二人だけの音 〜重ならない旋律が響くとき〜   作:Tmouris_

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小学生にとって働くことの難しさ。想像も出来ません。
結月はどうやって睦ちゃんを家から連れ出すのでしょうか。


第11話:猫の恩返し

授業が終わって、机でぐったりしてる結月君をぼんやりと眺めてた。

 

どうしてだろう。

隣にいつもいてくれるのに、時々、遠く感じる。

 

授業中も居眠りすることも減って、おしゃべりも少なくなった。勉強も前よりずっと一生懸命なのに。

でも、ずっと、何か探してるみたいで。

 

頑張って、「何か、あった?」って聞いてみた、けど。「最近忙しいから」と目を逸らされちゃった。

 

(結月君にも、話したくないこと、あるよね)

 

いろんな話を私にしてくれた。家であったこととか、私が知らないこと、いっぱい。

だけど、最近は疲れてることが多くて……ちょっとだけ、話してくれないことが増えた気がする。

 

「燈ちゃん、どうかした?」

 

結月君が顔だけこっちに向けて目が合った。

 

「ぉあ、えっと」

 

この気持ちを言葉にしたいのに。また、うまく出てこない。

思わず視線を逸らしたら、結月君の机には、誕生日に私があげたペンギンの絆創膏ケースが置いてあった。

 

――『ダンゴムシ貰っても嬉しかったと思う。自分の好きなものあげるって中々出来ないし』

――『今度俺が怪我してるのに気付いてなかったら、次は燈ちゃんが貼ってよ』

 

鞄から絆創膏を取り出して、そっと結月君のおでこに絆創膏を貼る。

結月君は指先でなぞり、「おでこを怪我するようなことあったっけ……」って首をかしげてた。

 

「ゆっ結月君。疲れてそうだった、から」

 

やっぱり、誤魔化すみたいに「あ~」って顔を逸らされちゃった。

 

話せないこともあって。分かってもらえないと、頼れないこともあって。

 

「私、もらってばっかりで、何もあげられないかも……でも、頑張るから」

 

分からなくても、一緒に居てくれた。だから私も、分からなくっても、いい。

 

結月君は頬をポリポリと掻きながら、ノートから目を離さずに体だけこちらへ向けた。

 

「じゃあ、勉強……教えてほしい、かな。燈ちゃん、テストの点いいから」

 

「がっがんばる!」

 

思ったより声が大きくなっちゃった。”頼ってもらえた気がして”、少しだけ胸が熱い気がする。

 

「じゃあ、今週の休みに燈ちゃんの家行くね。今までろくに勉強してなかったから、教えるの大変だと思うけど……」

 

こくりと頷いて、教科書に手を伸ばす。

 

(私も……何か、やってみようかな)

 

そう思いながら、ページを開いた。

さっきまで少しだけ遠くに見えた横顔が、今はすぐ隣にあるように感じる。

 

(うん……きっとこれでいいんだ)

 

ゆっくりと息を吐いて、ページをめくった。

 

―――

 

放課後の帰り道。最近は駅に向かわずに街を散策してる。

そのせいで、睦ちゃんと一緒に帰ることも減っちゃったけど。

 

(ネットで調べても見つからないんだよな……)

 

どこも高校生以上ばっかり。そもそも、中学生は働けないって。

 

「だったら……直接お願いするしかない」

 

そう決めて街を歩き回ってきたのに、門前払いを食らうたび、足が重くなっていく。

 

「生活費かぁ」

 

授業は真面目に受けるようになって分かるようになってきたし、燈ちゃんも教えてくれるから何とかなると思う……多分。

小学生にお金を稼げなんて、母さんも無茶ぶりすぎるよ。

 

頭を抱えて街道を歩いていると、ビルの上の方から『T O G W A グループ♪』と祥子さんのところの会社のCMが聞こえた。

 

(そうだ、祥子さんを頼ってみよう)

 

そう思って、連絡を取ろうとしたときだった。

視界の端に、白髪でオッドアイの少女が映り込み、指が止まった。

 

