二人だけの音 〜重ならない旋律が響くとき〜   作:Tmouris_

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ほんの少し新しい関係が動きだす


小学生編
第1話:話す理由が空だった


登校中、となりを歩く睦ちゃんを横目に、ふと今朝のやり取りを思い出す。

『……またギリギリ』

ふだん不満を口にしないのにあんなことを言うなんて……俺なんかやったっけ?

 

「……友達になれたらいいね」

 

「え、ああ。そうだな。母さんの話抜きで話しかけてくるやつ、なかなかいないし」

 

そんな俺の不安も意に介さず、睦ちゃんの表情はいつも通り。

多分、睦ちゃんなりに応援してくれてるんだろうな。

 

学校について教室に入ると、教室の隅で空をぼーっと眺める高松さんに目が止まった。

 

(睦ちゃんも応援してくれてるし……)

 

詰まった喉を開くように声をかける。

 

「高松さんおはよう」

 

「あ、おっおはよう……」

 

振り向いて挨拶は返してくれたけど、少し視線は逸れてる。

 

頑張って話しかけたのはいいけど……逆に気まずくなっちゃったよ。

昨日会ったばっかりだから、何を話していいか分からないし。

 

(今までは、誰かが勝手に話しかけてきてくれたからな……)

 

そんなことを俺が考えていると、気持ちが切り替わったのか、高松さんはさっきと同じように空を見上げてる。

 

「何か見えるの?」

 

急に話しかけられたせいか、高松さんの肩がびくっと跳ねる。

こっちを向いてくれたけど、視線が泳いで相変わらず目が合わない……

 

「えっと、空って青いなって思って。星、夜は見えるのに昼は見えないから、どこに行ったんだろうって……」

 

慌てながらも、考えてたことを伝えようとしてくれた。

 

言葉にしてくれたのはありがたい。ありがたいんだけど……

――うん。どういうことだろう。昼は太陽が出て、夜は太陽が隠れてるからとかそういう話じゃないっぽいし。

 

「まぁ、星はずっとそこにあるのに、昼には見えないのって不思議ではあるかな?」

 

なんか授業でちょっとだけ宇宙についてやったけど、そこまで詳しく習ったわけじゃないからな……

 

少し考え込みすぎて、高松さんが何か言いたげに俺を見てたのに気が付かなかった。

 

「ごめんごめん。考えこんじゃった。変なこと言っちゃったかも」

 

「その、考えてくれたから……ありがと」

 

高松さんは、胸の前で手を重ねてほんの少しうつむいてる。

 

なんで、お礼を言われたかいまいち分からなかった。

俺は"普通に"高松さんの言ってたことを聞いて、答えただけなのに。

焦って変なこと言っちゃったこと、気にしてたのかな。

 

「俺が聞いたことだし。それに、授業でもなきゃ昼に星が見えない理由なんて考えなかったよ。なんか面白かったかも」

 

下を向いている、高松さんの表情は見えなくて、気付くと俺の呼吸は浅くなっている。

 

***

 

(面白かったなんて言われたの……初めて)

 

いろんな人が私と話してくれた。

でも、誰かと話してるはずなのに、一人で話してるみたいで。

それなのに、若葉君は近くで話してくれてる……気がする。

 

胸の奥が少し暖かい……なんだろうこの感覚。

目が合いそうになって、顔を逸らしちゃった……

 

「流れる雲とか、風に揺れる葉っぱとかって見ちゃうから。俺もぼーっと何かを眺めることよくあるかも」

 

若葉君は、校庭で風に揺られる木を眺めながら肘をついてた。

 

「葉っぱとか、動物好きなの……?」

 

初めて、誰かと会話が出来た気がして、気が付いたら若葉君から目が離せない。

 

「動物は見てると可愛いし、葉っぱとか川とかの動きとかつい――」

 

「動物はどういうのが好きなの? 私はペンギンとか、水族館とかよく行く。葉っぱとか石とか集めたりもするよ。家に集めて……」

 

