二人だけの音 〜重ならない旋律が響くとき〜   作:Tmouris_

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受け止めきれないことがあると、それが嬉しいほど辛いこともある気がします。


第6話:ぎこちない音

誕生日が終わった翌日。睦ちゃんに見守られながら、俺は不格好な音をぽつぽつと響かせていた。

 

俺はベースを弾くたびに、一緒にもらった教本を開いてずっとにらめっこしてる。

 

「あああ!弾く度に音が変わるんだけど!」

 

同じ弦を弾いてるはずなのに、なんで違うように聞こえるんだ。

そういえば、力加減とか角度とか、いろいろあるんだっけ。だけど、構え方とか細かいところ読むの、正直面倒くさいんだよな……

 

俺が頭を抱えて唸ってると、後ろからそっと腕をつかまれる。

 

「もっと、寄せたほうがいい」

 

体を少し前に押しやられて、背中の方をいじられる。

何をされたかは分からないけど、肩がすっと軽くなった。

 

「おおー、なんかさっきよりやりやすくなったかも」

 

驚いた顔で振り返ると、なぜか睦ちゃんはジト目で見つめてくる。

 

……そういえば、目次のページに『基礎が大事』って赤ペンで書いてあったな。

 

「もしかして、バレてた?」

 

おずおずと睦ちゃんの方を向くと、珍しく笑いを堪えられずに、口を手で抑えて顔を逸らした。

 

「結月兄さんなら、読み飛ばすと思って」

 

こっちを見たときには笑いは収まってて、柔らかい微笑みだけが残ってる。

 

本当に、こういうギャップは妹ながら反則だと思う。

共学の同じ学校通ってたら……男子にモテて、俺なんかじゃ近寄れなかっただろうな。

 

(最初からちゃんとやろ)

 

ページをめくって、持ち方からちゃんと見直していく。背筋を伸ばして、位置はこの辺り?

 

「こんな感じかな」

 

「さっきよりいい」

 

睦ちゃんに一つ一つ教わりながら、つまずいたところまで戻ってくると、ピックをつまむ指にぎゅっと力が入る。

視線で助けを求めると、睦ちゃんは静かにうなずいてこっちを見つめてた。

 

(失敗したら、また教えてもらえばいいか)

 

深呼吸して、軽く力を抜いてから、腕を振り下ろす。

音はまだガタガタだけど……さっきより、ずっと気持ちよく鳴ってくれて楽しい。

 

***

 

四弦まで弾き終わると、結月兄さんが満足そうにベースを置いて振り返った。

 

「力みすぎてる」

 

姿勢と持ち方も崩れてるし、直すところはいっぱいある――

 

「でも、ちゃんと謳ってる」

 

完成なんかしてない。けど、ちゃんと届いてきた。

優しくて、隣で寄り添ってくれるみたいで……ああ、これが結月兄さんの音なんだなって分かる。

 

「睦ちゃんでも難しいんでしょ?まだ曲も弾いてないのに歌ってるって」

 

私は首を横に振る。

声だけの私と違う。結月兄さんは、全部繋がってるからちゃんと聞こえる。

 

「うーん......あ、それならちょっと弾いてみてよ。いつか一緒にやるなら、目標が分からないとね。俺は睦ちゃんのギターが好きだから」

 

気づいたらギターに手を伸ばしてた。チューニングを終わらせて、椅子を押して立ち上がる。

練習はいつも座ってやるのに。

――少しでも、ちゃんと伝えたくて。

 

***

 

そのとき、俺は睦ちゃんの”本気”を見てたのかもしれない。

指の動きは速すぎて追えなくて、音が直接ぶつかってくるみたいな迫力。

 

今まで見てきたどんなときよりも、睦ちゃんが大きくて、遠くに感じる。

 

演奏が終わり、最後の音が部屋に響く。

睦ちゃんはギターを膝に置いたまま、少し肩で息をしてた。

 

ふぅっと息を吐いて、「タオル取ってくる」とだけ言って、階段を上っていった。

 

音が止んだのに、演奏が耳から離れない。誰もいないはずなのに、睦ちゃんの気配がまだ残ってる気がした。

 

***

 

呼吸は落ち着いてきたのに、胸の奥がざわざわしてる。

タオルを棚から取り出して、洗面台の前に立つ。

鏡越しに見えた自分の顔が、まだどこか浮かれているように見えて、慌てて冷たい水で頬を叩いた。

 

あれは私の音じゃない。結月兄さんの音に引っ張られただけ……それでも、嬉しかった。

 

いまも、結月兄さんの私を見る目が忘れられない。

 

顔を上げても口角は上がったまま。その笑顔が、自分から逸れていくみたいで、怖い。

 

ほんの一瞬、鏡の中の自分と目が合った。

その”ズレ”をなかったことにするように、表情を整える。

 

「……まだ、大丈夫」

 

鏡に向かって呟いて、スタジオへと戻っていった。

 

***

 

(曲を一緒に弾くのは、当分先になりそう)

 

今まではなんとなくで聴いてただけだった。

けど、今ならちょっとだけ分かる。睦ちゃんの演奏はすごい。

これから、どうすれば追いつけるんだろう。いや、そもそも追いつける気がしない。

 

……本当に一緒に出来るのか?

隣で弾くなら、曲が崩れないようにはしたいと思う。でも、あんなふうに弾ける日は……まだずっと先なんだろうな。

 

ため息をついたとき、睦ちゃんの椅子が視界に入った。

布地はすり切れていて、ところどころ破けてる。今まで何気なく見てたけど、こんなに使い込まれてたなんて。

――どれだけここで練習してきたんだろう。

きっと睦ちゃんだって、同じ音を何度も何度も繰り返して、出来るようになったんだ。

 

俺はベースをぎゅっと持ち直して、一弦ずつ丁寧に弾いていく。

背伸びなんかしないで、基礎からしっかりやってこう。

 

しばらく練習に集中していると、隣から袖をそっと引かれた。視線を移すと、睦ちゃんが静かに座ってた。

 

「どうだった?」

 

「えっと、そうだな……」

 

言葉がすぐに出てこない。なんて言えば伝わるかな。

戸惑っていると、睦ちゃんはどこか不安そうに視線を下した。

 

「……すごいとか上手いとかしか分からないけど、今までで一番、感動したかも。本当に頑張ってきたんだなって」

 

言葉の代わりに、そっと睦ちゃんの頭に手を置いた。

俯いちゃって、顔は見えなかったけど、耳がほんのり赤くなってる。

 

「練習、続けるなら付き合う」

 

睦ちゃんは袖から手を離すと、いつもの表情で顔を上げた。

 

「もうちょっとだけやろっかな」

 

今日やったことをゆっくりと思い出しながら、再び音を鳴らしていく。始めたときよりもずっとマシにはなったけど、まだまだガタついてる。

 

(やっぱ、すぐに上手くはならないよな)

 

次の弦を弾いた瞬間、ギターの音が一度だけ優しく重なった。

手を引かれるみたいに、探してた音に一瞬だけ触れた気がした。

 

俺のベースだけが、静かに二人の部屋に響いていた。

まだ睦ちゃんの背中は見えないけど……少しづつ近づいてる――そう思い込んでた。

 

 




少しだけ短くなってしまいましたが、いかがでしたでしょうか。
UA1000、感想、お気に入り登録ありがとうございます!
これからも書きたいことを伝えていけたらと思います。
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