二人だけの音 〜重ならない旋律が響くとき〜   作:Tmouris_

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新しく道を進めば得るものもありますが、失うものもあります。
結月や睦ちゃん、燈の三人は何を得て何を失ってしまうのでしょうか。


小学生編最終話:始まりと終わり

「卒業証書授与。卒業生は壇上に上がってください」

 

椅子のきしむ音と上履きのこすれる音が、体育館に薄く広がる。壇上から降りてくる同級生は、袖で目元を拭いたり、笑いながら友だちとアイコンタクトを取ったりしてた。

 

「若葉結月」

 

名前が呼ばれて、椅子から立ち上がる。壇上へ向かう途中で燈ちゃんと目が合って、出会ってから今日までの思い出があふれてきた。

 

(卒業生って、こんな気持ちだったんだな)

 

みんなにちやほやされて、ひとりになって……その繰り返し。学校は退屈で、家で睦ちゃんと話してるほうがずっと楽しかった。

でも、燈ちゃんに出会ってからは学校に行くのが楽しみになって、俺だけじゃ思いつかない遊びや考えをもらって、いろんな場所に連れ出してもらった。

 

二人でたくさん笑った。楽しい思い出がいっぱいできた。

笑いがこみ上げてきて、多分笑ってたと思う。

 

***

 

(結月君、笑ってた)

 

いつも通り温かいはずなのに、うまく感じられない……

 

卒業生になれば、きっと分かると思ってた。

みんなが流してた涙も、笑顔も。

 

いろんな声が聞こえるのに、私の声は少しも聞こえなくて――また、ひとり。

 

(私にしまっておけるのかな……いま見てるこの景色)

 

***

 

卒業式が終わって立ち上がろうとすると、隣で燈ちゃんが胸の前で手を重ね、顔を下げたまま静かに立っていた。

 

「……やっぱり、みんなみたいに涙、出なかった」

 

その言葉を聞いて、燈ちゃんに贈ったノートのことを思い出す。もしかしたら、あの時に俺が言ったことを気にしてるのかも……

 

「俺だって泣いてないよ。ほら」

 

場を和ませようと茶々を入れると、「……ごめん」って、さらに申し訳なさそうに視線をそらされた。

 

「謝ることじゃないって!顔上げてよ」

 

慌ててそう言うと、燈ちゃんと目が合って、思わず喉に力が入る。

 

「俺たちにとっては卒業式がそういうものじゃなかっただけじゃん?気にするほどのことじゃないって」

 

燈ちゃんは顔を上げると「そういうもの?」と首をかしげた。

 

「涙が出るほど大切なものだよ。俺だって寂しいって思うけど、学校がなくたって燈ちゃんとは会えるから」

 

中学が別れるだけで、離れ離れってわけでもない。

……ただ、名残惜しく感じる。二人ですごした時間がそれだけ楽しかったから。

 

「涙は出ない、けど。なんだか、穴が空いちゃったみたいで……私も寂しい、のかな」

 

そう話す燈ちゃんの目は少し赤くなっていて、体育館の照明が反射する。

ポケットからハンカチを取り出して、目元をそっと拭う。

 

「あ、えっと?結月、くん?」

 

「燈ちゃんはきっと大事なもののために泣けると思う。だから、その時までとっておけばいいよ」

 

手の中のハンカチはほんの少し濡れていて、俺は隠すようにポケットにしまった。

 

***

 

石をなくしちゃっても、泣いたことはなかった。

好きなものを嫌いって言われても、泣いたことはなかった。

結月君と中学が別々になるって決まっても……泣いてなかった。

 

――でも、学校、楽しかった。

 

教室とか、学校のいろんなところでおしゃべりして、全部あたたかい。

 

……顔になにかついてたのかな。ハンカチで目元をやさしく拭ってくれた。

そのあとを指先でなぞると、ほんのりと温度が伝わってくる。

 

「ありがとう」

 

いろんな感情があふれてきて、口からこぼれたのはたった一言の「ありがとう」だった。

結月君は頬をぽりぽりとかきながら、視線をそらした。

恥ずかしいときとか申し訳ないときにする、私が見つけた結月君の癖。

 

そんなやりとりをしていたら、結月君の後ろから睦ちゃんに似た女の人がコツコツと歩いてきた。

 

「あ、結月。やっと見つけた。ずいぶん探したのよ」

 

隣に並んで、そっと頭に手をのせてる。

すると、私のほうをちらりと見て、少しだけ頭を下げた。

 

「どうも。結月の母です。森みなみ、って言った方が伝わりやすいかしら」

 

この人が結月君のお母さん……どうしてだろう、すごく見られてる気がする。

 

「なるほどね~……あなたが燈ちゃんで合ってる?」

 

結月君と似たような温かい笑顔。でも、まぶしいのに、届かない。

 

「あ、えっと。高松燈です。結月君の友達……です」

 

ぺこりと頭を下げてあいさつをしたけど、不思議と緊張とかはしなかった。

 

「母さんの笑顔にだまされちゃだめだよ。大女優なんて言われるくらい演技がうまいんだから」

 

「あらひどい。息子の友達にお礼を言っただけじゃない」

 

演技……本当の笑顔じゃないのかな。

ううん。冷たくないからたぶん本当なんだと、思う。

 

「ほら、人も集まってきたし。睦ちゃんの卒業式に遅れちゃうじゃん!」

 

周りを見ると、スマホをみなみさんに向けてる人や、いろんな人が押し寄せてきてる。

 

「ごめんね燈ちゃん。そういうわけだから、また今度ね」

 

二人は急いで車に乗っていなくなっちゃった。

 

『また今度』

 

その言葉がすごくあたたかくて、ほんの少しだけ、目元が熱くなる――そんな気がした。

 

***

 

卒業式なんて、終業式と何も変わらない。ただ、小学生から中学生になるだけ。

それに――いつ見ても後ろには誰もいない。

だから、悲しさも寂しさも、期待も想像も、いまさら何も感じない。

 

天井を少し見上げてぼーっと式の終わりを待っていると、「むつみ……睦」と祥に袖を引かれる。

 

「まだ先生が話してる」

 

「結月さんたちが来てますわよ」

 

「――えっ」

 

祥の指さす方に顔を向けると、思わず声がこぼれた。

 

(なんで、いるの?)

