二人だけの音 〜重ならない旋律が響くとき〜 作:Tmouris_
「とりあえず、メッセージで最寄りのスーパーの場所と必要なもの送っておいたから買ってきて」
祥子ちゃんは慌ててスマホを取り出すと、画面を開いた。
「一人で行ける?俺は家に荷物取りに行くから」
「行けはしますが……こういったところでお買い物をしたことはなくて。もしよろしければ、ご一緒していただければ」
家にお手伝いさんとかいるくらいだと、自分でスーパーに買い物にいくこともないよな。
「いや、祥子ちゃん一人で行ってきて」
俺は首を横に振ってお願いを断った。
「これからは祥子ちゃんがやっていくんだから、一人でできるようにならないと」
ちょっと厳しいかもしれないけど、これからはもっと辛いことがあるだろうし。
「ですが……」
「これからは、お手伝いさんもいなければ、家事とかも全部自分でやっていかなきゃいけないんだよ。買い物くらいは自分でやらないと」
そう言うと、祥子ちゃんの顔つきが少しだけ変わった。
「分かりましたわ。やってみます」
正直な話、俺たちみたいな大変な思いはしてほしくないし、家に帰るべきだと思う。
だけど、祥子ちゃんがそうしたいならそうするべきなんだと思う。
それに、いられるなら家族と一緒にいた方がいいと思うし。
「それじゃあ、俺は睦に色々説明したりしてから合流するよ。話しても大丈夫?」
「睦でしたら大丈夫ですわ」
そうして、俺たちは一旦二手に別れた。
―――
「ただいまー」
家に帰ると、掃除用具が玄関にまとめられていて、睦ちゃんはソファーに座り込んでいた。
「……おかえり」
俺も隣に腰を下ろして、睦ちゃんの頭に手をそっと置いた。
「ありがとう。疲れたよね」
「大丈夫……何があったの」
俺が経緯を話していくと、睦ちゃんは静かに説明を聞いた。
「祥、大丈夫なの」
「わかんない……ただ、これから大変なのは睦ちゃんも分かるでしょ」
睦ちゃんは視線を少し下に向けてから、こくりと頷いた。
俺たちが家を出た時、母さんの援助があってもお金のこと、家のこと色々大変だったんだ。祥子ちゃんなんて考えるまでもない。
「祥子ちゃん待たせるのも悪いから行くよ。晩御飯までには帰ってくるから!」
俺は荷物をまとめて玄関を飛び出した。
***
祥のことは心配。お父さんのこと――
CRYCHICのことも……
祥は強くて、結月君がいればきっと大丈夫、だと思う。
ソファーから腰を上げて、キッチンに立つ。
お湯を沸かしながら、一人分の紅茶の準備をする。
今日のライブ、私だけ謳わせられなかった。みんな自分の音を謳ってたのに。
壁に立てかけたままのギターケースを眺めていると、今日のライブのことを鮮明に思い出す。
みんなと一緒にいるのは楽しい。
でも、ライブしてる時は……私だけ独りぼっちみたいで――楽しくない。
***
さて……まずはどこから手をつけていこうか。
床には空のビール缶が散らかってるし、キッチンは汚れまみれで、部屋も全体的に埃っぽい。
「俺は床を綺麗にするから、祥子ちゃんはキッチンをお願いできるかな」
俺が掃除用具をまとめて渡すと、祥子ちゃんはキッチンの方をチラリと見て固唾を飲んだ。
そういえば、祥子ちゃんは虫とか苦手だったっけ。
あれだけ汚ければ、少しくらいは虫湧いてるだろうし手伝った方が……
(いや、甘やかしちゃだめだ)
俺は首をふるふると横に振って、自分の作業に集中した。
―――
一通り掃除を終えて、祥子ちゃんの方を見ると、最初の時よりもスムーズに掃除を進めてた。
あと、掃除をしてて気がついたんだけど。このアパートにはお風呂がついてなかった。
(祥子ちゃんも女の子だし、お風呂とかはしっかりと入りたいよな……)
近場に安い銭湯とかあるといいんだけど。
スマホで検索してみると、幸運にも歩いてすぐのところに1軒だけあるみたいだ。
(そういえば、俺も銭湯とか滅多にいかないな)
ちょうどいい機会だし、睦ちゃんも誘ってみよう。
『今日の夜、祥子ちゃんと三人で銭湯行ってみない?』
メッセージを送るとすぐに既読がついて、返信が来た。
『わかった』
銭湯の場所を送ってスマホを閉じる。
ちょうど祥子ちゃんも作業が終わったみたいだ。
「祥子ちゃんお疲れ様。どうだった?」
俺がパッと見でも分かるくらい、顔も体もぐったりとしている。
「家事とはこんなに大変でしたのね……」
下を向く祥子ちゃんの目には、薄らと涙が滲んでいた。
「帰るならまだ間に合うよ?」
「……いえ。わたくしは帰りませんわ。結月さん、次は何をすればいいのですか?」
滲んだ涙は瞬きで飛び、力強い目で俺のことを見つめていた。
「そっか……それじゃあ、お風呂行こっか」
「はぇ?」
今まで聞いたことのないような気の抜けた声で、口を開いて固まっていた。
「掃除でだいぶ汚れちゃったからね……髪の毛とかもホコリだらけだもん」
