二人だけの音 〜重ならない旋律が響くとき〜 【完結】 作:Tmouris_
「モーティス大丈夫?」
「……お兄ちゃんは私のこと嫌いにならないよね。私のこと見てくれてるよね」
モーティスはベッドにくるまって俺に背を向けて、そう問いかけてくる。
「嫌いにならないよ。モーティスも睦ちゃんも紬も……睦を嫌いになることなんてない」
モーティスの消えたくないって気持ちも、睦ちゃんがいなくなってしまったのも、紬が睦ちゃんを助けようとしたのも、全部ぐちゃぐちゃだけど、それが睦の気持ちなんだ。
きっと、睦は自分と向き合おうとしてる……矛盾してる受け止めきれない気持ちを。傷つく自分を。
「でも、私、睦ちゃんのこと落としちゃって……紬ちゃんも一緒に」
「落としたことを後悔してるならさ、モーティスも睦ちゃんも紬も自分にとって大切だって気づいてるんじゃない?」
モーティスもうすうす気が付いている。
でも、それは自分の存在を否定することになるから……消えたくないから受け止めきれない。俺にはそう見える。
「大丈夫だよ。睦は前よりもずっとずっと強くなったよ」
***
祥子ちゃんが言った。Avemujicaをするって。
私にギターを弾けって、睦ちゃんを演じきれって。
崩れかけの舞台の端に座り込んで、睦ちゃんたちが落ちていった底を見下ろす。
『落としたことを後悔してるならさ、モーティスも睦ちゃんも紬も自分にとって大切だって気づいてるんじゃない?』
ずっと認めたくなかった。だって、それじゃあ今まで消えていった私たちはなんだったのか。
睦ちゃんを認めたら自分は必要なくなるんじゃないかって。
――でも、違うんだね……お兄ちゃん。
「モーティス」
「紬ちゃん!?」
舞台の端の階段から睦ちゃんを背負った紬ちゃんがゆっくりと階段を登ってくる。
「睦ちゃんも!二人とも大丈夫なの!?」
「大丈夫。だけど、もう……モーティスも睦ちゃんも気づいちゃったよね」
私は何も言い返せなかった。だって、本当のことだから。
「いっぱい傷つけあったよね自分同士で」
「でも……全部本音」
睦ちゃんはそう言って体を起こした。
「結月と話そう」
***
ベッドで横になりながら明日のことを考える。明日の復帰ライブ大丈夫なんだろうか。
祥子ちゃんはAvemujicaを復活させるって言った。そして、その言葉には確かな覚悟を感じた。
体を起こすと、こんこんとノック音が聞こえて、モーティスが部屋に入ってきた。
「お兄ちゃん」
「どうしたのモーティス。もう夜も遅いし明日に備えないと」
だけど、モーティスの様子はいつもと違った。どこか堂々としているのに、何かに怯えているようだった。
「睦ちゃんと紬ちゃんが目を覚ましたよ」
「本当!?」
がしっとモーティスの肩を掴む。
「うん……だからね、最後にお話しにきたんだ」
「――え?」
何を言っているのか理解できなかった。最後?最後ってどういうこと?
