二人だけの音 〜重ならない旋律が響くとき〜 作:Tmouris_
お昼ご飯を食べて、部屋で休んでいたら、ドアの先からベースの音が聞こえてきた。
ダイニングを少し覗いてみると、結月がカーペットに座って今日も練習を頑張ってる。
そっとダイニングの椅子に座って、様子を眺めながら音を聞く。
(ぎこちないところもある。でも、やっぱり優しくて安心する)
集中してる結月の邪魔をしないように静かにキッチンで紅茶を淹れる。お湯を沸かす音が部屋に響いても、結月は気づかずに練習を続けてた。
再び椅子に腰掛ける。ティーカップを口に運んで、結月の背中を眺める。
『普段と違うことをしてみると、ギャップがあっていいかもしれませんわ!』
学校で祥が思いついた作戦。それを思い出しながらカップを机に置く。
祥は色んな相談に乗ってくれた。結月とどうすれば仲良くなれるのか。距離を縮めるにはどうしたらいいのか。どうすれば喜んでくれるのか。
一緒に考えて、頑張った。多分、前よりも結月と仲良くなれた……と思う。
だけど、祥にも言えてない。誰かに話したら壊れる気がしたから。
結月のことが好き。結月の特別になりたい。
理由なんてない。ただ目的のためにそうしてたのに……いまは理由は分からなくてもそうしたいって思える。
最初は仲良くなればいいだけって思ってた。だけど、仲良くなればなるほど、結月に近づくほど、好きという言葉は出ない。
誰にも言えてない秘密。誰にも言えない秘密。
(結月は私を見てくれる)
お父さんの娘じゃないお母さんの娘じゃない。私を見て優しくしてくれて、笑ってくれるから。それが壊れるのが怖くなってた。
ベースの音が止んで、練習の区切りがついたところで、結月は私のことに気がついた。
「あれ、部屋で休んでると思ってた。声かけてくれればいいのに」
「結月、集中してたから」
私は椅子から立ち上がって、ベースの片づけを始めた結月の隣に座る。
「どうしたの?」
そう聞かれるのを無視して、何も言わずに肩に頭を預ける。
今日もこうやってことばにせず結月のそばにいる。だって……結月は睦ちゃんのこと大好きだから。
横目で表情を見ると、ほんのり顔を赤くしながら「本当にどうしたのさ」と言って、私の頭を優しくなでてくれた。
触れた手は温かくて、嬉しいはずなのに胸の奥がざわつく。
自分の望んでる方向とは別の方に進んでるみたいで……
(結月は私に優しくしてくれてる?)
それとも妹だから?家族だから?――睦ちゃんだから優しくしてくれてるの?
気がつけば結月の目をじっと見つめていた。
「どうし――」
「好き」
言葉を打ち消すように口からこぼれた言葉。
一瞬空気が固まった気がする。結月も唐突なことで言葉に詰まってる。
だけど、すぐにいつもの口調で「俺も睦のこと好きだよ、だって大事な妹だもん。いや~睦もそういうこと言ってくれるんだ」って嬉しそうに笑った。
このままじゃずっと伝わらないまま……そう思うと喉が締め付けられる。呼吸も上手くできてるかも分からない。
「……兄さんとして、じゃない」
絞り出すように口にした一言。
キッチンから水が垂れる音だけが部屋に響き渡って、静寂に包まれる。
***
意味が分からなかった。兄さんとしてじゃなく好きって、どういう……異性として?
「ど、どういうこと?俺たち兄妹なんだからそんな――」
「血は繋がってない」
睦の強気な態度に身体を後ろに引いてしまう。思わず言葉が途切れたけど、すぐに話を続ける。
「なんで俺なのさ?ほら、ほかにも魅力的な人っていると思うし」
早口になっておでこからは変な汗がにじむ。
「……分からない。私は睦ちゃんじゃないから」
顔を下ろしてそう呟くと、すぐに顔を上げて真剣なまなざしで俺を見つめてくる。
「でも、私は結月の特別になりたい」
分からないって……え?睦ちゃんじゃない?聞き間違いじゃないよね?
「だから、結月のことが好き」
思考が止まる。睦の告白に驚きながらも、俺は答えるでも考えるでもなく、ただ睦の言っていることを聞くことしかできなかった。
「睦ちゃんじゃないってどういうこと?」
震える声で自分の疑問を声に出した。会話になんてなってない。でも、それくらいしか俺には言う事ができなかった。
それでも、俺の質問に睦はしばらく目を閉じると、ゆっくりと瞼を上げて口を開く。
「私は睦ちゃんじゃない。名前のない役の中の一つ」
色々なものに視線を吸われる。睦にだけは視線が合わせられなくって、頭の中はぐちゃぐちゃになって、睦の言葉が入り混じる。
「『多重人格』なら結月も分かる」
ぼそっと聞こえたその単語だけがすんなりと耳の中に入った。
受け入れるしかなかったからなのか、そうとしか理解できなかったのか。不思議と俺の頭の中は落ち着いていく。
「じゃあ、睦は……いまの睦はいったい誰なの……」
「言った通り。私は名前もない役の一人」
淡々と聞こえて、彼女の声は震えていた。
「いつから――いつから睦ちゃんじゃなかったの?」
「卒業式の夜」
まるで意識が遠のいていくように音が消えて、小学生の時の約束を思い出す。
(二人で一緒に弾くって約束……果たせてないじゃん)
両手を床について、頭も上げられない。
すると、かすれるようないまにも消えそうな声が隣から聞こえてくる。
「嫌いに、なった……?――いや、それは、だめ……おにい、ちゃん」
すがるような声を背に、気がつけば俺は家を飛び出していた。
今回は前後編別れてのお話になります。