二人だけの音 〜重ならない旋律が響くとき〜   作:Tmouris_

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三人の関係が、少しずつ音を変えていきます。


第3話:小さな夜空

ざわめく教室の中、睦ちゃんの提案で高松さんを家に誘おうとしている。

いつも通り話しかけるだけなのに、自分でも分かるくらい鼓動が速く感じた。

 

(落ち着け、俺。前みたいに、遊びに誘うだけだ)

 

何度も声をかけようとしたが、言葉が喉に詰まる。

遊びに誘えたなら、家に誘うくらいできるだろ!

緊張をごまかすように深呼吸して、高松さんに声をかけた。

 

―――

 

「結月兄さん、これ」

 

いつもより早く起こされて、大きな口をあけながらリビングへ降りると、小さめの段ボールを手渡された 。

急な出来事に眠気が吹き飛ぶ。呆然と立ち尽くす俺を置いて、睦ちゃんは何事もないように椅子に腰を下ろした。

 

とりあえず開けてみると、何やら丸い機械が入っていた。横に挟まっている、説明書を開くと――

 

「……プラネタリウム?どうしたの、これ」

 

「荷物片づけてたら見つけた」

 

もしかして、高松さんが星が好きって言ったの覚えてたのかな。

睦ちゃんは力があるほうじゃない。一人で荷物の片付けなんてしないし……わざわざ探してくれたんだ。

 

疲れを表に出さない睦ちゃんだけど、今日はちょっとだけ気だるそうに見える。

 

「スタジオなら、綺麗に見える」

 

睦ちゃんがギターの練習をしてる部屋か。あそこなら変に光も入らないし、綺麗に見えそう。

てっきり、外の人は入れたくないと思ってたけど――

 

「あれ、もしかして高松さんを家に誘うってことか?」

 

「誘えないの?」

 

そんな、きょとんとした顔で見られても困る。俺を何だと思ってるんだ。

誘えないわけじゃない。水族館には誘えたし……いや、あれは話の流れで決まっただけで――

 

「意外とハードル高いかも……」

 

考えれば考えるほど、手に汗が滲む。

 

「……今までどうしてたの?」

 

「呼んだっていうより、相手が来たがるから招いただけで……しかも、そいつらを二回も見た記憶あるか?」

 

睦ちゃんは天井に目を向けてから、ふるふると首を横に振る。

 

「前、遊びに行ってた」

 

「家に誘ったことはないし、女の子誘うのって結構緊張するんだからね!?」

 

睦ちゃんが「誘ったことないのに……」とぼそっとつぶやくが、俺の耳には届かない。

 

なんでこんなに押しが強いんだろう。誘えって圧がすごい。

 

「睦ちゃんって、俺の交友関係にそんな興味あったっけ?」

 

「……?」

 

言葉の意味をつかみきれない表情で、かすかに首を傾げてみせた。

 

「俺が誰と仲良くしてても、興味なさそうだと思ってた。まさか、背中を押されるなんて思わなかったよ」

 

睦ちゃんは、誰がいても関わる気も無さそうだったし。俺の友達に興味を持つなんて思わなかった。

 

何気ないやり取りに、睦は少し胸を締め付けられる。

本人が気付かないほど、ほんの少しだけ……

 

「初めての友達だから」

 

「そこまで言うなら……睦ちゃんに紹介するためにも腹をくくるよ……」

 

俺が高松さんのこと話しすぎたせいで、どんな子か知りたくなったのかもしれない。

どうやって誘うか考えなくちゃ……

 

―――

 

「今週末、うち来ない?」

 

緊張のせいで突拍子もない誘い方になった……いきなり家に誘うとか不自然すぎるだろ!

 

高松さんがぽかんと首を傾げる。

返事を待つ間、次第に教室の騒がしさが遠くなって、短いはずの静かな時間が息苦しいほど長く感じる。

 

「……あぅ。ごめん嫌だったわけじゃなくて」

 

はっと口を開き、一瞬こっちを見てから、すぐに視線を落とす。

 

「お家に誘われたの……初めてだから。急に、綺麗な石、見つけたみたいで」

 

「綺麗な石?」

 

せっかく言葉を選んでくれたのに、俺が何も考えず聞き返したせいで、高松さんは顔をさらに伏せてしまった……

 

「ご、ごめん……」

 

謝りながらも、高松さんの耳が赤くなっていく。

その姿を見ていると、罪悪感に押しつぶされそうになった……

 

俺は急いで、高松さんの言葉の意味を考えて、言葉にする。

 

「衝撃的なことって、反応が遅れるよね!わかるわかる」

 

すっごい食い気味になっちゃったけど、大丈夫か?変なこと言ってないよな?