「一緒に寝てもいい?」
「……いいよ」
俺が布団をめくると、モーティスは俺の横にそっと横になった。
「私たち気づいちゃったんだ。私も睦ちゃんも紬ちゃんも、みんなバラバラだけど……私たちの本当の気持ちだって」
これ以上聞きたくなかった。耳を今すぐふさいで眠ってしまいたかった。
「でも、お兄ちゃん言ってくれたよね。私たちは強くなったって。私も睦ちゃんも紬ちゃんも全部見てるって嫌いにならないって」
そこまで言うと、モーティスは俺の胸に頭を預けて服をぎゅっと掴んだ。
「でも、やだ……やだよ!消えたくない!お兄ちゃんともっと一緒にいたかった!」
俺は気が付けばぎゅっとモーティスのことを抱きしめていた。
「これからもずっと一緒だよ」
すると、モーティスは少しずつ泣き止んで、呼吸を整えた。
「うん……約束。ずっと一緒にいてね」
指切りをして約束をすると、モーティスは安心したように微笑んだ。
「ばいばい。お兄ちゃん」
目頭が熱い。察しの悪い俺にでも嫌でも分かってしまった。モーティスは……もういないんだと。
「結月くん」
「睦ちゃん……」
睦ちゃんは俺をそっと抱き返してさらに体を近づけた。
「ずっと、ずっと言いたかったことがある」
「うん。うん……なあに?」
顔を少しだけ離して、睦ちゃんの目をそっと見つめる。
「私、結月くんのことが好き。兄さんとしてじゃなくて男の子として」
ぎゅっと胸が締め付けられる。俺はこれに答えなきゃいけない。向き合わないといけない。
「ありがとう。睦ちゃんみたいな子に好きになってもらえて嬉しい」
俺がそう言っても、睦ちゃんは表情を変えることなく、優しく俺のことを見つめたままだった。
「睦ちゃんは俺にとっても特別、異性として見たって可愛いし、魅力的に思ってる」
「うん……嬉しい」
睦ちゃんはぎゅっと俺を抱きしめる力を強めて胸に顔をうずめる。
「でも、ごめん。俺は……俺は!」
今にもあふれそうな涙を必死にこらえる。俺が泣いちゃだめだ。
「俺が隣を歩き続けたいって思ったのは燈ちゃんだから」
これが俺の本心……伝えなきゃいけない俺の気持ち。
「知ってる……結月くんは昔から燈のこと大好きだから。でも、多分これからも迷惑をかけると思う」
「どうして?」
「私のこの気持ちが消えても私はきっとまた結月くんを好きになる!だって、私も睦だから」
その声は今までの睦ちゃんからは考えられないほど感情的で……震えていた。
「そっか、そりゃ困ったな」
そう言って、ぽんぽんと睦ちゃんの頭を撫でる。
「最後に私のわがままを聞いてほしい」
「いいよ」
「朝まで一緒にいてほしい」
「うん。分かった」
しばらくして、睦ちゃんは眠りについた。
でも、俺は眠るのが怖かった……眠っちゃったらもう、睦ちゃんとは一緒にいられないって分かっているから。
……いや、だめだ。
睦ちゃんの方がもっと怖かったに決まってる。明日のRiNGでのAvemujicaの復帰ライブを最高のものにするために、俺も眠らないと。
―――
朝起きると、隣に睦ちゃんはいなくってベッドは空っぽになっていた。
部屋のドアを開けてダイニングに出ると、そこでは紬ちゃんが朝ごはんの準備を終えるところだった。
「おはよう。結月」
「おはよう。紬」
俺と紬は並びあって席について朝ごはんを食べ始めた。
「今日のライブ緊張してない?初めてのライブでしょ?」
「大丈夫。私は私の音を届けるだけだから」
「そっか」
それ以上は特別な会話はなかった。
俺もAvemujicaの復帰ライブの準備で朝早かったし、紬もライブの打合せとかで忙しいから。
そして……ライブが始まった。
ギターの音を聞いた瞬間に分かった。これを弾いてるのは紬なんだって。
睦ちゃんとモーティスがいなくなったからとかじゃない。紬が俺のために弾いてるギターの音なんだってすぐに分かった。
紬から目が離せない、涙が溢れそうだった。
だって、その音からは……大好きって気持ちとか紬の感情が届いてくるようだったから。
***
ステージの上から結月のことが見えた。今にも泣きそうで、涙をこらえてるのがすぐに分かった。
きっと、謳わせられたんだ。初めてギターを謳わせられた。
結月に全部届いてるといいな。
「大丈夫、全部結月くんに届いてる」
「でも、お兄ちゃん鈍いからどうだろう?」
私たちは傷つけあった。自分の中の矛盾を受け止めきれずに色々な痛みを抱えて。
でも、その傷も痛みも全部私たちのもので……それが睦だから。
「痛かった」
「私も傷ついた」
「私も怖かった」
でも、もう大丈夫。私たちは三人で抱きしめあって……泡のように消えていく。
***
音が変わった。
その瞬間、今までこらえていた涙があふれだした。
もう睦ちゃんはいないんだ、モーティスも紬もいなくなった。
だけど、俺はすぐに涙を拭う。
だって目の前に睦はいるのだから。
―――
「おはよう結月兄さん」
「――おはよう睦」
ここまで読んでくださりありがとうございます。
俺がこの物語を書く上でトップに入るレベルで書きたかったシーンを描くことができました。
もう少しで物語も終幕ですが、最後までお付き合いしてくれると嬉しいです。