二人だけの音 〜重ならない旋律が響くとき〜 作:Tmouris_
祥子ちゃんの新バンドの顔合わせ前日。
何故か知らないけど、いつも距離の近い紬がいつも以上に距離が近い。
「明日の顔合わせ緊張するね」
俺の質問に答えることもなく、紬は静かに俺の肩に頭を預ける。
「紬がプロになるって、なんか現実味ないな」
俺がそう言うと、紬は体をピクリと動かした。
「……私じゃできない」
私じゃできないってどういうことだろう。紬ちゃんもギターの腕はかなりのものだと思うけど。
「私のギターは結月のための音だから」
……そういえば、紬ちゃんが一人でギターを弾いてるのをあまり聞いた事なかったっけ。
俺にとってはすごく合わせやすい音なんだけど。
「俺は紬のギター好きだよ」
紬は俺の服の肩の部分を掴んで、胸に顔を埋める。
「……ありがとう。でも、プロでやっていくなら。祥ちゃんとバンドやっていくなら睦ちゃんじゃないとダメなの」
睦の事情は全部分からない……ただ、紬と離れ離れになって、睦ちゃんと明日から生活をしていくってことだけは分かる。
「……寝る前に音合わせしよっか」
「うん」
機材もない、大きな音も出せない。
それでも、この日に流れた紬の音は優しくて……少し寂しかった。
***
どうして、私じゃダメなんだろう。
布団に入って、天井を見上げながら明日のことを考える。
結月と一緒にいたいのに、でも一緒にいることを私は許してくれない。
「私は結月とどうなりたいの?」
その言葉を最後に、私の意識は少しずつ遠のいて行った。
***
「……緊張してる?」
「そりゃ、緊張するよ。有名人しかも初対面だよ?」
海鈴さんはちょっとした顔見知りだけど、sumimiの初華にインフルエンサーのにゃむち……画面の先でしか見たことの無いんだぞ。
「昔……いっぱい会ってた」
「あんなちっちゃい時のこと言われても……」
母さん経由で、有名人には沢山会ってきたけど……今の俺からしたらテレビに出てるすごい人だ。
「待たせたら悪いし、入ろっか」
呼ばれたカフェの中に入ると、すでに俺たち以外のメンバーは揃っていた。
「お、おはようございます」
俺がぺこりと頭を下げると、睦ちゃんも一緒に頭を下げた。
「そうかしこまらなくてもかまいませんわ」
祥子ちゃんにそう言われて、俺も肩から力を抜いて話す。
「それじゃ、改めて。若葉結月です。よろしく」
「久しぶりですね結月さん」
席につくと、海鈴さんが真っ先に声をかけてくれた。
「海鈴さんお久しぶりです」
海鈴さんとは、RiNGのバイト時代に何度か顔を合わせているし、同じベーシストということもあって、少しだけ話もしたことがある。
「へぇ〜この二人が森みなみさんの息子と娘?」
「どうも、にゃむさん。メイク動画とか、化粧品系の動画めっちゃ助かってます」
「え!動画みてくれてるの?ありがと〜気軽ににゃむちって呼んで」
にゃむちは動画で見るように、気さくでいい人っぽい。
「私は初華よろしくね」
「初華さんもよろしくお願いします」
俺が頭を下げると、初華さんはあたふたしながら手をブンブン振っている。
「そんな、初華でいいよ。こちらこそよろしくね結月くん」
「挨拶はその辺に、本題に入りましょう」
さっきまでの柔らかい雰囲気と打って変わって、真剣な空気が一瞬にして漂う。
「わたくしたちはバンド……Avemujicaとして活動してまいります」
Avemujicaか……かっこいい名前だな。
「最速でデビューを目指しますわ」
「まー、ネームバリュー的には充分だもんね」
「いえ、Avemujicaは最初、仮面バンドとして活動していきます」
祥子ちゃんの言葉にみんながザワつく。
正直、sumimiの初華、多バンドに参加して名前の売れてる海鈴さん、インフルエンサーのにゃむち、森みなみの娘の睦ちゃんがバンドを始めるとなれば事務所からは引っ張りだこだろうに。
「えー、それじゃあせっかくの数字と顔が勿体なくない?」
にゃむちの言うことも最もだ。最速デビューかつ売れ線のバンドを目指すなら名前を伏せる必要はない。
「俺は賛成かな。むしろ譲れないかも」
今の睦ちゃんを芸能界で顔を晒させたくない。
俺の意図を理解しているのか、祥子ちゃんも俺の方を見てこくりと少しだけ頷いた。
「まずは音楽性の基盤を固めて、最高の舞台最高のタイミングで仮面は外させていただきます」
「私も賛成です。実力が伴わなければコンテンツとして消化されて終わるだけでしょうから」
実力か……正直、そこに関してはあまり心配はしてない。
睦ちゃんのギターの腕もそうだけど、海鈴さんのベースの腕もプロと遜色ないレベルで高い。初華に至っては、現在進行形でプロのアイドルとして、ギターボーカルをしてるわけだし。
「祥子ちゃんとにゃむちは大丈夫なの?最速デビュー目指すなら生半可な実力じゃ無理だと思うけど」
「わたくしの腕は訛っていません。祐天寺さんも腕前こそまだまだですがそれを補うほどのパフォーマンス力があります」
祥子ちゃんがそう言うなら一安心だ。
仮面の件はあとで話しておかないと。
「というか、初華さんは大丈夫なの?事務所との契約とか色々ありそうだけど」
「う……それなんだけど。さすがにほかの事務所に所属って言うのは難しかな」
「それに関しては問題ありません。わたくしたちが実力を示して、同じ事務所に所属する予定ですので」
そんな無茶な……って言いたいところだけど。それを可能にできるメンバーを集めてるんだからすごいよ本当に。
「無所属でのバンド活動なら契約違反しないと思うし……大丈夫かな」
「SNSや動画サイトを使っての宣伝は祐天寺さんにお任せいたしますわ」
「はーい任せてよ」
インフルエンサーで実績のあるにゃむちなら、どうすればバズるとか分かったりするのかな。
「フェスの参加の手続きやメンバーのスケジュール管理は結月さんにお願いしますわ」
「善処はするよ善処は」
祥子ちゃんと睦ちゃんはまだいいとして、sumimiで活動して初華、とんでもない数のバンドを掛け持ちしてる海鈴さん。それに動画撮影や配信のあるにゃむちのスケジュール管理は大変だ……
「じゃあ、グループ作ったんで、そこにスケジュールの共有をお願いします。動画の投稿とかフェスの参加は曲の作製と合わせ具合で」
「いえ、曲の方は準備が出来ています。あとは、パフォーマンスとして、寸劇を考えているのでそれまでにみなさん個人練お願いします」
パフォーマンス……か。本気なんだね祥子ちゃん。
昔の祥子ちゃんなら絶対にしないようなバンドになるんだな。
―――
俺と祥子ちゃん以外が帰って、二人でゆっくりと紅茶を飲む。
「仮面のことなんだけどさ、睦の準備が出来るまでは外すの待ってくれないかな」
「やはり、そのことですのね」
祥子ちゃんはカップを置いて俺の方を見た。
「約束はしかねますが……善処するつもりですわ」
さすがに、プロとしてやっていくならいつかその時は来てしまうんだろうか。
「わかった……だけどその時は最低限睦の意見も聞いてやって欲しい」
「もし、約束を破ったら?」
「別に何をするわけじゃないよ」
何をするどころか、俺程度に出来ることなんてない。
「単純に俺がAvemujicaを抜けるだけ」
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