二人だけの音 〜重ならない旋律が響くとき〜 作:Tmouris_
ざわめく教室の中、睦ちゃんの提案で高松さんを家に誘おうとしている。
いつも通り話しかけるだけなのに、自分でも分かるくらい鼓動が速く感じた。
(落ち着け、俺。前みたいに、遊びに誘うだけだ)
何度も声をかけようとしたが、言葉が喉に詰まる。
遊びに誘えたなら、家に誘うくらいできるだろ!
緊張をごまかすように深呼吸して、高松さんに声をかけた。
―――
「結月兄さん、これ」
いつもより早く起こされて、大きな口をあけながらリビングへ降りると、小さめの段ボールを手渡された 。
急な出来事に眠気が吹き飛ぶ。呆然と立ち尽くす俺を置いて、睦ちゃんは何事もないように椅子に腰を下ろした。
とりあえず開けてみると、何やら丸い機械が入っていた。横に挟まっている、説明書を開くと――
「……プラネタリウム?どうしたの、これ」
「荷物片づけてたら見つけた」
もしかして、高松さんが星が好きって言ったの覚えてたのかな。
睦ちゃんは力があるほうじゃない。一人で荷物の片付けなんてしないし……わざわざ探してくれたんだ。
疲れを表に出さない睦ちゃんだけど、今日はちょっとだけ気だるそうに見える。
「スタジオなら、綺麗に見える」
睦ちゃんがギターの練習をしてる部屋か。あそこなら変に光も入らないし、綺麗に見えそう。
てっきり、外の人は入れたくないと思ってたけど――
「あれ、もしかして高松さんを家に誘うってことか?」
「誘えないの?」
そんな、きょとんとした顔で見られても困る。俺を何だと思ってるんだ。
誘えないわけじゃない。水族館には誘えたし……いや、あれは話の流れで決まっただけで――
「意外とハードル高いかも……」
考えれば考えるほど、手に汗が滲む。
「……今までどうしてたの?」
「呼んだっていうより、相手が来たがるから招いただけで……しかも、そいつらを二回も見た記憶あるか?」
睦ちゃんは天井に目を向けてから、ふるふると首を横に振る。
「前、遊びに行ってた」
「家に誘ったことはないし、女の子誘うのって結構緊張するんだからね!?」
睦ちゃんが「誘ったことないのに……」とぼそっとつぶやくが、俺の耳には届かない。
なんでこんなに押しが強いんだろう。誘えって圧がすごい。
「睦ちゃんって、俺の交友関係にそんな興味あったっけ?」
「……?」
言葉の意味をつかみきれない表情で、かすかに首を傾げてみせた。
「俺が誰と仲良くしてても、興味なさそうだと思ってた。まさか、背中を押されるなんて思わなかったよ」
睦ちゃんは、誰がいても関わる気も無さそうだったし。俺の友達に興味を持つなんて思わなかった。
何気ないやり取りに、睦は少し胸を締め付けられる。
本人が気付かないほど、ほんの少しだけ……
「初めての友達だから」
「そこまで言うなら……睦ちゃんに紹介するためにも腹をくくるよ……」
俺が高松さんのこと話しすぎたせいで、どんな子か知りたくなったのかもしれない。
どうやって誘うか考えなくちゃ……
―――
「今週末、うち来ない?」
緊張のせいで突拍子もない誘い方になった……いきなり家に誘うとか不自然すぎるだろ!
高松さんがぽかんと首を傾げる。
返事を待つ間、次第に教室の騒がしさが遠くなって、短いはずの静かな時間が息苦しいほど長く感じる。
「……あぅ。ごめん嫌だったわけじゃなくて」
はっと口を開き、一瞬こっちを見てから、すぐに視線を落とす。
「お家に誘われたの……初めてだから。急に、綺麗な石、見つけたみたいで」
「綺麗な石?」
せっかく言葉を選んでくれたのに、俺が何も考えず聞き返したせいで、高松さんは顔をさらに伏せてしまった……
「ご、ごめん……」
謝りながらも、高松さんの耳が赤くなっていく。
その姿を見ていると、罪悪感に押しつぶされそうになった……
俺は急いで、高松さんの言葉の意味を考えて、言葉にする。
「衝撃的なことって、反応が遅れるよね!わかるわかる」
すっごい食い気味になっちゃったけど、大丈夫か?変なこと言ってないよな?
