二人だけの音 〜重ならない旋律が響くとき〜 作:Tmouris_
結月や燈ちゃん、睦ちゃんも気付けばもうすぐ中学生です。
学校とspaceの手伝いが休みの日は決まって勉強会をしてる。
燈ちゃんの後に部屋に入ると、簡易テーブルと座布団が二枚敷かれていた。
前みたいに緊張することはなくなったけど、この部屋に来るとちょっとだけそわそわする。
「また、淹れてみた」
先に腰を下ろして鞄から勉強道具を取り出していると、燈ちゃんが淹れたてのミルクティーを一杯ずつ俺と自分のところに置いてくれた。
睦ちゃんはストレートで飲むのが好きだけど、燈ちゃんはミルクティーが気に入ったみたい。もともと牛乳が好きだって言ってたし、ここでは俺もミルクティーを飲む。
「美味しくなってる」
燈ちゃんの家に来るたびに飲ませてもらってるけど、どんどん味が良くなってる。
ミルクの味も強すぎないし、紅茶の渋みも出てない。
「……練習してる、から。美味しくて良かった……」
やっぱり、すごい努力家なんだよな。俺がspaceで仕事を教わり始めたころから勉強を見てもらってるけど、そのときから成績も上がってるし。紅茶だって淹れる練習してるんだから。
中学は進学校の女子中に行くって聞いた。俺はそういうところに行く気はないけど、このまま頑張ればいいところを狙えるって先生も言ってくれた。
「本当にいろいろありがとうね」
「結月君、頑張ってるから。わたしも、できること。しようって」
燈ちゃんは顔を隠すように下げて、ノートにペンを走らせる。
部屋の中には教科書をめくる音、文字を書く音だけが流れていく。
―――
紅茶の残りが少なくなったころにペンを置くと、燈ちゃんは俺の方を見てペンを止めた。
一呼吸おいてから鞄から包みを取り出す。
「誕生日おめでとう」
腕を少しだけ前に出すと「ぉあ……」と目をわずかに見開いて、ぼーっとプレゼントを見つめたまま固まってる。
おでこから汗が滲んで、指先にガラスの冷たさが伝わってくる。
手元をそっと近づけると、ふっと空気が動いて、燈ちゃんが両手で包み込むように受け取ってくれた。
「あけても、いい?」
プレゼントと俺を交互に見ながら首を傾げる。
こくりと俺が頷くと、燈ちゃんはリボンを解いた。
「これって……」
入っていたのは、シーグラスが詰まった小瓶のネックレス。
石とかを集められるように、誕生日に大きな瓶をあげたら、俺の誕生日にシーグラスをいっぱいにして贈り返してくれたんだ。
「小さいかけらを選んでネックレスにしてもらったんだ。ほら、俺たちも今年で卒業じゃん?これ持ってれば一緒……なんてさ」
「卒業しても……一緒」
手のひらに乗せたネックレスを燈ちゃんが眺めてる。
いつもと変わらない表情のはずなのに、なぜか見てると顔が熱くなって、思わず俺は口を動かしていた。
「燈ちゃんはいやか~」
「一緒!ずっと、ずっと一緒がいい」
首を横に振りながら、燈ちゃんはいつもよりも食い気味に机から乗り出してくる。
「そ、そうだね。遊んだり、勉強会とかで会うからね」
いまどんな顔をしてるのかは見えないけど……多分真っ赤だったと思う。熱くて熱くて仕方がないから。
***
顔を少し上げると、結月君がノートと向き合って一生懸命勉強してる。
(ずっと一緒……)
きっと、すぐいなくなっちゃうと思ってた。
私がしたいことすると、みんないなくなっちゃったから。でも、離れずに一緒に居てくれた。
「絆創膏、たくさん増えてる」
「ん?あぁ。最近ベースの練習が大変でさ」
結月君は照明に照らすように手のひらをかざした。
***
仕事がひと段落して椅子に腰を下ろしていると、後ろから声をかけられて肩が跳ねる。
「なにをそんなに驚いてるんだい。声をかけただけじゃないか」
「いつも怒られてるから、急に話しかけられれば驚くって!」
俺が仕事でミスをしたりするとオーナーによく叱られる。助かってはいるけど、それはそれとしてビビることもある。……たまに褒めたりしてくれるけど。
「……前に、妹とセッションするのが目標だって言ってただろう。その子はそんなにギターが上手いのかい?あんたも歳の割には十分ベースを弾けてるほうだ」
オーナーが嘘をつくことは滅多にない。本当に俺のベースをある程度は認めてくれてるんだと思う。
それでも……まだ全然足りない。
「去年の動画があります」
