二人だけの音 〜重ならない旋律が響くとき〜   作:Tmouris_

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前に前に進んできた結月達に待つのは一体何なんでしょうか。


第30話:これから(前編)

「燈最高だったよ!」

 

控え室で立希ちゃんが燈ちゃんの肩をがっしりと掴んで、力強くそう言った。

 

「CRYCHICのこと呟いてくれてる人結構いるね」

 

みんなでワイワイとライブのことをエゴサしていると、燈ちゃんの表情が曇る。

 

「ボーカル、必死すぎ……」

 

「はぁ!?こいつなんにもわかってない。ブロックしてやる」

 

立希ちゃんはガチギレしてるし、そよさんはそれを慰めるように笑顔のままミュートボタンをタップしていた。

 

「俺は燈ちゃんの全力!って感じ好きだけどなぁ。ね、睦」

 

隣にいる睦に話をふると、こくりと首を縦に振った。

 

燈ちゃんも少しだけほっとした顔をしてるけど、さすがにまだ落ち込んでる様子だった。

 

(俺とか睦ちゃんは知ってる世界だけど、普通に生活してたらSNSとかで直接攻撃的なこと言われる機会ってないもんな……)

 

もう少し励まそうとした時に、スマホを見ていた祥子ちゃんの表情が一瞬で凍りついたのを俺は見逃さなかった。

 

そして……俺にはその表情の意味がある程度理解できた。

 

『祥子のことよろしく、頼むよ』

 

よりにもよってライブ当日に。せめてこんな日くらいは祥子ちゃんに幸せであって欲しかった。

 

「申し訳ありません。急用ができてしまったので、お先に失礼しますわ」

 

焦ったように荷物をまとめると、祥子ちゃんは控え室のドアを閉めるのも忘れて飛び出して行った。

 

「そういえば、俺たちも用事があるからライブが終わったら早めに帰らないといけないんだった」

 

睦ちゃんの手を掴んで椅子から立ち上がって、睦ちゃんにギターケースを手渡す。

 

「結月君、用事って――」

 

「理由は後で説明する。今は俺に合わせて」

 

そう耳打ちすると、俺の目をちらりと見てから、無言でケースを受け取った。

 

「立希ちゃんにそよさん、燈ちゃんごめんね!また今度!」

 

急な出来事に置いてきぼりになった三人を後に、俺は祥子ちゃんを追いかけた。

 

睦ちゃんには先に家に帰るように言って別れた。

 

「祥子ちゃん!ちょっと待って!」

 

俺が後ろから声をかけると、こっちを振り返って目を見開いた。

 

「どうして結月さんが……いや、わたくし今急いで――」

 

「清告さんのことだよね」

 

前に進もうとしていた足を止めて、祥子ちゃんはゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。

 

「どっどうして結月さんが……」

 

「とりあえずタクシーに乗り込もう。俺も聞かなきゃいけない話だし」

 

―――

 

「結月君に、頼みがあるんだ」

 

この時、清告さんが俺に頭を下げてる理由が全然理解できなかった。

 

「ちょっちょっと頭をあげてくださいよ」

 

俺がアタフタしていると、ゆっくりと頭をあげて目を合わせてくる。

 

「こんなこと、子供の君に話すべきではないのは分かっている……でも、祥子をそばで支えられるのは君しかいないと思っているんだ」

 

「なにが……あったんですか?」

 

そう聞くと、視線を下に下げたまま、清告さんはゆっくりと口を開いた。

 

「会社で大きな損失を出してしまってね……情けない話だけど、僕もどうなるかが分からない」

 

きっと、子供の俺には理解できないような途方もない損失なんだろう……

 

「大人の人を頼るのはダメなんですか……?」

 

俺たちに出来ることなんてたかが知れてる。それよりも、もっとしっかりした大人の人の方がいいと思う。

 

「祥子は豊川家の唯一の直系なんだ。悪い大人に目をつけられるのは目に見えてる」

 

祖父もお父さんも婿入りって聞いたけど……そっか、そうなるんだ。

 

