二人だけの音 〜重ならない旋律が響くとき〜   作:Tmouris_

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自分たちのように辛い境遇に向かう祥子を見て、結月と睦はどうするのでしょうか。


第30.5話:これから(後編)

「とりあえず、メッセージで最寄りのスーパーの場所と必要なもの送っておいたから買ってきて」

 

祥子ちゃんは慌ててスマホを取り出すと、画面を開いた。

 

「一人で行ける?俺は家に荷物取りに行くから」

 

「行けはしますが……こういったところでお買い物をしたことはなくて。もしよろしければ、ご一緒していただければ」

 

家にお手伝いさんとかいるくらいだと、自分でスーパーに買い物にいくこともないよな。

 

「いや、祥子ちゃん一人で行ってきて」

 

俺は首を横に振ってお願いを断った。

 

「これからは祥子ちゃんがやっていくんだから、一人でできるようにならないと」

 

ちょっと厳しいかもしれないけど、これからはもっと辛いことがあるだろうし。

 

「ですが……」

 

「これからは、お手伝いさんもいなければ、家事とかも全部自分でやっていかなきゃいけないんだよ。買い物くらいは自分でやらないと」

 

そう言うと、祥子ちゃんの顔つきが少しだけ変わった。

 

「分かりましたわ。やってみます」

 

正直な話、俺たちみたいな大変な思いはしてほしくないし、家に帰るべきだと思う。

だけど、祥子ちゃんがそうしたいならそうするべきなんだと思う。

 

それに、いられるなら家族と一緒にいた方がいいと思うし。

 

「それじゃあ、俺は睦に色々説明したりしてから合流するよ。話しても大丈夫?」

 

「睦でしたら大丈夫ですわ」

 

そうして、俺たちは一旦二手に別れた。

 

―――

 

「ただいまー」

 

家に帰ると、掃除用具が玄関にまとめられていて、睦ちゃんはソファーに座り込んでいた。

 

「……おかえり」

 

俺も隣に腰を下ろして、睦ちゃんの頭に手をそっと置いた。

 

「ありがとう。疲れたよね」

 

「大丈夫……何があったの」

 

俺が経緯を話していくと、睦ちゃんは静かに説明を聞いた。

 

「祥、大丈夫なの」

 

「わかんない……ただ、これから大変なのは睦ちゃんも分かるでしょ」

 

睦ちゃんは視線を少し下に向けてから、こくりと頷いた。

 

俺たちが家を出た時、母さんの援助があってもお金のこと、家のこと色々大変だったんだ。祥子ちゃんなんて考えるまでもない。

 

「祥子ちゃん待たせるのも悪いから行くよ。晩御飯までには帰ってくるから!」

 

俺は荷物をまとめて玄関を飛び出した。

 

***

 

祥のことは心配。お父さんのこと――

CRYCHICのことも……

 

祥は強くて、結月君がいればきっと大丈夫、だと思う。

 

ソファーから腰を上げて、キッチンに立つ。

お湯を沸かしながら、一人分の紅茶の準備をする。

 

今日のライブ、私だけ謳わせられなかった。みんな自分の音を謳ってたのに。

 

壁に立てかけたままのギターケースを眺めていると、今日のライブのことを鮮明に思い出す。

 

みんなと一緒にいるのは楽しい。

でも、ライブしてる時は……私だけ独りぼっちみたいで――楽しくない。

 

***

 

さて……まずはどこから手をつけていこうか。

 

床には空のビール缶が散らかってるし、キッチンは汚れまみれで、部屋も全体的に埃っぽい。

 

「俺は床を綺麗にするから、祥子ちゃんはキッチンをお願いできるかな」

 

俺が掃除用具をまとめて渡すと、祥子ちゃんはキッチンの方をチラリと見て固唾を飲んだ。

 

そういえば、祥子ちゃんは虫とか苦手だったっけ。

あれだけ汚ければ、少しくらいは虫湧いてるだろうし手伝った方が……

 

(いや、甘やかしちゃだめだ)

 

俺は首をふるふると横に振って、自分の作業に集中した。

 

―――

 

一通り掃除を終えて、祥子ちゃんの方を見ると、最初の時よりもスムーズに掃除を進めてた。

 

あと、掃除をしてて気がついたんだけど。このアパートにはお風呂がついてなかった。

 

(祥子ちゃんも女の子だし、お風呂とかはしっかりと入りたいよな……)

 

近場に安い銭湯とかあるといいんだけど。

スマホで検索してみると、幸運にも歩いてすぐのところに1軒だけあるみたいだ。

 

(そういえば、俺も銭湯とか滅多にいかないな)

 

ちょうどいい機会だし、睦ちゃんも誘ってみよう。

 

『今日の夜、祥子ちゃんと三人で銭湯行ってみない?』

 

メッセージを送るとすぐに既読がついて、返信が来た。

 

『わかった』

 

銭湯の場所を送ってスマホを閉じる。

ちょうど祥子ちゃんも作業が終わったみたいだ。

 

「祥子ちゃんお疲れ様。どうだった?」

 

俺がパッと見でも分かるくらい、顔も体もぐったりとしている。

 

「家事とはこんなに大変でしたのね……」

 

下を向く祥子ちゃんの目には、薄らと涙が滲んでいた。

 

「帰るならまだ間に合うよ?」

 

「……いえ。わたくしは帰りませんわ。結月さん、次は何をすればいいのですか?」

 

滲んだ涙は瞬きで飛び、力強い目で俺のことを見つめていた。

 

「そっか……それじゃあ、お風呂行こっか」

 