 

兄さんと私の卒業式の時間はずれてるから、いてもおかしくはない。

でも、みなみちゃんが一緒にいることが理解できなくて……

 

考えれば考えるほど音は遠くなり、視界は白に染まっていく。

 

―――

 

「それでは、お父様たちが迎えに来ているので、わたくしもお先に失礼しますわ」

 

祥の声ではっと意識が戻される。辺りを見回すと、同級生同士で写真を撮ったり、家族で集まったりしてる。

 

「睦ちゃーん!卒業おめでとう!」

 

私の方に駆け寄りながら手を振る兄さんに、少し手を上げたところでぎゅっと抱きしめられる。

衝撃で一歩後ろによろけ、そっと背中を抱き返す。

 

「……ありがとう」

 

兄さんの腕の中で、耳が熱くなっていくのを感じる。

 

「でも、なんで二人がここに……」

 

「暮らしの目処を示せたら、今日だけは出るって。結月と約束したのよ」

 

今日は、私の言葉を待ってから、みなみちゃんはやれやれとため息をつき、事情を話してくれた。

 

「条件を達成したと思ったら、『睦ちゃんの卒業式にも出席して』なんて言い出すんだもの。その日までに引っ越しの準備が終わったら、なんて言ってたら……本当に終わらせちゃうんだから」

 

部屋探しに引っ越しの準備。手際もよくて、頑張ってた。たぶん、いろいろと準備してくれたんだと思う。

 

(兄さんが、私のために……)

 

私の胸の奥――ううん、体の底から熱くなる。

最近はこの感覚は怖くない。むしろ、心地いい――でも、やっぱり怖い。

 

「ほら、さっさと写真撮っちゃいましょ。家族サービス付きなんて約束しなければよかったわ」

 

みなみちゃんは兄さんのスマホを受け取ると、カメラを高く掲げる。

 

「ほら、睦ちゃん。もうちょっと寄って寄って」

 

兄さんに肩をつかまれて隣に寄る。顔を上げた瞬間、パシャっと音が鳴った。

見せてもらった写真は、真ん中で嬉しそうに笑う兄さん。その隣で……作り笑いじゃない。でも少し複雑そうに笑ってるみなみちゃん。

私も、ちゃんとカメラを見てる。

 

「約束は守ったわよ。仕事に戻るけど……たまには連絡しなさい」

 

用意された車に乗り込んで、私たちは過ぎ去る車を見届けた。

 

「兄さんが来てくれるだけで嬉しかったのに。どうして」

 

袖を引っ張ると、兄さんは難しそうに笑った。

 

「母さんが言ったことを許したわけじゃないよ。でもさ、せっかくの卒業式だよ?そんな日くらいは家族で集まってもいいじゃん」

 

……家族。

兄さんにとってはあんなことがあっても私たちは家族のまま。

私は――どう思ってるんだろう。

 

「それにさ、今日から俺たち二人暮らしなんだからさ」

 

手を引かれて、新しい二人の”家”に向かう。

今日の為にいろんな準備をしてきた。一緒に住む場所を選んで、家具を決めて……家を出ようと決めたあの日から。

 

―――

 

アパートの2DKの一室。

初めて帰宅した家のキッチンに入って二人で晩ごはんの準備を始める。決して狭くはないけど、二人で料理をするには手狭に感じた。

 

片付けを済ませて、お風呂に入り、いつもより少しだけ早くベッドに入る。

 

目をつぶって瞼に映るのは見慣れない部屋、使い慣れないキッチン……楽しそうな兄さんの笑顔。

 

目を開けても、視界に広がるのはやっぱり見慣れない天井だけ。

寝る場所なんてどこでも変わらないって思ってた。

体を横にして部屋を見回す。家具も配置も前までと変わらないのに、圧迫感があって落ち着かない。

 

(……兄さんと二人暮らし)

 

そう考えると、このそわそわした感じが不思議と安心する。

心配なことは多いけど、やっぱり――嬉しい。

 

きっと”私"は兄さんのこと……

ずっと目を背けようとしてた。でも、それに触れれば触れるほど離れられなくなって、受け入れてしまった。

 

(兄さん……か。頑張って「結月君」って読んでみようかな)

 

新しく始まる二人の関係に口元が緩んでしまい――そのまま深く落ちるように眠りについた。

 

 




ここまでお付き合いいただきありがとうございます!
二人だけの音 〜重ならない旋律が響くとき〜 小学生編はここで終わり、次回からは中学生編に突入していきます。
ここまで、お気に入り、評価、感想をくれたかた。最新話まで読んでいただいたかた。
本当にありがとうございます。

中学生編は今残しているものを片付けて、プロットが組みあがり次第書いていこうと思うので、また次の話が出たときに読んでいただけると嬉しいです。

もし、この作品が面白いと思ったらお気に入り、評価よろしくお願いします。
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