二人だけの音 〜重ならない旋律が響くとき〜   作:Tmouris_

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何をどう受け止めるのか。
結月の気持ちが試されます。


第21話後編:紬

結局、足を運んだ先は母さんが帰ってきている家だった。

 

無気力に玄関の鍵を開けて、母さんの部屋の前まで進んで立ち止まる。

ドアノブに手をかけて、何も言わずにそのままドアを開けると、母さんがこっちを振り返った。

 

「ちょっと、ノックくらい……って結月じゃない」

 

机から体を逸らして俺の方を向く。

 

「どうしたの?」

 

声をかけてくれたのに、俺の耳にはなにも届かなかった。視線は床に向いたまま。

 

「睦はいるよね」

 

こぼれるように口にしていた。

 

少しの間があった。短い時間なのに、すごく長く感じて、心臓の音が頭に響くみたいだった。

 

「睦ちゃんはいるわよ……ただ、中身がないだけ」

 

やっぱり、俺には母さんたちのいうことがよく分からない。ただ、胸を握られるように苦しくて、呼吸が浅くなっていく。

 

どうにか顔を上げると、母さんはどこか悲しそうな顔でため息をつく。

落胆じゃなくて、荷が重そう……そんなため息。

 

「結月にも分かるように話してあげないとね。睦ちゃんのこと」

 

台本を手にしたまま、目の前まで歩み寄ってきた。

 

「睦ちゃんはね、演技で生きてるのよ。生きるために演じてるのか、演じるために生きてるのかも分からない。どこからが演技でどこからが睦なのかも私には分からないの

 

その話を聞いて『私は名前もない役の一人』という言葉が脳裏をよぎった。

 

理解はできないけど、胸の奥がざわつく。

 

「多重人格って……」

 

彼女が言っていた、唯一まともに聞き取れた言葉。

 

「それ、睦ちゃんが言ったの?言い得て妙だけど、それすら演技だとしたら?多重人格を演じる睦だったら?」

 

押し黙っていると、母さんは俺のことをそっと抱き寄せた。

 

「パパに言っても、お医者さんに相談しても、返ってくるのは「むらっけのある女の子」ってだけ。だけどね、私には分かるの、あれは――演技の化け物」

 

言い返そうとしても、何も言い返せない。

 

「一挙手一投足に演技が混じってる。誰かに教えられたわけでもないのに」

 

演技……睦ちゃんも、彼女も演技?じゃあ、俺に優しくしてくれたのは?笑ってくれたのは?全部演技だったの?

 

母さんの胸に顔をうずめると、頭に温かい手の感触が伝わってきた。

 

「今日は泊まっていきなさい」

 

目頭が熱い。

ふらふらと昔の自室に戻ってベッドに倒れ込む。

 

追いつかない感情が一気にあふれてきて、声を上げて涙を流した。

 

―――

 

スマホの通知音で目が覚める。メッセージを確認しようとしても、瞼が重い。

布団に入ったまま画面を開くと、燈ちゃんから『勉強会する?』とメッセージが届いていた。

 

正直、行く気にはならない。でも、まだ家には帰りたくはなかったし、何かをして気を紛らわせたかった。

 

『今から準備するよ』と返信して、体を起こす。

 

着替えをしながら、ふと小学生の時のことを思い出す。

 

『遅刻する』

 

そう言って、毎日俺を起こしてくれて、支度をしてくれた睦ちゃんといまの彼女は別人なのかな。

 

家を出ようとリビングに行くと、母さんの荷物はもう置いてなくて誰も家にはいなかった。

 

玄関を開けて、駅に向かうまでの道。何度も睦ちゃんと歩いた通学路。

 

燈ちゃんの家についてインターホンを押すと、がちゃっと鍵の開く音がして、燈ちゃんがちらりと顔を出した。

 

俺の顔を見ると、チェーンロックを外して「いらっしゃい」とスリッパを並べてくれる。

 

部屋に入ってカーペットに座ろうとしたとき、自分が勉強道具なんて持ってきてないことを思い出す。

 

「あー、うっかりしてた!勉強会に勉強道具忘れるなんて」

 

慌てて言い訳をすると、燈ちゃんはほんの少し首をかしげて、俺の目をじっと見つめていた。

 

***

 

今日の結月君は温かいのに……目が離せなくて。手を伸ばしそうになって。なんでか、わからない……でも、雲がかかってるみたい。

 

両手を胸に当てて、俯いて視線を机に落とす。

 

何も言えなくて、結月君も何も言わなくて、いつもなら、こんな時間もいいなって、思えるのに……胸がきゅっとする。

 

どのくらい経ったか分からない。けど、結月君がこぼれるような声で呟いた。

 

「燈ちゃんはさ、もしも俺が多重人格って言い出したらどうするかな」

 

……多重人格ってよく知らない。なんて答えればいいのかもわからない。

だけど、こういうとき結月君なら――

 

