二人だけの音 〜重ならない旋律が響くとき〜   作:Tmouris_

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何も聞かされていない燈はどのような反応をするのでしょうか


第26話:私には出来ない

「予約は俺の名前で取っておいたおいたから。従業員割と学割で割安だよ」

 

それを聞いた、祥子ちゃんと睦ちゃん、燈ちゃん以外の二人が首をかしげるのを見て、俺はハッとする。

 

「結月って中学生だよね」

 

言い訳をする前に立希ちゃんに痛いところをつかれる。

 

「あー、ここの従業員さんとは昔からの付き合いでさ、ベース練習するときとかに安くしてもらってるんだ。ね、睦」

 

睦ちゃんのほうに視線を向けると、何も言わずにこくりとうなずいてくれて、立希ちゃんもそよさんも納得している様子だった。

 

スタジオに向かう途中で、ノートをぎゅっと抱きしめている燈ちゃんに並んで声をかける。

 

「燈ちゃんはライブハウスとか来るの初めてだもんね」

 

「え、あ。うん……初めて。でも、結月君に聞いてたから、来てみたいなって、思ってた」

 

肩の力が少しだけ抜けて、表情もさっきよりやわらかくなった気がする。

 

「俺も初めて来たときは緊張したよ」

 

まぁ、俺の場合はライブハウスに遊びに行ったわけじゃなかったけど……

 

「結月君も、緊張したんだ」

 

なぜか燈ちゃんは嬉しそうにほんのりと微笑んだ。

 

「どうせ初練習なんだし、楽しもうよ。頑張ってね」

 

中心に立って歌うボーカルはみんなから見られるし、自分の声を直接届けるから、よく燈ちゃんも受け入れたな。

 

***

 

スタジオに入ると、見たことのない光景が広がってた。ガラスが一面に張られていて、私たちの姿が映りこむ。

 

「さあ、燈はこっちですわ」

 

祥子ちゃんに手を引かれるがままに、私はみんなの中心に立たされた。

 

「えと、なんでここ……」

 

そう聞くと、不思議そうな顔をしながら首を傾げた。

 

「だって、燈はボーカルですもの」

 

ボーカル?私が?

 

「私が……歌うの?」

 

体が固まって動かない。

それなのに、結月君のベースの音が聞こえて、渡されたマイクを握ってノートを見る。

 

「あ……え…」

 

頑張って口を開いても、声なんて出てこなくて。視界がぼやけるみたいに歪む。

 

「歌なんて……歌えない!」

 

マイクを掴む力が強くなって、手に汗が滲む。

 

「ごめん。みんな音合わせしてて」

 

つぶった瞼から力が抜けて目を開くと、結月君が心配そうな顔で私のことを見ていた。

 

「やっぱり……燈ちゃんがボーカルって驚きはしたけど、祥子ちゃん何も言ってなかったんだね」

 

私は俯きながら首を縦にふった。

 

「人の前で歌うのは……」

 

怖い。

自分のことを見られてるみたいで。私の言葉を聞かれてるみたいで――周りからずれてるって見られるのが怖い。

 

「そっか……あとでみんなに話してみよ」

 

練習が終わるまで、端っこに座り込んで、結月君は私の背中をずっとさすってくれた。

その手はすごく温かいのに、胸の奥がきゅっと苦しかった。

 

***

 

「本当に燈にボーカルやらせるの?ボーカルってバンドの顔でしょ?」

 

「ちょっと立希ちゃん」

 

毎回立希ちゃんは痛いところをついてくるな……正論だからなんとも言えないんだけど。

 

「祥子ちゃん、俺も心配だよ」

 

歌えるようになるかもしれないけど、無理させるのは違う気がする。

 

「いえ……わたくしはボーカルは燈がやるべきだと思いますわ」

 

俺たちの意見に祥子ちゃんは首を横にふった。

 

気持ちは分かる。俺もあの詩は燈ちゃんが歌うべきだと思ってる。

だって、燈ちゃんの詩は心の叫びだから。

 

「……と言ってもなぁ」

 