 

「ていうか、俺も唐突にごめん!無理なら無理でもいいから!」

 

「い、行きたい。若葉君のお家、行ってみたい」

 

その声は、思ったよりもずっと小さかったのに、なぜか耳から離れなかった。

 

「それじゃあ、週末はうちで……」

 

「……うん」

 

その日、放課後までほとんど話せなかったけど、二人ともどこかそわそわして、視線のやり場に困っていた。

 

***

 

(ここが若葉君のお家……?)

 

凄く大きい……住所はここで合ってるし、表札にも若葉って書いてある。

インターホンの前に立っては離れて、表札を見て、また戻って……それだけで時間が過ぎる。

 

そして、固唾を飲んでインターホンのボタンに指を置く。

待っている間、慣れない服装をそっと見直した。

 

(変じゃない、かな)

 

白のワンピースに紺のジャケット……ふりふりした服だと落ち着かない。

いつの間にお母さんこんな服買ってたんだろう?前に水族館行くまでは全然なかったのに。

 

服が乱れてないか確認していたら、スピーカー越しに小さな音が聞こえる。

慌てて手を止めて、戸惑いながら口を開けようとした時。

女の子の「……いらっしゃい」って声だけ聞こえて切れちゃった……

 

鍵が開く音がしたから、入ってもいいのかな。

若葉君は妹がいるって言ってた、から。今のが妹の睦ちゃん……だと思う。

 

不安のまま、そっと玄関の扉を押して、若葉君のお家に足を踏み入れた。

 

中に入ると、広いリビングに繋がっていて、女の子がぽつりとキッチンに立っていた。

電気ケトルに手を添えたまま、体と表情が止まってるみたいで……

 

(お人形さんみたい)

 

私が見とれて立ち止まっていると、女の子がゆっくりと体をこっちに向ける。

目が合ったのに、何も伝わってこなかった……

 

「あ、あの」

 

なにか言わなきゃ……でも、喉が詰まってうまく声が出せない。

 

「睦ちゃん!今のインターホンって……あ、おはよう高松さん」

 

ドタドタと足音がして、ぼさぼさ頭の若葉君が顔を出す。

 

「ごめん!すぐに準備するから!紅茶飲んで待ってて!」

 

視線を戻すと、妹の睦ちゃんが三人分の紅茶を置いて、静かに座った。

 

「ありがとう。えと、いただきます」

 

私は淹れたての紅茶を、ゆっくりと口に運ぶ。

 

(……おいしい)

 

とっても、あたたかくて甘い。でも、ちゃんと紅茶の風味は……ある?

紅茶ってあんまり飲まないから分からない、けど、複雑で、おいしい。

 

「えっと、思ったより飲みやすくて……こういう感じなんだ」

 

睦ちゃんはこくんと頷くだけで、その表情は変わらなかった。

人見知りするって聞いたから、歓迎されてないわけじゃない……と思う。

 

「あっあのね。若葉君、学校で睦ちゃんのこといっぱい話してくれるんだよ」

 

若葉君の名前を出すと、睦ちゃんはぴくりと眉を動かした。

 

「……何か言ってた?」

 

「すごく優しい妹って。楽しそうに話してて、うまく言えないけど、いいなって思った……」

 

睦ちゃんは嬉しそうに微笑んでる……ように見えた。きっと、二人は特別なんだろうな。

 

―――

 

紅茶を飲み終わって、睦ちゃんの方を見ると、ティーカップから湯気がまだ出てた。

 

「あれ……飲んじゃダメだった、かな」

 

睦ちゃんはふるふると首を横に振った。飲んでよかった、てことでいいのかな?

視線が合わないまま、静かに時間が過ぎていく……

すると、さっきとは違う落ち着いた足音が聞こえてくる。

 

「お待たせ二人とも。ごめんね高松さん、起きるのが遅くて準備が間に合わなくてさ。睦ちゃんと初対面でびっくりしたよね」

 

「結月兄さんが起きないから」

 

「っぐ……でも、家族以外と会うときはだらしない恰好できないじゃん」

 

なんでだろう。二人を見てると、さっきの紅茶を思い出すな……

 

若葉君がカップに口を付けると、睦ちゃんが崩れた襟を直してから、自分のカップに手を伸ばした。

あたたかいのに、どうしてだろう……気持ちざわざわする。

 

「プラネタリウムの準備は出来てるから、案内するね。睦ちゃんも一緒だけど大丈夫?」

 

昨日の夜、睦ちゃんが急に「私も一緒に見る」って言い出した。追加の座椅子を引っ張り出すのにめっちゃ苦労して――

寝坊したのも、睦ちゃんのせいと言ってもいいんじゃないかこれ?

