二人だけの音 〜重ならない旋律が響くとき〜   作:Tmouris_

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選ぶのって難しいですよね
たった一つの事でも


第4話:包み込む想い

「結月兄さんに……楽器を買ってほしい」

 

喉に力が入りすぎて、震える声をマイクに向ける。

電話は切れていないのに、みなみちゃんの呼吸すら聞こえなくて……冷たい沈黙が流れた。

 

「結月が欲しいって言ったの?」

 

声のトーンは変わらないのに、突き刺すような……そんな声。

嫌な汗が頬を伝う。それでも、私は小さく口を開く。

 

「……違う」

 

「やっぱりそうよね〜。結月だったら私に直接言うから」

 

みなみちゃんは結月兄さんが関わると、私相手でも棘がなくなったように話してくれる。

うんうんって、嬉しそうに相づちを打つけど……その温かい時間が長くは続かないって、私は知ってる。

 

通話越しに、ほんのわずかな呼吸の音が混じった。

たったそれだけで、携帯を持つ指に力がこもる。

 

「だけど」

 

さっきまでとは違う。まるでスイッチが切り替わったみたいに、鋭い声がスピーカ-から響いた。

トーンは変わってないはずなのに、部屋の空気が冷たく感じる。

 

「私が睦ちゃんのお願いを聞く意味ってある?」

 

みなみちゃんは、私のお願いを叶えてくれない。

みなみちゃんにとって、私は”睦ちゃん”であって娘じゃないから。

 

「ちゃんとメリットは、ある」

 

張り詰めた空気の中で、私は精一杯声を振り絞った。

 

「ふ〜ん?じゃあ私を納得させてみせて」

 

娘としての私の声が、届かないなら――

 

「森みなみとして使えるから」

 

返事を待っている間、時計の音さえ遠く聞こえる。

そして、みなみちゃんは静かに言葉の意図をなぞり始めた。

 

「娘のお願いを聞いて、息子に高いプレゼントを買ってあげる優しい母親。イメージ戦略としては悪くはないわ」

 

そこで言葉が途切れて、「だけど」と続ける。

 

「大女優としても母親としても、私は既に十分に評価されている。今さら、そんな小細工をする必要なんてないの。わかる?」

 

叩きつけるような言葉に、喉が締め付けられて声が出ない。

口は動くのに、体は抑えつけられるみたいで……

 

「もういい?それじゃあ――」

 

このままじゃ、何も選べない。

また、置いてかれちゃう。

 

「結月兄さんが……喜ぶ」

 

息を吐くより先に声が漏れる。

呼吸が乱れているのが自分でも分かるくらい苦しいのに、スマホを握りしめる手だけはゆるめなかった。

 

みなみちゃんは私を娘として見てくれない。

だけど――結月兄さんだけは、私たちを家族として見てる。

 

「……本当に可愛げがないのね。家に帰った時にカードを渡すからそれを使いなさい。今回だけは睦ちゃんの口車に乗ってあげる」

 

ぷつり、と切れた音だけが、静かに耳に残る。

私はスマホを置いて、おぼつかない足で布団に入ると、そのまま目を閉じた。

遠ざかる意識の中で、みなみちゃんとのやり取りを思い出す。

あんな頼み方しか、私には出来ない。

 

―――

 

(ひとりで出かけるの久しぶり)

 

荷物をまとめてリビングに降りると。結月兄さんはソファーでごろごろしていたけど、階段の音に気がついて、顔だけをだらりとのぞかせた。

 

「買い出し?」

 

「……ちがう」

 

私は靴を履いて、玄関のドアに手を添えると、少しだけ動けなかった。

 

「祥ちゃんによろしく伝えておいて〜」

 

事情を話せば、きっと付いてきてくれる。それでも今日は、一人で……

 

「買い物、だから」

 

後ろから聞こえる「えっ?」って気の抜けた声を聞き流して、振り切るように家を出る。

 

買い出しはひとりでも平気だった。でも、お出かけのときはいつも隣に誰かがいた。

だけど、これだけは私だけで選びたくて……燈ちゃんと同じ、選んだつながりが欲しかったから。

 

―――

 

電車を降りると、通学路とは違う普段見ない景色が広がる。額の汗を拭いて、スマホを取り出す。

画面を追いながら歩くだけの時間は、二人で登校するよりずっと短く感じた。

 