机の上にスマホを取り出して、再生ボタンをタップする。
睦ちゃんの速弾きだけが部屋に響いて、他の音をかき消す。
気まぐれに撮らせてもらえた一曲。この動画を見るたびに、俺はまだまだなんだって思い知らされる。
最後のフレーズが終わったところで、背中から楽奈ちゃんがぐでっともたれかかってきた。
「私よりうまい。でも、変なの」
変なのってどういうことだろう……
聞き返そうと振り返ったときには、そそくさとどっか行っちゃってるし。
「小学生でこのレベル……末恐ろしいね」
どうしてだろう。睦ちゃんの演奏を見たオーナーの顔が少し曇って見えた気がする。
「明日から手伝いがなくても時間があればうちに来な。ベースを見てやる」
「えっ、ちょっと。それってどういう――」
「やるのかい?やらないのかい?」
間髪入れずに詰め寄られて……気が付けば「お願いします」と頭を下げてた。
***
「そんなこんなでベースを猛特訓中なわけ。しかも、オーナーが仕事の時よりも厳しくてさ……」
結月君が一生懸命で、それでも追いつけなくて。私よりもずっとずっと高い所で頑張ってるのに。
音楽のこと、私はあんまり分からない、けど……
「睦ちゃん、すごいんだね」
下を向いて、こぼれるみたいに。そう声に出してた。
「そうなんだよ!義兄妹とはいえさ、妹がこんなに優秀だとお兄ちゃんとしての立場が……」
……え
二人は義兄妹?
音が離れていくみたい。結月君が見えるのに周りはぼやけて見えない。
「あれ、燈ちゃんに言ってなかったっけ。俺と睦ちゃんは血が繋がってるわけじゃないよ。ちっちゃい時に俺が引き取られたんだよ」
でも、結月君も睦ちゃんも仲が良くて。中学からは二人暮らしを始めて――
『私は、結月兄さんのこと、家族だって思ってない』
その言葉を思い出して、呼吸が浅くなっていく。
血はつながってなくても兄妹で、家族で。仲もとってもいいのに、睦ちゃんは家族だって思ってなくて……
いろんなことがぐるぐる回って、胸の奥がそわそわする。
気づいたら絆創膏を結月君のおでこに貼ってた。
「そんなに疲れてるように見えたかな」
結月君は絆創膏を指先でそっとなでて、頬をぽりぽりとかきながら目を伏せた。
「あ……えっと。ちょっとだけ痕になってた、から」
なんでそんなことしたのか自分でも分からなくて。嘘……ついちゃった。
「どこかぶつけたかなぁ」
そんな風に呟く結月君を見ていたら、なんだか少しだけほっとした。
さっきのことがどうしても気になって、そのあとは勉強にあまり手が付かなかった。
***
「ただいま~」
リビングの扉を開けると、睦ちゃんがテーブルにパソコンを広げて作業をしてた。
俺は、それを横目にそのままキッチンに足を進めてお湯を沸かし始める。
「勉強、どうだった」
戸棚から紅茶を取り出してたら、睦ちゃんはこっちに顔を向けてパソコンを閉じた。
「いい感じだよ。中学に上がってからも問題ないと思う」
カチッとお湯が沸いた音が聞こえて、紅茶を淹れる。
「睦ちゃんのほうは調子どう?」
睦ちゃんは最初に少しだけ頭を下げてから小さく口を動かした。
「マニュアルも覚えた。多分、大丈夫」
そばに積まれた冊子に睦ちゃんは手を乗せた。でも、それが少しだけ自分に言い聞かせてるみたいに見えた。
「熱心なのはいいけど、体調を崩さないようにね。睦ちゃんはばれないように頑張りすぎちゃうから」
そう言いながら、パソコンのそばにカップを置く。
睦ちゃんは紅茶を一口飲むと、肩の力が抜けたように見えた。
「祥のお父さんが気を遣ってくれるから。無理はしてない」
最近、俺が勉強会から帰ってからこうやって二人で話す時間が増えた。
前よりも、話してるときに睦ちゃんの声を聞くことも増えた気がする。
「……おいしい」
ほんのり微笑んで美味しそうに紅茶を飲んでくれる睦ちゃんを見てると、思わず俺も口元が緩む。
……もう少しで卒業だけど、俺たちなら頑張っていける。
揺れる湯気を眺めながらそう思った。
投稿がすっごく遅れました!
次回が小学生編の最終話になります。
プロローグ~13話まで少し手直しをしたいと思っているので投稿時期が遅れてしまうかもしれません。
もしよかったら、お付き合いしてもらえると嬉しいです。
お気に入り、評価などいつもありがとうございます!創作のモチベーションになります。