■レジェンダリア中央部 とある洞窟
人間の死体、と見間違える程の精巧なマネキンが横たわっていた。
顔にはトランプのスートらしきペイントが施されており、それはマネキンごとに異なる。
マネキンの表情は無だ。
だが、それはどこか苦しみを抱いているようにも感じる無表情。
この世界の行末を憂い、己が行動を悔い、無念の果てに何も出来ぬことを恥じたような顔。
「もぐもぐ……」
マネキンをじっと見ながら1人の女――マニ・メイルがおにぎりを咀嚼している。
彼女がおにぎりに向ける顔とマネキンに向けるそれは全く一緒であった。
「……」
「どんな味がするんだろう、と考えておるな?」
「マニさん……流石に計画を破断させるような真似は……ああ、過去にもやからしていましたね、貴女」
オキードとピエールの呆れた表情にもマニは己が欲望を崩さない。
「かつて大貴族を……魔神の手先を相手に喧嘩を売った無謀さ。忘れたわけではありませんよね?」
「あはは。あれで一回死んでるんでしたっけ。その辺り記憶飛んでたんで細かなこと覚えていないんですよね」
「生死に関わらず細かなことはどうせ覚えていないじゃろうて」
オキードの辛辣な言葉にもマニは当然なことを言われたために流す。
マニ・メイルにとって生死も喜怒哀楽も損得も、ほとんどがどうだってよい。
気にかけるべきは空腹か否か。
ただそれだけだ。
「んー、あー、えーと。この儀式、そろそろ始まるんです?」
尤も、この場においては警備の任を言い渡されているマニ。
あまり時間をかければ手元の食材が無くなってしまう。
補充のためにも仕事がいつまでかかるかは重要な問題であった。
「すぐに始まる。この場の全員、エンブリオの第七形態までの進化と超級職への就職は完了した。戦力としては十分じゃ。後はシステムに入り込むだけの素質を持った者を呼び込むだけ。じゃろう?」
「私としては戦力なんてあるに越したことは無いと思うけど? 調べた限りでは〈超級〉と超級職どちらも有している人は珍しいけどそれなりにいるのでしょう? チームを組んでいる人もいるみたいじゃない。それに比べれば4人は少ない方じゃないかしら」
「ふむ。一理ある……では今宵呼び込む者の1人をイシカワにするかの」
イシカワ。
その名にピエールが表情を変えた。
「伝説の弓取りですか」
「うむ。この世界において技術とスキルは別物。ならば元々の技術力が高い者こそこの世界に相応しい。信念も欲望もエンブリオの糧にはなるじゃろうが、技術は技術。儂が知る限りで最高峰の男であるイシカワをこの世界に呼べたのであれば、頼れる味方となるじゃろう」
「味方になれば、ですけどね」
ピエールもマニも、アウロラもイシカワという男とは面識がない。
だが、彼らが元居た世界ではかなり気位の高い男であったと伝承に残されている。
彼を律することが出来たのはただ1人であったとか。
「どうせならガレットちゃんとかどうかしら。彼女はほら、欲望に忠実でしょう?」
「あの娘は主君の存在せぬこの世界には興味ないと断られた。同じく親衛隊の連中も」
「あら。既に勧誘失敗していたのね」
同郷の顔を思い浮かべる。
どれもこれも欲に塗れた者ばかりであった。
そんな彼らが世界を救うべく戦っていたとは信じられないくらいに、欲塗れだった。
「だったらイシカワも同じなのではないかしら」
「儂もそう思ったのじゃがな。弓術を高められると言ったらあっさり承諾しおったわ」
エンブリオ、ジョブ。
職業という概念は元の世界でも存在していた。
だが、エンブリオも細かく分かれたジョブもこの世界にしか存在しない。
「第一にイシカワ。その後はそうじゃな……こちらの声に反応があった者から順に手繰ってみるか」