俺は祥子ちゃんの背中をポンポンと押して、部屋の中から押し出した。
「場所はメッセージで送っておいたから先に行ってて。睦が待ってると思う」
俺はそう言って玄関を閉じた。
――そして、清告さんの方に体を向ける。
「祥子ちゃんは俺たちの大事な友達です。祥子ちゃんがこうやって頑張るって決めたなら、勝手に支えさせてもらいます」
返事はないし、体はピクリとも動かなかった。
俺は荷物をまとめて、部屋を後にしようと玄関のノブに手をつける。
すると、後ろから今にも消えそうな掠れた声が聞こえてきた。
「君たちは……すごいなぁ」
何も言わずに、扉を閉めて銭湯へと向かった。
***
「……ん、着替え」
荷物を預けて、私たちは銭湯の中に入る。
「じゃ、また後で」
結月君がお金を払うと、軽く手を振って別れた。
私は初めての銭湯におどおどする祥と一緒に脱衣所に向かう。
脱衣所でキョロキョロと周りを見る祥を見ていると、初めてみんなでカラオケに行った時のことを思い出す。
「祥、鍵を閉めたらこうやって腕に巻いておく」
ロッカーの鍵を腕に巻いて見せて、祥も同じように真似をする。
「睦はこういったところに来たことがあるんですの?」
洗い場で体を洗っていると、隣から祥の声が聞こえてきた。
「……滅多に来ない。でも、私と結月君のバイトが両方忙しかったりすると来る」
二人暮しを始めた頃は、お互いに仕事に慣れてなくて。夜にはクタクタで家事に手がつかないこともあった。
「そうですのね……中学に上がってすぐに、少しの仕送りで二人暮しを始めたと聞いた時は驚きましたわ」
祥にも事情を話した方がいいのかな……でも、変な気を今は使わせたくない。
私たちは体を洗い終わって、温泉に浸かる。
「これからは毎日ここに通うことになるんですわよね」
祥は疲れた顔で天井を見上げてた。
「わたくしも働かなくてはいけないですわね。CRYCHICの活動費用もありますし」
その言葉を聞いて、気がつけば私はほっと胸を下ろしていた。
CRYCHIC……続けていけば私もギターを謳わせられるかな。
「私も睦の後輩ですわね。学業も疎かにはできませんし……両立できるよう頑張りますわ」
前向きな祥を見られて嬉しい……でも、胸がズキズキする。
――だって、働いて生活するって大変なことだから。
「結月君が言ってた。働くのは大変だけど、働くところを見つけるのはもっと大変だったって」
二人暮しを初めてすぐの時、『仕事は辛いけどオーナーに会えたのは奇跡だったな』って言ってた。
私も運が良かっただけ。中学生で、しかも体を動かす仕事はできなかったから……
「そう……ですわよね。睦も結月さんもとても苦労してきたでしょうに。ごめんなさい」
「大丈夫」
今はそれだけしか言えない。
きっと、祥も今日は疲れてるから。
***
「祥子ちゃん今日はお疲れ様。これ好きなの選んでいいよ」
牛乳瓶が入った自販機を指さして、俺はお金を入れる。
「そんな、何から何までお世話になる訳には……」
祥子ちゃんは両手をふるふるとふって、財布に手を伸ばした。
「明日からはもっと大変になるから……その餞別だと思って受け取ってよ」
今日の大変さなんて序章に過ぎない……本当に忙しくなるのはこれからだから。
「ですが……」
それでも食い下がろうとしない祥子ちゃんを横に、睦ちゃんがフルーツ牛乳をポチッと選んだ。
「祥も」
すると、祥子ちゃんは諦めた様子で「それでは……」と普通の牛乳を選んだ。
祥子ちゃんに開け方と飲み方を教えて、俺も手に持ったコーヒー牛乳を開けて、口の中に流し込む。
普段は紅茶を飲んでいるけど、たまに飲むコーヒーは悪くない。
―――
「それじゃあ、明日の10時頃うちに来てよ。まだ話したいこともあるし、聞きたいこともあるでしょ?」
今日が土曜日で良かった。さすがにまだ祥子ちゃんを1人にしたくはないし……
「そうですわね……それではまた明日」
少し視線を下に向けつつ、祥子ちゃんは振り返って帰ろうと足を進める。
「迷子にならないようにね〜」
そんな軽口を俺がたたくと、祥子ちゃんはこちらを向いてクスリと笑い、再び前に進み始めた。
「祥……大丈夫だと思う?」
睦ちゃんが心配そうに俺の服の袖を掴んだ。
「今は大丈夫だと思う……だけど、現実にぶつかるのはこれからだよ。仕事のこと、お金のこと、家のこと、お父さんのこと。背負うものが多すぎると思う」
その時になってみないと分からない。祥子ちゃんに何事もなければいいけど。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
口説い言い回しや、説明口調な部分が少々多くなってしまいましたが、書き上げることができました。
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