「はぇ?」

 

今まで聞いたことのないような気の抜けた声で、口を開いて固まっていた。

 

「掃除でだいぶ汚れちゃったからね……髪の毛とかもホコリだらけだもん」

 

俺は祥子ちゃんの背中をポンポンと押して、部屋の中から押し出した。

 

「場所はメッセージで送っておいたから先に行ってて。睦が待ってると思う」

 

俺はそう言って玄関を閉じた。

――そして、清告さんの方に体を向ける。

 

「祥子ちゃんは俺たちの大事な友達です。祥子ちゃんがこうやって頑張るって決めたなら、勝手に支えさせてもらいます」

 

返事はないし、体はピクリとも動かなかった。

 

俺は荷物をまとめて、部屋を後にしようと玄関のノブに手をつける。

すると、後ろから今にも消えそうな掠れた声が聞こえてきた。

 

「君たちは……すごいなぁ」

 

何も言わずに、扉を閉めて銭湯へと向かった。

 

***

 

「……ん、着替え」

 

荷物を預けて、私たちは銭湯の中に入る。

 

「じゃ、また後で」

 

結月君がお金を払うと、軽く手を振って別れた。

私は初めての銭湯におどおどする祥と一緒に脱衣所に向かう。

 

脱衣所でキョロキョロと周りを見る祥を見ていると、初めてみんなでカラオケに行った時のことを思い出す。

 

「祥、鍵を閉めたらこうやって腕に巻いておく」

 

ロッカーの鍵を腕に巻いて見せて、祥も同じように真似をする。

 

「睦はこういったところに来たことがあるんですの?」

 

洗い場で体を洗っていると、隣から祥の声が聞こえてきた。

 

「……滅多に来ない。でも、私と結月君のバイトが両方忙しかったりすると来る」

 

二人暮しを始めた頃は、お互いに仕事に慣れてなくて。夜にはクタクタで家事に手がつかないこともあった。

 

「そうですのね……中学に上がってすぐに、少しの仕送りで二人暮しを始めたと聞いた時は驚きましたわ」

 

祥にも事情を話した方がいいのかな……でも、変な気を今は使わせたくない。

 

私たちは体を洗い終わって、温泉に浸かる。

 

「これからは毎日ここに通うことになるんですわよね」

 

祥は疲れた顔で天井を見上げてた。

 

「わたくしも働かなくてはいけないですわね。CRYCHICの活動費用もありますし」

 

その言葉を聞いて、気がつけば私はほっと胸を下ろしていた。

 

CRYCHIC……続けていけば私もギターを謳わせられるかな。

 

「私も睦の後輩ですわね。学業も疎かにはできませんし……両立できるよう頑張りますわ」

 

前向きな祥を見られて嬉しい……でも、胸がズキズキする。

――だって、働いて生活するって大変なことだから。

 

「結月君が言ってた。働くのは大変だけど、働くところを見つけるのはもっと大変だったって」

 

二人暮しを初めてすぐの時、『仕事は辛いけどオーナーに会えたのは奇跡だったな』って言ってた。

私も運が良かっただけ。中学生で、しかも体を動かす仕事はできなかったから……

 

「そう……ですわよね。睦も結月さんもとても苦労してきたでしょうに。ごめんなさい」

 

「大丈夫」

 

今はそれだけしか言えない。

きっと、祥も今日は疲れてるから。

 

***

 

「祥子ちゃん今日はお疲れ様。これ好きなの選んでいいよ」

 

牛乳瓶が入った自販機を指さして、俺はお金を入れる。

 

「そんな、何から何までお世話になる訳には……」

 

祥子ちゃんは両手をふるふるとふって、財布に手を伸ばした。

 

「明日からはもっと大変になるから……その餞別だと思って受け取ってよ」

 

今日の大変さなんて序章に過ぎない……本当に忙しくなるのはこれからだから。

 

「ですが……」

 

それでも食い下がろうとしない祥子ちゃんを横に、睦ちゃんがフルーツ牛乳をポチッと選んだ。

 

「祥も」

 

すると、祥子ちゃんは諦めた様子で「それでは……」と普通の牛乳を選んだ。

 

祥子ちゃんに開け方と飲み方を教えて、俺も手に持ったコーヒー牛乳を開けて、口の中に流し込む。

 

普段は紅茶を飲んでいるけど、たまに飲むコーヒーは悪くない。

 

―――

 

「それじゃあ、明日の10時頃うちに来てよ。まだ話したいこともあるし、聞きたいこともあるでしょ?」

 

今日が土曜日で良かった。さすがにまだ祥子ちゃんを1人にしたくはないし……

 

「そうですわね……それではまた明日」

 

少し視線を下に向けつつ、祥子ちゃんは振り返って帰ろうと足を進める。

 

「迷子にならないようにね〜」

 

そんな軽口を俺がたたくと、祥子ちゃんはこちらを向いてクスリと笑い、再び前に進み始めた。

 

「祥……大丈夫だと思う?」

 

睦ちゃんが心配そうに俺の服の袖を掴んだ。

 

「今は大丈夫だと思う……だけど、現実にぶつかるのはこれからだよ。仕事のこと、お金のこと、家のこと、お父さんのこと。背負うものが多すぎると思う」

 

その時になってみないと分からない。祥子ちゃんに何事もなければいいけど。

 




ここまで読んでくださりありがとうございます。
口説い言い回しや、説明口調な部分が少々多くなってしまいましたが、書き上げることができました。
もし良ければ、感想、評価、お気に入り登録、ここ好きなどいただけると嬉しいです。
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