二人だけの音 〜重ならない旋律が響くとき〜 作:Tmouris_
(祥、ずっと元気ない)
お母さんが亡くなってから、前みたいに笑うこともなくて、ずっと無理してる。
音楽祭に祥を誘いに行く途中の廊下で、先輩たちがライブをやるというポスターが目に入る。
(……バンド)
月ノ森の音楽祭で初めてやるって噂になってて、私も知ってた。
祥は私のギター好きって言ってたから、少しは元気になるかな。
教室に戻って、祥の方を見ると、心ここにあらずに見える。
「祥、音楽祭で先輩たちがバンドやるって」
声をかけると、さっきまで固まっていた表情が動いて、私の方を振り返って笑顔を作った。
「バンドですか?噂ではお聞きしていましたが、本当にやるんですのね」
興味があるように振る舞ってくれてはいるけど、前みたいに自然じゃない。
「そろそろ時間」
祥は時計をちらりと見ると、立ち上がって私の隣に並ぶ。
「それでは参りましょうか」
私たちがついた頃には講堂はすでにたくさんの人で埋まって賑わってた。
「先輩方のライブ楽しみですわね」
……また、この笑顔。
そう思ったときに、幕が上がって、先輩たちのバンド【Morfonica】のライブが始まる。
音が講堂に響いて、歓声が沸いた。
……ライブ。テレビでは何回も見たことあるけど、こうやって聞くのは初めて。
胸のあたりがソワソワして、気がつけば自分のギターのことを考えてた。
もう一度壇上に視線を向けて、演奏を聞く。
Morfonicaの人たちはみんな上手で、ボーカルのましろ先輩の声は不思議と惹かれるものがあった。
横目で隣を見ると、キラキラした目で祥がMorfonicaのライブを眺めている。
スカートを指先でぎゅっと握りしめて、最近見ることがなかった、自然な昔の目で。
―――
祥に手を引かれて、講堂から出て、教室に向かう。
何も言わないけど、その足はいつもよりも早くて、今にも駆け出してしまいそうだった。
「睦、バンドをやりましょう!」
教室に戻って椅子に座ると、祥が体を乗り出して言い寄ってきた。
「Morfonicaさんの演奏とても素晴らしくて……わたくしもあのようなライブをしてみたいですわ」
胸の前で手を合わせて、祥はさっきのライブを思い出すように目をつぶって顔を上げる。
「わたくしがキーボード、睦がギター。メンバーを集めなくてはなりませんわね」
楽しそうにバンドの話をする姿に、私は思わず口元が緩んだ。
元気な笑顔が見られて嬉しかったから。
「兄さんがベース弾ける」
久しぶりに兄さんのベースを聞いたけど、すごく上手くなってた。音程を外すこともないし、がたがたしてた部分も安定してた。
「それは素敵ですわ!結月さんと睦と演奏出来たら楽しいに決まっています」
そう言うと、私の手を取った。
「他のメンバーには心当たりがあります。なので、結月さんのことは睦に任せても大丈夫?」
少しだけ答えるのに時間がかかった気がする。
兄さんと……バンド。
紬はいっぱい弾いてたけど、私はまだ一緒に弾いたことがない。弾きたい気持ちはあるはずなのに……前に『一緒に弾かない?』って誘われた時は断った。
――でも、兄さんともギター弾きたい。
「分かった」
握られた手にちょっとだけ力が入って、私は首を縦に振った。
***
晩ごはんも食べ終わって、ソファで一休みしていたら、睦ちゃんが隣にぽつんと座った。
その姿に一瞬だけ紬の影が重なって、胸の奥がぎゅっと締め付けられるようだった。
「兄さん、バンドやろう」
「……バンド?」
突然の誘いに「俺と睦ちゃんで?」と交互に指をさして確認すると、睦ちゃんはこくりとうなずく。
「祥がメンバー探してる」
それを聞いて、少しだけ肩が下がって、返事が一拍遅れる。
「そっか、祥子ちゃんも元気が出てきたんだね」
それは素直に嬉しかった。前に見たときは生気が抜けてるというか、ずっと上の空な感じがしたから。
睦ちゃんは視線をわずかに下に向けて静かに口を開いた。
「私も、兄さんとバンドしたい――約束、したから」