物珍しさに見入ってしまい、目が合う。

とっさに目を逸らそうとしたけど、その子は興味なさげに視線を木の上に戻した。

 

その子が向いている先を見ると、木の上で猫が少し震えながら下を覗き込んでる。

 

(このくらいなら登れるな)

 

足をかけて、一気に登る。燈ちゃんとの外遊びがこんなところで役立つとは。

 

「ほら、もう大丈夫だぞ」

 

手を伸ばしてやると、猫はびくりと跳ねて、そのまま枝から飛び降りた。

背筋がヒヤっとして、慌てて下を見る。

降りられなくて震えてたくせに、スタっと綺麗に着地して歩いていく。

 

少し遅れて下に戻ると、猫は白髪の女の子にすり寄って甘えてる。

 

「余計なことしちゃったかな」

 

近づいていくと、猫は俺の前にちょこんと座る。

 

「びっくりしたけど、降りられたから撫でさせてやるって」

 

「……分かるの?」

 

「なんとなく?」と首をかしげてる。

猫も、「撫でないの?」と言わんばかりに俺の方をじっと見つめてくる。

 

触れてみると、逃げもせず喉をならして体をこすり付けてきた。

 

「……可愛い」

 

頭も撫でようとしたら、スッと腕からすり抜けて去っていく。

 

さすがに鬱陶しかったのかな。

 

「もうおしまいだって」

 

もう少し撫でていたかったけど、猫は気分屋って言うもんなぁ。

名残惜しく猫の背中を見ていると、横から急に手を掴まれた。

 

白髪の女の子が、じっと俺の手のひらを見てる。

 

「えっと、なんか変?」

 

「ベース」

 

……ベース?手を見ただけで?

 

後ずさる最中に、彼女がキャリーカートに乗ったギターケースを引いてるのが見えた。しかも、かなり使い込まれてる。

 

「夏に始めたばかりだけど、一応やってるよ」

 

一呼吸置いてからそう答えると、その子が俺の手を強く握る。

 

「こっち」

 

小さい手なのに、ぐいっと引っ張る力は強くて、抵抗しても少し遅くなるだけ。

 

「ちょ、ちょっと待って!どこ行こうとしてるのこれ!」

 

返事はなくて、ただ腕を引く力だけが返ってくる。

 

「せめて名前!名前くらい!」

 

やっと声が届いたのか、立ち止まって少し振り返る。

 

「楽奈。要楽奈」

 

そう名乗ると、また歩き出す。

 

「ちょっと楽奈ちゃん。どこに連れていこうとしてるかも知りたいなー。楽奈ちゃん?楽奈さーん!」

 

結局、名前を聞いた後は何も教えてくれなかった。

俺はしかたなく引かれるがままに楽奈ちゃんに付いていくことにした。

 

―――

 

どれくらい歩いたんだろう。

無言で引っ張られ続けて、楽奈ちゃんがやっと足を止めた。

 

はぁはぁと息を整えていると、目の前に【ライブハウスspace】の看板が目に入った。

 

「すぺーす?」

 

どこかで聞いたことがある気がする。けど、ちゃんと思い出せない。

思い出そうと眉をひそめると、また腕を掴まれて、ずるずると建物の中に引っ張られていく。

 

中に入ると、貫禄のある白髪の女性が椅子に腰掛け、俺たちの方を見ていた。

 

「楽奈おかえり」

 

優しそうな声に少し安心した――と思った次の瞬間。

 

「……そっちのは?」

 

冷たい視線に、背筋が凍る。

助けを求めて楽奈ちゃんを見ると、「だれ?」と首を傾げるだけで、そのまま女性の元へ駆け寄っていった。

 

「若葉結月です。楽奈ちゃんとは、街道でたまたま出会って……っひ」

 

自己紹介の途中で、母さんに本気で怒られた時みたいな悪寒が走る。

 

……って、俺ってなんか怒らせるようなこと言った?