「ていうか、俺も唐突にごめん!無理なら無理でもいいから!」
「い、行きたい。若葉君のお家、行ってみたい」
その声は、思ったよりもずっと小さかったのに、なぜか耳から離れなかった。
「それじゃあ、週末はうちで……」
「……うん」
その日、放課後までほとんど話せなかったけど、二人ともどこかそわそわして、視線のやり場に困っていた。
***
(ここが若葉君のお家……?)
凄く大きい……住所はここで合ってるし、表札にも若葉って書いてある。
インターホンの前に立っては離れて、表札を見て、また戻って……それだけで時間が過ぎる。
そして、固唾を飲んでインターホンのボタンに指を置く。
待っている間、慣れない服装をそっと見直した。
(変じゃない、かな)
白のワンピースに紺のジャケット……ふりふりした服だと落ち着かない。
いつの間にお母さんこんな服買ってたんだろう?前に水族館行くまでは全然なかったのに。
服が乱れてないか確認していたら、スピーカー越しに小さな音が聞こえる。
慌てて手を止めて、戸惑いながら口を開けようとした時。
女の子の「……いらっしゃい」って声だけ聞こえて切れちゃった……
鍵が開く音がしたから、入ってもいいのかな。
若葉君は妹がいるって言ってた、から。今のが妹の睦ちゃん……だと思う。
不安のまま、そっと玄関の扉を押して、若葉君のお家に足を踏み入れた。
中に入ると、広いリビングに繋がっていて、女の子がぽつりとキッチンに立っていた。
電気ケトルに手を添えたまま、体と表情が止まってるみたいで……
(お人形さんみたい)
私が見とれて立ち止まっていると、女の子がゆっくりと体をこっちに向ける。
目が合ったのに、何も伝わってこなかった……
「あ、あの」
なにか言わなきゃ……でも、喉が詰まってうまく声が出せない。
「睦ちゃん!今のインターホンって……あ、おはよう高松さん」
ドタドタと足音がして、ぼさぼさ頭の若葉君が顔を出す。
「ごめん!すぐに準備するから!紅茶飲んで待ってて!」
視線を戻すと、妹の睦ちゃんが三人分の紅茶を置いて、静かに座った。
「ありがとう。えと、いただきます」
私は淹れたての紅茶を、ゆっくりと口に運ぶ。
(……おいしい)
とっても、あたたかくて甘い。でも、ちゃんと紅茶の風味は……ある?
紅茶ってあんまり飲まないから分からない、けど、複雑で、おいしい。
「えっと、思ったより飲みやすくて……こういう感じなんだ」
睦ちゃんはこくんと頷くだけで、その表情は変わらなかった。
人見知りするって聞いたから、歓迎されてないわけじゃない……と思う。
「あっあのね。若葉君、学校で睦ちゃんのこといっぱい話してくれるんだよ」
若葉君の名前を出すと、睦ちゃんはぴくりと眉を動かした。
「……何か言ってた?」
「すごく優しい妹って。楽しそうに話してて、うまく言えないけど、いいなって思った……」
睦ちゃんは嬉しそうに微笑んでる……ように見えた。きっと、二人は特別なんだろうな。
―――
紅茶を飲み終わって、睦ちゃんの方を見ると、ティーカップから湯気がまだ出てた。
「あれ……飲んじゃダメだった、かな」
睦ちゃんはふるふると首を横に振った。飲んでよかった、てことでいいのかな?
視線が合わないまま、静かに時間が過ぎていく……
すると、さっきとは違う落ち着いた足音が聞こえてくる。
「お待たせ二人とも。ごめんね高松さん、起きるのが遅くて準備が間に合わなくてさ。睦ちゃんと初対面でびっくりしたよね」
「結月兄さんが起きないから」
「っぐ……でも、家族以外と会うときはだらしない恰好できないじゃん」
なんでだろう。二人を見てると、さっきの紅茶を思い出すな……
若葉君がカップに口を付けると、睦ちゃんが崩れた襟を直してから、自分のカップに手を伸ばした。
あたたかいのに、どうしてだろう……気持ちざわざわする。
「プラネタリウムの準備は出来てるから、案内するね。睦ちゃんも一緒だけど大丈夫?」
昨日の夜、睦ちゃんが急に「私も一緒に見る」って言い出した。追加の座椅子を引っ張り出すのにめっちゃ苦労して――
寝坊したのも、睦ちゃんのせいと言ってもいいんじゃないかこれ?
