二人だけの音 〜重ならない旋律が響くとき〜 作:Tmouris_
spaceでフードとドリンクの補充をしていたら、ガサゴソとカウンターの方から音が聞こえる。
「楽奈ちゃん捕まえた!」
急いで音のほうに向かって、反射的にパンに手を伸ばそうとする腕を掴む。
前々からこういうことはあったけど、いつも逃げられてばっかりで今日まで捕まえることができなかった。
補充すればいいだけだけど、やっぱり急になくなるのは心臓に悪い。
「オーナーからはオッケーもらってるから食べてもいいんだけどさ、一声だけかけてほしいな。そうすれば楽奈ちゃん用に用意するから」
楽奈ちゃんは素直にうなずくと「食べる」とだけ言って目の前のパンを手に取ってかぶりついてしまった……
「ちょ!そういうことじゃないんだけどな……」
でも、一声かけるようになっただけ成長なのかなと溜息をつきつつ作業に戻る。
しばらくすると、パンを食べ終わったのか、後ろから袖を引っ張られる。
「ギター弾く」
さっきの約束をちゃんと守ってくれたのかな。
それだけ言って楽奈ちゃんはケースからギターを取り出して演奏の準備を始めた。
「いつもここで弾いてるけど、バンドとかやらないの?」
スピーカーにコードをつなげる手を止めると、こちらに一瞬だけ顔を向ける。
「つまんねーやつばっかだった」
退屈そうにそれだけ言うと、コードをつなげてギターを弾き始めた。
弾きたいときに弾いて満足したらやめる。いつもふらふらしてるけど、ギターは上手いんだよな……睦とは違う迫力があるというか。
演奏を聴きながら仕事をしていると、今日は一曲で満足したのかふっと音が消えた。
気がついたら目の前に座っていて、俺の顔を見ると「抹茶パフェ」とご注文。
注文といっても、オーナー権限で一日一回まではタダで作ってあげてるんだけど……こんなに毎日あげてもいいのかな?
おかげさまでパフェを作るのはずいぶん慣れたけど。
相当孫に甘いんだなあの人も、なんて思いつつパフェの準備をしていると、俺の荷物から楽奈ちゃんがベースを引っ張り出してきた。
「結月、ベース上手くなってた。やろ」
そういえば、睦とのセッションをオーナーに見せてるときに、後ろから覗き込んでたっけ。二人が上手くなってるって言ってくれてるし、楽奈ちゃんとも弾けるのかな。
横目で時計の方をちらっと見ると、ちょうど休憩時間に入ろうとしていた。
「これ食べ終わったらやろっか」
完成したパフェを楽奈ちゃんにあげて、ベースを受け取る。
初めてのセッションの時ほど不安はないけど、チューニングをする指先にはいつもよりも力が入る。
―――
コードをつないで、顔を上げる。
ちょうど店に誰もいないと思ったら、扉が開く音がするとオーナーが入ってきて、そのまま椅子に腰を掛けた。
今まではスタジオで個人練ばっかりして、誰かとセッションしたのも睦とが初めてで、それ以降誰ともしてない。
オーナー一人に見上げられてるだけなのに身体が強張る。人に見られるって一人で演奏するのとこんなに違うんだ。
弾き初めを確認しようと楽奈ちゃんの方に顔を向けようとした瞬間、雷が落ちるようにギターの音が鳴り響く。
その衝撃で俺は一瞬固まってしまった。それだけ、隣で聞く楽奈ちゃんのギターには迫力があった。
(こういう時こそ声かけてほしかったな!)