 

顔をひきつらせた俺をよそに、楽奈ちゃんは「結月、助けてくれた」と短く告げた。

 

「そうかい。孫が世話になったみたいだね」

 

声の鋭さが消えて、柔らかくなる。

 

「私は都築詩船。この店のオーナーをやってる」

 

楽奈ちゃんのおばあちゃんってことだよね。全然そんな歳の人には見えない。

 

(オーナー……?もしかして、これって)

 

貫禄があって怖かったけど、優しそうな人だし。楽奈ちゃんのこと助けた?ことになってるからもしかすると……

気が付いたら拳に力が入って、腕に汗が伝っていく。

 

「お礼といっちゃなんだが、ジュースくらい飲んでいきな」

 

オーナーさんが立ち上がろうとすると、楽奈ちゃんが袖を引っ張った。

そして、店内に貼られた求人チラシを指さした。

 

「楽奈ありがとう」

 

楽奈ちゃんの頭をそっと撫でて、オーナーさんは微笑むように笑った。

 

「だけどね、働く気がない人を無理やり働かせるわけには――」

 

「……働く気なら、あります!」

 

自分でも驚くくらいの大声だった。

オーナーさんも、楽奈ちゃんも、目を丸くしている。

 

心臓の音が直接頭に響くみたいで、押しつぶされるように痛い。

縋りつくような想いだったのかもしれない。それでも、言葉だけは止まらなかった。

 

「世間知らずで仕事のこととか分からないですけど、雑用でもなんでもやります!お願いします!」

 

出来る限り、深々と頭を下げた。

 

「どうしてだい?小遣いくらいなら親を頼れないのかい?見た感じ、金に困ってるわけじゃないだろうに」

 

言葉に詰まって、頭が真っ白になる。

……だからこそ、言っちゃったのかもしれない。

 

「睦ちゃんを、出してあげないと……」

 

そこまで言ってから、ハっと顔を上げる。

オーナーさんは難しそうな顔で俺のことを見てた。

すると、楽奈ちゃんがオーナーさんの手を引いて、もう片方の手で俺の手首を掴んだ。

 

「あんたベーシストだね」

 

楽奈ちゃんもそうだけど、音楽やってる人って手だけでどんな楽器やってるか分かるのかな。

 

手のひらをなぞる指先は硬くて、年齢を感じさせなかった。

 

「あんたが真面目なのは良くわかった。人間性にも問題はないだろうね」

 

「それじゃあ!」

 

前のめりになる俺に、オーナーは続けた。

 

「だけど、仕事も知らない。ましてや小学生を雇うわけにはいかないよ」

 

それでも、現実は上から押しつぶすようにのしかかってくる。

 

(……また、駄目か)

 

その場で立ち尽くしていると、小さなため息が聞こえてきた。

呆れてるんだろうな……

 

「やる気があるなら、明日の放課後から顔を出しな。卒業するまでうちに通って仕事を覚えるんだ。いつまでに金が必要なんだい?」

 

「えっと……中学の入学まで、です」

 

「それなら、小学校を卒業するまでに仕事を覚えて……そうさね、仕事の手伝いでもしてもらう。楽奈の友達が仕事の手伝いをしてくれたんだ。小遣いを出すくらい問題ないからね」

 

急すぎて、考えが追い付かない。顔を上げると、オーナーさんが小さくうなずいていて、楽奈ちゃんはまた首をちょっとだけ傾げてた。

 

「ありがとう、ございます……」

 

深々と頭を下げると、肩にポンと手をのせて、「やりきってみな」と言ってオーナーさんは奥に下がって行った。

 

「楽奈ちゃんもありがとう」

 

「おもしれーやつ」

 

ニカっと笑って、オーナーさんのあとを追っていった。

 

俺の方が年上なはずなのに、不快じゃない。むしろ、あの笑顔はどこかすがすがしくて、少しかっこよく見えた。

 

最近重かった足取りが、今日はやけに軽い。

明日から何が待っているかも分からないのに。

 

まさか、あれほどのしごきが待っているとは、この時は思いもしなかった。

 




リアルが忙しくて投稿が遅れてしまいました!
多くにお気に入り登録と評価ありがとうございます!
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立希ちゃん誕生日おめでとう!
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