二人だけの音 〜重ならない旋律が響くとき〜   作:Tmouris_

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現在を見る結月と過去にどこか縛られているみなみと睦。
結月が現在から未来のために歩み出せるのでしょうか。



※本作品には父親が登場しません。父親はいるのですが、物語進行に想定されていません。
 本編でちゃんと出てくれないのが悪いです。誰ですかあなた。


第10話:嘘じゃないけど本当じゃない

睦ちゃんの誕生日が過ぎてから数週間、初めて母さんが家にようやく帰ってきた。

聞かないとって思ったのに。笑顔で『ただいま』なんて言われたら……言葉を飲み込んで、『おかえり』としか返せない。

 

母さんが部屋に向かったあと、ふと睦ちゃんの顔が視界に入る。リビングには俺と二人だけなのに、顔をそらして床の方を見つめていた。

 

(そっか……睦ちゃん、辛いんだ)

 

下唇を噛みしめて、膝の上で握った手が汗ばんでいく。

 

(行かないと)

 

自分にそう言い聞かせて、ゆっくりと立ち上がる。

二階に目を向けてから、俺は母さんの後を追いかけた。

 

扉の前で立ち止まる。ノブに手を伸ばしても、指先が震えて空中で手が止まった。

肩から力が抜けて、拳がだらりと下がる。

 

(いつも通りだったし、言わないだけで事情があったんじゃ……)

 

思い切り首を横に振って、深呼吸をしてからドアを叩いた。

 

(聞かなきゃ。事情があったなら、それでいいじゃん)

 

少し物音が聞こえてから、ドアノブが回る。

母さんは隙間から顔を出して、俺と目が合うと勢いよくドアを開いた。

 

「あら、どうしたの?結月が私の部屋に来るなんて珍しい」

 

嬉しそうに笑う母さんを見て、手のひらに爪が食い込む。

それでも目を逸らさないで、口を開いた。

 

「母さんに、聞きたいことがあるんだ」

 

俺がどんな顔をしてたかは分からない。だけど、それを聞いた母さんの顔から、すっと笑みが消えていった。

 

「入りなさい」

 

いままで聞いたことのない真剣な声。なのに、ほんの一瞬だけ、寂しそうに見えた。

その表情に気を取られて、手から力が抜けてた。ためらいながらも、俺は部屋の中に足を進めた。

 

母さんは手に持っていた台本を机に置くと、そのまま椅子に腰を下ろす。

久しぶりに入ったからか、俺は部屋に意識を向けてぼんやりと眺めていた。

あるのはベッドに立て掛けられたキャリーバッグくらいで、暖房がついてるはずなのに、どこか寒いような気がした。

 

「それで、聞きたいことって何かしら?」

 

低いトーンに、背筋がぴんと伸びる。

気づけば母さんの顔を見返したまま、肩に入った力が抜けない。

それでも固唾を飲み込んで、どうにか声を絞り出した。

 

「……睦ちゃんの誕生日、オフだったんだよね」

 

返事が怖くて視線をそらしそうになった。

だけど、先に目を伏せたのは母さんの方だった。

 

『ごめんね、次の日に遠くでお仕事があったの。だけど、カメラの前でそう言うわけにはいかなくって』

 

多分、否定して欲しかったんだと思う。

誤魔化しでもいいから、『仕方なかった』そう言って、笑ってくれれば、それでよかったのに――

 

「その様子じゃ、誤魔化すのは無理ね」

 

体だけが前に出る。言葉が出ない。歯を食いしばって視線を落とすと、擦れるように声がこぼれた。

 

「どう、して……」

 

母さんは何も答えずに立ち上がって、俺に背中を向けるように窓に寄りかかった

 

「私はね、睦ちゃんを愛せなかったの」

 

「……え?」

 

声は届いてるのに、何を言っているのか分からない。

胸が締め付けられるように、呼吸がどんどん浅く速くなる。

それでも母さんはそんなことお構いなしに、振り返って俺の目をまっすぐ見つめてくる。

 

「きっと、結月には分からないわ――それに気づけるようなら、あなたを養子にしなかったでしょうし」

 

その先を聞きたくなくて、その場から逃げだしたくなった。なのに、体はぴくりとも動いてくれない。

 

「初めての娘を愛せないのは、とても惨めだった……だから、結月。施設で”いちばん普通”だったあなたを、息子として迎え入れたの」

 

