二人だけの音 〜重ならない旋律が響くとき〜 作:Tmouris_
もし、太陽がふっと消えたらどうなってしまうんでしょうか。
五年生になって初めての始業式が終わった。
クラス分けの張り紙を眺めていると、結月君の横顔が視界の端に映り込んだ。
気づけばパーカーの裾を握りしめて、一組、二組と指でなぞるように二人の名前を探してた。
「……あ、見つけた」
自分の名前を見つけても、すぐに視線を下へ下へと移していく。
呼吸が浅くなっていって、見逃さないように一人一人丁寧に名前を確認する。
何度も見直したけど、結月君の名前は同じクラスにはなかった。
結月君が「え〜別のクラスか。また同じだったらよかったのに……」と、名簿を見ながら残念そうに肩を落とす。
「でも、隣のクラスっぽいし。休み時間とかは話せそうだね」
ゆっくりと歩き出したその背中を追って、私も教室に向かう。
「じゃ、またあとでね」
軽く手を振りながら教室に入っていく結月君を見送って、私も自分の教室のドアに手をかける。
ずっと忘れてた扉の重さ。自分だけが日陰に隠れてる。
結月君の声だけが聞こえて静かだったはずなのに、ドアをくぐった途端、空気が張り付くように感じて、見えない視線が肩に乗りかかる。
知らない声や、いろいろな音が一気に流れ込んできて、私は逃げるように自分の席に着いた。
ランドセルから無地のノートを取り出す。四年生の終業式に結月君からもらった、拾うためのノート。
新しいページを開いて、鉛筆を走らせる。
『太陽は変わらず照らしてるのに、今は日陰にいるみたい』
そう一文だけ書き加えた。
ノートをそっと閉じて手を添えると、もらったあの日を思い出す。
―――
クラスの子たちが終業式の日に泣いている中、私は涙を流せなかった。
きっと、大事なものが欠けてるから。
「涙も取っておけたらいいのに」
気がついたらそう呟いてた。
石みたいに集めて、飾って。いつでも思い出せたらいいのにってぼんやり考えていたら『涙はとっておけないけど、燈ちゃんなら見えたものを拾っていけると思うな』そう言ってくれた。
結月君も泣いてなくて、どうしてだろう。少しだけ寒くて暗く感じた。
でも、終業式の日に「この一年、燈ちゃんと会えたからすっごく楽しかったって」笑いながらこのノートをくれた。
最後まで涙は出なかったけど、結月君の笑顔は温かくて、一緒に笑えてよかったって、そう思えた。
―――
机にノートをしまっていたら、ガラガラと教室のドアを開ける音が不思議と耳に響いた。
少しだけ視線を向けてみると、結月君がこっちに向かって歩いてくる。
「えと、どうしたの?」
私の小さな声を聞いて、結月君は正面に座ると、廊下の方を指さした。
振り向いてみると、教室を別のクラスの子たちが覗き込んでる。
「去年と一緒。逃げてきた」
ざわめきが背中に当たって、胸が沈む。
(やっぱり、邪魔……なのかな)
みんな、結月君と話したいのに。私と話してるから、また馴染めないままになっちゃうのかな。
後ろのほうから女の子たちが「あの、若葉君って」と声をかけてきた。
肩が少し跳ねて、思わず下を向くと、息が止まったように感じる。
「ごめんね。友達と話してるから、また今度でいいかな」
その言葉を聞いたら、喉のつかえが取れた気がした。
ゆっくりと顔を上げると、結月君は笑顔を崩して、一瞬だけ眉を寄せてた。
女の子たちはもういなくなってて、周りからの視線も気づいたらなくなってる。
「好きなようにやるなら、うまくやっていかないとな~」
結月君は軽く言ってるけど、私には少しだけ疲れて見えた。
どうしてだろう。その顔を見てると、すぐそこにいるはずなのに、今までよりずっとずっと遠くに感じて……
胸の前で拳を包み込むように握ると、手のひらにじんわりと汗がにじみ出る。
うまくやっていくって、私には出来なくて。でも、やりたいことしてると、一人になって……
でも、結月君は好きなことしても、一人にならないようにできてる。
「おーい、燈ちゃん?」
覗きこむように声をかけられて、はっとして周りの音が戻ってきた。
「あっえと。考えごと、してた」
目を合わせられなくてうつむいていると、「まー新学年になって色々変わるもんね。大変だろうけど……今年も勉強教えてください!」って手を合わせてお願いされた。
遠くからでも、結月君の明かりは届いてくる。遠いはずなのに、いつでも傍にいてくれる。
それがすごく温かくて、口元が緩む。
「……うん。一緒にがんばろ」
今は一人ぼっちなんかじゃない。やりたいことをしても、結月君が近くで照らしてくれるから。
短めになってしまいましたが読んでくれてありがとうございます。
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