 

「うん。睦ちゃんあったかいから、大丈夫……だと思う」

 

「睦ちゃんは優しいから安心して。そういえば、睦ちゃんは若葉呼びじゃないんだね」

 

俺の睦ちゃん呼びがうつったのかな?女の子同士の距離感は分からない……

 

「苗字いっしょだから、睦ちゃんのほうがいいと思って、嫌……だった?」

 

高松さんは不安そうに睦ちゃんを見てるけど、本人は全く気にしてなさそう。

 

「二人は、名前で呼ばないの?」

 

睦ちゃんの一言で、高松さんと目が合った。

たしかに、会ってからそこそこ経つ。だいぶ仲良くなったけど、言い出せなくって。

 

「高松さんがいいなら……」「若葉君がいいなら……」

 

完全に言葉が被った。なんとも言えない気まずさに耐えられず、睦ちゃんに助けを求める。

視線に気づいて目が合ったはずなのに、俺を尻目に横を通り抜けていった。

 

「えーっと。俺たちも行こうか。"燈ちゃん"」

 

「あ、うん。"結月……君"」

 

名前で呼び合うのなんて特別じゃない。俺を結月って呼ぶやつはいっぱいいるし。

なのに、燈ちゃんに呼ばれて顔が熱くなった気がした。

 

―――

 

「す、すごい!あの星座はね――」

 

プラネタリウムを始めてから、燈ちゃんの解説が止まらない。

瞳は星みたいにきらきら輝いてる。

 

睦ちゃんはというと、燈ちゃんの指さす星を静かに目で追ってる。

 

「睦ちゃんありがとう」

 

「……ん」

 

力の弱い睦ちゃんが、大きな荷物をひとりで片付けることはない。きっと、へとへとになりながら探してくれたんだと思う。

 

「燈ちゃんもありがとう。友達と遊ぶのって、楽しいんだ」

 

燈ちゃんはちらっとこちらに顔を向けてから、天井をそっと見上げた。

暗くて表情はよく見えなかったけど……それでも、やわらかく笑ってた気がする。

 

「えっと、結月君も、ありがとう。誘ってくれて……」

 

三人で眺める小さな夜空は、今までのどの夜よりも新鮮で綺麗だった。

 

***

 

夕日に照らされながら、結月君の家の方を振り返る。

 

(……一緒に遊んでて、初めて”友達”って言ってくれた)

 

こんなに温かい"友達"は、はじめて……かも。

他の子が言ってくれる友達は、どこか遠くて――独りみたいだったのに。

 

(睦ちゃんも、良くしてくれたんだと、思う)

 

うまく話せなかったけど、紅茶、すごく温かかった。

結月君が飲んだあと、睦ちゃんがそっとカップに手を伸ばして……なんでだろう、あの瞬間を思い出す。

二人はどうして、遠いのに近いように見えるんだろう。

睦ちゃんはとっても近くて”ずっといる人”みたいで……いいな、って思った。

 

「だけど、楽しかった」

 

知らないものをいっぱい見て、ちょっと疲れちゃったけど。

いつか、私からも結月君のこと誘える、かな……

 

***

 

晩ごはんを食べて、結月兄さんも部屋に戻った。

リビングには、食器を洗う水の音だけが静かに流れる。

 

(二人とも、楽しそうだった)

 

私とは違う繋がり。"家族"とは違う――特別。

燈ちゃんは、結月兄さんを奪うような人じゃなかった。

でもどうしてだろう。紅茶を一緒に飲んでるのは私のはずなのに、カップを持つ手が震えて、隣にいるのに遠く感じた……

 

それに、結月兄さんと一緒にいる時、何かを見られてる気がして……少し、怖かった。

それでも、その場所から離れたくなかった。

 

自室に戻って、震える手でスマホの画面を開く。

【みなみちゃん】。自分から電話をかけたことなんてない。出てもらえるかも分からない。

コール音が続くほど、呼吸が浅くなる。

 

「睦ちゃんから電話なんて珍しい。結月に何かあった?」

 

「みなみちゃんに……お願いがあって」

 

「……聞くだけよ。叶えてあげるかは別の話だけど」

 

突き放すような返事に、押しつぶされそうになって……乱れる呼吸を押し殺す。

そして、私はみなみちゃんに初めてお願いをした。

 

 




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