明るく饒舌な高松さんに呆然としてる俺に気が付いたのか、申し訳なさそうに視線を落としてしまった。

 

「高松さんって面白いね」

 

普段、大人しい睦ちゃんといるせいか、コロコロと表情が変わる高松さんを見て、思わず声を出して笑っちゃった。

 

「……嫌じゃ、なかった?」

 

「むしろ高松さんがよければこれからも仲良くして欲しいな」

 

そう言うと、高松さんは一瞬視線を落として、一呼吸を置いて顔を上げた。

 

「……うん。よろしく」

 

笑顔で返事をくれた高松さんを見て、初めての"友達"ができたんだと思う。

 

この時から、少しずつ会話することが増えていった。

高松さんは星が大好きみたいで、二人で同じ空を眺めながら話すことが日課になった。

 

俺はそこで初めて、家族以外との繋がりの心地良さを知ったのかもしれない。

 

―――

 

「ふぁ~おはよう睦ちゃん」

 

俺が朝ごはんの時間にリビングに降りると、睦ちゃんがこっちを見て固まっていた。

 

「……どうしたの」

 

「今日は高松さんと水族館行こうって約束しててさ。寝坊して待たせるなんてまずいし」

 

「早く起こしたのに」

 

睦ちゃんは、どこか不服そうに朝ごはんの準備に戻った。

休日は、朝ごはんギリギリまで寝かせてくれるんだよな。

でも、いつもは睦ちゃん任せなのに、今日は自分で起きないとって思った……なんでだろう。

 

「まぁまぁ、無事に起きられたんだし。よかったら睦ちゃんも一緒に行く?」

 

「私は、別にいい」

 

さすがにお気楽すぎて睦ちゃんも呆れてるか。

冗談で言ってるって分かってるだろうけど。

 

「兄さんはそういうとこある……」

 

睦ちゃんがボソッと何か言ったことに気付かず、俺は朝ごはんに箸を伸ばした。

 

―――

 

集合場所の水族館についたのはいいけど、高松さんの姿が見当たらない。

「どこにいるんだろう……」と辺りを見回していると、背中から軽く服を引っ張られる。

振り向くと、いつものパーカーではなく、ラベンダーのブラウスとスカートを着た高松さんが、息を整えていた。

 

「ごめん……遅れちゃった。お母さんが服、着替えなさいって」

 

思わず目を奪われて、声が出なかった。

まるで、ドラマに出てくるヒロインみたいで……いや、言い過ぎかもしれないけど。

 

「可愛い……」

 

自分でも、気づかないうちに口からこぼれる。

 

「えっ?」

 

しまった! 心の中で思ったつもりが、口に出てた。

高松さんは一瞬きょとんとしてから、みるみる頬が赤くなって、肩にかけたカバンで顔を隠してしまう。

ちゃんと可愛いとか言われたら、恥ずかしいって思うんだ……

 

「お母さんが……服を選んじゃって」

 

(お母さん、ナイスです……!)

 

って、そんなこと考えてる場合じゃない。

この気まずさを何とかしないと、俺が恥ずかしさに耐えられない!

 

「似合ってる似合ってる! 高松さんって可愛い系の服も似合うんだね」

 

「あっありがと……お母さん、可愛い服好きみたいで。いつも似た服着てると買ってくる……」

 

よし。話の方向が可愛い服に逸らせたぞ。

たしかに、高松さんが可愛らしい服を着てるの、見たことなかったな……

高松さんのお母さんが「チャンスだ!」と思って無理やり着させたんだろうなぁ……

 

「とりあえず、中入ろう。こういうところ久しぶりだから楽しみ」

 

入口を通る時、高松さんの耳はまだほんのり赤みがかっていた。

 

―――

 

俺たちは水中トンネルの中に入って、水の世界を見上げる。

 

「上を見てると本当に海の中にいるみたいだね」

 

「うん……海の中ってこんな感じなのかなって思えて、私は好き」

 

頭の上に水があって、魚が泳いでる。

普通じゃ見られない、不思議な光景に、高松さんはいつもより浮き足立っている。

 

