二人だけの音 〜重ならない旋律が響くとき〜 作:Tmouris_
「はぁ……はぁ」
雨が降る中、新聞を配達しているといつも以上に疲れてしまう。
(この後も学校だと言うのに、大変ですわ……)
新聞配達のバイトを初めて一週間。仕事にはある程度慣れてきてはいますが、体力的に辛いものがありますわね。
ですが……結月さんや睦も2年も前からこんな大変な思いをしていたのですね。
内容は違えど仕事は仕事……お給金を貰う以上は責任も発生する。
(次で最後の一軒。頑張りますわ)
放課後には天気も良くなってるといいのですが。
家に帰ると、学校に行く支度をしつつ、床に転がった空き缶を袋に入れる。
「それでは、行ってまいります……お父様」
返事は返って来ない。
―――
「……き、祥」
「っは、睦。どうしましたの?」
休み時間にウトウトしていると、睦が声を肩を揺すって起こしてくれた。
「移動教室だから」
教室の時計を見上げると、休み時間も半分すぎていて、遅刻してしまうところでした。
「ありがとう睦。それでは行きましょうか」
廊下を歩いていると、睦がチラチラと私の顔を見ていることに気がついた。
「わたくしの顔に何かついてまして?」
そう言うと、首をふるふると振って少し視線を下に向ける。
「祥、疲れてそうだから」
「大丈夫……とは言えないですが。やり遂げてみせますわ」
昨日の疲れも抜けていないのに学校に来て、放課後もまた新聞配達……
「ですが、睦や結月さんのおかげで生活も少しずつは良くなっているのよ?掃除だって自分出できますし、料理も覚えてきてるんですから」
二人には家事のことや行政のことで色々とアドバイスをもらって助けて貰いましたわね……
まさか、中学生で働くというのがここまで大変だったなんて。
―――
そんな生活を続けて1ヶ月をすぎたころ、自分の通帳に7万を超えるお金が入った。
前までのわたくしなら、雀の涙と思い焦っていたかもしれませんが……お金の使い方を教えていただいて、それほどの焦りはありませんわね。
とりあえずはここから食費や生活費……そしてバンドにあてるお金を残しつつ1ヶ月生活して、そしたらCRYCHICの活動に復帰すると結月さんと約束した。
(バイトで疲労もありますが、今の生活は少し充実してるように感じますわ……)
お父様は相変わらずお酒を飲んでは眠っての繰り返し。話すこともないですが、それ以上に悪化することもない。
(今は生活を回すことを最優先に考えましょう)
きっと、少しづつ良い方向に進んでいる。そう思っていたし、疑う余地もなかった……
―――
また一ヶ月が経ち、通帳には数万円を残しつつ新しく給料が入った。
(まだ問題は山積みですが……これでバンド活動に復帰できる)
記帳をしたその足で、練習に使っている空き教室に向かっている途中――知らない電話番号から電話がかかってきた。
『もしもし、赤羽警察署です。豊川祥子さんの電話でよろしいでしょうか?』
「え、あはい。警察の方がどういうご用件でしょうか……」
警察の方にお世話になるようなことをした記憶は――まさか。
『お父さんのことでお話が』
……そこからのことはあまり覚えていない。
覚えているのは他のものを切り捨てる覚悟だけ。
***
「CRYCHICを辞めさせていただきますわ」
部屋に静寂が流れて、みんなが固まった。
(祥ちゃんが、CRYCHICを辞める?)
どういうことか、分からない。
そよちゃんがなだめようとしてるけど、立希ちゃんは怒ってて。
呼吸がどんどん浅くなっていく。
「ゆ、結月くん」
きっと結月くんならどうにか……
そう思ったのに、結月くんはその光景を見て一番動揺してた。
みんなの声が響き渡って、何が何だか分からなくて……
「――バンド楽しいって思ったこと一度もない」
……え?
***
俺は祥子ちゃんが出ていくのを見ていることしか出来なかった。
最近は順調なようだったし、問題なんてないと思ってた。
『なんで結月は何も言わないわけ?』
立希ちゃんには痛いところを突かれちゃったな……でも、何も言えなかった。
睦ちゃんと一緒に家に入って、ソファに崩れ落ちるように俺は座り込んだ。
「……大丈夫?」
「大丈夫じゃないよ。CRYCHIC解散の危機……なんで睦ちゃんあんなこと言ったのさ」
そう言うと、睦ちゃんは立ったまま俯いて両手を胸の前でぎゅっとしながら「ごめんなさい」と謝った。
「とりあえず……祥子ちゃんに事情を聞こう」
スマホを取り出して、祥子ちゃんの電話番号を入力していく。プルル、プルルとコール音だけが部屋に響いて、しばらくすると電話に出る音が聞こえる。
呼吸だけが聞こえてきて、祥子ちゃんの声は聞こえてこない。
「事情、説明してくれるんだよね」
いつもよりも強い口調だったかもしれない。それでも、聞かずにはいられなかった。
「お父様が……お酒で酔いつぶれていたところを警察の方に運ばれましたわ」
お酒は飲んでのは知っていたけど、今までは家の中で大人しくしていたのに……どうして急に。
「わたくしにはこれ以上受け止めきれる余裕がありませんわ……ごめんなさい」
俺が何かを言う前に祥子ちゃんは電話を切ってしまった。
「そんなこと言われたら何も言えないじゃん……」
***
『……なんで睦ちゃんあんなこと言ったのさ』
つい口に出してしまった一言。それがCRYCHICを壊した……結月くんが大切にしてた居場所。みんなが大事にしていた居場所……私が結月くんを好きでいられた時間。
それが全部終わる。
全身から変な汗が溢れ出す。
――ううん。CRYCHICはきっと終わってない。
きっといつか、またできるから。
***
夜が明けた。一日眠ったら少しだけ冷静になっていた。
昨日のことをちゃんと睦ちゃんに謝ろう。
そう思って部屋から出ると、キッチンに睦ちゃんが立っていて。こちらを見て手を止める。
「おはよう、結月」
(あぁ……そうか)
俺の軽率な一言が終わらせてしまったんだ。CRYCHICを。
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