二人だけの音 〜重ならない旋律が響くとき〜 作:Tmouris_
あれから、睦ちゃんが戻ってくることはなかった。
CRYCHICの解散が相当堪えたんだと思う。
もちろん、俺だってまだ乗り切った訳じゃない。
できればCRYCHICを再結成出来たらって何度も何度も思った。
気まずくて練習に参加してなくても、そよさんからは毎日のように相談のメッセージが飛んでくる。
逆に立希ちゃんとはあれ以降全く連絡を取っていない。
紬はまだ練習していた空き教室に足を運んでいる。
祥子ちゃんもどうしているか分からない。
――だけど、燈ちゃんからはあの日からメッセージの数が増えた気がする。
CRYCHIC再結成のために何か力になれればいいけど……祥子ちゃんの事情に足を踏み込む勇気もなくて何も出来ずにいる。
ソファで横になりながらため息をついていると、スマホからメッセージが届いた音が鳴る。
『今日会えないかな』
ただ、その一文だけが燈ちゃんから送られてきた。
―――
久しぶりに燈ちゃんの家に来た気がする。
「ど、どうぞ」
家に上がろうとした時に、燈ちゃんがなぜだかいつもよりヨソヨソしく感じた。
部屋に入ると、机を広げて、座布団を敷いてくれた。
「飲み物、持ってくる」
そう言って、部屋を出ていく燈ちゃんを見ていると、初めて家に入れてもらった時のことを思い出す。
プレゼントで贈ったシーグラスも大切に飾ってくれていて嬉しい。
「お待たせ」
いつもみたいに、ホットのミルクティーを淹れてくれたみたいだ。
「いただきます」
紅茶を啜る音だけが部屋に響いて、二人とも同時にカップを机に置いた。
「……あの」
何かを言いかけたところで、息を飲んでもう一度ゆっくり燈ちゃんは口を開く。
「CRYCHIC、もう戻らないのかな……私が上手く歌えなかったから」
ライブが終わったあとにSNSで書き込まれた『ボーカル必死すぎ』の一文……自分のせいでバンドが終わったと思ってたんだ。
「戻れるか……俺にも分からない。でも、バンドが解散したのは燈ちゃんの歌のせいじゃないよ」
少し視線を落としつつも、燈ちゃんはこくりと頷いて、もう一口紅茶を口に運ぶ。
「祥ちゃん……もう、来ないのかな」
なんて言ったらいいんだろう。みんなに全部事情を話せば楽になるのは分かってる。
だけど、どうしてもそれを話す気にはなれなかった。
「そう、だね。祥子ちゃんは、戻って来れない、と思う」
胸が痛い。しょんぼりとする燈ちゃんに何もしてあげられない。
「みんな、離れていっちゃうのかな」
震える声で、燈ちゃんはゆっくりと顔を上げて俺の顔を見る。
「……結月くんも」
そう言うと、燈ちゃんは勢いよく立ち上がった。
その勢いに驚いて、俺もなにも言うことができずにいた。
「私、結月くんのことが好き」
「……はえ?」
情けない声が出て、唖然と口を開く。
え、告白?燈ちゃんが俺に?
それとも友達としての好き?
頭の中がぐるぐると回って考えがまとまらない。
「だから、付き合って、欲しい……」
「あ、えっと」
心臓がバクバクする。顔が茹で上がるみたいに暑い。
(燈ちゃんってこんなに可愛かったっけ)
付き合ってってことは恋愛的に好きって意味で。
なにか言おうと思ったら、一瞬睦ちゃんの顔がよぎった。
(そういえば、睦の好きには何も言えてないな……)
そんなことを考えていたら、燈ちゃんが俺の真横に座る。
「だから、一緒にいて……結月くんは離れていかないで」
今にも消えてしまいそうな掠れた声を聞いて、混乱した頭がすぐに覚めていった。
***
「みんな、バラバラになって……CRYCHIC、私のせいで」
ノートにペンをはしらせながら、部屋で一人ポツポツと声を漏らす。
(結月くんもいなくなっちゃうのかな)
そんなの、嫌だ。
ずっと一緒にいて、やっと隣に並べるようになったのに。
(どうすれば離れ離れにならずにいられるんだろう)
CRYCHIC、みんな仲が良くって……ずっとこのまま一緒にいられると思ってた。
結月くんもメッセージでやり取りはしてるけど……
ミルクティーを淹れながらそんなことを考えていたら、偶然テレビの画面が目に入った。
(これ、今やってる恋愛ドラマ)
結月くんと離れ離れになりたくない。
――でも、これならずっと一緒にいられるかもしれない。
***
「ごめん……今の燈ちゃんとは付き合えない」
胸が苦しくて顔を合わせずらい。
それでも、しっかりと燈ちゃんと向き合わないと……そう思って逸らした顔を前に向ける。
燈ちゃんの顔を合わせると、ポロポロと涙を流していた。
「……やだ」
「えっ?」
燈ちゃんは涙で顔を濡らしながら、俺の胸に飛び込んで抱きしめてきた。
「みんなバラバラになって……結月くんまでいなくなったら!私!」
一瞬だけ驚いたけど、俺は優しく燈ちゃんの頭の上に手をのせる。
「大丈夫。俺はどこにもいかないよ」
「だけどCRYCHIC!私のせいでダメになっちゃって」
そっか……あれだけ仲良かったCRYCHICが解散しちゃって、不安なんだ。
「あのね、燈ちゃん」
俺は燈ちゃんの肩を掴んで、お互いに視線をしっかりと合わせる。
「燈ちゃんはたまに変なことを言うし、何考えてるか分からないこともあるし、頑固だと思う」
「ぉあ、えっと。そう、なんだ」
人にこんなことを言うのは初めてで手が震える。
落ち込んでいく燈ちゃんの姿を見るのは心苦しい。
「でも、一緒にいる。小学生の時からずっと友達じゃん。そういうところを知った上で、俺は燈ちゃんと一緒にいたいから一緒にいるんだよ」
俺の勢いに押されてか少しずつ、呼吸も落ち着いてきた。
「じゃあ、なんでCRYCHIC、終わっちゃったの……」
……そう言われると難しい。
みんな一緒にいたかったし、解散したかったわけじゃない。それでもCRYCHICは解散した。俺でもずっと続いていくバンドなんだって思っていたのに。
「ごめん……言ってる俺にも分からない。今回みたいに痛いこともあるかもしれないし、すれ違うこともあると思う。それでも、今の俺は燈ちゃんの隣に居たいと思ってるよ」
絶対にいなくならないなんて保証なんてない。それでも、今伝えられる俺の精一杯の気持ちだ。
「それに、俺がダメダメで燈ちゃんに愛想つかされちゃうかもしれないしね〜」
少し茶化すように言うと、燈ちゃんはいつもみたいに微笑む。
「私は、結月くんの隣にいたい、から」
きっと、燈ちゃんに恋愛は分からないと思う。それでも、燈ちゃんにとって誰かと離れない形が恋人に見えたんだと思う。
「ありがとう。高校生になっても友達でいてね」
俺が握手のために手を差し出すと、少しだけその手を眺めてから燈ちゃんもその手を握った。
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