「僕はね結月君と睦ちゃんのことを信頼している。そばで支えてやって欲しいんだ」

 

俺は手のひらに力を込めて拳を作ると、力強く首を縦に振った。

 

―――

 

あらかたの出来事を祥子ちゃんに説明したところで、祥子ちゃんの家に着いた。

 

ドンドンと力強く廊下を踏みしめる祥子ちゃんの後をついて、祥子ちゃんのおじいさんの部屋に二人で入る。

 

「おじい様!これはどういうことですの!?」

 

突然の祥子ちゃんの大声に驚くこともなく、祥子ちゃんの祖父は椅子から腰を上げる。

少しだけ俺の方に視線を向けてから、口を開いた。

 

「やつはもう豊川の人間ではない」

 

聞いた瞬間、俺にはその言葉が理解できなかった。俺だけじゃない祥子ちゃんだって理解できなかったと思う。

 

困惑して押し黙る俺たちを他所に、話は続く。

 

「詐欺にあったんだ、168億の損失だ。それ相応の責任を取らなければならない」

 

責任……『俺もどうなるか分からない』とは言ってたけど、家から追い出されるなんて。

 

「もうやつのことは忘れて私のところに来なさい。娘の忘れ形見だ。不自由はさせたくない」

 

それを聞いて、祥子ちゃんはすぐさま部屋を飛び出した。

 

「お前のような箱入りが行ってどうなる!」

 

部屋に声が響き渡るが、祥子ちゃんが戻ってくることはなかった。

 

俺はぺこりとお辞儀をしてから、背中を向けると「待ちなさい」と足を止められる。

 

「君は若葉結月君だね」

 

「は、はい」

 

振り返ると、紙になにかメモをとってから、俺の方に歩み寄ってくる。

 

「無関係の子供を巻き込むのは気が引けるが、祥子は娘に似て無鉄砲なところがある」

 

メモを受け取って内容を見ると、初めて見る住所が書かれていた。

 

「やつは今ここに住んでいる。祥子もどうやって行くつもりだったのやら」

 

どうして住所を教えてくれたんだろう。さっきは引き止めてたのに。

 

「清告さんのこと……どうにもならなかったんですか」

 

多分、色々なことを聞いても子供の俺には理解できないと思う。

清告さんにはお世話になったし、とても良い人だったのを知ってる。だから、これだけは聞いておきたかった。

 

「誠実さと情だけではどうにもならないこともある。どちらにせよ損失の責任は誰かが取らなければならない」

 

「そう……ですか」

 

やっぱり仕方の無いことなのかな……

 

もう一度頭を下げて部屋から出ようとすると、ボソりと声が聞こえた。

 

「誠実さを邪魔に思うものは多い。豊川の中でやつの立場は不安定すぎた」

 

俺は振り返らずに祥子ちゃんの後を追った。

 

―――

 

「ここに……お父様が」

 

明らかにボロボロのアパート。

祥子ちゃんと顔を合わせて、固唾を飲んで玄関をゆっくりと開いた。

 

中に入ると、お酒の強い匂いが部屋の中に漂っていた。

 

「清告さんは……寝てるみたいだね」

 

寝ている清告さんの周りには大量のビールの空き缶が転がっていた。

 

その姿を見て、祥子ちゃんは両手で口を抑えて驚いてる。

 

(さすがにショックだよね)

 

今まで見たことのない清告さんの姿に、俺だって状況把握が追いついてない。

なんというか、さっきから起きてることが大きすぎて現実味がないんだよな……

 

玄関から少し中に入ると、キッチンは汚れていて、部屋も散らかっていた。

 

祥子ちゃんはキャリーバッグから手を離して、呆然と部屋を見回していた。

 

「とりあえず、掃除しよっか」

 

「あ……ですが、掃除道具なんて」

 

最近の元気な祥子ちゃんからは想像できないような、弱々しい声……

 

「大丈夫。うちにあらかた揃ってるし」

 

俺はキャリーバッグを部屋の端に置いて、祥子ちゃんの手を引いて家に向かった。

 




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