目頭が熱くなるのが分かる。でも、ここで泣いちゃいけない気がして、俺は必死に我慢する。
「俺もだよ」
自分に言い聞かせるように笑う。
「……うん」
睦ちゃんは微笑みながら、手元のギターケースをなぞるように撫でる。
俺はその仕草に一瞬目を奪われて、誤魔化すように会話を続ける。
「メンバーはどうやって集めるの?」
参加するのはいいけど、祥子ちゃんの交友関係はあまり詳しく知らない。最悪RiNGで募集をかけてもいいけど。
「当てがあるって」
さすがの行動力だなと思いつつ、前までの活発的な祥子ちゃんのことを思い出して安心する。
(バンドか。スタッフとしてはたくさんのバンドを見てきたけど、自分がやるなんて思わなかったな)
睦ちゃんとセッションしたい、追いつきたいって気持ちで頑張って練習してきたけど、一緒にバンドをするなんて。
spaceがなくなって、CiRCLEやRiNGができて……新しい場所って祥子ちゃんみたいな人がこうやって作っていくのかな。
そんなことを考えながら紅茶を口に運ぶと、俺と睦ちゃんのスマホがほとんど同時に振動した。
メッセージを確認すると、燈ちゃんから『バンドに誘われた』と一言。
……燈ちゃんが、バンド?
もしかして、俺がベースを弾いたりしてたから興味を持ってくれたのかな。楽器は何やるんだろ。もしかして、ボーカルだったり。
『俺もバンド始めるよ』と返そうとしたとき、睦ちゃんが俺の方をぽんぽんと叩いた。
そして、少しだけ視線を泳がせる。
「ボーカルとベース見つかったって」
……もしかして。
『バンドに誘ってくれたのって、豊川祥子って子だったりする?』
すぐに既読の文字がついて、案の定予想した通りのメッセージが返ってくる。
『すごい、なんで分かったの?』
俺は思わず声を出して笑った。こんな偶然があるんだ。
睦ちゃんと燈ちゃんとバンドができる日が来るなんて思わなかった。
『俺もそのバンド参加するからだよ』
そう返して、スマホを一旦閉じる。
「睦ちゃん。その二人のうちのどっちか燈ちゃんだよ」
睦ちゃんはこくりとうなずく。
「ボーカルだって祥が」
ボーカル……今更だけど、燈ちゃんって人前で歌えるのかな。
小学校の音楽の時間は、声が小さいってよく先生に言われてた記憶しかないんだけど。
(それに、ベース見つけたって言ってたけどツインベース?)
ギターが睦ちゃんで、ベースが俺ともう一人の子。ボーカルが燈ちゃんで、祥子ちゃんはキーボードだと思うし。
「じゃあ、その五人でやっていくのかな」
小さくつぶやいたつもりが、テンションが上がってたのか睦ちゃんにも聞こえていたらしい。
「あと一人ドラムの子も誘う予定だって」
ツインベースに六人構成……PA泣かせの難しい構成になるけど大丈夫かな。
祥子ちゃんのことだから考えなしってことはないだろうけど。
まぁ、それはその時になれば分かることだし、いまは難しいことを考えるのはやめよう。
「睦ちゃん、楽しいバンドになるといいね」
睦ちゃんは何も言わずに微笑みながら静かにうなずいた。
***
(祥子ちゃんに睦ちゃん……結月君とバンド)
誘われたときは不安だった。断ろうかなとも思ったけど、祥子ちゃんはすごく温かくて。
ノートを見て、受け止めてくれた。それが嬉しかった。
(にんげんになりたいうた……)
祥子ちゃんが弾いてくれた私の言葉。
動物園で結月君に歩き方を教えてもらったのに、どこに歩いて行ったらいいかやっぱり分からなくて。
結月君にも言えてなかった言葉。
バンドって聞いて、結月君のことが思い浮かんだけど、祥子ちゃんとバンドしてみたかった。
……何をするかはまだ分からないけど。
(でも、結月君ともバンドできるんだ)
そう考えたら、胸の奥がなぜかポカポカして、口元が緩む。
私も結月君みたいに優しい音、出せると良いな。
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リアルが忙しくなるため次話以降の投稿が不安定になると思うのでよろしくお願いします。