二人だけの音 〜重ならない旋律が響くとき〜 作:Tmouris_
望まなくても朝はやってくる。
仕事、仕事、仕事。
色んな現場を一日中移動する。
そして、Avemujicaのライブの控え室に入る時には既に私はクタクタだった。
「今日のライブ失敗は許されませんわ」
失敗は許されない。私は上手にギターを弾かないといけない。
そうしないと、私は私でいられないから……
ライブが始まって音楽が鳴り響く。
鳴り響いてるはずなのに、私には自分のギターの音しか聞こえない。
間違えたら……また、バンドダメに――
そんな事を考えていたら、音を外した。
――失敗した。
私の意識はそこで途切れる。まるで、糸の切れた人形のように。
―――
また、祥に怒られた。
バンドが言い争いになった。
私のせい。
私はギターが下手だから。
私が耐えられなかったから。
私がギター弾きたいって言えないから。
私が話したらダメになるから。
「また、眠れないの?」
「……モーティス」
椅子に座ってる私の前に、ひょっこりと現れる人形。
「苦しいよね、辛いよね……でも、私とお兄ちゃんだけは睦ちゃんの味方だよ」
私は縋るようにモーティスに手を伸ばして……次の瞬間には深い、深い眠りについていた。
***
最近、睦ちゃんは家に帰ってきてない。
仕事の関係でホテルに泊まったり忙しいんだと思う。
そういえば、今日mujicaがミュージックフロアに出てるんだっけ。
俺がテレビをつけると、ちょうどmujicaのメンバーがインタビューされるところだった。
「え、じゃああれ全部アドリブなんですか!?」
「私、mujicaの曲知らなくて〜」
そこには明るく振る舞う睦ちゃん――
「ただいま〜結月くん!私出てた番組見てくれてるの?」
いつの間にか帰ってきていた彼女は俺の背中に勢いよく抱きついた。
「……だれ?」
「あちゃー。流石にお兄ちゃんにはバレちゃうよね」
睦ちゃんと紬は根本的なところが似ていて違いに気が付かなかったけど……なんでだろう、この子からは別のものを感じる。
「私はモーティス。Avemujicaと睦ちゃんを守るために出てきたの」
「そっか……」
最近、ずっと忙しそうで、やれることはやってあげようと思ってた。でも……睦ちゃん眠っちゃったんだね。
「別にお兄ちゃんのことは責めてないよ。だって、お兄ちゃんに会わないのを選んだのは睦ちゃんだもん」
そっか……睦ちゃん、一人でずっと頑張ってたんだ。必死に頑張って頑張って、あがいて、疲れちゃったんだ。
「だけど、睦ちゃんも変だよね。お兄ちゃんに助けを求めればよかったのに。お兄ちゃんが私のこと嫌いになるわけないのに。だってお兄ちゃん私のこと大好きでしょ?」
大好き。そう言われて俺は紬のことを思い出した。
モーティスの言うこの大好きは――
「あ、もちろん異性としてじゃないよ?だって私たち兄妹じゃん」
「う、うん」
やっぱり、モーティスだけは睦ちゃんとも紬ともどこか違う。どこが違うかはまだ俺には分からないけど……
「モーティスも疲れてるだろうし、紅茶でも淹れるよ」
「ありがとう。お砂糖とミルクもお願いね」
「あれ、ストレートじゃなくていいの?」
「私ストレートなんて飲めなーい」
俺はお湯を沸かしながら、牛乳と砂糖を用意しておく。
なんだろう、話しててちょっと幼さを感じると言うか……でも、どこか懐かしい気もして。
「はい、ミルクティー」
俺がモーティスの前にカップを置くと、嬉しそうに持ち手を掴んで口に運んだ。
「わぁ、すごく美味しい。燈ちゃんに淹れ方教えてもらったの?」
「そ、そうだけど」
燈ちゃんの家でミルクティー飲んでることなんて睦に話したことあったっけ……
「えへへ。燈ちゃんって素敵だよね。お歌も上手くって。燈ちゃんみたいな子が私のお姉ちゃんだと嬉しいな」
いまいち話が見えてこない。
モーティスの話の意味を考えながら紅茶を飲む。
「ところで、いつ燈ちゃんとお付き合いするの?」
俺は勢いよく紅茶を吹き出してむせてしまう。
「大丈夫?お兄ちゃん」
「だ、大丈夫だから」
布巾で汚れた机を掃除しているとき、モーティスの言ってたことのせいか燈ちゃんの言葉を思い出した。
『私も、隣にいたいって、思えるんだと、思う』
あれってやっぱり、燈ちゃんなりの……
いやいや、まさかね。
「俺と燈ちゃんは友達だから。付き合うとかは考えたことないよ」
「えーお似合いだと思うのに」
モーティスはご機嫌そうに紅茶を飲みながら足をプラプラとしている。
「それよりストレートなんて飲めないって言ってたけど。いつもはストレート飲んでるじゃん」
これ以上は俺の体に悪いと思って、話の舵をきる。
「ううん?私はストレートなんて飲めないよ?私はミルクティー好きだもん」
なんだろうこの違和感。睦ちゃんと紬ちゃんとの明確な違い。
「……ギターは弾けるんだよね」
なんでそんなことを聞いたか自分でも分からない。
ただ、紬が言っていた『私のギターは結月のためのギターだから』という言葉が無意識に引っかかっていたのかもしれない。
「弾けな〜い」
それを聞いて俺はティーカップを持ったまま固まってしまう。
「え、Avemujicaの曲も?」
「だから弾けないって、ギターなんて弾いたことないもん」
ギターを弾けない?あんなにもギターが大好きだった睦が?
「紬は?ギター弾けないとこれからのツアー困っちゃわない?」
そう言うと、モーティスは首を横にふるふる振った。
「紬ちゃんも眠っちゃった。睦ちゃんと根本的なところは似てるから傷ついちゃったのかも」
睦ちゃんも紬も眠るほど傷ついた……
やっぱり俺がそばにいれば――
『きっと、そんな結月くんがいてくれたから睦ちゃんも頑張れて』
そうだ、燈ちゃんが言ってくれたじゃんか。俺は俺にできることをやろう。
「それに、ギターなんて弾けなくても大丈夫。私のパフォーマンスがあればお客さんみんな喜んでくれるもん」
「そっか……でも、祥子ちゃんには相談しないと」
だけど、なんて相談すれば?睦は多重人格で今の睦は睦ちゃんじゃなくってモーティスなんて話信じてくれる?
「嫌、私祥子ちゃんのこと嫌い。だって、睦ちゃんに酷いことするもん」
祥子ちゃんのことを問い詰めたい。俺がいない間に一体何があったのか。
だけど、聞いたところで何を話せばいいんだ?
「大丈夫だよ〜。今のmujicaすごい雰囲気いいんだよ?お兄ちゃんは心配しないで」
「そ、そう?ならいいんだけど」
嘘をついてるようには見えなかったし、何よりも俺の考えるキャパシティを超えて考えるのから逃げてたのかもしれない。
だから、こんな簡単なことにも気がつけなかった。
ギターが弾けない状態でツアーを乗り越えられるわけが無いことを。
次に俺がモーティスを見たのは、テレビで断末魔のような叫び声をあげている姿だった。
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