「あっクラゲ」

 

高松さんが指した方を見ると、クラゲがぷかぷかと浮かんでいた。

 

「なんか、空っぽいね。青い空に、白い雲がゆっくり流れてるみたい」

 

高松さんは一瞬俺の方を見て、またじーっとクラゲの方を見つめてる。

 

二人で同じところを見つめていると、教室で一緒に、空の話をしている時のことを思い出して……少しだけ肩の力が抜けた気がする。

 

高松さんは少しして、微笑みながら「うん……」と一言だけ言った。

水の青さに照らされる高松さんから、俺は自然と目で追ってしまう。

ゆっくり歩くその時間は、心地が良くて、トンネルがとても長く感じる。

 

「あれ、まだこんな時間。これなら、ゆっくりペンギン見られるじゃん」

 

トンネルを通りすぎて、時間を確認すると、そんなに長い時間は経ってなかった。

 

「もっと、居たと思ってた……」

 

高松さんは、トンネルの方を振り返って、驚いたように少しだけ口を開けた。

驚いて呆けてるっていうか、感傷に浸ってるように見える。

気の抜けた表情なのに、そう見えるから高松さんって不思議だよな。

 

ペンギンコーナーに着くと、高松さんはすぐにペンギンをじっと見つめてから、

スイスイと泳ぐ姿を目で静かに追っていた。

高松さんって、何かを見る時はすごく集中してる。

好きな物を見てるときは分かるんだけど、その視線の先がどこか分からない時があって、

何を見てるのか俺も探してる時がある。

 

「ペンギンって不思議だよね。他の鳥は飛んでるのにさ、ペンギンは泳ぐんだもん」

 

そう言うと、高松さんは少し不安そうにこっちを見ている。

あ〜俺がペンギン好きじゃないって勘違いさせちゃったかな……

 

「でもさ、そういうのが少しくらい居た方が面白いよね」

 

高松さんはコクコクと頷いて、ペンギンの方に視線を戻した。

その目は、いつもよりもキラキラしているように見えた。

 

ペンギンを眺めながら、高松さんがぼそっと

「もっと、好きになった……かも」と囁いているのが聞こえた。

 

高松さんと一緒にいると、新しいものが見つかって楽しい。

そんな時間を俺は好きになっていたんだと思う。

 

「また、一緒にどっか遊び行こうよ」

 

俺の提案に、一瞬驚いておどおどしてたけど、

「うん……!」と嬉しそうに頷いてくれた。

 

―――

 

「ただいまー。あれ? 今日は祥子さんと遊ぶって言ってなかったっけ」

 

「うん……さっきまで」

 

家に帰ると、睦ちゃんはテーブルの端の方に視線を寄せていた。

椅子から立ち上がると、どこか力なくキッチンへと足を進めて晩ごはんの準備を始めた。

いつもの、テキパキとした感じじゃなくて、食器の扱いとかが粗い気がするけど……気のせいだよな?

 

「睦ちゃん……もしかして怒ってる?」

 

「……怒ってない」

 

少し間があったのが気になるけど……やっぱり気のせいだったかも知れない。

睦ちゃんが怒ってる時って、少しだけ顔に出るし。分かるのなんて、俺とか祥子さんぐらいか……

 

「水族館でお土産買ってきたから、晩ごはんのあとに一緒に食べようよ」

 

睦ちゃんは、一瞬手を止めて、小さく頷いた。

 

なんでだろう……いつも通りの夕食だったはずなのに、その時間が長く感じた。

 

食後に食べた、お土産のクッキーはとても甘くって、

睦ちゃんの紅茶が、ほんの少しだけ渋く感じた。

 

睦ちゃんは自分のカップを片付けると、すぐに自室に戻って行った。

 

朝になると、俺が置いたままにしたカップを洗ってくれてあった。

小言を言われるかと思ったけど……特に何も言われずに、一緒に朝ごはんを食べた。

 

ついでに、その日は学校に着くと、

高松さんから、色々なペンギンの話を聞かされたけど……

本人が楽しそうだったしいっか。

 

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