俺は――睦ちゃんの代わり

俺は――睦ちゃんの居場所を奪った

 

何も分からない。

けど、それだけは、嫌でも分かってしまった。

 

頭の中で、その考えがずっと離れてくれない。

目の奥が熱い。何かが崩れていくみたいに、涙が頬を伝う。

 

「大丈夫よ。今は結月のことを本当の息子だと思ってる」

 

今まで信じてきた母さんの優しい笑顔も、偽物だったかもしれない。

でも、そんなことはどうでもよかった。

 

「俺は、代わりでもこの家に来れて、若葉家の家族になれてよかった。偽物でもいい。一緒にいられる人がいるだけで嬉しかったから」

 

母さんがたまに帰ってきて小言を言って、でも笑いかけてくれた。

睦ちゃんが一緒にいて、俺のためにごはんも作ってくれた。

それが全部”演技”でもいい。俺には分からなかったし、幸せだと思えたから。

 

「でも――睦ちゃんのことだけは大切にしてあげてよ!」

 

自分の声の大きさに驚いて、一瞬言葉に詰まる。

それでも口を閉じそうになるのをこらえて、もう一歩だけ前に踏み込んだ。

 

「俺で母さんが惨めな思いしないで済んだならそれでいいよ。愛するとか正直よく分からないけど……睦ちゃんを見てあげて欲しかった!」

 

血も繋がってない見ず知らずの俺を、本当のお兄ちゃんのように慕ってくれた。自分の居場所が取られちゃうかもって怖かったかもしれないのに。

 

頑張ろう。睦ちゃんが俺に優しくしてくれた分。怖いって感じてた分も。

 

「もう、こんな家――!」

 

今まで出したことのない声。きっと震えてたと思う。

せめて、冷たいところから連れ出してあげたい。母さんに嫌われることになっても。

 

「『出て行ってやる』なんて言わないでよ?」

 

言い終わる前に、母さんの淡々とした声に遮られた。

 

「あのね結月。未成年の家出なんてドラマみたいには甘くないの。家賃はどうするの?食費と学費は?生活するのにもお金がかかるって、分かるでしょ」

 

何も言い返せない。喉が詰まるように苦しくて、顔も上げられない。

それでも拳に力を込めて、言葉をふり絞る。

 

「それじゃあ、睦ちゃんが、縛られたまま……」

 

なんで縛られてるなんて思ったかも、口にできたかも分からない。

重しみたいな視線が、頭に乗る。

 

はぁ、と母さんのため息が聞こえるのと同時に、体が少し軽くなった。

 

「分かった、分かったわ。結月がそこまで言うなら、許可してもいい」

 

顔を上げると、母さんは俺のことを真剣にじっと見ている。

その視線が痛くて、思わず目をそらした。

 

「家賃と学費、あと習い事の面倒は二人分面倒を見てあげる」

 

寄り添ってくれてるはずなのに、額に滲んだ汗が流れて、息が詰まりそうになる。

 

「ただし、食費と生活費は結月の分だけ。余裕のある額を渡すつもりはないわよ」

 

その一言で、肩から力が抜けた。

毎月どのくらいお金が必要なのか、なんて考えたことない。睦ちゃんの分は、俺のおこずかいから……いや、そもそもそんなの貰えるわけない。どうしたら――

 

「……どうやって生活すればいいの」

 

気がつけば、口から弱音がもれていた。

 

「だから言ったじゃない。大人に頼らないって、そういうこと。二人でこの家を出たいなら、卒業までに睦ちゃんの分のお金を賄う手段を提示すること。勉強をおろそかにせず、学業も両立できるって証明して」

 

いろんなものが一度に押し寄せて、立ってるのがやっとだった。

それでも目をそらさないように、ぐっと顎を上げて、母さんを見据えた。

 

「母さん!俺が絶対にどうにかするから!」

 

返事も待たず、逃げるように部屋から飛び出す。

呼吸が荒いまま廊下を駆け抜けて、睦ちゃんの部屋のドアを勢いよく開けた。

 

睦ちゃんはベッドの端に腰掛けて、驚く素振りも見せずにこちらへ体を向ける。

 

「睦ちゃん。この家、出よう」

 

睦ちゃんの視線が、ふっと揺れる。

何かを探すみたいに目を泳がせて、もう一度俺の顔をしっかり見つめて――「……うん」と静かにうなずいた。

 

