二人だけの音 〜重ならない旋律が響くとき〜   作:Tmouris_

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踏み入っていいか分からないものがある。
結月がその一歩を踏み出す……そんなお話です。


CRYCHIC
第22話:平穏の中に


休日の朝、いつも通り紬と朝ごはんを食べる。

といっても、前までは向かい合って座ってたのに、隣に座ってる。しかも、日に日に距離が近くなって、紅茶を飲むときも隣に座ってくるし、最近はなにかとそばにいる気がする。

前なんて、一緒に寝ようと部屋に入ってきて……あれはさすがに驚いたな。

 

そんなことを思い出しながら食べていたせいか「結月、ほっぺについてる」と頬を触られた。

 

「あぁ、ごめんぼーっとしてて……」

 

横を見ると、紬が指先についたごはんをぺろっとなめとる。

 

驚いて思わず目を逸らす。

よくドラマとかアニメとかで見るけど、実際に自分がやられると恥ずかしい。

 

「さすがにやり過ぎじゃない?」

 

紬は俺のこと異性として見てきてるからこそ、俺がしっかり兄妹として線引きをしっかりとしないと……

 

少し顔がひきつったけど、紬は表情も変えずに「意識した?」と首をかしげる。

 

「変わらず大事な妹です~」

 

頭を軽くぽんぽん撫でる。

 

ここ最近、ずっとこんなやりとりを繰り返してる気がする。

嫌ではないけど、やっぱり恥ずかしいし、妹と自分に言い聞かせても『血は繋がってない』って言っていた紬の言葉をたまに思い出す。

 

「そっか」

 

指先をティッシュで拭き取ると、紬は食器をまとめてキッチンで片付けを始める。

 

キッチンに立つ姿を見て、俺はずっと疑問に思っていたことを口にする。

 

「紬ちゃんは俺と恋人になるための役って言ってたけど、睦ちゃんはどういう役なの?」

 

すると、食器がカチャカチャとこすれる音が消えて、水道が流れる音だけが部屋に残る。

 

(やっぱり、聞くのはまずかったかな……)

 

誤魔化そうと言葉を探していたら、余計に混乱してきた。

 

「あ、えーと。その、ごめん」

 

慰めればいいのか、黙ったままの方がいいのか……でも、俺は知りたかった。

今目の前にいるのが紬だとしても、睦ちゃんもたしかに一緒にいたんだから。

 

俺が椅子から立ち上がって、あたふたと慌てていると、紬がゆっくりと口を開いた。

 

「睦ちゃんはね、みんなの睦ちゃん。お人形さんみたいに可愛くて、芸能人の娘としての役だった」

 

いつもの昂揚感のない声なのに『だった』という言葉が少しだけ引っ掛かる。

 

「だったってことは……そうじゃなくなったの?」

 

紬は静かに頷く。

 

「そう。ギターと出会って、結月と出会った。ただの役の一人だった睦ちゃんが、睦ちゃんのものに二つも」

 

キッチンから再び食器を洗う手を動かし始めて、紬はそのまま話を続ける。

 

「私たちはどんどん消えて、睦ちゃんでいる時間も長くなった」

 

いまいち理解できないところもあるけど、これが母さんが言われたむらっけの正体だったのかな。

 

「結月、睦ちゃんがいなくなって寂しい?」

 

いつの間にか片付けを終えて、隣に座った紬は、俺の肩に頭を預けた。

 

「そりゃ寂しいよ」

 

素直に寂しい。紬も優しいし大事な妹だけど、まだ小さくて辛かったあの時に、不器用でも俺に優しくしようとしてくれて、そばにいてくれたのは睦ちゃんだったから。

 

小学生の時もずっと一緒にいたんだから寂しいに決まってる。でも――

 

「紬がいなくなるのも寂しいから……どうしたらいいのか俺にも分からないや」

 

大事な人がいなくなるのは寂しい。だから、いつかは聞かなきゃいけないと思っていた。

 

「なんで、睦ちゃんはいなくなったの?」

 

すると、紬は俺から距離をとって唇を噛みながら視線を落とし「ごめんなさい」とぽつりと謝った。

 

俯く紬を見て、喉がきゅっとしまる。手を伸ばそうとしたときに、ポケットのスマホが震える。

 

(こんなときに誰が――)

 

画面をちらりと見ると、そこには母さんからの信じられない文章が表示されていた。

 

『祥子ちゃんのお母さまが亡くなられたらしいわ』

 

全身から力が抜けて、スマホが手から落ちた。音が消えて、意識が遠のいていくように感じる。

 

『あなたが結月君?祥子と仲良くしてあげてね。睦ちゃんも素敵なお兄ちゃんができて良かったわね』

 

初めて会ったときに、あの人も俺の頭をそっと撫でてくれたのを今でも覚えてる。

 

若葉家に受け入れてもらったばかりの俺を、あの人は何も気にせずに睦ちゃんの兄として、祥子ちゃんの友達として迎え入れてくれたんだ。

 

スマホが落ちた大きな音を聞いて、紬は俺の顔を見ると、床に落ちたスマホをそっと拾い上げて画面を見る。

 

「……え?」

 

紬の声が静かに部屋に響き渡る。

 

どれくらいそうしていたかは分からない。

時計が動く音だけが頭に入ってきて、頭がぼーっとする。

 

最初に会ったあとだって、そのたびに本当に良くしてもらった。睦の件もあったし、優しくて温かい――こんな大人になれたらいいなって思えるような、そんな人だった。

 

(そうだ、紬はお仕事のことでお世話になってただろうし、俺よりもショックを受けてるはずだ……しっかりしないと)

 

気を取り直して、声をかけようとしたら、紬はスマホを勢いよく俺に押し付けて、顔も見ずに振り返った。

 

「きっと、祥はもっと辛い。一緒に、いてあげないと」

 

そう言って、自室のドアノブに手をかけると、少しだけこちらを振り向いた。

 

「だから……またね、結月。大好きだよ」

 

俺が声をかけても、それを振り切るように、紬は部屋の中に閉じこもってしまった。

 

ソファーに一人で座り込んで天井を眺める。

 

頭の中がぐちゃぐちゃだ。祥子ちゃんのお母さんが亡くなって……紬は何も言わずに部屋に閉じこもっちゃって。

 

ただ『またね』の震えた声が忘れられなくて、胸の奥が少しだけ苦しかった

 

***

 

(……悲しい)

 

祥のお母さんは優しい人だった。いっぱい助けてもらった。

卒業式のあの日だって、私を助けてくれたのは祥のお母さんだった。

 

でも、今は私よりも。

 

(祥が心配)

 

祥の家族は仲良しで、すごく寂しいと思う。

お母さんのこと祥は本当に大好きだったから……いつも、お母さんからもらった人形を大事そうに抱えてた。

 

祥は大切な友達。私たちのことを助けてくれた、私たちにとっての最初の味方。

力になりたい。だけど、きっと傷ついてる祥より結月を優先しちゃう。

 

都合のいいことだっていうのはわかってる。大事なものを勝手に奪って、大事なところに居座って……

 

(全部は返してあげられない)

 

それでも、私たちにとって祥は大事な友達。

だからお願い。祥のそばにいてあげて――睦ちゃん。

 




ここまで読んでくださりありがとうございます。
たくさんの方に読んでいただいてとても嬉しいです。
次の話も頑張りたいと思います。
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