二人だけの音 〜重ならない旋律が響くとき〜 作:Tmouris_
結月や睦ちゃんにはどういった変化がこれから訪れるのでしょう
第16話:Nexus
閉め忘れたカーテンの隙間から朝日が差し込んで、目覚まし時計が鳴るよりも早く目が覚めた。
(春休みだし……もう少し寝てようかな)
そう思って布団に潜り直そうとしたとき、キッチンの方からガチャガチャと小さな物音がして、ベットから起き上がった。
着替えを取り出して身支度をしつつ、この部屋で迎える初めての朝に思わず頬がゆるんだ。
前よりも狭い部屋だし、普通なら狭苦しく感じるのかもしれないけど、不思議と窮屈さはなくて、むしろ満足感があった。
部屋の扉を開けると、これまで見慣れた廊下はなくて、そのままダイニングが広がっている。
キッチンに目をやると、睦ちゃんがきょろきょろと調味料や器具を探しながら、朝ごはんの準備をしてた。
「手伝えることある?」
燈ちゃんに家事を教わったおかげで、一通りのことはできるようになった。燈ちゃんも「私もできること、いっぱい増えた」って言ってたけど。
時間の余裕があるときは睦ちゃんが全部やっちゃうからあんまり出番はなかったんだけど――
「お皿お願い」
睦ちゃんが俺に頼るのは珍しい。自分で聞いたくせに、思わず目をぱちぱちさせて固まってしまった。
昨日はお惣菜とかで晩ごはん済ませたし、今日初めて使うから慣れないキッチンは何かと大変だよな。
そんなことを考えながら、お皿を棚から取り出して並べていく。
「……お醤油」
ボソっと呟く声が聞こえて、指をさして場所を教えてあげると「ありがとう」と控えめに返ってくるくる声が、妙に心地よかった。
「これから慣れていくよ」
そう言うと睦ちゃんはこくりと頷いて、ぎこちなくも二人で朝ごはんの準備を済ませた。
―――
昼ごろに昼食を済ましてから、spaceのスタジオを借りた。
前までなら家でいくらでも弾けたけど、今の賃貸で毎日楽器鳴らしてたら騒音で苦情が入りかねないし……
(学割に従業員割。割引盛り盛りで、オーナーがほぼ善意みたいな値段にしてくれて助かった……)
睦ちゃんにとってギターは大事なもの。せめて休日くらいは思い切り音を出したいだろうから。
そんなことを考えながら、ベースのチューニングを進める。
手がほんの少し震えていて、ちらちらと睦ちゃんに意識が向いてしまった。
声をかけたいのに、喉が詰まるように苦しくて、呼吸だけが浅くなる。
「一緒にセッションしない?」
普通に言えた自信はない。それでも、詰まった喉を押し開くみたいに声を振り絞った。
睦ちゃんは一瞬目を丸くしてからふわりと微笑んで「うん」と首を縦に振ってくれた。
「”結月”ベースの練習いっぱいしてた」
spaceでの練習を知らないはずなのに……やっぱり指とか見ればばれるよね――って、ちょっと待って。睦ちゃんが、俺を呼び捨てに?
「いま、俺のこと結月って呼んだ?」
そう聞くと、睦ちゃんは視線をギターに反らして小さな声で答えた。
「もう中学生で、結月と……もっと仲良くなりたい」
きっと二人暮らしをうまくやれるように、睦ちゃんなりに考えてくれたんだと思う。だったら、俺も協力してあげたい――妹だし、別に変じゃない……よね。
「……睦」
下を向きながら名前を呼び返すと、睦は頬をほんのり赤めてこくりと静かにうなずいた。
なんだか気まずい雰囲気になりつつも、機材を準備する。
いつもは一人分だけなのに、二人分の機材が並んでるのは新鮮だな。
コードを繋げて、睦の隣に立つと一気に緊張感が込み上げてくる。
まだまだ技術じゃ追いつけないし、足を引っ張ることも分かってる。だけど、オーナーから今のレベルなら音楽にはなるとお墨付きはもらえた。
きっと大丈夫だと言い聞かせても、初めてのちゃんとしたセッションにベースは重く感じて、ピックを持った手の震えも止まらない。
スタジオは静かなはずなのに心臓の音がバクバク耳に響いて、ギターの弾き出しまでの時間がずっと長く感じる。
でも、目を一瞬合わせてタイミングを合わせて演奏を始めると――
(なにこれ、すごい弾きやすい)
前みたいな圧倒的な音じゃなくて、俺に合わせた弾き方をしてくれるのが伝わってくる。
今までとは違う温かい音が俺の緊張や不安を吹き飛ばした。
(あっ!音はずしちゃった!)
一瞬だけ頭が真っ白になる、どこから弾けばいいんだ?どこから入れば……
すると、隣から今のフレーズの入りがループして聞こえてきた。
いつもなら次は気をつけようとか、練習することばっかり考えてるのに、今は演奏だけに集中できる。
失敗の焦りはある。疲労感もあって、ベースを持つ腕は重く感じる……でも――睦と一緒に弾くのが楽しい。
今までの地獄のような練習に耐えて本当に良かった……そう思えるくらい、胸の中がいっぱいだった。
最後のフレーズを弾き終わって、スタジオに静寂が流れる。それなのに、さっきまでの演奏が耳に残るように響いてる気がする。
お世辞にも上手いセッションだったとは言えないかもしれない。それでも、この日初めて一緒に音楽を奏でることができた。
声を上げて喜びたいくらいなのに、汗がダラダラと止まらなくって、呼吸を整えるので精一杯だった。
1人で弾くよりもやりやすかったし、いつも以上に上手く弾けた自信がある。
(こんなに疲れたの初めてかも……)
練習では感じたことのない疲労感に襲われつつ、オーナーがいつも口癖のように言っていた『やりきったかい?』という言葉を思い出した。
俺はいつも全力で練習してやりきってると思ってたけど……オーナーが言うやりきるってこういうことを言いたかったのかな。
ミスをしても、上手くいかなくても、諦めないで今できる全力で演奏したの、初めてだったかも。
多分――睦が俺のベースを引っ張り上げてくれたんだと思う。
呼吸を整えていたら、いつの間にか横にいた睦が、顔の汗をタオルで拭ってくれた。
「すごい、上手くなってた」
そう言いながら俺の指に触れてそっと手を持ち上げる。
そして、何個も貼ってある絆創膏をなぞるように撫でると、ニコっと笑顔を見せて手を離す。
(急にそんな笑顔見せるのは反則じゃん!)
今まで見たことない仕草に驚いて、思わず顔を逸らしちゃった。
「いつか本気の演奏を俺が支えられるように頑張るね」
誤魔化すように言うと、睦は静かに頷いて「待ってる」と俺の目をじっと見つめていた。
最新章中学生編に突入しました。
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中学生編の全体のプロットが組みあがっていないのにで、次話更新に時間がかかってしまうとは思いますが気長に待っていただけたら嬉しいです。