「うん。睦ちゃんあったかいから、大丈夫……だと思う」
「睦ちゃんは優しいから安心して。そういえば、睦ちゃんは若葉呼びじゃないんだね」
俺の睦ちゃん呼びがうつったのかな?女の子同士の距離感は分からない……
「苗字いっしょだから、睦ちゃんのほうがいいと思って、嫌……だった?」
高松さんは不安そうに睦ちゃんを見てるけど、本人は全く気にしてなさそう。
「二人は、名前で呼ばないの?」
睦ちゃんの一言で、高松さんと目が合った。
たしかに、会ってからそこそこ経つ。だいぶ仲良くなったけど、言い出せなくって。
「高松さんがいいなら……」「若葉君がいいなら……」
完全に言葉が被った。なんとも言えない気まずさに耐えられず、睦ちゃんに助けを求める。
視線に気づいて目が合ったはずなのに、俺を尻目に横を通り抜けていった。
「えーっと。俺たちも行こうか。"燈ちゃん"」
「あ、うん。"結月……君"」
名前で呼び合うのなんて特別じゃない。俺を結月って呼ぶやつはいっぱいいるし。
なのに、燈ちゃんに呼ばれて顔が熱くなった気がした。
―――
「す、すごい!あの星座はね――」
プラネタリウムを始めてから、燈ちゃんの解説が止まらない。
瞳は星みたいにきらきら輝いてる。
睦ちゃんはというと、燈ちゃんの指さす星を静かに目で追ってる。
「睦ちゃんありがとう」
「……ん」
力の弱い睦ちゃんが、大きな荷物をひとりで片付けることはない。きっと、へとへとになりながら探してくれたんだと思う。
「燈ちゃんもありがとう。友達と遊ぶのって、楽しいんだ」
燈ちゃんはちらっとこちらに顔を向けてから、天井をそっと見上げた。
暗くて表情はよく見えなかったけど……それでも、やわらかく笑ってた気がする。
「えっと、結月君も、ありがとう。誘ってくれて……」
三人で眺める小さな夜空は、今までのどの夜よりも新鮮で綺麗だった。
***
夕日に照らされながら、結月君の家の方を振り返る。
(……一緒に遊んでて、初めて”友達”って言ってくれた)
こんなに温かい"友達"は、はじめて……かも。
他の子が言ってくれる友達は、どこか遠くて――独りみたいだったのに。
(睦ちゃんも、良くしてくれたんだと、思う)
うまく話せなかったけど、紅茶、すごく温かかった。
結月君が飲んだあと、睦ちゃんがそっとカップに手を伸ばして……なんでだろう、あの瞬間を思い出す。
二人はどうして、遠いのに近いように見えるんだろう。
睦ちゃんはとっても近くて”ずっといる人”みたいで……いいな、って思った。
「だけど、楽しかった」
知らないものをいっぱい見て、ちょっと疲れちゃったけど。
いつか、私からも結月君のこと誘える、かな……
***
晩ごはんを食べて、結月兄さんも部屋に戻った。
リビングには、食器を洗う水の音だけが静かに流れる。
(二人とも、楽しそうだった)
私とは違う繋がり。"家族"とは違う――特別。
燈ちゃんは、結月兄さんを奪うような人じゃなかった。
でもどうしてだろう。紅茶を一緒に飲んでるのは私のはずなのに、カップを持つ手が震えて、隣にいるのに遠く感じた……
それに、結月兄さんと一緒にいる時、何かを見られてる気がして……少し、怖かった。
それでも、その場所から離れたくなかった。
自室に戻って、震える手でスマホの画面を開く。
【みなみちゃん】。自分から電話をかけたことなんてない。出てもらえるかも分からない。
コール音が続くほど、呼吸が浅くなる。
「睦ちゃんから電話なんて珍しい。結月に何かあった?」
「みなみちゃんに……お願いがあって」
「……聞くだけよ。叶えてあげるかは別の話だけど」
突き放すような返事に、押しつぶされそうになって……乱れる呼吸を押し殺す。
そして、私はみなみちゃんに初めてお願いをした。
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