二人だけの音 〜重ならない旋律が響くとき〜 作:Tmouris_
『もうやめて』
私の目の前には、祥ちゃんに送った付箋にかき殴られた文字が視界いっぱいに広がっていた。
私はただ知りたかった。祥ちゃんが何を考えているのか。
傷ついているのか幸せなのか……
考えて考えて考えて、私も私にできることをしようって。
気がつけば足が動いてた。
「祥ちゃん……祥ちゃん!」
上履きのまま地面を蹴り出して、追いつこうと必死に走ったけど、躓いて転んだ。
「ともりん大丈夫!?」
あのちゃんが慌てて私を追いかけて来てくれた。
私と祥ちゃんを交互に見ると、力強い目で祥ちゃんの方を見て立ち上がる。
「任せて!私中学の時三年間アンカーだったから!」
私も立ち上がって、あのちゃんの背中を急いで追いかけた。
なんとか車に乗り込んで、祥ちゃんに話をしようとしても、呼吸が乱れてろくに言葉が出てこない。
その間、あのちゃんが話してくれてたけど、結局祥ちゃんのお家につくまで呼吸を整えることができなかった。
祥ちゃんの家の中に入ると、中学生の時のことを思い出す。初めて祥ちゃんの家に来て、この部屋で初めて、曲を作ってもらった。
そうだ、あの時は私の詩が祥ちゃんに届いた。きっと今も。
「それで、なんの用ですの?もうやめてと伝えたつもりですが」
「祥ちゃん!バンドやろ!昔みたいに!」
どれだけ考えても分からない。私の言葉は祥ちゃんには届かない。でも、歌ならきっと祥ちゃんにも伝わると思った。
――そう思い込んでた。
「あなたが私の何を知っているんです?」
返ってきたのは昔の温かい祥ちゃんとは違う冷たい言葉だった。その冷たさに私はアワアワと口を動かすだけで何も言えない。
「バンドをすれば幸せになれるとでも?用がそれだけでしたら、もう帰ってください」
背を向ける祥ちゃんに体が固まる。声を出そうにも喉が詰まるように締まって声が出ない。
私は不器用だから、考えても分からないから、何もできない……
でも、結月くんはきっとそれでも睦ちゃんのことを考えてた。諦めてなかった。何かしたいって思ってた。
気づけば祥ちゃんのもとに駆け寄って、腕をガシっと掴んでいた。
「幸せには、なれない、かもしれない。けど、きっと!祥ちゃんに伝えられることがあって!分かることもあると思うから!私とバンドして!」
何を言ってるのか自分でも分からなかった。でも、自分の心の中をさらけ出すように叫ぶように言葉を祥ちゃんにぶつけていた。
「……っ。今のバンドはどうするんですの」
祥ちゃんは一瞬だけこっちを振り向いてからあのちゃんを見た。
私も後ろを振り返ると、「あはは……」と苦笑いをしながら私達のやり取りを見てるあのちゃんがそこにいた。
「話は終わりですわ。帰ってください」
今度こそ私は何も言い返せなかった。
そのあとのことはあまり覚えてない。
あのちゃんに手を引かれながら、RiNGのスタジオまで歩いた。
***
あの日以来、モーティスは部屋に引きこもってしまった。
食事はとってくれてるけど、俺の顔を見ると、何かに怯えるように顔を逸らしてすぐさま部屋のドアを閉じちゃう。
だから、今は出来るだけ顔を合わせないようにしてる。
部屋からは、モーティスの独り言……一人芝居なのかそれとも別の何かなのか。定期的にそれが聞こえてくる。
母さんに相談しても、Avemujicaの解散がショックで引きこもっちゃったって噂を流すのが精一杯だって言ってた。
それが本当なのか、睦のことをそういう人間だとしか見てないのか俺には分からなかったけど。
どうにか、してあげられないのかな……
紅茶を淹れながらそんなことを考えていると、インターホンが鳴り響いた。
「どちらさまですか」
玄関をあけると、そこにはそよさんがどこかよそよそしく立っていた。
「……入ってよ」
そよさんを家に入れてダイニングに案内する。
キッチンに立って、お湯を沸かしながら、そよさんに声をかける。
「睦のこと心配して来てくれたの?」
「う、うん……睦ちゃんずっと休んでるから」
そっか、そよさん優しいもんな。気になって様子を見に来てくれたんだ。
「結月くんもいるし大丈夫かなって思ったんだけど……心配で」
「ありがとう」
純粋に嬉しかった。睦のことを心配してくれる人がいることが。
あれから祥子ちゃんとは連絡が取れないし、モーティスに何があったか聞くにもいかないし。
「睦ちゃん、大丈夫なの?」
そよさんが俺にそう質問したところでお湯が沸いた音が部屋に響く。
「――見た方が早いかな」
モーティスの部屋の前に行くと、何かを言っている声が中から聞こえてくる。
一応ノックをして、ドアを開ける。
「お医者さんですか?はい……はい。睦ちゃんが目を覚ましてくれなくって」