しばらくナビの指示通りに歩いていくと、通知音が鳴った。

画面に表示された「目的地」の文字に、ほんの少しだけ足が止まる。

体をこわばらせたまま、顔を上げると――

【SUMIKAWA GAKKI】の看板が視界に映り込む。

 

(ここが楽器屋さん……)

 

ギターは家に元々あって、弦も通販で選んでたから、こういうところに来るのは初めて。

色んな楽器がガラス越しに映っているのを見て、来たことのない場所に緊張しつつも、店内へ足を踏み入れる。

 

中に入ると、冷房の冷たい空気に包まれて、静かな音楽が流れていた。

ギター、ベース、ドラム、キーボード。見たことのない楽器も並んでる。

 

(結月兄さんに合うのって、なんだろう……)

 

ギターなら教えながら一緒に弾ける。演奏する姿も想像できる。だけど、主張の強い音が苦手そう。

ドラムは……力強く叩く感じが結月兄さんぽくない。

キーボードは落ち着いてて合いそうだけど、祥のピアノを弾く姿が印象強くて、弾いてる姿が想像できない。

 

次に目が合ったのは、ベースだった。

主張は強い音じゃないのに、弦を震わせて音楽を支えてくれる……

 

一本一本、ゆっくり眺めていると、吸い寄せられるように足が止まった。

 

(これなら、私も隣に立てるかな……)

 

何本も並ぶ中で、気が付いたらその一本を手に取って音を鳴らしていた。

手触りは私のギターに似てて、手にしただけなのに少し落ち着く感じ。

ブラウンのボディが照明に反射して、兄さんの髪みたいに明るい。

 

手に残る感触を確かめるように、そっと棚へ戻す。

 

(この子に合うピックとケースを探さないと……)

 

一度だけ振り返りながら、棚へ向かう。

 

ピック売り場には、色んな種類のピックが置いてある。

手に取ったのは、真っ白で少し大きめの三角ピック。どんな音にも寄り添ってくれそうな色が、ピッタリだと思った。

結月兄さんの音を出すなら……きっとこれ。

 

次は、並んだケースにそっと触れて、指先で厚みを確かめながら重さを想像していく。

多分、軽くて持ちやすい方が使いやすくて好き。

 

(……これ、かな)

 

丈夫で、長く使えそう。結月兄さんは物持ちがいいから、大事にしてくれると思う。

ライトグリーンのケース。少しだけ、私の髪の色に似てる……かも。

少しだけ浮いちゃうけど、それでも、このケースに守ってほしいと思った。

 

ケースとピックを手に、さっきの場所へ戻って辺りを見回すと、ちょうど店員さんが視界に入った。

声をかけようと一歩踏み出すのに、体が固まって動かせない。

 

(……どうやって声か、ければいいんだっけ)

 

呼んで買うだけ、呼ぶだけなのに。

こういう時は、結月兄さんが声をかけて――えっと、私はどうしてた?

 

いつも、そばで見てただけ……

 

ただその場に立ち尽くすだけで、目に映る光景も、周りの気配も、ぼやけていく。

どれだけ時間が経ったんだろう。短かったのか長かったのかも分からない。

店員さんの声で、意識がほんの少し引き戻される。

 

「あ……これ、欲しくって……」

 

そこからのことはあまり覚えてない。

何を考えていたのか、お店から駅までどうやって戻ったのかすら思い出せなくて……

ただ、”何かを繋げたかった”って気持ちだけが胸に残ってる。

言葉に出来ないその何かが、忘れられない。

 

私はケースを抱きしめて、座席に体を預けた。

電車に揺られながら少しだけ瞼を閉じて、楽器店のことを思い出す。

弦の震える低くて優しい音。手に残るピックの感触。

 

少し歩いて、買い物しただけなのに……どうしてこんなに眠いんだろ。

眠気に襲われてうとうとしてたら、次の駅のアナウンスが流れて、椅子を押すように立ち上がった。

 

(晩ごはんの準備しないと)

 

ベースを傷つけないように、ぎゅっと抱きしめながら家に向かって歩み始めた。

いつもと変わらない帰り道。

それでも今日だけは、夕日に映る影の輪郭が、ほんのりと濃く感じた。

 




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