***

 

開きっぱなしの扉を閉め、握ったドアノブに視線が落ちる。

 

(成長しても、まだ子供よね)

 

私から睦ちゃんを遠ざけたいのは分かった。

だけど、最初から最後まで私に頼っていた。あんなことを言ったのに、結月は私を”母さん”だと思ってくれてるのよね。

 

デスクへ戻り、台本の表紙を指先でなぞる。そのひんやりした紙の感触が、やけに重い。

 

(睦ちゃんの”演技”に気がついたのは、三歳の頃だったわね)

 

演技の化け物。

何も教えてないのに、何かを「演じて」いた。演技のために生きているのか、生きるために演技をしているのかも分からなかった。

 

どれだけ愛情を注いでも、演技という仮面に全部飲み込まれる。

私の愛情が届いたことなんて、一度もなかったと思ってる。

 

台本を手に、窓を開けて空を仰ぐ。暖房で温まった部屋に、冷たい空気が流れ込む。

 

愛せなかった自分が惨めだったのか。

才能で劣っていたことが惨めだったのか。

 

(言い訳よね)

 

どちらが先かなんて関係ない。私が睦ちゃんを”娘”として受け入れられないことは変わらないもの。

 

(だって、結月は私を母さんと呼んでくれた)

 

そこに特別な理由なんてない。愛せる、愛せないなんて関係なく、家族っていうだけで結月は母さんと呼んでくれる。

 

そういうところだけは変わってないのよね。

あの日施設に行った時、周りの子が良い子を演じようとしてるのに……結月だけは、私が困っているだけで手を引いてくれた。

 

愛されてくれればどの子でもよかったのに。誰よりも普通に接してくれるあの子だったから、そのまま引き取った。

 

(最近、抜けてるだけでおバカな子だっただけって思うけど……)

 

それでも別にいい。結月は私の大切な息子だもの、今さら何も変わらない。

 

(嬉しくて、浮かれちゃったのかもしれないわね)

 

睦ちゃんを、妹を救いたいという漠然的な理由。

どんな過去や思惑があっても、結月にとって私たちは家族なんだって。

嫌われてもおかしくないのに、正面からぶつかってきて――それでも母さんと呼んでくれた。

 

前に進もうとしてる結月を応援したい。お金なんて、一人分でも二人分でも大して変わらない。全額出しても問題はない。

 

(だけど、それじゃあ結月が傷つくことになる)

 

私から睦ちゃんを救いたいのに、全部頼ったままだって気がついたら、結月は自分を責めちゃう。

支える。でも、飛び出すなら自分の力で飛び出しなさい。

 

冬の冷たさが服をすり抜けて、肌に直接触れてくる。

睦ちゃんのこと、隠すようになったのはいつからだったかしら。

最初はバレてもいいと思っていた。でも、気がつけば誤魔化すようになって……

 

もしかしたら、母として愛するだけじゃなくて、結月の”いいお母さん”になりたかったのかもね。

 

(家族って、何なのかしら)

 

血がつながっていても娘として受け入れられない睦ちゃん。

つながっていなくても息子として愛することができる結月。

どんな理由があっても、私を母さんと呼び続けてくれる結月……

 

(立ち止まって逃げたままなのは私だけ?それとも――)

 

睦ちゃん。あなたも、そう?

 

「どんなものでもいい、結月にとって特別な何かが見つかることを、私は祈ってる」

 

窓を閉め、暖房の温度を上げる。

台本を開くその姿は、大女優・森みなみそのものだった。

 

月明かりに薄い雲がかかり、ゆっくりと空が色を失っていく。

それでも、空を眺めていたあの時間だけは、家族と向き合おうとする、普通の母親に見えた。

 




今回のお話はとても内容に困りました。
本編を見るだけならみなみちゃんって完全な毒親なんですけど、一応誕生日パーティーを盛大に開いてるシーンが映ったりと、娘としての睦を元々は愛そうとしていた描写が少しだけあるんですよね。
みなみちゃんの惨めって演者としての惨めさは確かに大きいと思うんですけど、もしかしたら母親になれなかった自分に惨めさを感じていたのではとも思いました。
解釈違いのみなみちゃんになっていたら申し訳ないとは思っています。
ただ、背景があってもいいのかなという願いに近いです。
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