タイミングを合わせて、急いで俺も音を追いかける。
睦とは違う嵐のような演奏に俺は必死に食らいつく――いや、食らいつくことすらできない。もはや演奏になってるかすら分からなかった。
俺にできるのは、音を聞いて全力で弾くことだけだった。合わせる余裕なんてない。ただ必死に追いかける。
いつもしないようなミスもした。タイミングがズレて音も外れた。睦と弾いてたときみたいなフォローなんてない。だからこそ、俺のミスが目立つ。
それでも、なんとか最後まで弾き切った。
セッションが終わったときには、息も絶え絶えで、少しくらっとした。
それなのに、楽奈ちゃんは清々しい顔でギターをしまって、片付けを終えていた。
「面白かった、またやろ」
去り際の言葉に俺は何も返せず、ケースのホイールをゴロゴロ転がす音だけが耳に残る。
地面に垂れた汗を拭きとりながら、顔を上げると隣でギターを弾く楽奈ちゃんの姿が目に浮かんだ。
睦とは違う圧倒的な音楽――違う。あの時は睦が俺に合わせてくれたから食らいつけたんだ。
雑巾を握りしめながら奥歯に力が入る。
『私より上手い』初めて睦の演奏を見せたときに楽奈ちゃんが言ってた。
(追いついてきたと思ったら、ただ舞い上がってただけじゃんか)
床を綺麗にして体を起こすと、オーナーが俺の顔をじっと見つめていた。
「良い顔するようになったじゃないか」
どこか満足そうに笑うその顔はとても柔らかかった。
「でも、全然ダメでした……オーナー、俺は睦に追いつけるんですかね」
自分の実力を叩きつけられたようで思わず視線を落とした。
「よく自分の足元を見返すことだね。少なくとも私は結月の弾き方は嫌いじゃない」
肩にポンと手を置くと、オーナーはそれ以上何も言わず、静かにステージの方へ歩き出した
その言葉にもやもやしつつ時計を見ると休憩時間が終わりかけていた。考える暇もなく、急いで次のリハーサルの準備のためにステージに向かう。
―――
(足元を見返すってどういうことだろう)
さっきのことを思い出しながら照明を動かしていたら、曲の入りとズレてしまった。
(やばい!)
とっさにタイミングを合わせ直す。
目立つミスではないけど、オーナーに直接仕込まれてたときのことを思い出すと冷や汗がでる。
(今は目の前の仕事に集中しよう)
そうは言っても気持ちの切り替えなんて上手くいかない。
どうしてもさっきの言葉がよぎって、指が一瞬止まりかけたところを、凛々子さんがフォローしてくれた。
俺はフォローに感謝しつつ一度大きく深呼吸をして、呼吸を整える。
その後は目立ったミスもなく無事にリハーサルを乗り切った。
「結月君が危ういの見るの久しぶりかも」
「すいません……ちょっと考え事していて」
頭を下げて謝ると、「いいのいいの」と笑顔で返してくれた。
「リハーサル中で大きなミスってわけでもないし、すぐに修正したのはさすがだなって思ったくらいだよ」
凛々子さんは少し天井を仰ぐと「私なんてそんなふうに仕事できるまですごい時間かかったからね」と呟いた。
「オーナーに死ぬほどしごかれましたから……思い出すのも恐ろしい」
その光景を見てきたからこそ「アハハ」と凛々子さんは苦笑いをしていた。
仕事もそうだけど、ベースだって同じくらい厳しく鍛えられた。それでも、やっぱり実力不足なのかな……
「足元を見直すって凛々子さんはどういう意味だと思いますか?」
凛々子さんは一瞬難しい顔をすると、すぐに表情を解いて面白そうに俺をつついてきた。
「さてはオーナーになにか言われたね?」
つつく手を離すと、そのまま俺の近くの壁に寄りかかる。
「そうだね~結月君的にはどう思ってるの?」
「基礎のことだと思ったんですけど、基礎練は今もおろそかにしてないし……」
そこで言葉に詰まる。分からないから凛々子さんに聞いてるんだけどな。
俺の様子を見て、凛々子さんは壁から背を離した。
「もう少し悩んでみるのもいいと思うよ。間違えるのは子供の特権だよ~」
軽く言いながら、体をひるがえして手を振ってスタジオから出ていく。
(他人事だと思って軽いんだから……)
――でも、もう少しだけ考えてみようって思えるからいつも不思議だ。
足元……足元かぁ。俺の足元には何があるんだろう。
いつも読んでいただきありがとうございます。
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