オキードは頃合いかと儀の準備を開始する。
ジョーカーより与えられたダイヤの知識。
それはオキードに世界の理すら覆す力を与えるに等しかった。
マネキンの1体の目に光が灯る。
次第に全身が色づき、やがて濁流のような褪せた色へと変貌を遂げる。
不安を煽るような色合いがマネキンを覆い尽くしていき、やがてそれは人間の色となった。
「汝の名はイシカワ。役割は弓取り。遠き彼方の世界より弓を担ぎし戦人よ。目覚めの時代じゃ。欲のままに世界を啜れ。欲のままに世界を満たせ。溺れ、塗れ、そして――鎖せ」
瞬間、マネキンが完全に人の形と色となる。
それは朽ちかけても尚、技を極めし戦人。
皺の入った手は初期装備である弓を握りしめ、表情は世界を見渡すと同時に醜く歪む。
「愚物が揃っておるわ」
開口一番、そう言ってのけた。
「――よもや奴らも招待したわけではあるまいな」
そして、弓を引く。
◇◆
昏い洞窟を見つけ、ハーキムは立ち止まる。
「猫族の。ここか」
「にゃ。私らでも寄り付かない洞窟といったらここ以外ありえないにゃ。婆ちゃんの婆ちゃんが子供の時からすごくデカくて怖い怪物が棲みついてるって噂にゃ。……私もここでいいにゃ?」
「ああ。ここで十分に伝わる……濃い血の臭いがの」
猫人族の長も知っているのだろう。
ここでは人が多く死んでいる。
どのような存在が死に至らしめているかは不明だ。
だが、ハーキム達は確信していた。
ここにピエールらがいることを。
「手筈通りに。良いな」
「ああ」
「おう」
「はい」
三者三様の返答をし、4人は洞窟へと近づく。
まずは素体を確認次第、滲丸が矢で打ち抜く。
その後、ピエール達をハーキムが牽制し、ギームとサヨで素体を破壊しながらハーキムの援護をする。
戦力としても問題はない……はずであった。
本来であればピエール達4人は索敵能力は無いに等しい。
各々が個で強力であるが故に、慢心していた。
だからこそ、一足遅かった。
既に儀は開始されており、イシカワという戦乱の世を生き抜いた男がこの世に入り込んでしまっているとは気づけなかった。
加えて、彼は元の世界において敵意と殺気の感知に長けていた。
スキルなど無くても、容易くハーキム達の存在に勘付ける程に。
「いたぞ。あの痩せこけた奴がピエールだな。女が2人いて片方がマニ・メイルでもう1人でがアウロラか」
「……老人が2人いるな。オキードという老人は確認されているが……もう1人は――」
ひゅん、という乾いた空気が擦れる音。
滲丸が咄嗟に身を翻せたのは、それが矢の飛来する音であると知っていたから。
「―ッ!?」
【射神】である彼にしてもその矢がいつ放たれたか理解するまでに時間がかかった。
気づけばオキードとは別のもう1人がこちらへ弓を構えていた。
「気づかれているぞ! あの男は弓使いだ!!」
滲丸の言葉と同時に他の3人はその場から離れる。
弓使い相手に一か所に留まることは危険であると判断したのだろう。
滲丸だけがその場に残り、イシカワに対し応戦の構えを取る。
「私が弓使いの注意を引く! 皆はその間に素体を――」
言いながら、滲丸も弓を構える。
その間にハーキム達は洞窟目掛け進む。
「――ッ!」
滲丸は弓を引く。
イシカワの放つ矢がハーキム達へと到達する前に、滲丸の矢がイシカワの矢と追突していく。
「……ほう。儂と弓比べをするか」
遠方でイシカワが笑う。
それは純粋な笑みであった。
ただ技を比べ合うことを楽しむだけの、熟練者だけが浮かべることのできる笑み。
滲丸は確信する。
弓を放つ老人は、己と同格の弓使いである、と。
そう、【射神】を持つはずの自身と同格の弓使いなのだと恐れを抱きながら、イシカワと向かい合う。