普通に聞けば、病院に電話してるようにしか聞こえない。
「え、あれって……」
そよさんは息を呑んで一歩後ずさった。
まるで現実を受け止めきれないような顔でモーティスを見つめている。
そこにはヒールを電話のように耳にあてて、一人芝居のように話すモーティスがベッドに座っていた。
ただ、俺たちが部屋に入ったのに気がつくと俺と顔が合う。
「いや……いや!お兄ちゃん見ないで!」
叫ぶように大声を荒らげて、すぐさま布団の中にこもってしまう。
そこで俺は一度ドアを閉じてそよさんとダイニングに戻った。
「はい、どうぞ」
そよさんの前に紅茶を置いて、俺も椅子に腰をかけた。
分かってはいたけど、モーティスにああいう態度を取られると流石に堪えるものがある。
「ねぇ、結月くんあれってどういうことなの……?」
「モーティスっていうんだ」
「モーティス?モーティスってAvemujicaの?どういうこと?」
俺はそよさんに事情を軽く話した。
睦の中に睦ちゃんと紬とモーティスの三つの意思があることを。
「それで、モーティスちゃんはショックで引きこもっちゃったんだ……」
「信じてくれるの?」
正直、めちゃくちゃな話をしてると思われてもおかしくないと思ってはいる。
「信じるよ。結月くんの言うことだし――何よりさっきのを見ちゃったらね……」
「そう、だよね」
俺も今のモーティスが普通じゃないことくらい分かっている。でも、話そうにもさっきみたいにすぐ拒絶されてしまう。
「そよさんが良かったら……モーティスと一緒に居てあげてくれないかな。俺さ、なんか怖がられてるみたいで」
俺は悲しさを誤魔化すように頬をぽりぽりとかく。
そよさんもそれに気がついたのか優しく笑いかけてくれた。
「いいよ。何ができるか分からないけど」
それから、そよさんはモーティスに三日三晩拘束されることになった。
学校までお休みして……モーティスが行かないでと呼び止めたらしいけど、流石に申し訳ない。
***
「祥子ちゃん酷いんだよ。睦ちゃんのこと追い詰めて。だから、睦ちゃんも紬ちゃんも眠っちゃって」
ぐりぐりと紙に何かを描きながら祥子ちゃんの愚痴を聞きながら、私はモーティスちゃんが遊んだ道具を片付ける。
最初は何も話してくれなかったけど、少しずつ心を開いてくれたのか……それとも今までのことを知ってるから話してくれるのか分からないけど。
「モーティスちゃんは結月くんのこと怖いの?」
ご飯を置きに来てくれる時も、ふと顔を合わせてしまった時も、怯えたように結月くんからは隠れてしまう。
「怖くない!お兄ちゃんのこと大好きだもん!」
食い気味にそう言うと「……でも」と言葉を続ける。
「お兄ちゃんに……嫌われるのは怖い」
「結月くんはモーティスちゃんのこと嫌いにならないと思うけど……」
結月くんは睦ちゃんのことが大好きだし、モーティスちゃんのことも大切にしているように見えたし。
「私、失敗したから。Avemujicaも解散させちゃって。いろんなことが上手くいかなくって。お兄ちゃんももしかしたら私のこと嫌いかもって、兄妹だから良くしてくれてるだけかもって……お兄ちゃんが好きなのは睦ちゃんと紬ちゃんだけなんだって」
そっか……ずっと、結月くんは自分のことが大好きだから大丈夫ってモーティスちゃんにとっては支えだったんだね。
「大丈夫だよ。結月くんはモーティスちゃんのこと大切に思ってるから」
「ほんと?」
モーティスちゃんは今にも泣きそうな目で私の顔を見つめてくる。
「そうだよね結月くん」
私はスマホの通話を切って、後ろを振り返る。
そこにはスマホを耳に当てて、涙を流す結月くんがドアを開けてモーティスちゃんを見て固まってた。
だけど、すぐにスマホをポケットにしまうとモーティスちゃんをぎゅっと抱きしめた。
「俺は睦が大事だ。だから睦ちゃんも紬もモーティスもみんなみんな大事なんだよ!嫌いなんかになるわけない!」
抱きしめられて固まっていたモーティスちゃんはゆっくりと結月くんを抱きしめ返すと、まるで糸が切れたように涙を流し、子供のように泣きじゃくった。
「私!私!お兄ちゃんに呆れられたかもって。もう、見放されたんじゃないかってえぇぇ!」
***
睦ちゃんと紬ちゃんがお兄ちゃんに恋をしてるのは変だって今も思う。
だけど、なんとなくその気持ちが分かる気がして……お兄ちゃんの胸の中はとっても温かかった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
44話と45話を通して結構書きたかったシーンだったので満足しています。
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