当の本人は顔を下に向けてずっと俯いてるし。

 

「今日は初日なんだし、しかたないよー」

 

場を和ませようと、そよさんも気を使ってくれてる。

 

「そよさんの言う通り、初めてやるんだからうまくいかないこともあるって。立希ちゃんもそうじゃない?」

 

便乗してそういうと、立希ちゃんはキっと俺の方を睨んできた。

 

「あのさ、なんでそよはさんで私はちゃん付けなわけ?」

 

なんでと言われてもな……そよさんはそよさんって感じだし、立希ちゃんは立希ちゃんって感じだし。

 

「兄さん、家では私のことを睦ちゃんって呼ぶ」

 

場の空気が一瞬だけ凍った気がする。立希ちゃんなんて「うわぁ」って言いそうな目で俺のことを見ている。

 

「俺のことはどうでもいいでしょ!今は燈ちゃんのこと」

 

燈ちゃんはノートを抱え込むように椅子に座って、話しにもすっかり置いてきぼりだ。

だけど、祥子ちゃんが寄り添うように話しかけて、この日はとりあえず解散になった。

 

***

 

私は歩道橋で足を止めて、夜でライトに照らされる道を眺める。

 

「なんで、わたし、なの」

 

祥子ちゃんは風に揺られる髪をよけて、それでも私の目をじっと見つめてくる。

 

「あなたが書いた歌詞ですもの本人が歌った方がいいに決まっていますわ。燈の歌詞は心の叫びですもの」

 

そういうと大きく息を吸い込んで、祥子ちゃんは体を歩道橋に乗り出した。

 

「人間に!なりたいですわーーー!!」

 

突然、歩道橋の向こうに向かって叫ぶ声に体が少しだけ縮こまる。

だけど、なんでだろう。私も足を止めて、祥子ちゃんから目が離せなかった。

 

「あ、え。祥子ちゃん!?」

 

大きな声で叫んでから、祥子ちゃんは私のほうを見る。

 

「ほら、燈も。ここなら誰にも聞かれませんわよ」

 

いつもなら、声を出すことも出来ないのに……でも、自然と体は乗り出した。

 

独りなら出来なかった。祥子ちゃんがズレてる私の横に立ってくれたからだと思う。

ずっと独りぼっちで、傍には結月君が居てくれた。だけど、一緒にいるだけで隣に立つことは出来なくて。

結月君はいつも私の先で待っていてくれた。

 

だけど、祥子ちゃんは隣に一緒にズレて来てくれたみたいで……

 

空を見上げて、手すりを掴む力が強くなる。

一回大きく息を吸って、今まで出したことのない声が歩道橋に響いた。

 

「出来るかなんて、私には分からない……でも!にんげんになりたい!」

 

カバンからノートを取り出して、最後まで私の言葉で歌うことが出来た。

 

***

 

「燈ちゃん大丈夫かな」

 

睦ちゃんと一緒に、紅茶を飲みながら、今日あったことを思い出す。

 

歌えてなかったけど、燈ちゃんは歌おうとしてた。それだけは横からでもしっかりと見えた。

 

「……祥が一緒だから」

 

睦ちゃんは手に持ったカップをテーブルにおいて呟いた。

 

「兄さんは楽しかった?」

 

楽しかった、か。きっと楽しかったんだとは思う。新鮮なことばかりだったし、笑えることもいっぱいあった。

 

「楽しかったけど、睦ちゃんのおかげで立希ちゃんにすごい目で見られたけどね!」

 

俺が訴えると、睦ちゃんは首を傾げて俺のことをじっと見つめてくる。

 

「睦ちゃんは睦ちゃん。紬は紬。だから二人の時は睦ちゃんって呼んでるの」

 

外では睦呼びだったし、人前では睦って呼ぶようにしてるけど……まさかそれであんな恥ずかしい思いをするなんて思わなかった。

 

睦ちゃんは静かに下を向いて、紅茶に映った自分の顔を眺めているようにも見えた。

 

 

 




今回からプロット無しで書かせていただいています。
荒くなっている部分が目立つかもしれませんがよろしくお願いします。
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