二人だけの音 〜重ならない旋律が響くとき〜   作:Tmouris_

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選ぶ過程ってやっぱり温度を感じやすいですよね。
結月はその過程に何を感じるんでしょう。


第5話:届けたくて

「結月兄さん。誕生日おめでとう」

 

睦ちゃんがお祝いの言葉といっしょに、抱えていた大きな包を渡してくれた。

だけど、触れたその指先は、かすかに震えてる気がした。

 

「私と睦ちゃんからの誕生日プレゼント。結構したんだから、大事にしなさいよ?」

 

母さんは笑いながら、俺の頭を優しくなでてくれる。

 

「ありがとう……開けてもいい?」

 

二人は見守るように、静かに微笑んだ。

テーブルの上で包装紙を一枚ずつめくっていくと、白い紙の隙間からライトグリーンのケースが顔を出す。

 

睦ちゃんのほうを見ると、こくりとうなずいてケースへ視線を送った。

ファスナーを開けてそれを手に持つと、たしかな重みと冷たさが手に伝わる。

 

「これって……ギター?」

 

睦ちゃんのみたいに派手な色じゃないけど、形はそっくりな気がする。

 

「違う、ベース」

 

「えーと……どう違うの?」

 

名前を聞いたことはある。でも、こういうの今まで触ったことない――いや、前に一回だけ触らせてもらったっけ。

 

「……弾いてみれば分かる」

 

睦ちゃんは俺の手を取って、硬い何かを握らせた。

どうすればいいんだこれ。そんな、じっと見てないで教えて……

 

(たしか、こんな感じで)

 

ピックでそっと弦をはじく。指先に重みが伝わってきて、じわじわと手に広がっていく。

どんな音が出たのか、そもそも意味があるかも分からない。それでも、空気が微かに震えた。

初めて自分で鳴らした音は、ギターみたいに高く迫力のある音じゃない。

むしろ、静かで、低くて、柔らかい……そんな音。

だけどこの感じ、なんか俺は好きかも。

 

少し触っただけなのに、肩の力がすっと抜ける。まさか自分で弾く日が来るなんて思わなかった。

それでも、自分が演奏する姿がいまいち想像できない……

 

「でも、どうして?音楽なんてこれっぽっちもやったことないけど」

 

鍵盤ハーモニカですら怪しいんだ。こんな大層な楽器、弾けるわけない。

 

「一緒に、だから……」

 

「そうはいっても、ど素人の俺に――」

 

「私が教えるから大丈夫」

 

言葉を遮るように、睦ちゃんがぐいっと体を前に出す。表情は変わらないのに、どこか力強くて、頬も赤くなってる。

 

色々覚えることも多くて大変だろうけど……

 

「俺のために睦ちゃんが選んでくれたんだから、たまには頑張ってみるよ」

 

受け取ったベースを壁に立てかけると、母さんが時計をちらっと見る。

そして、名残惜しそうにカバンを肩にかけて、椅子から立ち上がった。

 

「最後までいられなくてごめんね、結月。そろそろ行かないと」

 

「ううん。大丈夫。いってらっしゃい」

 

七月一日だけは、仕事が忙しくても家に帰って来てくれて……本当に嬉しい。

 

「今度は睦ちゃんの誕生日も来てよね」

 

「年始は忙しいのよ〜」

 

笑いながら軽く手を振って、母さんは家から出て行った。

……睦ちゃんの誕生日も一緒に祝って欲しいけど、どうしても予定が空けられないんだろうな。

 

母さんを見送ったあと、二人でキッチンに戻って、晩ごはんをテーブルに並べていった。

 

「改めて見るとすごいな……母さんも晩ごはんくらい食べていけばいいのに」

 

料理の種類も増えてるし、俺の好きなオムライスも去年よりめっちゃうまい。

 

「ケーキと紅茶もあるから」

 

俺が頬張るのを見て、睦ちゃんは嬉しそうに微笑んでいた。

それなのに、どこか切なそうに感じたのは気のせいだと思う。

 

使い終わったお皿をキッチンに運んで、ソファに体を預ける。

食器を洗う音だけが静かに響く中、改めてベースのケースを眺めた。

ただ、見ているだけなのに、初めて触った音の余韻が、まだ指先に残ってる気がする。

 

洗い物の音が止んで、睦ちゃんが隣に腰を下ろす。

なんとなく視線を落とすと、指先に小さな傷を見つけた。

 

「指切れてるじゃん。ちょっと見せて」

 

軽く手を取って、ほかにケガがないか確かめてたら、腕を引くように手を戻された。

 

「大丈夫、だから……」

 

「はいはい。そういうのは放っておくと悪化するから」

 

ポケットからペンギン模様のケースを取り出し、一枚選んで傷にそっと貼る。

「結月兄さんも何も貼らない……」なんて言ってたけど、昔から睦ちゃんはケガとか体調不良を隠したがる。しかも、隠すのが上手くて、俺も気づけなくて困るんだよな。

 

貼り終えると、睦ちゃんは絆創膏をしばらく見つめてから、俺が持ってるケースに目をやった。

そのまま自分の指先に視線を戻して、ゆっくりと照明にかざすように持ち上げる。

 

