか知っていた。
だからこそ、ハーキムに迫る。
「ハーキム殿。説明願おうか」
「おうおう。この嬢ちゃんが神子だぁ? 巫女と間違えたってことじゃねえだろうな。今から訂正も受け入れるぜ」
だが、ハーキムは口を閉ざしたまま。
そして、その視線をサヨへと向ける。
「……」
「世界に4人の悪辣が降り立ちました。時期は不明。範囲も不明。辛うじて、このレジェンダリアを拠点としていることしか、分かっていません」
「あ? だからどうした」
「それくらいはこちらも知っている」
2人の喧嘩腰な態度に、
「貴方方の持つ情報はこの程度でしょうか」
サヨもまた同じ態度で返した。
「ならば私の持つ情報が役に立つ。神託を素直に信じることが出来るのならば、ですが」
「……神子の言うことなんざ信じるわけがねえだろ」
「同感だ。貴様ら神子は魔物と手を組んだ人の敵。それが真実であったとしても貴様の口から語られるのであれば信じるに価せぬ」
「……ハァ」
会話にならない2人に対しサヨは息をつく。
ハーキムを見て首を振ると、
「……良い。儂が悪かった」
こうなることは予測していたのか、あるいは少しでも期待があったのか。
ハーキムもまた険しい顔をし、2人へと向き直った。
「この者はサヨ。主らの危惧は理解しておる。神子という危険性は時代を経ても変わらぬ。モンスターをUBM化するジョブスキルなど、あってはならないものじゃ」
だが、この場に招いたのはその危険性が少ないから。
そして、2人に紹介するだけの有用性があったから。
「サヨがUBM化したモンスターは、彼女がかつてテイムしていた小さな鳥。人の言葉を模倣するだけの害の少ない種であった。だがある時、そのテイムモンスター……【パーロット】は致命傷を負った。サヨは【パーロット】を救うために神子となったのだ」
元よりサヨにはその素質があった。
だが、サヨの善性が神子になることを拒んでいた。
【パーロット】を人の敵にさせないために。
「……。サヨと心を通わせていたからか、UBMとなった後も人を襲わない、むしろサヨを守るだけの存在となったそのモンスターは、いつからか神と名乗る者の言葉を発するようになった」
名を【神託鳥鳴 パスパーロット】。
人を襲わず人の益となる言葉を発するUBM。
「随分と都合の良い存在だな」
「都合が良いのではない。巡りが良かったのだ。サヨとパスパーロットは神子でありながら、他の神子らとは決して手を組まぬ存在。此れまでも災害や事件を予知し、被害を最小限に食い止められるよう行動している。神子であるから信じられるのであれば実績を信じる他あるまい」
そしてハーキムが口にした幾つかの地名、事件は滲丸もギームもよく知るものであった。
ハーキムの言葉が本当なのだとしたら、まさに異端なる神子である。
「……分かった。ひとまずは嬢ちゃんのことは置いておこう。神子であることも、そのパスパーロットとかいうテイムモンスターのために就いたってことも信じてやる」
ギームの言葉に続き滲丸も頷く。
ひとまず2人に信用されたことにサヨは安堵の息を漏らす。
「なら今度はその神託とやらを教えてくれるんだな」
「ええ。そのために私はここに来ました。4人の悪辣が何を考えているのか。何を成そうとしているのか。それを伝えるために」
サヨと心を通わせたパスパーロットは神の言葉を紡ぐ。
神とやらが何なのかは分からない。
だが、サヨはパスパーロットの言葉を疑わない。
それが己の信ずる路であると思っているから。
◇◆
三つの予言、あるいは既に起こってしまった事象。
『4人の侵略者は太古、過去、現在に至るまでに存在し、残り7つの素体を以て新たな侵略者を増やそうとしている』
『侵略者の数が十分に揃った時、〈マスター〉の数は激減し、ティアンもまた大多数が欲望の犠牲と化すだろう』
『次なる侵略者の来訪は三月後の満月の晩。場所はレジェンダリア中央部、猫人族の支配する地にある洞窟』
「――以上がパスパーロットから告げられし神託。4人については以前の神託で存在は認知していました。ピエール、オキード、マニ・メイル、アウロラ。己が欲望を満たさんとこの世界に降り立った侵略者。その力と被害については……ご存知でしょう?」
1つ目の予言は侵略者の数だ。
4人の侵略者に加えて最大で7人増えるということ。
そして侵略者とはピエール、オキード、マニ・メイル、アウロラの4人。
「……侵略者ってのはどういう意味だ? 広義では〈マスター〉もこの世界の人間じゃねえんだろ」
滲丸もギームも、ピエール達は〈マスター〉の1人であるという認識だ。
〈マスター〉の中でも一際悪意に満ち、力を持ってしまった存在。
「更に外の世界ということです。私達の世界、そして〈マスター〉が本来存在する世界。これら2つの世界すら、同じ世界として数えてしまえる程の、全く異なる世界が存在するのです」
「……どうやってこの世界に?」
その問いにはサヨも首を横に振る。
そこまでは神託の範疇に無かったらしい。
「やらねばならぬことは理解しておるな? ピエールら4人の捕縛あるいは討伐。討伐してしまえば〈マスター〉同様監獄に送られるだろう。加えて、7人の侵略者がこちらの世界へ来ることを阻むのだ」
「……阻むとはどうやって?」
「うむ。それについては、神託に素体という言葉があった。【高位人形師】の《分身人形》に近い仕組みなのだろう。その素体を破壊すれば良いだけのこと」
異世界の人間を降ろすのだ。
その素体も貴重なもののはず。
破壊してしまえば、侵略者の来訪は限りなく食い止められる。
ハーキムはそう推測していた。
「三月後の満月の晩ってことは……まだ日があるな。百日程度か」
「移動は今からでも余裕がある。戦の支度に時間を使える。ギーム殿、ハーキム殿。各々の得意を明かしても良いな? こちらは数に劣る。巧みな連携を求められることだろう」
「あら。いつ私が戦えぬと?」
頭数から外されたサヨが口を挿む。
その背後にはいつの間にか、人間大の黄色の鳥がいた。
「あちらは4人。ならばこちらも同じ数でなくては。そうでしょう?」
パスパーロットは人を襲わない。
それは、人を襲う力が無いから、というわけではない。
人であるサヨのために襲わないだけだ。
伝説級UBMである【神託鳥鳴 パスパーロット】が弱いわけがない。
「……分かったよ。どのみち勝てなきゃこの世界が終わりだってんなら、戦わざるを得ねえか。嬢ちゃんの力も教えな」
ギームはパスパーロットの圧を感じ取ったのか、彼女を戦力として数える。
神託という異質な能力を持つパスパーロットがそれだけの存在で無いと理解したのだ。
「ええ。それでは私個人の力とパスパーロットそれぞれの力をお伝えします――」