「そう、なの?」

 

きっと、こう答えると思った。

 

「違う違う。もしも、もしもの話!」

 

慌てて首と手を横に振る姿が不思議といつもみたいに感じて、安心する。

 

ノートをなぞるように撫でながら、小さく口を開く。

 

「そばに、いたと思う。嫌なことされたら、逃げちゃう、けど……でも、結月君だから。きっと優しいと思うから。だから、やっぱり……一緒、一緒に空、見てたと、思う」

 

座ったまま窓の外を見た。さっきまで陰ってた雲は晴れて、太陽が顔を出す。

 

「そっか、そうだよね。俺は俺。燈ちゃんは燈ちゃんだもんね」

 

呟く声が聞こえると、結月君は勢いよく立ち上がって、手を合わせて頭を下げる。

 

「ごめん!やっぱり用事があったの思い出したから帰らないと」

 

玄関に送る暇もなく、すぐさま家から出て行っちゃった。

 

(残念なはずなのに、寂しいはずなのに……)

 

どうしてだろう、結月君らしくていいなって思えたのは。

 

***

 

(何考えてたんだ俺は!)

 

家に全力で帰りながら、彼女の震えた声を思い出す。

 

演技とか、役とか、難しいことはまだ分かんない。

 

(でも、俺を家族として受け入れてくれたのも、優しくしてくれたのも、面倒を見てくれたのも、二人暮らしをしたのも、セッションをしたのだって全部睦じゃんか)

 

人格とか演技とか関係ない。そうしてくれたのは睦だ。

彼女が別の何かだとしても、俺と睦を繋ぎとめてくれてるのには変わらない。俺と一緒に過ごしてたのは変わらない。

 

(怖かったに決まってる。俺だったらとてもじゃないけど言えない)

 

だけど、彼女は俺に話してくれた。嫌われるかもしれない、一緒にいられないかもしれないのに。

 

本気だったんだと思う。本当は演技なのかもしれないけど、本気に見えた。だったら兄妹の俺が信じなくてどうするんだ。

 

―――

 

家に帰ると、出て行ったときの様子から何も変わっていなかった。机の上には冷たくなった紅茶が置いたままだ。

 

睦の部屋をノックしたけど、声は何も返ってこない。

 

「入るよ」

 

ドアに鍵はかかってなくて、そのまま中に入る。

 

睦はベッドの中にこもって顔を隠していた。

 

「ただいま。帰ってくるの遅くなっちゃった」

 

やっぱり、何も返ってこない。

 

気まずくなって視線を下に落としてしまうが、すぐに顔を上げる。

 

「名前がないって言ってたよね。だったら、俺が名前をつけてあげる」

 

少し声がうわずったけど、布団の方からごそっと音が聞こえた。

 

(と言っても、名前か。睦……むつみ)

 

「紬とかどう?かわいいと思うし、結構自信あるんだけど」

 

そう言うと、彼女は布団をゆっくりとめくって体を起こした。そして、そのままこっちを振り向く。

 

「どうして?」

 

「昨日言ってたじゃん?『名前もない役の一つ』って。だから名前を考えて――」

 

「そうじゃない」

 

彼女の真剣なまなざしに、一瞬口を閉じて……それでも変わらず話しを続ける。

 

「君も睦なんでしょ?演技とか役とか結局よくわからないし、俺には君も睦に見えるけど……大事な妹には変わらないよ」

 

彼女は布団をぎゅっと握りしめて視線を落とす。

 

「でも、兄さんだって思ってない」

 

「それは……」

 

思わず視線を逸らす。睦のことは好きだけど、それは恋愛とは違う気がする。

 

黙りこくっていると、彼女はベッドから降りる。

 

「だから、睦ちゃんとしてじゃなくて……紬として、結月を振り向かせる」

 

呆然とする俺の横をそのまま通り過ぎてゆく。

すると、キッチンのほうからカチャカチャと食器が当たる音が聞こえてきた。

 

 

遅れてあとを追うと、机の上は片付けられていて、紬がキッチンに立って紅茶を淹れる準備をしている。

 

「座ってまってて」

 

俺はおとなしく椅子に座って、キッチンで作業をする紬の姿を眺めていた。

今までと変わらずに、手際よく紅茶を淹れて、俺の前にそっとティーカップを置いた。

紬は俺の隣に座ると、紅茶をそっと口に運んだ。

 

「お手柔らかにお願いします……紬」

 

ポリポリと頬をかきながら冗談めかしに言いながら紅茶を飲むと、紬は少しだけ微笑んだ。

 

「……ダメ」

 

俺の提案は一言でばっさりと拒否された。

 

 

 




前後編お付き合いいただきありがとうございます!
1番書きたかった部分だったのですごく書ききった感があります。
次の話の投稿はきっと遅くなるでしょう……

お気に入り、感想、評価ありがとうございました。
これを励みに頑張ろうと思います。
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