「……こういうの、持ってたっけ」

 

そういえば、晩ごはんの準備が多いって帰りも別々だったから、話してなかったっけ。

俺はプレゼントでもらった小さなその箱を閉じて、学校での出来事を思い出す。

 

「あぁ、これは燈ちゃんが――」

 

―――

 

廊下を通っても、教室に入っても、席に座るまで「誕生日おめでとう」を言ってくれるやつは、今年もいなかった。

 

燈ちゃんも挨拶を交わしただけで、いつもと変わらない。

今までは何とも思わなかったけど、友達に祝われないのって……こんなにくるもんなんだな。

祝って欲しいなんて言えないし、求めるのも違う気がする。

それ以上言葉が出なくて自分の机だけを見て教科書を詰めていると――隣の席から椅子を引く音が聞こえた。

 

「えっと、あの。結月君……」

 

振り向くと、燈ちゃんが胸の前で手をぎゅっと握って、不安そうに目を伏せてる。

それを振り切るみたいに顔を上げて、ペンギン模様の小さなケースを手のひらに乗せて、俺の前にそっと差し出す。

 

「誕生日、おめでとう」

 

その声は少し震えてたけど、俺の目をじっと見ていてくれた。

 

「覚えてくれてたんだ……ありがとう」

 

両手でそっとケースを受け取って開けてみると、いろんな種類の絆創膏が入っていた。

視線を燈ちゃんに戻すと、まるで観察するみたいに、俺の様子をうかがってた。

 

どうしよう、ペンギンは分かるんだけど……なんで絆創膏?

最近、集めたのを楽しそうに見せてくれたりしたけど――あれ?一つ一つ見覚えがある。そうだ、これ全部その時見たことあるやつだ。

……そっか。あれってコレクションを見せてくれてただけじゃないんだ。

 

「もしかして、燈ちゃんの好きなものくれたの?」

 

燈ちゃんは真剣な顔でこくこくとうなずく。だけど、すぐに縮こまって、のぞき込むみたいにこっちを見る。

それから、つぶやくように口を開いた。

 

「ダンゴムシは、ダメだった。から。絆創膏なら、結月君も使えるかな……って」

 

心配だったのかな。俺が嫌がったり、興味なかったりしたらどうしようって、思ったんだ。

 

「たしかに、ダンゴムシをいっぱい貰ったらさすがに驚くな」

 

それを聞いてしゅんと下を向いちゃった……もしかして、最初は候補に入ってたのか?

少しだけ沈黙が流れて、話を続けた。

 

「だけど、ダンゴムシでも嬉しかったと思う。自分の好きなものをあげるって、なかなかできないし。ありがとね」

 

思わずケースの方に視線を逸らしちゃった。夏になったせいかな、やけに暑い。

 

「……うん。喜んでもらえて、よかった」

 

少しずつ顔を上げて、ほっと一息ついた燈ちゃんは優しく微笑んだ。

その笑顔は、元気が湧き出るような感じじゃないのに、見ているとどこか安心できる。

ぼんやりと眺めていたら、燈ちゃんの手の甲にこすり傷を見つけた。

 

「また、何も考えないで草むらか岩場に手を突っ込んだでしょ」

 

「あ……綺麗な葉っぱ見つけて。え、結月君?それ、あげたやつ」

 

困惑する燈ちゃんの手を取って、もらったばかりの絆創膏を傷口にそっと貼る。

 

「こういうのは使うためにあるんだから、いいのいいの」

 

貼られた絆創膏をしばらく見つめたあと、燈ちゃんは慌ててカバンを探って、すぐに別の絆創膏を突き出した。

 

……集めるだけじゃなくて、ちゃんと使おうよ燈ちゃん。

 

「分かった分かったから!今度、俺がケガしてるのに気づいてなかったら、次は燈ちゃんが貼ってよ。だから、それは大丈夫」

 

それを聞いて、燈ちゃんは力強くうなずき、絆創膏をカバンに戻した。

俺のために何かしようとしてくれる、その姿を見てると、受け取ったケースのあたたかさがじんわり残ってる気がした。

 

***

 

結月兄さんは、嬉しそうに学校であったことを話してくれた。

ケガしても「こんなのほっとけば治る」なんていつも言うのに。

 

「持ってればこうやって使うこともあるし、持ち歩こうかなって」

 

プレゼントを見るその目は、大事なものを見つめるみたい。

 

「……ベースも、持ち歩ける」

 

自分が見当違いだって分かってる。それでも、言葉を抑え込めなかった。

でも、結月兄さんはくすりと笑ってくれる。

 

「あはは、バンドマンじゃないんだから。それに変に傷ついたら嫌だし」

 

大事に扱ってくれるのは嬉しい――嬉しいはずなのに。

傷がついてもいいから、近くに置いてほしいって思った。

 

「だけど、頑張っていっぱい練習する。いつか、まともになってきたら一緒に曲弾こうね」

 

結月兄さんと話してると安心する。

でも、なんでだろう……今はちょっとだけ怖いって感じた。

 

「楽しみにしてる」

 

指先の切り傷だけは冷たいままだった。

それでも、私が隣で弾きたいって想いは変わらない。

 




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